56. トラドの願い
「ふぅ、やっと着いた。まずはターナさんに挨拶して、その後はトラドさんに王子からの手紙を渡してっと。あれ、いつもならチェスタさんがいるはずなのにいないわね」
「こんにちはー。ターナさーん。あれ、いない。みんなどこだろう?まさかサプライズで、わっ!と出てきたりして。なわけないか」
「トラドさーん、セツカただいま到着しましたー」
「おう、ご苦労さん」
「いたいた、よかった。はい、これ王子からのラブレター」
「そう言われると破り捨てたくなるな」
「想いの詰まった手紙ですので最後までご堪能ください。ところでみんないないんですか?」
「ああ」
「トラドさん、何したんです」
「おいおい、俺が何かしたわけないだろ。今は戦士の訓練に出てるんだ」
「へー、もう訓練生が来たんですね」
「まーな。知り合いに宣伝してもらったら早速数名来てくれたんだよ」
「良かったですね」
「そうだな。ただ、村の皆が張り切ってたから逆に戦士諸君の身が心配だがな」
「おじいさんたち張り切りそうだもんね」
「ああ。活力ならそこらの戦士達よりよっぽどあるかなぁ」
「まぁ、まだ100年くらい生きてそうな人たちですもんねぇ」
「うーん、やっぱり心配だ」
「それで、わたしの住むところってどこなんです?」
「住むところか、ちゃーんと用意してあるぞ」
「どうせちっちゃい小屋なんでしょ」
「サイズか、小さくはないな」
「へー」
「セツカの家は、見ればすぐわかる」
「嫌な予感しかしないんですが」
「ここの連中が君を気に入ってるのはわかってるだろ」
「みんなには悪いけど、見たくないな」
「じゃあ行くか」
「はい」
「これか」
「ああ。村一番の大きさだ」
「2階立てなんですが。わたし1人でどう使えと」
「部屋もいくつもある」
「なぜ」
「色々言ってたぞ。知り合いも多いから泊まれるような家にしたほうがいい、とか。結婚したら、とか」
「なるほど、前者はありうるけど後者はちょっとイメージつかんですね」
「そんなわけだからひろーい部屋を存分に堪能してくれ」
「はぁ、じいさんたちには困ったもんだわ」
「それについては同感だな」
「じゃあ荷物は後日持ってきますね」
「そうだな、じいさんや戦士たち連れて行け。もちろん依頼料なんて取らん」
「助かります」
「だが、ターナにこっそり相談しろよ。でないと村の連中がほぼ総出で行きかねん」
「あー、そうですね。わかりました」
「あとその時一緒にローも連れて来い。戦士達で固めとけばよっぽど危険はないだろう」
「はい。大臣にも伝えておきます」
「そうしてくれ」
「ところで、王子宛に何かありますか?手紙の返事とか」
「いや、大丈夫だ。特にない」
「そうなんだ。ちなみに内容なんだったんです?」
「君達をよろしく、だとさ」
「へー、王子がわざわざそんな事を」
「君をよほど大事に思っているんだな」
「誤解されそうな言い方だけど、王子の場合は駒としてですけどね」
「だろうな。君だってそんな距離感だろ?」
「ですね」
「仕事をする上ではそのくらいが丁度いいだろう。だがそれ以上に進みたいなら協力してやるからな」
「いえいいです。万一そうなったら王国とじいさん達が戦争しちゃうでしょ」
「ははは、それはそれで見てみたいな」
「いやですよ。もー」
「あ、そうだ。トラドさんにお願いがあるんですが」
「なんだ?」
「実は先日のモンスターパレードで大山羊さんと話したんです。それでその時に人間との共存を話し合ってみませんかって提案したんです。それをトラドさんと王子とあと知り合いの人にも話してみようかと思ってまして」
「な、なるほど。君は本当に読めない事をするな。共存か。だがいいかもしれないな。ここに来るローなんてまさにその象徴たりうる」
「じゃあ、大山羊さんといつか話してみてください。王子にも言っておきます」
「ふっ、共存か。そんなことになったらどうなるんだろうな。戦士っていらなくねーか?」
「いらないならその方がいいじゃないですか」
「そうだな。そうしたら戦士じゃなくて冒険者組合に変更だな」
「トラドさんとしてはその方がいいんでしょ?」
「ああ。戦いなんかより冒険のほうがよっぽど面白いんだ。それをみんなにも伝えたいもんだよ」
「ほんと冒険が好きなんですね」
「もっちろん」
「トラドさんって元は近衛騎士だったんでしょ?いつから冒険家やってるんですか?」
「何年かまえだが、いつだったかな。思い出せんが、ただきっかけは忘れない」
「運命の出会い、みたいなのがあったんだ」
「そうだな。運命か。冒険家になったことよりは近衛騎士を辞めたきっかけだけどな」
「何があったんです?」
「魔王に会ったことだ」
「魔王さんに?たしかボコボコにしたって話しですよね」
「そうだ。魔王を追い詰めた時、あいつが言ったんだ。まだ死ねないって。理由を聞いて共感しちまったんだ。それでこいつは殺しちゃいけないと考えたんだよ。懐かしいな」
「へー、どんな感じだったんです?」
「ああ、あの時はな」
「このっ!死ねぇ!」
「当たるか。お前、王って名乗るだけのことはあるが俺の敵じゃない。死ね」
「ぐ、げほっ、く、くそ」
「しぶといな」
「黙れ、くっ。まだだ、まだ死ぬわけにはいかないんだ!」
「悪あがきを。何かやりたいことでもあるのか?ああ、人間皆殺しってところか」
「はぁはぁ、そんな、くだらないことなわけが、ないだろう!」
「あん?じゃあなんで魔王なんてやってる」
「王の務めなど、明快だろう。う、こ、ここまでか」
「王の務めね。うちの王様は身勝手で無理難題を押し付けてくるから王の勤めって言われてもピンとこねーな」
「蛮族め。ふぅ、お前達は国をもっているだろう。統治するには色々必要だ」
「そうだな。さすがにそれはちゃんとやってるみたいだ」
「私は彼らを導いてやらねばならんのだ。私を慕ってくれる者達が安心して過ごせるように」
「ははは!モンスターが安心して暮らす?ふざけたことを。つまりは人間を排除するってことじゃねーかよ」
「必要ならな。だが、違う。モンスター同士の縄張り争いもある。我々は基本強いものが上に立つ。弱いからといえむやみに殺されたりはしないが身を守る手段がないのは生きづらいだろう」
「つまり、モンスター達にルールを作ってその上で過ごしてほしいと?」
「そうだ。そしてそのルールを守らせるには強くなくてはならん。だからこそ私は魔王の座を継いだのだ」
「ふーん。じゃあ人間が襲わなきゃお前らも何もしないと?」
「そうなるようにしたい」
「なるほどねぇ。もしそれが本当なら俺達にとってもありがたい話しだ」
「そうだ」
「だがお前より強いやつなんかいくらでもいるだろう。それこそ俺が始末したやつにもいた」
「ああそうだ。だから組織を作るんだ。魔王軍を。私1人では勝てない相手でも皆で力を合わせれば結果は違ってくる。私はその事をお前達人間から学んだのだぞ」
「軍隊なんて人間の専売特許みたいものだからな。実力至上主義のモンスターの中でそんな事考えるお前って、だいぶ変わってるな」
「よく言われるよ」
「お前はなぜ私を殺そうとする」
「理由?うーん、魔王だからだな。王らに命令された」
「お前ほどの力があるのに?命令のままに動くのか」
「だからこそだろ。俺みたいな奴野放しにしたら国がいつ崩壊してもおかしくない」
「たしかに化け物じみているからな。勝てるのはせいぜいデモロ殿くらいだ」
「誰かはしらんけど、負けたことはない。強さだけで上下関係決まるってのはモンスターらしいな」
「それをまずは変えていきたい。パワーバランスにおいて相手を痛めつけられる方が上にたつなど知性の欠片もない」
「だが頭のいい奴だけが出しゃばるのも格差を生むぞ?」
「だから王が立ちコントロールするのだ」
「そんなことが上手くいくかねぇ」
「やってみないことにはわからんだろう!」
「ふーん。諦めないんだな。素直に関心するよ」
「お前は何かやりたいことはないのか」
「やりたいこと?まぁ今の仕事は正直つまらんが国のためだ。俺はあの国が好きだからその点では満足している」
「だったら騎士などでなくともいいんじゃないのか」
「あー、確かに。言い返す材料がないな」
「騎士以外なら何があるんだ?」
「戦士とか?」
「戦う以外ではどうだ」
「戦い以外?戦い以外か、考えたこともなかったな。うーん、やりたいこと」
「それを探してみろ。お前の歩む道は他人のためにあるべきなのか?」
「そうだとも言えるし、そうでもないのかな。わからん。惰性で生きてるってことか。はっ、魔王に諭されるってどうなんだろうな」
「王は民を導く存在だからな。これくらいわけないさ」
「ちっ、よく言うぜ。よし決めた」
「なにをだ」
「お前を始末するのは一旦保留だ」
「いいのか?次に会う時はこうはいかんぞ」
「問題ない。さーて、帰るか。つっかれたー」
「おい。帰路の途中、できれば襲ってくる者以外に」
「手は出さねーよ。元々そんなことしてねえっての」
「そうか。では早く行け」
「偉そうに。やっぱり殺しとこうかな」
「という感じで魔王と話したんだ」
「へー、魔王さんそんなこと言ってたんだ」
「ああ。なんていうか、熱い奴だったなぁ」
「モンスターは基本みんなそうだと思うけど。それでその後騎士をやめたんですか」
「そ。もう面倒だしこんなブラック企業で働きたくないって退職届出してきた」
「騎士ってそういう辞め方なの?」
「多分違う。あの頃は日々の業務以外に興味なさすぎてな。仕事辞めたいって近所の人に相談したら教えてくれたままに進めたんだよ」
「で、王様達はオッケーしてくれたんですね」
「いや。揉めた。それで結局条件付きで辞めることになった。自由にさせてやるかわりに国からの要求があれば必ず応えること。そしてもし何も為せないと判断した場合、直ちに騎士に復帰すること、ってな」
「それって」
「そう。ちょっと自由になっただけだ」
「なんか酷い」
「そんなもんだろ。あいつらからすれば俺はモンスターと大差ないからな」
「そんなことないですよ。トラドさんはただ強いだけで」
「そうそう。俺は戦闘以外は凡庸なんだ。へへっ、そこは嬉しい。しかし中々思うようなことが出来ずにいてさ。俺はさ、魔王に憧れたんだ。あいつみたいになってみたいって。ユミ達のような日陰者達も真っ当に生きていける場所を作りたいと思って冒険家なんて始めたんだが、知っての通り結局あいつらはいなくなった」
「そうね」
「だから騎士に戻って来いって言われ始めて焦ってたんだ。それもあってあいつらのことをちゃんと見れなかったんだと思う。そんな中、ショウが戦士の境遇を良くする事業を立ち上げている事を知った。城に呼び出されたついでにちょっと聞いてみるくらいのつもりでショウと話したら思わぬ方向に話しが進んで、それで俺を主体に民間で事業を運営することになったわけだ」
「たしかその頃の王子もだいぶ焦ってましたね」
「俺同様に発破かけられてたからな。あいつとは互いに求めるものが同じで、かつそれは戦士達のためになるとわかった。王国に収まらない者達を受け入れる受け皿になって、そして自らの手でその場所を運営していけるなんて。これこそ俺の理想に近い内容だったんだ。だから王子と手を組んだ」
「よかったですね」
「まだ良かったとは言えないさ、なんせやっと入口に立てたところなんだから。ここまで来るのに随分かかった。なあセツカ」
「はい?」
「俺もショウも、君にとても感謝してるんだ」
「そうなんですかね?たまに言われるけど、いまいちそう思えないや」
「君が手伝ってくれたおかげでここまで来れた。俺達だけじゃない、戦士の皆も感謝している。本当にありがとう」
「いえいえ!別に、そんな。大したことはしてないし」
「ははは、それは謙遜が過ぎるんじゃないか?ま、君は自覚がないままの方がいいかもな」
「それってどういう意味なんだか」
「気にするな。さて、長話に付き合わせちまったな。じゃあ皆が戻るまでこの家でくつろいでいてくれ」
「はーい。じゃあ待ってまーす」




