51. 北と西
「想定より多く集まっていますね」
「そうだなぁ、まさかここまでの規模とは驚きだ。しかしこの数、当のモンスター達も戸惑っているように見える」
「そうですね。彼らとしてもこれだけの集まりというのはそうそうないでしょうから。モンスターの勢力は脅威的なものですがこの統制のなさが唯一の救いです」
「まったくだ。これで騎士みたいな動きされたら完全に軍隊だからな。とはいえ今後そうならないとは言い切れん。もしそうなったら王国はお終いだろう」
「不吉なこと言わないで下さいよ。そうならないように先輩が戦士たちをまとめているんでしょう」
「うまくいけばいいけどなぁ。まだ入り口にたった状態なんだぜ?騎士団並みとはいかなくてもせめて指揮系統の意思疎通ができるくらいにはまとまるといいんだが」
「いかに最強といえど容易くいかないこともあるのですね」
「楽しそうな顔で言ってくれるなよ。それベスボにも言われて正直へこんでんだから」
「ふふふ、いい気味ですよ。先輩はいつもなんでも簡単にやってしまいますから」
「俺だって失敗はするんだぞ。戦闘に関しては困ったことないけどそれ以外は凡庸なんだからな」
「あはは、そうですね。そのあたり私たちの方が上手ですから。だからこそ単独行動ができる近衞騎士だったのでしょう?かつてと比べて今はどうですか」
「悪くない。戦闘なんてほとんどしないから平凡な冒険者なんだが、これが楽しいんだ」
「見ていればわかりますよ」
「わかりやすく出てるか?」
「ええ、とても」
「なるほど、あいつらにからかわれるわけだ」
「ブン王や近衛騎士の皆様ですか?」
「そ。あいつら俺をみる度に近衛がそんなにつまらんかったかって言うんだ。まぁつまらんといつも返すけど」
「つまらないなんて言われたらムキにもなりますよ。皆さんなんだかんだで真剣ですから」
「そのくせ俺にばっかり面倒ごと押し付けてきたんだぜ?」
「さっきも言った通り簡単にこなしてしまうからでしょう。これならどうだって困らせてみる。なのにあなたはきっちり遂行してしまうから皆悔しいんです。努力して積み上げたものを容易く超えてしまう存在に。私だって」
「今は痛感してるよ」
「ふーんだ。もっと挫折してしまえ」
「やれやれ」
「お話中すみません」
「いえ構いません、何かありましたか?」
「問題というほどではないのですが、モンスター同士で小競り合いが起きて少し騒然としてきています」
「彼らのストレスもだいぶ高まってきているということですね」
「はい。それと東側から流れてくるモンスターが想定を上回っています。もしかすると東地区担当が南方から北上した勢力をうまく捌けていないのかもしれません」
「だとしたら問題はありません。モンスターらも西を避けたがって東を通ることは考えていました。何かあれば追ってご報告ください」
「はい」
「概ね考えてた通りだな」
「ええ。むしろ都合よく動いています」
「そうだな、今回一番大変なのは西。そっちに負担がかからないのは上々と言える」
「しかしあちらは大丈夫でしょうか。何も報告が上がってこないのは不安です」
「騎士長が不安なんて言葉使ったらよくないぞ」
「もぅ、わかってますよ。北は人間もいませんから情報の集積地として監視すれだけでいいですが」
「何か起きたらすぐに制圧に迎えるようにはしてある」
「はい。ですが西は問題が最も起きやすい場所」
「大丈夫だ。あっちにはポールがいる。騎士長が2人もいるなんて贅沢な作戦だよな」
「何もなければいいですが」
「何もないですね」
「そうですね。意外なほど落ち着いています」
「モンスター同士が足並み揃えて大群で歩くなんて交通課に来て初めて見ました」
「私もです。長くモンスターに動向を見てきましたがここまで統率が取れているのは見たことはありません。しかしこの動きは訓練されなければ出来ない」
「モンスターが集団戦の訓練をしていたと言いたいのですか?」
「この光景はそう思わさせられます。まぁ運動会で一丸になった結果かもしれませんがね、ははは」
「ポール殿は相変わらずですね」
「そうでもありませんよ。最近ちょっとした出来事があってこうして完全復帰に至りました。その時気付いたのです。今の生活のなんと穏やかなことか。そしてささやかながら直接民のためになれる。私はそれが嬉しい」
「わかります。騎士をやめて戦士として働く多くの者がそのことを実感していると聞きます」
「そういうアン殿はどうですか。騎士をやめ交通課に来て何か変わりましたか」
「変わったと思いたいです。そう思うくらいしか今は」
「ははは、あまり暗い顔をしないで下さい。アンダーク殿。あなたはいつも実力を隠していた。一度聞きましたね、それは何故なのかを。今もそれは変わっていませんか?」
「はい。私の考えは変わっていません。ずっと、今も」
「でしたらいいんです。安心しました。悔やむことがあるのかもしれませんが、悔やんでも挫折してもあなたにはまた立ち上がってほしいと私は思っています。あなたの考えには私も賛同しておりますから」
「あら、あの頃の騎士長なら仰らない言葉ですね」
「立場がありましたから。アン殿、私は今ではただの戦士です。何か力になれることがあればいつでも頼ってください」
「ありがとうございます。いつかそうさせていただきます」
「ええ。この丸太削りのポール、二つ名にかけて格安とはいきませんがお引き受けいたしますよ」
「あら、私から料金ふんだくるつもりだなんていい度胸ですねポールさん」
「あはは、冗談ですよ。えーっと、そういうところはやっぱりメイ殿の姉妹だね」
「ポール殿!大変です!モンスター同士で争いが始まりました!」
「ハンドバ殿落ち着いて、どういう状況か詳しく教えてください」
「失礼しました、きっかけはわかりませんがモンスター間で現在小規模な戦闘が発生、戦闘は互いに重症を負いかねない勢いです。衝突しているのはごく一部ではありますが放置すれば周囲にも波及していくことが懸念されます」
「わかりました。アン殿、交通課はこういった場合どのように仲裁に入りますか」
「まず話を聞きます。争いになった原因を確認し解決を目指しすのがセオリーです」
「そうですね、ではそうしましょう」
「ポール殿、お言葉ですが西のモンスターは私達の話をあまり聞いてはくれません。果たして仲裁が可能かどうか」
「アン殿、確かに西側はそうかも知れません。しかし先程の行軍を思い出してください。規律正しく進む彼らに何か変化が起こったのです。その要因は南方から来たモンスターではないでしょうか」
「なぜ」
「そう思ったか、と言われれば勘です。何がいいたいかと言うと、まずやってみなければわからないのです。悲観する前に出来ることをやってみましょう」
「わかりました」
「てめぇー!ぶつかってきたのはお前だろ!」
「オマエガワルインダロ、シッポガアタッタ」
「それくらいでいちいち突っかかってくるんじゃねぇよ!」
「イタカッタトイウヨリココロガキズツク。オウボウナヤツニハワカランダロウガナ」
「この野郎!」
「あいや待たれよ!そこなるモンスター殿!」
「ナンダ?ニンゲンカ」
「邪魔すんな!お前らさっきからおれたちのこと監視してんのは知ってんだぞ!」
「いやいや、我々としては皆さんが集まっているのが恐ろしくて」
「はっ!だったら大人しく引っ込んでろ!」
「ちょっとあなた。何があったの」
「お前などに話す必要はないだろ!」
「話してくれたら上手く収まるかもしれない」
「んな事出来るか!知ってるぞ、その服は交通課のやつだろ!お前らいい加減邪魔なんだ!失せろ!この蹄でも喰らってろ!」
「アン殿!」
「大丈夫です。このくらい」
「この野郎!いつまでも避けてんじゃねーよ!かかってこいやー!」
「血の気の多い」
「ニンゲン。ソイツ、カイワニナランゾ」
「だとしても、私は!」
「いつまで受けてんだ!攻めてこいよ、うぉぉぉ!」
「待てれよ!ええーい、そこまでだ!」
「ぐぬう、重いパンチだな、ハハハ!」
「アン殿、こやつ様子がおかしい」
「はい、正気とは思えません」
「ハハハハハ!」
「うむ、操られておるな」
「なっ!大山羊、どこから」
「運動会の妨げになるな。放ってはおけんな。それに事務の君との約束もある。仕方がないから眠っておるがよい」
「ハハハ、ハ、うぅ」
「やれやれである」
「大山羊、あの最悪の魔導師の」
「今は器用な大山羊さんである。さて人間諸君、ここは吾輩が預かる。なぜならば吾輩こそが運営委員の長であるからな」
「わかった。ここは引くとしよう」
「大山羊、私は自分に出来ることを」
「うむ。いいから見ておるとよい。お前達ではどうにもできん」
「おい、先程操られていると言ったな。何か心当たりがあるのか?」
「はて。どうであろうか」
「誤魔化すか。いいだろう、だがな我々にも守護する領土がある。そこを脅かすようなら力ずくでも介入する」
「下手なことは避けてほしいものだが。しかし今更介入と申されてもな。事務の君はガッツリぶつかっておったぞ」
「カーバン殿、トラド殿、西側から連絡がありました。モンスター同士で小規模な衝突が起きたとのこと。幸いその場に現れた魔導師大山羊に手により収まったとのことです」
「ほう」
「あの魔導師が仲裁ですか」
「どうなってるんだろうな、最近のモンスターは」
「うむ。どうもなっておらん」
「大山羊」
「突然現れるんですね。危うく斬りかかるところでした」
「いつまで経っても騎士は物騒であるな」
「なぜお前が仲裁などする」
「運動会を成功させるのが吾輩の使命である。吾輩は運営の長。それに事務の君との約束がある。とさっきも言ったな」
「知るか。事務のってことはセツカか。お前はどうしてあいつと懇意にしているんだ?何か企てる気なら容赦はしないぞ」
「ふむ、まったくもって物騒であるな。人間はどうしてこう血の気が多いのか。事務の君は我々に対しても心から情を向ける。その熱い心に胸うたれた故。それに古王の気配があるのだ」
「古王?ああ、魔王のことか。気配があるってどういうことだ?あいつ、何かされたのか」
「わからん。彼女の周りを古王の魂が漂っておるようだ」
「大山羊。セツカ殿に何かしたらただでは済ましませんよ」
「うむ。吾輩は何もせん」
「で、何しに来たんだ?」
「うむ。息抜きである。事務の君が口にした者を見ておった」
「誰だ」
「アンダークとトラドと王子であるな」
「なぜ」
「剣から手を離すが良い。大したことではない。彼女が言ったのだ、お前たちとなら話し合えると」
「それで俺とアンに会いに来たと」
「うむ」
「そうか、それで結論はどうだ」
「案外いけるかもしれん」
「ははは!お前のような奴と話し合いか!いよいよ面白くなってきたな」
「うむうむ。いずれまた相まみえよう。吾輩こう見えて忙しく運動会を成功させるのに必死なのだ」
「それはうまくいくといいですね。そうなればあなたを斬らずに済みますし我々も安心して立ち去れます」
「では安心しておるがよい。ではな」
「消えたか。便利な力だな」
「セツカ殿が何を話したか確認しておきます」
「そうだな。モンスターと話し合いか。考えたこともなかったな」
「そんなことはないでしょ」
「なんで?」
「かつて魔王と話したと言ってたではないですか」
「あれは別に、うーん、まぁそうとも言えるのか」
「それとセツカ殿に取り巻くという魔王の魂も気になります」
「魂ねぇ。あいつ、いつもいつもほんっとわけわからん状況作るよなぁ」
「ふふふ、そのようですね。皆それを楽しみにしているようにも見えますが」
「やれやれ、笑えばいいのか呆れたらいいのかわからんな」
「笑えるように祈りましょう」




