48. 魔王の加護
「ん?またあの感じだ」
「おや、これはこれは事務の君」
「大山羊さん、また会いましたね」
「うむ。奇遇である。散歩であるか」
「いえ仕事です」
「査定とやらか」
「はい。あの、実は何か魔法使ってませんか?わたし大山羊さんに会う時になんだか懐かしい感じがするんです。古い友人と会ってる時みたいな」
「うむ。使っておらん。だが不思議と吾輩も同じように感じておる。これはまるで」
「魔王さん」
「うむ。まさしくそうである。そうである。まさに魔王殿だ。事務の君から我らが古王の気配を感じる」
「なんでだろ」
「ふーむ、魂が取り巻いておるもやもしれん」
「つまり魔王さんに取り憑かれてるってことか」
「うむ。いや違うな。取り憑いているのではない。君の周りを飛んでいるのだ。言うなれば魔王の加護であるな。実にグッドである」
「もしかしてモンスターたちが魔王さんを慕ってると知った時に感じたものって、あれは魔王さん自身が感じてることなんじゃ」
「君は魂との繋がりに敏感かね」
「そうみたいです。小さい頃からそういうの感じてました。言っても誰も理解してくれないから黙ってますけどね。でも何言ってるかとかはわからないのよねぇ」
「繋がりだからそんなものであるよ」
「ふーん。あ、でも前にスフィンクスに魂を抜かれた人とは会話できたっけ」
「おお、懐かしきスフィンクス殿。かの魔力はモンスターの中にあっても高位であった。それはおそらくまだ死が確定しておらんかった故であろう」
「なるほどー」
「そういえば大山羊さん、お願いがあるんですが」
「うむ。言ってみよ」
「今人間側ではモンスターが集まってることを危惧して大掛かりな防衛対策を練っているんです。今まさに会議してるはず」
「ふむ」
「モンスターと人間が衝突しないように大山羊さんから何か言っておいてもらえないですか?」
「そうであるなぁ。君の願いであるならば聞き届けたい。可能な限りであればだな」
「可能な限りですか」
「うむ」
「事務の君。吾輩からも質問がある」
「なんですか?」
「獣の森の境界線に人間が住んでいる。彼らはなんだ」
「多分それは戦士の訓練場ですよ。ってそんな怖い顔しなくても。大丈夫、ではないのか。モンスターからすれば」
「うむ。それにあの場所にはあの人間がおる。かつて我らが古王を追い詰めたあの者が」
「トラドさんかな。みんなのまとめ役やってる人です」
「トラドか。覚えておこう」
「話せばきっと大丈夫ですよ。人間にはモンスターとの共存を考えてる人もいます。わたしも同じ思いです。話し合ってみませんか?そうすればこういったイベントでお互い気を張り合うことも減ると思うし」
「うーむ。今は魔王殿がおらずピリピリしておる。この度の白鳩殿の催しも皆の息抜きと今力あるものが誰であるかを見せつけるため。出向けば彼に従うとみなされ行かねば対立を意味する。非常に難儀しておる。そこに人間まで介入してくるとなれば吾輩だけではどうにもできん。故にその提案を呑みたいが、互いに尊重出来るならばいいかもしれん」
「じゃあわたし話しておきます、トラドさんと王子に話してみようかな。あとは、あとはアンさん、か。うーん、仕方ない」
「君は人間の中では少数派であるな。その心意気大切にしたまえ」
「はーい。大山羊さんって、なんでみんなのために行動してるんです?モンスターがそんな献身的って珍しく感じてて」
「うむ。魔王殿に頼まれたのだ。モンスターらはその本能故の衝動に自身も苦しむ者も少なくない。みかねた魔王殿が立ち上がり領土だけでなく各地域の安定化を図ったのだ。隣人との距離を空け人間との武力衝突を避ける方針を決めた」
「魔王さんがいないから代わりにそれをやってるんですね」
「代わりか、どうであろうか。吾輩は古王ほど熱心ではない。その意志を継ぐのであれば此度の白鳩殿の動きも牽制しておるはずだ。吾輩にその意思はない。湧いてもこない。さりとて鳩如きに従うなどもってのほか」
「でも疲れ切っちゃうほど頑張ってるじゃないですか。楽しみにしてるみんなのために。自分の言動がわかってないのは相変わらずね、ふふっ」
「何かおかしなことを言っただろうか」
「応援したくなるヤギさんだなって思っただけですよー」
「となると、魔王さんこそどうしてみんなのために動いてたんだろ?」
「彼は始め誰のためでもなかったのだ。苦しむもののためではなく理不尽に苦しめる者への怒りから立ち向かっていた。そうした中で結果的に助けられた者達から慕われ、次第にその者たちのためにと志すようになったのだよ」
「ずっと見てたんですね」
「うむ。なんせ彼の怒りの矛先であったからな」
「えーっと、大山羊さんは悪いヤギさんだったってことね」
「うむ。モンスターであるからな」
「たまに大山羊さんの名前出すと驚く人がいたのはそいういことか。あれ、だとしたら割と最近のことなんですか?」
「最近と言っても数十年も前である。吾輩も随分マイルドになったものであるなぁ」
「マイルドですか」
「人の四肢を引きちぎっていたからな」
「そういえばそんなことしましたね」
「わたしモンスターのことは嫌いじゃないです。魔王さんの影響があるかもしれないけど、仲良くできたらいいなって思います。こうして大山羊さんと話しててそう思うんです」
「そうであるか、事務の君の心根に感動である!」
「だからこの催しで人間と争うことがないことを願ってます」
「うむ。そうであるな。とは言いつつも正直なところ人間が危惧するようなことは起きはせんよ」
「なんでそう言い切れるんです?」
「何故ならば」
「なぜならば?」
「皆運動会に熱中するからである」
「そういえばモンスターってみんな熱いんだっけ」
「うむ!この日のために日夜練習を重ねてきたのである!吾輩も運営がんばった。むしろ人間如きに邪魔されたくないのである」
「あー、もしかして、みんなは余計なことしてるんじゃ」
「故に無粋な真似をしたくないのであまり言いたくはないのである。むしろそれが火種になりかねん」
「そう言っても人間側は心配になっちゃうし、うまく話し合えるといいのになぁ」
「いつかはそんな事になるといいな」
「そうですね。じゃあ、わたしそろそろ戻ります」
「うむ。またいずれな事務の君のセツカよ」
「うん。またね、器用な大山羊さん」
「これにて会議を終了とします。皆様ありがとうございました。では街道とモンスターの経路が接する点を中心に警備のほどお願いいたします。くれぐれも攻撃するような真似は控えてください。では解散といたします」
「おつかれさん」
「なぁトラド」
「なんだ?」
「俺は騎士の言いなりになるつもりはないからな」
「最低限歩調を合わせるくらいはしてくれよ。今後の戦士達の評価にも関わるしカーバンも言っていたが」
「わかってる。俺だって戦いたいわけじゃない。だがな、やっぱり許せねーんだ」
「騎士が?」
「というよりこの国が。もっと早く対処できたはずだろ」
「それは、あいつらにも訳があるんだろ」
「だとしてもだ。調査くらいは出来ただろ、今になってくわてて動き出してよ。自分らだけで出来ないからって投げ出しておいものじゃないだろーが!それこそ俺達に依頼でもすればいいだろ」
「お前。そうだな。なぁ、俺達の手で王国の考えを改めさせてやろうぜ」
「ああ。やってやる」
「頼りにしてるぜ、ウーアパーレ。やれやれ、こいつが本当に怒っていたのは自分達が信用されてないからだったか。まったく、つくづく真面目な奴だな」
「カーバン殿、ブンドウ戻りました」
「ご苦労様です。いかがでしたか」
「はい。悪王一味の関与を確認しました」
「やはり。彼らの目的はいかがですか」
「目的は不明ですがいくつかのパターンに分けることができます。まず何かの捜索。物なのか生き物なのかは不明。ついで人間、モンスター問わず生物の回収。これは双子の魔法使いの実験材料であると考えています。最後にモンスターとの共謀。明確にはわかりませんが何か前者2つとは異なる別の思惑があるかと思われます」
「わかりました。あなたには警備を進めつつ調査を行なっていただきます。必要なら単独行動も許可します」
「大丈夫でしょうか?会議の終わりだけど参加しましたが戦士側はかなり反発しているようでしたが」
「大丈夫です。あなたを配置した東側には戦士はいません。今はこのような細事で足を止めている場合ではないのです。もし戦士側が何か異議を唱えるようでしたら私が全て対処します」
「承知しました」
「悪王一味。一体彼らの目的な何なのでしょうか。とにかく厄介になってきました」
「そうですね」
「戦士のとこばではありませんが早々に手を打たなければいけません。彼らに関して後手に回れば取り返しのつかない事態になりかねない気がするのです。本当に王国の脅威となるのは彼らなのではと思えてならない」




