45. いい薬
「準備は出来ましたかな」
「はい。出発しましょ」
「ええ。昨日と同じ道になりますので勝手はわかってはおりますが何が出てくるか」
「はいはい命がけで守ってね」
「もちろん!この命に変えても必ずや!」
「重いなぁ」
「ははは、では参りましょう」
「ねぇポールさん」
「おお、おお!何でございましょう!」
「名前呼んだだけでオーバーね」
「嬉しいものですよ」
「ふーん。昨日より足取りがたしかだなって思って」
「わかりますか。実は今朝からずっとこの調子でして。もしやニーナ殿から頂いた薬のおかげやもしれませんな」
「あの薬が?」
「そこまで怪訝な顔をされなくとも、ご自身が作ったものでしょう」
「だからこそなんだけど」
「案外本当にエリクサーを作っていたのしれませんね。だとしても古傷を治すほどとなると最高級。まさかですな」
「そうそうまさかですな」
「そうであったなら私はニーナ殿に一生逆らえませんよ」
「ほんと大げさ」
「私が負傷した際、骨の位置がズレたらしく動きがおかしくなってしまいまして。それが今いい具合になっておりますし、このようなこと今までありませんでしたからな。傷んでいた節々も全くもって快調。これなら以前のように戦えますぞ!昨日のような失態は2度といたすまい」
「ポールさんって騎士の中ではどの程度だったんですか?」
「私は大したことありませんよ。先頭に立って身体を張ることぐらいしか取り柄がありませんでしたから。だからこそ負傷したわけですし」
「じゃあ期待しないでおきますね」
「ええそれで構いませんとも」
「まったく」
「ふむ、何か気配を感じますな。金属のような固く冷たい緊張感。ニーナ殿気をつけてください。これは人間です」
「野盗か何かかしら」
「いえそんな生易しいものではないでしょう。指名手配犯の中にはアサシンもおります。その類かと」
「どうすればいい?」
「開けた場所に行きましょう。しかし今襲ってこないのであればそちらに誘い込んでいるのかもしれません」
「わざと気づかせたってことね」
「はい」
「私は魔法でバリアを張っておくから気にしないで」
「そうはいきません」
「私が先に行くから後ろを守ってね」
「うーむ、言っても聞かないか。わかりました」
「その苦渋の決断みたいな顔、いいですね」
「は?」
「ふふふ」
「もうじき見通しのいい場所ね」
「はい、そこまで行けば奇襲は受けにくいので対処する選択肢が減ります」
「でも魔法を撃たれたらまずいんじゃ」
「私が盾になります。魔法くらいでやられたりはしませんよ」
「無事なわけないじゃない」
「その時はまた薬を作ってくだされ」
「しょうがないなぁ」
「出たわ」
「ええ、しかし襲うならこのタイミング、むっ、やはり来たな!」
「ちっ」
「ニーナ殿そばに」
「もっと開けたところに行ったほうがいいのよね!」
「待ってください!ニーナ殿、敵は1人とは」
「あ」
「火球だと!ニーナ殿、ニーナ殿ぉぉぉ!おのれ、貴様!そこかぁぁぁ!」
「ちょっと、こっち来ないでください!なんで隠れてたのにわかるんですか」
「お前らよくもぉぉぉ!1人たりとも逃さんぞぉ!」
「こいつ燃えろ燃えろ!うわわ、なんで効かないんですか!」
「魔法使い!よくもぉ!」
「きゃー、ちょっとダグなんとかしてください!」
「バカ、名前を呼ぶな!あ、離せっ、こいつ負傷兵なんじゃ」
「ふぬぅ!」
「ぐわ」
「うわ、顔面叩きつけるとか。えげつないですね」
「言え。なんの目的で襲ってきた。なぜニーナ殿を!」
「か、彼女が作った薬に興味がありまして、可能なら彼女ごと回収をするつもりでした」
「薬、これのためだと。そのために。そうか貴様らだな!細工をして俺に依頼をして来たのは!こんなモノのためにっ!」
「ひー」
「捕まえるはのはいいんだけどポールさん少し落ち着いてください」
「落ち着いていられるかぁ!こいつ、うん?ニ、ニーナどのぉ!うおおお」
「どこまでも大げさね」
「おや無事でしたか。手加減したからかな」
「避けたのですな、さすがにございますな!」
「氷の膜で防いだだけです」
「氷で、なるほどですな!さすがメイ殿の弟子!」
「ちょっと、氷の膜程度で私の炎を防ぐなんて出来るわけないでしょう」
「ふふーん、大したことなかったけど」
「な、なんだとぉ。私も天才的だと言われた魔法使い!さすがに一般市民に負けたとあってはプライドが許しません!」
「ははは、愚かですな。天才の前で天才的とは」
「ぐぬぬぬ。なかなかやりますね。あなたセツカさんと同じ査定員ですよね。なぜそんな力が」
「何故って、先生がいいからじゃない?ポールさん、この人やっつけてください。確か指名手配犯だったと思います」
「おお!この丸太削りのポールにまかせておけぇい!」
「いい加減熱苦しい」
「それは同意ですね」
「ニーナ殿、挟み撃ちにしますぞ!」
「作戦は口にしたらだめじゃないの?」
「そうやって敵の動きを誘導するのも戦術です」
「そういうものかな」
「御覧くださいあの悔しそうな姿。地団駄踏んでおりますぞ」
「くー、目の前で作戦会議されているのにたしかに対処できないのはとても悔しい!仕方がないですね、いずれまたお会いしましょう」
「こらー!逃がすかぁ!」
「きゃー、覚えてろー」
「すみません、2人とも逃しました。逃げるために生まれてきたかのような逃げ足」
「無事だったからいいんじゃないですか」
「そうですな。ですがニーナ殿!戦闘中に勝手な行動は謹んでください!」
「はーい」
「無事だったから良かったものの、もし何かあったら私は」
「わたしは?」
「私はメ、メイ殿に殺される、氷漬けどころではない」
「恐怖故だったか。ふーん、なるほどね。これは使える」
「ようやく着いたな」
「ショウさん、報告はどうすればいいです?」
「このまま着いて来い」
「はーい。ここからは馬車でもいいんじゃないですか」
「後少しくらい歩け」
「ショウ王子!」
「おや伝令ですね、随分慌てていますが」
「おいどうした」
「王子、とにかく至急執務室までお越しください」
「王族の御膳だぞ。正確に話せ」
「それがその、言えません」
「言えんだと?俺は近衛騎士だぞ」
「申し訳ありません」
「俺に対しても言えんのか」
「はい」
「王子、これは」
「ああ、俺以上の権力者など一握りだ。セツカ、ここから俺は王子だ。対応を間違えるなよ」
「は、はい」
「これから部屋に入る。もう一度だけ言うぞ。絶対に対応を間違えるなよ、いつもの調子だとクビが飛ぶからな」
「わ、わかりました、気をつけます。というかしゃべりません」
「そうしておけ。おい開けろ」
「はっ!ショウ第2王子が到着いたしました」
「ショウ只今戻りました。ん?大臣!おい、どうした!真っ白に燃え尽きている」
「一体何があったのでしょう」
「わからん、この三つ編みのお下げ髪はいったい」
「こんにちは王子」
「うぉ!メ、メイ、いたのか」
「ええ、ごきげんよう」
「ああ、いつ以来だな、そうかお前が」
「セツカ殿、対応を間違えれば命が凍りつきますからね」
「わたしは別に問題ない気がしてきましたけど」
「そんなわけありません。あの目を見てください。人をなんとも思わず氷漬けにする魔女です」
「全部聞こえているわよ。こんな狭い部屋で小声で話せば聞こえないとでも思うなんてあなたバカなの?」
「うわぁぁぁぁぁぁ、いやだ、まだ、俺はまだ凍りたくは、動けないって、つらい、ん、だ」
「後は王子だけですね。がんばってー」
「ねえ王子」
「なんだ」
「私のかわいい教え子から聞いたんだけど、あの子囮捜査に使われたようなのよ。何か知っているかしら」
「お、俺は」
「俺は?」
「俺は何も知らない」
「王子、う、裏切り者、ぐふ」
「三つ編みは黙っておけ」
「そう。知らないのね、よかった」
「ああ」
「そういえば王子」
「なんだ?」
「本当に知らないの?」
「そ、そんな間近で見つめても答えは一緒だ。俺は知らない。はは」
「笑ったわね。嘘つき」
「わたし帰りますねー」
「失礼します。報告がございます」
「うむ。聞こう」
「ショウ第2王子がご帰還になりました。その後、執務室にてメイ殿による氷結魔法が放たれたとのことです」
「そうか。愚息め」
「ベスボも居合わせたとのこと。たまにはいい薬ですね」
「そうだな。ショウの事業はどうだ」
「先程、査定員セツカの報告書を読みましたが今のところは順調のようです。トラドの組織した組合は戦士の隠れ家という名にしたそうですよ」
「トラドらしい名だ」
「元騎士が多く滞在しているとのことでしたか」
「うむ。騎士を辞めても国のために働くとはな」
「ここに残っていて欲しいところですね。元騎士といえばもう1人の査定員ニーナの報告書によると、ポール殿の古傷が癒えかつての様相に戻っているとのこと。実際に会いに行きましたが確かに退役前と変わらないようでした」
「おおそうか!若くして騎士長になったやつだ。このままでは終わらんと思っておったぞ。それで復帰は考えているのか」
「伺いましたがその気はないとのこと。丸太削りが気に入っているのだそうです」
「ははは!あいつらしいな。やれやれ、トラドにいい人材を取られ続けるのは癪に障るな」
「ふふ、そうですね。人材といえばポール殿に聞いたのですが、メイの弟子でもある査定員ニーナは天才といっても過言ではない素養を持っていると。彼曰くメイの再来だそうです」
「ほう。氷結の魔女が2人もいるとはな。冬の訪れが早まりそうだ」
「それと、査定員セツカも面白そうですよ」
「査定員2人ともか」
「はい。彼女はアンに師事しているとのこと」
「何!アンダークか、あやつが弟子をとるとはな。ははは!確かに面白い。一度会ってみるか」
「ブン王、それはセツカにでしょうか」
「その子ら2人だ。アイズよ、お前が行ってきてくれ。あの姉妹に対抗できるのはお前くらいだ」
「承知しました。ついでにベスボも回収しておくかな」




