39. セツカよ、今こそ音速を超える時だ
「1号止まれぇい」
「ブヒヒーン」
「ここは」
「特訓場よ」
「筆記のですよね」
「そう、私はいつもここで鍛えているのよ」
「頭脳をですよね」
「ええ。技術を身につけるにはまず基礎が大事だからね」
「事務においても基礎学力は大事ですもんね、さすがアンさん」
「納得のようね。では体力作りを始めましょうか!」
「全然噛み合っとらんわ!」
「パンダ3号、前へ」
「な、何よ、やけに威圧的ね。愛嬌振り撒いとおけば金になる楽な存在なくせに」
「あんたそれは偏見でしょ。セツちゃん、いつもニコニコしているなんて感情揺れ動く生物として人格が破綻しているわ。その裏では血の滲むような努力があるの。そう。だからあなたもニコニコしながら敵を駆逐できるようになりましょう」
「いちいち話を鍛える方にもっていきおって」
「さ、まずは筋トレよ。腕立て1000回を朝昼晩の3セットからね」
「死ぬわ!ニーナちゃんが可愛く思えてきた」
「ほら、さっさと歩きなさい」
「囚人生活を始めて早数日。ニーナちゃんは心配しているだろうな。きっと王子も」
「それなら大丈夫。ここにくる前に王子には許可をとったしメイにも自慢してきたからニーナさんにも伝わってる」
「わたしを待たせたのはそれか。まさかそこまで計画的だったとは。あぁ、救助は来ない。なんと無常な。いや待てよ、王子はわたしを査定にあちこち送り出す。この姉妹はわたしの人権無視する。ニーナちゃんはわたしが苦しんでると喜ぶ。わたしって逃げ場がないのでは」
「今更気づいたの?わかったなら続きを始めるわよ」
「わかっててやっとるんかい!過去わたしの安全を気遣ってくれたのってターナさんたちとモンスターのみんなだけな気が」
「なに?モンスターと戦いたい?」
「言っとらん!なんでも戦いに結びつけるんだから」
「では今日も日課から。パンダ3号、ちゃんと見てなさい」
「あのー、風の魔法を使いたいのですが」
「それは応用だからまだ先よ。まずは基礎的な体力をつけて次は体捌きを身につけなさい」
「いや格闘家になるつもりは毛頭なく」
「これから様々な場所に赴くでしょ。そんな時魔法が使えない状況になっても助けになるのは自分しかいないのよ」
「そう言われると正論に聞こえるけどそもそもわたしはそんなことを望んでいないのですが。そういえばこの業務っていつまでやればいいのかしら」
「しのごの言わずにやる。最強への道は1日にしてならず。さぁ張り切っていくわよー!」
「こういう熱血で無茶を押し付けるところは姉妹でよく似てるわね。仮に最強になったとしても絶対に戦わないから。わたしは平穏で平凡な人生を送りたいだけなのよ」
「そんなラノベみたいなことを」
「だってこのままいくとわたしの人生が、査定するより自分でやった方が早い事に気づいたわたしは世界を制し平穏求めて旅をする。というタイトルになりかねん。どうにかせねば」
「あれからどのくらいったのだろうか。わたしは今、獄中での生活を余儀なくされている」
「大して経ってないでしょ」
「いいかげん魔法使いたいー!」
「仕方ないなー」
「え!いいの!やた」
「魔法はこうやっていい感じに魔法使ったらなんか出てくるわよ。じゃ続き始めるわよー」
「そんな適当な教えで使えるなら今頃賢者にでもなっとるわ!魔法使えんのに魔法使うってどんな教えですか」
「やれやれ。私は風しか教えられないからね」
「いいですけど今度は本当に教えてくださいよ」
「はいはい。といっても使えるかはその人次第だからね」
「ういっすー」
「風って目に見えないけど物体なのよ。それを操作するだけ。実は元素の中では一番簡単に扱えるのよ」
「へー」
「手の平に透明な球体を思い浮かべてそれをぐるぐる回すイメージ。ただ手元に近すぎると自分が怪我をするから気をつけなさい」
「なるほど。それで次は」
「あとは魔力を注ぐだけね」
「そこが大事なんだけど」
「そう言われてもまだ理論なんてないからみんな直感的に覚えるものなのよ?メイでさえそう教えてるみたいだし」
「そうなんだ。風が扱えたら空飛んじゃうかも。そしたらニーナちゃんはきっと悔しがる。ふっふっふ、がんばれわたし」
「目的があるのはいいことね。じゃあ3号、ちょっと休憩しましょうか。できるといいわねー」
「ちょっと黙っててくださいよ!よーし。風を起こす。集中して、ぐるぐるしてー、うーん。こんな感じかなぁ」
「まだ頑張ってるわね。意外と集中力あるじゃない。あら?風が、ってちょ、ちょっとセツちゃん、あなた。ふぅーん。3号、今の見たわよね?ふふふ。トラドめ、首を洗って待っていろ。ん?何か来たわね。折角いいところで」
「おいお前ら。ここでなにしてる」
「誰かしら。今とても気分がいいの、邪魔しないで」
「うるせーな。ここは俺たちが先に見つけて使ってる場所だ。どけ」
「今猛烈に嬉しいのよ。邪魔するなら再起不能にするわよ。あら、あなた指名手配犯よね。確か悪王ヒカル」
「なに?悪王って何だ」
「名前じゃ間違うからってあんた達に付けられた二つ名」
「お前、王国の者か」
「まー関係者ってとこかな。今はただの交通整備係だけど」
「ふーん、まぁいい。とにかくどけ」
「あれぇヒカルじゃない。あんたこんなとこで何してんの」
「お前こそ何でいるんだ」
「そこにいる人に誘拐されて日々強制労働の毎日を過ごしているのよ」
「またわけのわからんことを」
「そういえば悪王って元勇者なんだっけ。魔王討伐で一緒だったか」
「はい。なんですかその悪王って。変な名前」
「彼の二つ名よ。手配書に書いてあったんだけどうせこのネーミング、ショウ王子でしょ」
「そうですね、あの人っぽい。手配書なんて見たことなかったけどなぁ」
「俺も知らんぞ」
「そうなの?だとすると交通課は往来を観察する機会が多いから先行して配布されたのかもね」
「はー、なるほど」
「ところでお前強そうだな。勝負しろ。勝った方がここの所有者だ」
「いいわよー。後ろの子達もそれでいいのよね」
「ちょっとクロ、バレてるわよ」
「うーん。姿が見えないように魔法をかけてみたんだけど、まだ完成に程遠いのかな。でも今までバレたことないんだけれど」
「こいつらは気にするな。いくぞ!」
「何この子。挑んでくるならもっと鍛えてから来なさい。相手になってないわよ」
「んなバカな、日々強くなってるって実感あるんだぞ、くそ!王国はバケモン揃いか!」
「ヒカルー、今回はがんばってー。アンさんやっつけてわたしをここから救い出してー」
「うるせーな!こんなやつどうやって倒せってんだ、全然あたんねーんだぞ!くっ、ニコニコしやがって!」
「ちゃんと見なさいよー、そんなんじゃアンさんには当たんないぞー」
「そうそうセツちゃんの言う通り。んー、さすが私の弟子」
「違うっつーの」
「うがー!余裕ぶりやがってー!」
「だって余裕だし」
「がんばれー」
「ムキー!」
「ねぇクロ、ヒカルって昔と比べても扱われかたが変わっていないわね」
「そうだね。あなたのお連れのあの女、ヒカルをここまで簡単にあしらうなんて。もしかして王国はいつでも魔王を討伐できたのでは」
「おいどうした」
「あ、マルマルさん。ようやく来ましたか」
「あれはメイか?いや違うか、誰かわからんが厄介そうだな。うーむ。ここでヒカルを失うわけにはいかん。やれやれ仕方がない」
「あれ?マルマルさんまでいたんですか」
「おう。元気そうだなセツカ」
「はい、いえ全然。死にそうなのでここから連れ出してもらいたいです」
「そうか俺達と来る気になったか」
「違います。やはりここにも逃げ道がないか」
「ははは。冗談だ。ま、お互い利用しあおう」
「どういうことです?」
「うげ、いってー、くそ、こいつあの男と同格か」
「誰のことか知らないけど私は騎士の中では上の下ってとこよ。悪王なんて名前ならもっと頑張りなさい」
「うるせーな。ったく、もう2段上がいんのかよ。だとすると今の俺は中の上ってとこか」
「そうね」
「ちっ、ここは引くか」
「私の邪魔をしておいて逃げられると思わないことね」
「2人ともそこまでだ」
「アンさんー、つかまっちゃったよー、たすけてー」
「セツカ、君は喋らない方がいいな」
「すみません」
「なーに?人質ってことかしら」
「そういうことだ。見逃してくれ」
「セツちゃんに少しでも傷つけたらあんた達許さないわよ」
「アンさん!そんなに私のことを大事に」
「それはもう。折角手に入れた逸材を逃すわけにはいかないでしょ。トラドに勝てなくても交通課の一員に」
「マルさん、アレどうにかしてください」
「ははは、じゃあみんな逃げるぞ」
「ちっ、ここまでか。今回はつかれたな。お前もいつか倒してみせる」
「はいはい。大怪盗、あんた達を見逃してあげるんだからセツちゃんは置いていきなさい」
「そうだな、構わないぞ」
「いやいや!わたしも逃げたいです」
「おおそうか、やはり俺達と来たいか」
「そうくるか。もういいです!」
「おいセツカ。とりあえずあの女のところにいろ。こっちには来るな」
「うるさいわね。あっちにいったら人生詰むのよ」
「こっちに来ても変わんねーだろ。じゃあな」
「もー、だれかたすけてー!」
「かえりたい」
「そうね、そろそろお休みするのも限界かな。みんなに怒られちゃう」
「やっと帰れる」
「じゃあセツちゃん。ゼブラ1号より早く走ってね」
「何言ってるんですか」
「1号より早く、音よりも早く走るのよ!」
「それ好きですね。わたしに音速を超えて走れと」
「セツカよ、今こそ音速を超える時だ!」
「今じゃなくていいわよ。パンダ3、背中乗せて。もう色々つかれた。おやすみー」
「私は諦めないわよー!」




