19. 勇者と魔王
「お前査定するんだろ、邪魔にならねーとこで見てろ」
「えー」
「そうだな。事務について後で話が聞きたい。安全なところにいろ」
「はいはーい、隠れてますー!なんて言ったところでどこにいろってのよ。物陰があったって安全なとこないでしょ」
「おや、人間の君」
「わわ、こ、こんにちは」
「安心したまえ。君を守っておいてほしいと魔王殿に呼ばれてきたのだ」
「そうだったんですか。よろしくお願いします」
「うむ。吾輩は大山羊さんである」
「ああ、どうも。それにしてもいつの間に」
「うむ。ビビッときたのだ。魔王殿からな」
「ビビッと。ああ、テレパシーってやつですか。便利ですねぇ」
「うむ」
「それでどこにいればいいのかしら」
「うむ。吾輩のそばにいれば良い。あらゆる力からその身を守ろう。吾輩の力及ぶ限り」
「それってあの2人の攻撃からも?」
「もちろん。と言いたいがさて、どうであろうか」
「あ、あの頼りにしてますのでなにとぞ」
「うむ。おっとすごいの来た」
「ひー、あいつらわたしのこと忘れてるでしょ!」
「どうであろう。魔王殿はこちらを気遣っておるように見受けられる」
「そうなの?言われてみると確かにわたしたちが背後に来ないようにしてるわね。魔王様がんばってー」
「君は人間であるよな?」
「ところでこれいつまで隠れてないといけないんだろ。ぱぱっとアホ勇者やっつけてくれると助かるんだけど」
「それは難解である。あの勇者とやらはかなりの手練。いかな魔王殿であってもそう易々と勝てる相手ではあるまい。だがしかしまだ若いと見た。あれでは勝てまい。そうだな、半日あればいいだろう」
「半日!そんな動き続けるのか、よくやるわねぇ」
「吾輩には無理である」
「わたしも。じゃあのんびりここで待つか」
「君はかなり図太い人間であるな」
「お、勇者くんが大技連発してるわね。あんなんで保つのかしら」
「実力の差がわかったのであろう。短期決戦に望む方針である」
「じゃ早く終わりそうね。よかった。いきなりいなくなっちゃったし、ニーナちゃん心配してるかなぁ。そういえばここって獣の森の奥なのよね、ど、どうやって帰ったらいいの?」
「安心せよ」
「送ってくれるの?」
「魔王殿は何か助手のようなものを探しているようであった。ここで働くとよろしい」
「いやよ、帰る」
「では自力で森を抜けるといい」
「えーん、かえりたいよー!」
「うわ、なんかさっきからこのバリアに当たる攻撃が増えてません?」
「うむ。吾輩もそう思う。魔王殿がこちらを庇っていることに気づいたのだろう」
「姑息なやつね。勇者は、せこい戦いで、魔王を翻弄」
「査定とやらか」
「うん。これはわたしの所感だけど」
「であればもう少し具体的な言葉を選ぶがよかろう。勇者人質を取り魔王の動きを封じる、などと」
「具体的に書くと一層せこさが増すわね。その人質ってわたしだし」
「うむ。ん?あのエネルギーは防げないかも」
「ちょ、勇者のばかー!」
「うう、あーびっくりした。あの、大丈夫ですか?」
「うむ。なんともない」
「あれ?そうなんですか」
「うむ。なんだ、モンスターなどついでに消えてしまえとでも?」
「いえ、防げないっておっしゃってたから心配で」
「なんと!無事である。人間の君よ。その心根グッドである。任せよ。我が身にかけて必ず守ってみせよう」
「熱いわね」
「うむ。見たまえ。魔王殿が庇ってくれたのだ。だが咄嗟のこと。防ぎきれなんだ」
「アホ勇者め、なんてずるいことを。加勢してあげないんですか?」
「うむ。そうだな。魔王殿!加勢いたそうか!」
「いらん。勇者は一騎打ちを所望だ。相手の土俵で戦い勝ってこそ王である」
「りょ!うむうむ。魔王殿のあの漢気。かっこいいでしょ。故にファンが多いのだ。みな憧れる」
「なるほど、皆さん熱いんですね。もしかして熱い展開を求めて人間と衝突するとか?いやいや、そんなわけ、まさかね」
「さて、真面目な話だ。人間の君」
「は、はい」
「君はこの戦いを見届けるためにいると聞いた」
「そのためっていうか、ただ成り行きで勇者くんの査定することになっただけですけど」
「うむ。構わぬ。頼みがあるのだ」
「なんでしょう?」
「魔王殿の最後を見届けてほしい。そして正確に記してほしい」
「最後って、まだ負けてませんよ」
「君は戦いに疎いと見える。戦に出た者ならすぐに気づく。先のダメージは大きかったようだ。さすが勇者といったところ。負傷したままでは到底勝ち目はない」
「そんな、役に立てないわたし達のせいで」
「わたしと言わず吾輩を入れる図太さ。さすがなり」
「さて、我らが王の最後をしかと見届けてはくれまいか」
「それはいいけど、そんなこと言ってないで一緒に戦ってあげればいいじゃない」
「そんなことをしては王のメンツがたたぬ」
「そんなもの捨てちゃえばいいのに」
「王とはそういう者。特にこの魔王殿は。魔王殿の強さは決して最上ではない。だがあの王の力はバランスがいいのだ。あらゆることに精通しておる。最上の者たちは魔王と戦えば勝てはするがただでは済まない。そこを狙われればもしかすれば名も無いゴブリンでさえ勝てるやもしれん。そして魔王は相手が誰であれそのような結果を生む。みたまえ。まさにあの勇者がそうだ。あれは凄まじい力を持っている。しかしあれの強さは純粋な力ではない。あれは殺しに特化した戦いだ。真っ向からでは魔王には勝てんさ。非道さが勇者の強さだ。しからば魔王は真っ向から勝負を挑み続けているのだ」
「勇者っていうかアサシンね。まったく、せこいわけだ。出会った頃はそんなじゃなかったのに」
「そうであるか」
「しかしあの力は危険極まりない。吾輩ではたちどころに殺されるであろう」
「あなたあまり強くないのね」
「そうではない。強さはそれぞれである。吾輩の場合は魔術の巧妙さが売りである。吾輩の二つ名。器用な大山羊さんとは吾輩のこと」
「それただの褒め言葉よ」
「というわけで勇者とは相性が悪い」
「ふーん」
「で、話がそれちゃったけど王様の話はいったい」
「うむ。魔王の存在はまさにバランスなのだ。魔王がいるから我々は共存出来ている。出し抜けば魔王が来てしまう。魔王の賛同者と共に。そうなればただでは済まん。徒党を組んだとしてもな」
「どんなに強くても集団相手には勝てないのね」
「うむ。仮に魔王を倒したところで別の誰かが来る。そのものが勝てばまた別の者。最後に残ったものが我々の王となる。そこには最早何者も残ってはいないであろう。魔王はそれを憂い王として立ち上がったのだ」
「そんな、じゃあなおさら助けなきゃ!」
「うむ。助ければどうなるか。王として認められず全員の同意の上で総攻撃をかけられるやもしれん。弱いものなどが王であるなど誰が認めようか。その時になってはもう誰も助けは来んだろう」
「あなたも?」
「しかり。手をかせば吾輩にも死の定めがおとずれるのみ。なれば魔王はこの戦いで散りその生き様を残すことこそが望ましいのである」
「そんなのって、魔王さんは皆のことを想って戦ってるのに」
「人間の君よ。人情とは人のもの。我らのものとは違うのだよ。だがありがとう。その気持を今の魔王へ向けてほしい。最後を共に見届けよう」
「わかりました。まったく、違うってどこがよ。あなたのそれが人情でしょうに」
「はっ、ははは!勝ったぞ、魔王を倒したぞ!オレが勝ったんだ。おい、ちゃんと見ていたな?」
「ええ。ちゃんと記録した。気になるなら後で読みなさい」
「ふん。オレはこっちの字はあんま読めねぇんだよ。まあいいさ。オレが勝ったことさえ伝われば他はどうでもいい」
「あっそ」
「人間の君。感謝する。その記録は必ず持ち帰ってくれたまえ」
「ええ」
「やれやれ、疲れたぜ。さすが魔王だ。しかも向こうのとは格が違う。SSでも難しいんじゃねぇかこれ。ははは、それに勝ったんだ。やったぜ、師匠。このままいけばあんたに追いつけるかもしれねぇな」
「何そのSSって」
「あ?ああ、なんていうか強さのランクだ」
「なるほど、能力に等級をつけるのね」
「勇者よ」
「あん?なんだデカいヤギ」
「魔王の手向けだ。その右腕貰い受ける」
「は?」
「ちょっと、大山羊さん!」
「ちょっとまてよ、おい、う、ぐ、あああ、ぎゃあぁぁああぁぁぁ」
「うむ。これでよい。人間の君。先程伝えた弱ったところに襲いかかるというのがまさにこれである。勇者を生かすのは君が帰れるようにである。しかし途中までは送ろう。さあ参ろうか」
「い、いやいや、魔法で腕を引きちぎるとか。こんなエグいもん見せられて、ちょっと気分が、うぅ」
「ならば眠ると良い。勇者よ。着いて参れ」
「く、くそ。せっかく、せっかくここまで強くなったのに!お前、いつか必ず仕返ししてやる。必ず、必ずだ!」
「うむ。危険であるな。お主も眠れ。森の外れまで連れて行こう」
「うーん。むにゃむにゃ。ニーナちゃん、そのつくえはわたしのものよー。う、うん?ここは」
「人間の君。目が覚めたか」
「あれ、魔王城にいたはず」
「森の外まで連れてきた」
「そうなんだ、ありがと。勇者くんは?」
「うむ。先に起きて行ってしまった。君を守らぬならばトドメをさすと伝えたところ、君が城に行くのは保証すると申したので見逃してやった」
「あいつも自分の武勇伝を知らせてほしいからね」
「さて、別れである。君の名を教えてはくれまいか」
「セツカです」
「戦士セツカ。いつかまた」
「あの、わたし事務なんですけど、ってもういいや。今日は疲れたわ」
「うむ。事務の君、達者でな」
「はい。大山羊さんもお元気で」




