15. 音よりも速く走るのよ
「セツちゃん、見て」
「あれは、松明を頭に結んだイノシシとゴブリンたちですね。今日はイノシシ鍋かな」
「愛おしそうにブラッシングまでして直後に食べるんかい。あれに乗ってるのよ」
「ブモオォォォォォ!」
「イノシシすごい唸ってますね」
「ゴブォォォォォォ!」
「ゴブリンの角笛、様になってるわね。あ、走り出しそうですよ」
「止めるわよ。こらー!そこのゴブリンどもー!そんなけたたましい騒音出したら近隣のモンスターのみなさんに迷惑でしょー!」
「オラオラ!、!!!、!!!!、!!。!!!。オラァ!」
「イノシシと角笛がうるさくて気合が入ってるオラオラ以外聞きとれませんね」
「そこのゴブリン!止まりなさい!イノシシが蛇行するなんて生意気よ!今すぐ止まりなさーい!」
「トメテミロー!ハハハ!」
「いい度胸じゃない。よし行くわよ!カモン、ゼブラ1号!」
「ヒヒーン!」
「しまうま?」
「私の愛馬よ。セツちゃんも後ろに乗って。それじゃ、ゴー!」
「うひー。ちょっと揺れが酷い」
「ちゃんと捕まっていなさいよ!」
「はいー!」
「1号!風より早く、音よりも速く走るのよ!」
「ヒヒーン!」
「音速超えて走るしまうまって」
「なんか言った?」
「いえいえ。イノシシが蛇行するのはたしかに生意気ですね。しかも速いし」
「でしょ。でも大丈夫。道は把握しているから先に潜伏させた職員が待ち伏せしているわ」
「それは頼りになりますね。でも勢いにのったゴブシシたちを止められるんですか?それもあんなにたくさん」
「ふっふっふ。安心しなさい。道を塞ぐのは合気マスターたち」
「へー。あ、道のずーっと向こうに誰かいますね」
「あなた目がいいのね。ていうか私には何も見えないけど」
「パンダだ。左腕に赤い腕章つけてる」
「赤い腕章のパンダ!まさか合気動隊エースのパンダ3号か!」
「頼りになりそうですね。ていうか白黒の動物ばかり。あ、先頭のゴブシーが投げ飛ばされてます」
「ゴブシー?まぁ私にも見えてるわ。よーぉぉぉし!そのままいけぇー!パンダさん、ゴー!!」
「名前の由来はそれか」
「風圧鉄拳!」
「あのー、ゴブシーがかなり鈍い音だして吹っ飛びましたけど、大丈夫かな」
「ダイジョブダイジョブ!ほらほら、そんな避け方じゃすぐダウンよ!そぉーれ、クルクルキーック!」
「すいぶんと楽しそうですね。それにしても流れるようにゴブシーの間を進みつつ吹き飛ばす。改めて考えてみると遠征の時のみんなは力で押してた感じね。この人のは素早い連撃に風を織り交ぜたパワーアタック。あの数相手に一方的。圧倒的な強さ。この人、すごい」
「ふぅ、やれやれ。片付いたかな」
「アンさんって風の魔法が得意なんですね。素早く移動して相手の急所は避けながら向かい来るゴブシーたちを容赦なく風で吹っ飛ばす連撃。お見事でした」
「私の動きがちゃんと見えてたのか。あなた本当に目がいいのね」
「はい、さすがに目が肥えてきました」
「そういう意味じゃないんだけど」
「それにパンダ3号、すごいですね。腕力に技まで。襲われたらひとたまりもない」
「大丈夫よ。笹あげときゃ大人しいから」
「それゴブシーたちがやってたら逃げられてたのでは」
「ゴブリンがそこまで頭使えるわけないじゃない」
「めっちゃバカにしてますね。アンさんもなんか戦いなれてましたけど、交通課ってそんなにバトルするところなんですか?」
「ええ」
「聞いてた話となんか違う気が」
「何を書いてるの?」
「今回のことも報告しようかと思って」
「へー。見てもいい?何かアドバイスできるかも」
「はい、どーぞ。あ!いや、やっぱダメ」
「そう言わずに。どれどれ。ふーん、私たちの役割を元に貢献度を、ん?アンさん、破滅的ネーミングセンス」
「あああ、それはー、その」
「セツ、これはどういう意味なのかな?」
「えーとえーと」
「そういえば私達の動きがよく見えてたみたいだけど、足りないものがあるわ」
「え?なんでしょう」
「体験よ」
「すぐに消しますー!」
「うう、いたいよー。あのー、この仕事で気を使うことってどんなことです?」
「相手の今後を考えることかな。評価するならちゃんと後のことも考えなよ」
「後のことですか?」
「そう。私たちのような仕事は相手の人生を直接大きく左右してしまうことを自覚しないといけないのよ」
「そうですね」
「だから、私の仕事で言えばルールに抵触しているか、それに見合った対応とは、といったことを熟考した上で補導を行うの。そしてさっきみたいな捕縛後には更生できるようにフォローを入れるのよ」
「正しい道に進めるようにですね」
「正しいというより、穏やかに生きられるように、かな。一般的に正しいとされる道がその者にとって正解の道とは限らないからね。で、問題を起こす人ってどちらかといえば少数でしょ。その少数が大勢に加わると皆の生活圏に多様性が生まれる。互いの在り方を認めることが出来たとしても共存となると難しい。だからそれが上手くいくようにフォローするの。何度もね」
「ふーん、それ交通課の範疇超えてませんか?」
「かもね。ま、関わったからには気にかけてしまうのよ」
「なるほど。でもそれって査定表にどう組み込めばいいんだろ」
「そこは王子達にやらせればいいのよ。あなたは現場で得たことを伝えればいい。考えるのは彼らの仕事。彼らが現場に出向かなくても必要な情報が手に入るように伝えるのがあなたの役目」
「それもそうですね。事務で運用決めることもあるからつい考えちゃった」
「それはそれでいいと思うわよ。何か考えが出来たら伝えてあげなさい」
「はい、ありがとうございます。ところで、ショウ王子のことご存知なんですか?」
「なんで?」
「さっきの口ぶりだとなんだか身近な人って感じだったので」
「身近ね。親しいわけじゃないの。昔、この交通課に来る前は王国の騎士を務めていたのよ」
「そうだったんですか!王国の騎士っていったら大手企業のエリート社員級じゃないですか。楽しく給料がっぽり」
「なんで楽しく?えっと、エリートっていっても大した事ないよ。実際の実力はピンキリだし」
「そですか、わたしからすれば騎士になってる時点ですごいんだけど。なんでそんないいとこからここに来たんです?」
「そうねぇ。私はね、みんなが争わなくてもいいようになってほしいの。みんなの生活を守りたい。人もモンスターも、他の動物も、植物だって。だから王国の騎士になり、もっと寄り添いたいから交通課に来たの」
「寄り添うために選んだのが交通課?」
「そう。在り方というのは生き物の数だけ分岐した道がある。沢山あるから交差してぶつかっちゃうのは避けられない。だからそれを交通課って仕事を通して整理してあげたいの」
「そうなんだ。成し遂げられるといいですね、その想い」
「何言ってんの。もうあなたも交通課の一員なんだから、いいですねじゃないでしょ。むしろしっかり働いていきなさい」
「あの、わたし事務なんですけど、こんな過激なとこに就職した覚えはないです」
「あらそうだったのー」
「わざとらしくよくもまあ」
「そんなの辞めちゃいなよ。ね、私たちと世の中よくしていきましょ。退職届なら出しておいてあげる」
「治安組織が書類偽造しちゃだめでしょ!それに退職届とか、ニーナちゃんが嬉しそうに受け取る姿が目に浮かぶ。もー!それじゃ、本日はありがとうございましたー!フォーマットどうもですー!」
「ふふ、またねー。あなたならいつでも歓迎するわよー」