118. がんばれおーじ
「はぁ」
「おや王子、いかがなさいましたか」
「最近落書きしてるやつがいるだろ?そいつの後処理で土木課の親方から割に合わんって苦情が来ていてな」
「おや、ムグラ殿が声をあげるとは珍しいですな」
「ああ。よっぽど腹に据えかねる状況なんだろうな」
「何かいい方法があればいいですが」
「それって、インクで書かれているんですよね?」
「ああ。だが最近全然落ちないインクを使うようになったらしくてムグラがお怒りなんだよ。壁壊して作り直した方がまだマシだとのことだ」
「ふーん。ねえノラ」
「なーに?」
「この間あげた雑巾持ってる?ちょっと出してよ」
「雑巾を常時携帯しているネコがいるわけないじゃん。ニーナの正気を疑うにゃ」
「むー。あーあー。どっかの商人はどこからともなく商品持ち出して並べてるんだけどなぁ」
「ちっちっちっ、その話題に誘導しようなんてもうその手にはのらないにゃ」
「応えた時点でのってるじゃないか」
「のっておりますなぁ」
「ないなら取ってきてよ」
「うー、取ってくればいいんでしょ、取ってくればー」
「暇なんだからいいじゃない」
「ニーナはネコ使いが荒すぎにゃ」
「戻ったにゃ」
「はやっ」
「ニーナ殿の自宅はそんなに近くなかったような」
「ネ、ネコのみぞ知る近道があるにゃ」
「ここから直線距離にしてかかる時間は」
「シャー!」
「う、うわぁ」
「おーじー、余計なことを考えるのは命取りになると知るのだ」
「く、くるなぁー」
「肉球が押し寄せる幸せタイムだった」
「ほほえましいですなぁ。ふむ?これはこれは、ふーむ。王子」
「どうした」
「野暮用がございまして。本日は戻りませんので」
「急だな。まあいい、わかった」
「はい。ではご武運を」
「武運?なんのことだ?」
「ショウ。いるわね」
「は、母上!いかがなさいましたか」
「最近たるんでいると聞いて見に来ました」
「ダイエットならかかさず」
「態度の方です。いえお腹もですね」
「墓穴を掘ったか」
「おーじはちょっと絞られるといいにゃ」
「ボディのことだと受け取っておこう」
「救いようがない頭にゃ」
「そのネコは何?」
「にゃ、にゃー」
「わたしのネコです」
「秘書がペット同伴とはね。ここがどういうところかわかっていないようね」
「王子が許可していますし、誰より王子が望んでいます」
「ショウ?」
「気が和むからいいじゃないか」
「執務の間に気を緩めていいと思っているの?」
「母上、ずっと緊張したままでは人間は効率的に働くことはできませんよ」
「そのパンパンに丸くなった身体じゃ説得力は皆無ね」
「うっ」
「それにそのネコ、ただならぬ魔力を放っているけれど一体なんなのかしら」
「にゃーはただのにゃーだにゃー」
「知性は乏しいみたいね」
「なんですとー!にゃーの知性の高さを披露するにゃ。ニーナ!」
「はーい」
「さあこのノラトナの知性の高さを見せつけてやるにゃ!」
「どっちが煮干しでどっちがケーキでしょーか」
「子供だましにゃ」
「まぁなんてネコなの!モノを判別出来るなんてなんて知性の高いネコなのかしら。ネコにしては」
「次にゃ」
「えー、じゃー、1+1は」
「2にゃ」
「甘いわね。口でなんとでも言えるわ。示し合わせている可能性もあるしこの秘書が腹話術で話しているかもしれない。手で2を表しなさい」
「容易いにゃ」
「このくらい楽勝にゃ。このくらい、こ、この、このくらい」
「ノラ大丈夫?」
「うー、だめにゃ。上手く指が曲がらないにゃ」
「やはりだめだったようね。所詮けだもの」
「むきー!ならこれでどうにゃ!腕を広げてVサイン!」
「ぷっ、かわいい。よしとしましょう」
「かわいいなぁ。良い報告があった時はいつもそれをやってほしいものだ」
「お使いから帰ってきたら毎回それやって」
「勝利したのになんか複雑な気分にゃ」
「このネコはよしとしましょう。ですがニーナでしたね。あなたはちゃんと秘書が出来ているのですか?」
「出来ております。出来ているからショウ王子がこんなにたるんでいるのです」
「そうならないようにするのもあなたの勤めでしょう。ジョーはもっとしっかりやっていましたよ」
「むー。前任なんて知ったことじゃないのに」
「おーじー」
「なんだ?」
「この母上はどういう人にゃ」
「わかりやすくいうなら、元王国最強かな。トラドが現れるまで王国最強は母上だった。アイズと同じで頭も回る。未だかつて負けたことがないという」
「今の1番はトラドだっけ?負けたの?」
「いや。そもそも戦っていない。しかしおそらく勝負はつかないだろうと言われている。何故譲ったか気になるのか?」
「にゃ」
「引退した人より今いる者から最強の称号を持っている人がいた方が皆安心するだろう、という配慮だそうだ。トラドももういないけど」
「ふーん。じゃこの戦いを制するのは最強の母上にゃ。うひひ、ニーナもたまには痛い目見るといいにゃ」
「ノラめ、聞こえてるのに。今日のケーキにカラシ仕込んでおこう」
「にゃにゃ、ニーナと王妃の口論が終わらないにゃ」
「外でやってくれないかなぁ」
「いつまでも子離れできない親がいるって聞きます。そういうのは犬を飼うといいそうですよ」
「あらそうなの。なら目の前にいる犬をしつけるのもいいかもしれないわねぇ」
「あらネコならいますが犬なんておりませんよ?ボケも熟女のたしなみでしょうか。おほほほ」
「皮肉もわからないなんてかわいそうな頭ねぇ、おーほっほっほ」
「ほほほほほ」
「なぁ、そういうの外行ってやってくれないか?集中して仕事にならんのだが」
「あなたがしっかりしていればこのような話などしていませんよ」
「そうですよ王子がそんなにぷくぷくと丸くなっていったせいで何故かわたしが怒られてるんですからね」
「ですからあなたの管理不届をたしなめているのでしょう」
「繰り返しですが」
「確かにうるさいにゃ。でもこういうのは悪魔は好きにゃ。おーじー、こういうのは楽しむに限るにゃ」
「どういうことだ?」
「こうするにゃ」
「おーっと!ここでニーナの反撃にゃ!どう返す王妃」
「いえそのようなことございませんことよ」
「ではこれについては」
「つまり実況中継をして第三者として楽しむわけか」
「そうだにゃ」
「大体ショウをここまでぶくぶく太らせた上それを改善させることもできないなんて秘書として無能な証ね」
「お言葉ですが王子が太ろうとも仕事はこなさせておりますので体型など特に問題ではありませんことよ。しかもそんな王子がちゃんと仕事をこなせるようにしっかりサポートしているのがわたしです。それよりそもそも親としての教育が甘いのではありませんか?たまにきて重箱の隅を突つくようなことをしても王子は優秀にはなりませんよ」
「ショウの良さは優秀さではなく優しいところなのよ。側で秘書をしていてそんな事もわからないのですか」
「さあ2人の対立は平行線だにゃ!だがしかし!おーじの評価がどんどん悪化していく!どうなるおーじ!負けるなおーじ」
「帰りたいのに仕事場が家ってマジで辛いな。そしてノラが実は煽りたいだけだと気づいた」
「楽しいでしょ?」
「お前はな」
「うふふ」
「はぁ、大臣が逃げたわけだ。あいつが帰ってきたら適当な理由をつけて母上のところに行かせよう。こってりしぼられるといいさ」




