114. 心の友はパンダとシマウマ
「こらぁー、列を乱すんじゃなーい」
「あらアンさん、こんにちは」
「こんにちは、おばあさん」
「今日は南方勤務なのねぇ」
「ええ。東ほどじゃないけどここは落ち着いているから楽ね。ちょっとそこぉ!モンスターさんが困っとるでしょ!ちゃちゃっと行きなさい!」
「あらあら、頑張ってちょうだい」
「はい。ありがとうございます」
「そういえばあなたは聞いたかしら」
「何をです?」
「噂の放浪騎士様が東を目指しているそうよ。どんな方なのかしらねぇ。イケメンかしら」
「渋い感じかな?」
「あら会ったことあるのね」
「まぁ、ちょっと」
「ふふ、羨ましいわね」
「どうでしょうか」
「じゃあ私はこれで」
「はーい、お気をつけて」
「東か。となると戦士村かな?先生。前回会った時はちゃんと挨拶も出来なかったし、行方がわかるなんて早々あることでもない。行ってみようかな」
「あとどれくらいですかね」
「このペースなら明日には着くわ」
「そうですか」
「シモザ君は戦士村に行ったことあるんだっけ?」
「ないですよ。近くまで行ったことはあるけど、正直中に入るほどのこともないかなって。東は落ち着いてるし、戦士の皆さんは怖いし」
「ドンやムグラさんと平気な顔して話しておいてよく言うわね」
「話してみるとそんなに怖い人達じゃないですから」
「戦士もそーよ」
「だといいですけどね」
「それより」
「馬って乗るの初めて?」
「馬に乗るのは初めてですよ。同じ景色なのに視点が違うとこうも印象が変わるものなんですね」
「風も気持ちいいでしょ」
「はい。爽快感はあります」
「そうでしょー、乗ってみてよかったでしょ」
「ですね、そこはいい思い出になりそうです。それでなんですが」
「宿泊費用なら気にしなくてもいいわ。私が出してあげる」
「太っ腹ですね」
「あん?私が太ったと?」
「アンさんの体型じゃなくて気前の良さを言ってるんですよ」
「ならよし。ふふ、たまには後輩にいい顔したい時もあるのよ」
「そーなんですかー。で」
「風が気持ちいいー」
「まだしらばっくれるつもりです?」
「なんのことかしら」
「今回の目的は?」
「先生に会うことよ」
「アンさんのお師匠さんですね。風のヴァーレ。以前お会いした方ですよね」
「そうそう、あの人普段どこにいるかわからないから。居場所がわかるなんて滅多にないのよ。ラッキーね」
「ですね」
「ある日、アンさんがいなくなりました。それから数日。この道のりを考えると、一度村の近くまで行って戻ってますよね?」
「あらーさっすが。その通りよ」
「やったーあはは。で、そうまでして連れてきた僕にどう関係があるんです?仕事中にいきなり馬上から拉致されましたが」
「だってー、久しぶりに恩師と会うなんて、ちょっと、ドキドキ」
「えー?誰の心がなんですってー?風で聞こえないんですけどー」
「どう接していいか分かんないのよ!」
「まったまたー。アンさんがそんなナイーブな感性持ってるわけないじゃないですか。冗談も甚だしい」
「私だって、か弱い乙女なのよ」
「全速力のシマウマと平行して走ってる人間がか弱いわけないでしょーが!」
「これくらい、誰でも出来るわよ」
「少なくとも僕にはできない。ああ、僕はなんてか弱いんだ」
「ナヨナヨしてる男はもてんぞー」
「脳筋に好かれるくらいならナヨナヨしてる方がいいですよ」
「脳筋とは随分じゃない」
「あ、そういえば知ってます?城下を騒がせた全身タイツの、たしかぁ、なんて名前だったかなー?」
「さー戦士村はもうすぐよ!れっつごー!」
「こんな勝手なことしてただで済むと思ってるんです?ナミチさんに言いつけてやりますよ」
「バカねぇ。そんな事ができないように連れてきてるんじゃない。同罪よ」
「くっ、この人は本当に自分のことになると頭が回るんだから」
「自分のことしか考える気がないだけよ」
「自分で言いますか」
「よくきこえなーい。そろそろ暗くなるし、一旦野宿でもするか」
「さんせー」
「シモザ君って、なんだかセツちゃんと話してる気になるから不思議」
「あーその人と僕、気が合いそーですねー」
「会ったことなかったっけ?村にいるから紹介してあげるね」
「はいはい」
「アンさーん、パンダ3号が追いつきましたよ」
「ご苦労さん」
「ぜぇはぁいってる。かわいそうに。笹だよー」
「しんどそうなパンダに笹あげる方がかわいそうでしょ」
「うーん、仰向けになったまま動かないですね。好物とはいえさすがに無理か。ほんとご苦労さまです」
「だらしない。合気動隊のエースもかたなしね」
「何者にも得手不得手はありますよ」
「そんなもの克服しなさいよ。未熟ねぇ」
「皆あんたとは違うんだっつーの」
「シモザ君は何が特になの?」
「僕の得意なことですか。話を聞くのは得意かな?慣れてるというべきかもしれないけど」
「そういえばいつも誰かの話し相手になってたわね」
「ですね。暇そうにしてると話しかけられちゃうんです。僕って気安いんでしょうね」
「皆に好かれてるってことでしょ。いいことじゃない」
「いやな気はしないですよ。いきなり拉致されたりしなければ」
「料理って得意?晩御飯どうしよっかー」
「白々しい。アンさんが作ってくださいよ。僕はゲストですからね。でなきゃナミチさんからお叱りを受けてもらいますから」
「お料理くらい私におっまかせー」
「まったく。いきなり持ち場を離れるとか、どうやって説明するつもりなんです?」
「モンスターの皆さんが急に王城の周りを走り出したの。王城ランナーが人間とぶつからないようにしないといけない、これは交通課の出番!そこでちょっと遠出したのです。っていえば誤魔化せるわよ」
「即バレるでしょ。ていうか王城から離れてるし。そんな規模ならそれこそナミチさんに報告しないと。もう、付き合う身にもなってくださいよ」
「どうせすぐバレるなら面白い話の方がいいでしょ?」
「ちょっとは反省してください!」
「おっはよー」
「おはようございます。昨日あれだけ走ってよくそこまで元気でいられますね」
「あれくらいどうってことないわよ。ほとんど風の魔法で動いてたし」
「道理で。僕は慣れないゼブラ1号の背中でだいぶ疲れました」
「揺られてるだけだったけどね」
「揺られているという表現に当てはまる速度じゃなかったでしょ。はぁ、本当に面倒なことに巻き込まれちゃったなぁ。これで放浪騎士に会えなかったくたびれ損ですよ」
「その可能性は十分にある」
「えー」
「だから戦士村でのんびりしていきましょ。たまにはサボりもいいわよ」
「今の発言、絶対いいつけてやる」
「あっはっはっ。今のはナミチがよく言ってることだから大丈夫なのだ」
「あはは。先輩が揃ってダメな人だったとは。道理で後輩の僕が苦労するわけだ、まったく!」
「朝食も済んだし。準備よければ出発するけど、どう?」
「準備するほどのものもありませんから。いつでもいいですよ」
「うん、それではしゅっぱーつ」
「おー」
「パンダ3号、これをナミチさんに渡すんだ。いいね」
「何してるの?」
「いやぁ、何も。ただ昼食の笹を包んであげていただけです」
「笹で笹を包んだら意味ないでしょ。ちょっと見せなさい」
「あっ」
「手紙か。わたくしシモザはアンさんに誘拐されました。至急救援求む。場所は戦士村なり」
「いま、僕の最後の砦が陥落した」
「渡したいなら別に止めないけど。ただ私の予想だとね」
「はい」
「これを見たナミチはきっと笑うだけで何もしないと思う」
「あんたら悪魔か!」
「さ、しゅっぱつよー」
「もう好きにしてください。行こっかパンダ3、ゼブラ」
「ブヒヒーン」
「そういえば、アンさんは暗闇坊主のことどう思います?」
「ああ例の愉快犯。どうって程のことはないけど。気になるの?」
「ちょっと。なんだか段々過激になってきている気がして。最初は看板を盗んで、次は貴族、城の外壁の落書き。今後エスカレートしていったらどうなるんだろう」
「そうねぇ。内容はイタズラみたいなものだけど対象がよくない。騎士が動き出して見つけ次第、最悪打首、とか」
「そこまでしてやることなのかな」
「犯人のみぞ知ることよ。気になるなら捕まえてみたら?名探偵さん」
「よぉし。この僕の推理が正しければ」
「正しければ?」
「えーっと」
「どした」
「言ってみただけでした」
「オチが弱いなぁ」
「あはは」
「僕の推理が正しければ、僕は犯人を見ている。おそらく看板を見に来たあの人だ。なぜ、彼の目的はなんなんだろう。もしまた会うことがあれば思い切って聞いてみようかな。ん?馬車だ。そういえば戦士村をつなぐ街道が整備されたって親方言ってたっけ。いいなぁ、どうせなら僕もあれに乗りたかった。あ、ゼブラのことを悪く言ったわけじゃないからね。乗せてくれてありがと。あとちょっと、よろしくね」
「ふぅ、ようやく着きましたねぇ」
「ブンドウ殿、お疲れ様です」
「ああピックァリィン殿。首尾はいかがです?」
「何も。例の坊主はこちらには現れませんでした」
「そうですかぁ。これまでの手口から過激なことをしないと考えて、きっと穏やかな東側にいるか、もしくはその辺りで活動すると考えたのですがぁ」
「残念です」
「いえいえぇ。地道に調査を行うしかありません」
「他の場所はどうでしょうか」
「一通り回ってきましたが、北と西の目撃情報はありませんでしたぁ」
「今奴はどこにいるのでしょうか。思いの外厄介な事件ですな」
「ええ。規模はたいしたことないのですがぁ、対象がどうにも。まるで国を相手取っているようにも見える」
「まさか、この国でテロですか」
「ははは、さすがにそれはありませんよぉ。いえむしろそれが狙いではなさそうだからこそ、気になるのですがねぇ。団長が気にしているのはそこなのです。目的。それがわからないから目が離せない」
「なるほど。一体何者なのでしょうか」
「それもこれからです。まだこれからですよ」
「ピックァリィン殿はこれからどうされますか?」
「特に指示がないようでしたら一度城に戻ろうかと思っております」
「そうですかぁ」
「ブンドウ殿はまだこちらで調査をされますか」
「ええ。実はヴァーレ殿がこの村に向かっていると聞いたのです。話したいこともあるのでお待ちしておこうかと」
「なんと!風の騎士ヴァーレ殿がこちらに!ブンドウ殿、無理を承知で頼みたい。私も待たせてもらえないだろうか。ヴァーレ殿は憧れの騎士なのです。まだお会いしたことがなく」
「おやぁそうでしたか。ええ構いませんよぉ。たまには息抜きも必要ですし、一緒に待ちましょうか」
「ありがとうございます!遂に憧れの騎士に、緊張しますな」
「ヴァーレ殿はただの気のいいおじさんですよ。ああ、ですがバレーの話しはしないように」
「なぜです?」
「別人になってしまいますから」
「ほう、それはそれで気になる」
「忠告はしましたからねぇ」




