110. 槍の値段
「セツカさん」
「はい、なんでしょ」
「昨日来た受講者のゴストさんなのですが」
「ああ、あのおにーさん。どうかしたの?」
「ええ、実は今日は参加されてないのです。どうもそれだけじゃなく部屋から出ていないそうでして」
「疲れて寝てるんじゃないですか?」
「ならいいのですが、食事にもみえていないらしく心配で。あまり期待に応えられなかったのかと」
「あー、大丈夫ですよ。それ心当たりあるかも」
「何があったのです?」
「えーっと、デモロ君が」
「なるほど。いかにここの方が常軌を逸しているのかがわかる話ですね」
「そうね」
「わかりました。ジョーと一緒に誤解、ではありませんがお話ししてみます。折角来ていただいたのに辛い思い出になっては元も子もありません。魔法を必ず使えるようになっていただきます。このわたしの名にかけて」
「すごいやる気。だったらわたしにも出来ることありそうならいつでも声かけてくださいね」
「はい。ありがとうセツカさん。今日は騎士の方が講座を受講してくださるからその準備をしていただけると助かるわ」
「騎士が?へー、珍しい」
「どうでしょう、お願い出来るかしら」
「アイアイサー」
「あれは騎士ピックァリィン。なぜここに」
「ブルバラの知り合い?」
「直接ではありませんが。先輩のご友人です」
「へー、先輩なんているんだ」
「組織に入れば当然否応なく出来ますよ、シユ」
「それもそうか。ブルの先輩ってことは結構デキる人なんだよね」
「実力はあるのですが下級騎士の位置にいます」
「なんで?」
「そうですね、順を追って説明します」
「先輩は魔法がとても得意な方なのです。魔法のコントロールに間しては近衛騎士のアイズ殿をも上回るとも言われるほど」
「すごっ」
「はい。剣技においても騎士団長と斬り結ぶことが出来るほどの腕前」
「それってもう近衛騎士級じゃん」
「ええ、到底私では太刀打ち出来ないはずの方なのです」
「はず?」
「う、うん。その、先輩は魔法を使う際に必ず前口上を述べる方なのです。いえ、魔法だけではありませんね。勝敗を決めるような一撃を放つ際にそれを述べるのです」
「別にいいんじゃないの?」
「その内容がよくないのです。間合いに入るより前に語り始め、これから自分が何をするのか説明し、あまつさえその通りに動いてしまうのです。しかも隙が大きい技ばかり使ってしまい」
「ばかなの?」
「はぃ、ああいえいえポリシーの問題です」
「ポリシーっていえばそうだけど」
「ブル、たまには正直に言ってもいいと思うよ。私ら友達なんだし」
「あー、まぁ、考えておきます。皆には実力があるから見下しているのだとか、目立ちたがりやとか。先輩を知る者からは名物騎士と揶揄されています。ただ当の先輩は散々に言われても全く気にする様子もなく、我道を行く方でして。その信念を貫く姿勢には素直に尊敬の念を抱いています」
「そっか。なるほどね、なんとなくわかった。で、あのピカピカもその同類だと」
「はい。そもそも騎士単身がこの村に用があるとは思えません。近衛騎士ならともかくなぜ彼が」
「聞いてみたら?」
「え?いえいえ、それはちょっと」
「ああ、関わりたくないのね。じゃあ調べてみよっかな」
「私も行きます」
「うん」
「トラドさーん」
「ん?シユか。俺に用か?」
「うん。騎士が来てるじゃん。なんでかなってブルと話してたの」
「あの名物騎士ね」
「知ってるんだ」
「そりゃ名物だから」
「それもそっか」
「で?」
「わからん」
「では彼は自らの意思でここにいるということでしょうか」
「さあな。騎士団の動向なんてさすがに全部を把握してないさ。ま、ショウから話が来ていないならそうなのかもな。もしかして騎士を退職して戦士になりたいのかも。お前ら同僚になるかもしれんから手厚く」
「いやです」
「うわぁ、ブルがここまではっきり言うなんて珍しい」
「すみません、ハモン先輩ならともかく彼はあまりいい印象がなく、関わりたくないのです」
「そうか。悪かった、気が向いたらでいいさ。戦士になると決まったわけでもないしな」
「そだね。じゃあ様子見ってことで、うん?ちょっと、その槍ってまさか」
「ね、ねぇトラドさん、その槍って」
「これか?俺が近衛騎士やってた時に使ってたんだ。ベスボのやつが借りパクしやがって、この間返してもらったんだよ。いい槍だろ」
「うん。すごくいい槍なのは知ってる。どこで手に入れたの?いくらで買ったの?」
「買ってないぞ」
「えー?」
「もらったんだ。むかーし、実は王妃がソノマのダンジョンに行ったことがあったらしい。んでそこでゲットしたんだが、あの人槍使わないから俺にくれたんだよ。かさばるからいらんから受け取れって投げつけてきてさ。上手く掴んだからよかったけど失敗してたら俺、あの時死んでたな」
「タ、タダで。うそでしょ」
「えーっと。なあブルバラ、どういうことなんだ?」
「シユは大金払っておそらくそれと同じ槍を買ったのです。ローンで」
「そーゆーこと。すまん」
「うー、そんなぁ」
「ちなみにいくらで買ったんだ?」
「これくらい」
「たっか!たしかにかなりの業物だけど。でもお前、このくらいとっくに稼いでるだろ」
「うん。だけど払っても払っても全然減らなくて」
「お前、それは訴えたほうがいいぞ」
「でも借用書は間違いなく本物で」
「誰から買ったんだ?」
「城下にいる露店商」
「露店商か。ぼったくられてんな」
「わたしのお小遣いがぁ」
「まぁそれで積極的に依頼受けてくれてるのはすごく助かるけど」
「やだやだー!はっ!そうだよ、あの露店商の首をちょん切っちゃえば」
「だめだろ」
「だってー」
「シユ、困ったら私を頼っていいですから。ね、がんばって返済しましょう」
「うん、ありがとブル」
「真面目なのはいいがそれは泥沼だと思うぞ。なぁ今度お前の槍を見せてくれよ。比べてみたい」
「いいよ。持ってきてあげる」
「ああ、よろしくな。じゃあ商人についてはショウに調べてもらうか。ちょっと頼んでみるよ」
「ありがとー!トラドさん大好きー」
「はっはっはっ」
「にしても、ろくでもない奴がいたもんだな」
「きっと甘い汁を吸って何不自由なく生活してるんだよ」
「案外苦労しているかも知れませんよ。金策に困ってのことかもしれませんから」
「だとしてもよ。人々を苦しめる悪人なんて悪魔に魂を刈り取られちゃえばいいんだ」
「こんにちは、ニーナ」
「なーに?今日は何があるの?」
「うふふ、こちらを御覧ください。じゃじゃーん」
「なにそれ」
「日々増額し続ける借用書。素晴らしい一品です」
「詐欺でしょ」
「本人が気づかなければ問題はありません」
「その言い方、まさか実際に使ってるの?」
「いつもしっかり払ってくださっています。ローンを組んで買った槍を相当気に入っているようでして」
「かわいそうに」
「悪魔と契約したのが運の尽き」
「悪魔?」
「悪魔の如き商人と、という意味です」
「ふーん。それにしてもデモクって打算的だけど意外と抜けてるよね」
「抜けている?この私がですか?どういうことでしょう」
「べっつにー」
「ちょっとニーナ、教えてくださいよ。友達ではありませんか」
「そうねぇ、仕方ないな。あのね、そんな借用書の存在を教えてくれるもんだから、またまた弱みを握っちゃったなーって。ほんと迂闊よねぇ。あ、その顔は納得したのかな?ねぇ、デ、モ、クー。うふふ」
「先生、ゴストさんは」
「どうも良くないものを食べたせいで部屋にこもっているみたい」
「じゃあお腹にいい薬を持っていきます!ちょっと小人さん持っててください」
「え?いえいえそうではなくて、あらまぁ。ジョーってば早とちりさんね」
「彼女らしい」
「そうですね。とても素直で、あら?今のは誰が?」




