109. ゴスト、戦士村に行く
「とうとう乗り合い馬車も出るようになったか、感慨深いわねぇ。これでこっちにも来やすくなったし、ニーナちゃんとも気軽に会いにこれるわね。ふぅ、帰ったら何しようかしら。よいしょっと。やめやめ、今は隅っこで景色でも見てすべてを忘れよう。そう、今のわたしは忘却のセツカなのよ、ふふふー」
「何言ってんだ?この人」
「しっ、最近変なのが多いっていうし、あんま関わるなって」
「そーだな」
「この馬車であっているのか?考えてみたら遠出なんていつ以来だ。うおっ、意外なことに満員だな。はぁ、真ん中がちょっと空いてるけど、無理か」
「おや、座るかね。おいすまんが少し詰めてもらえるかい、おにーさんも座りたいらしい」
「ん?おお。そっち詰めるぞー」
「きゃっ、せまい」
「おっと、すまねー。詰めすぎたな」
「いえいえー」
「お待たせ。どうぞおかけなさい」
「どうも。親切に、ありがとう」
「気にしなくていいよ。こういうところは譲り合うのが一番穏やかでいられるやり方だから」
「はぁ、そんなもんですか」
「ふふっ、あまり馬車には乗らないかね。おやそろそろ出発だ」
「そうみたいですね」
「では騎士さん、護衛お願いします」
「お任せを。この光の騎士ピックァリィンが皆をお守りいたします」
「頼んだよー。まさか騎士が護衛してくれるなんてラッキーだな。そいじゃ出発しまーす」
「なぁ、おにーさんも戦士村に用があるのかい」
「え、ああ、まあ」
「へー、そうは見えないけどもしかして戦士なのか?」
「まさか」
「ははっ、だよな。ああ悪い。俺も戦士村って初めて行くからどんなとこか知らなくてよ。何か知ってたらと思ったんだ。すまん」
「別に。僕も同じだ。全然知らない。でも馬車が出るようになったのは最近って聞いたけど、戦士村ってそんなに活発に活動してるとこなのか?」
「らしいぜ。なんでも色々制度を改めているらしく、国中の戦士たちが通い始めてるんだとよ。かくいう俺もだ」
「へぇ。戦士村って、たしか戦士の養成所みたいなところだったっけ。そうだ、ギルドとかいう」
「そうそれ。そこが仕事の斡旋をしてくれてんだけど、クエストっていう制度で上手く稼げるらしいんだ。気になるだろ?」
「いや僕は戦士じゃないから、あまり」
「そっか」
「すまない」
「ははっ、気にするなよ。あんた謝るの慣れてそうだな」
「そんなことはないけど、まぁ確かに言い慣れてる気はするか」
「おにーさんが戦士じゃないなら何しに行くんだ?」
「僕は」
「ああ、すまん。無遠慮に聞いちまったな。いいたくなかったら別にいいんだ」
「フッ、あんたこそさっきから謝ってばかりだな」
「んー?ははっ、たしかにな」
「僕は魔法を使えるようになりたくて」
「ああ魔法講座か」
「知ってるのか?」
「これも戦士達には有名だからな」
「本当に使えるようになったのか?」
「そうらしいぜ?皆使えるようになったとは聞く。ま、全員ではないだろうし、使いもんになるかっていうとそうでもないんだろうけどな」
「実用性には乏しいのか。期待はしないほうがいいかな」
「そりゃ何事もな、ははは」
「フン、楽天家はいいよな」
「ふぅ、だいぶ進んだかな。夕日も落ちて暗くなってきたか、後どれくらいだろう。皆寝てるのか?座ったままでよく寝れるな。器用というかなんというか、僕には無理だ。景色でも見て、ん?なんだあれ。シマウマ?あ、見えなくなった。見間違いかもしれんけど、この辺りはあんなのもいるんだな」
「そろそろ野営場所かな。でも皆まだ寝てる。いや、目を閉じてるだけか。外は静かだ。なんだか馬車の音もどこか遠くに感じ、んん?な、なんだ?パンダが激走してる。パンダって結構速いんだなぁ。あ、見えなくなった。うーん、見間違いではない、よな?」
「ふぅ、やっと野営か。疲れた。もうだいぶ暗くなったかぁ。月が照らしている草原って思いの外明るい、んんん?月明かりの下、尋常じゃないスピードで人が走ってる?うーむ、あのスピードはさっきのシマウマといい勝負だ。ていうか隣走ってんじゃん。あ、見えなくなった。気のせいか?あー、慣れない馬車で僕は疲れてるのかもな。はぁ、きっとそうだ、そういうことにしてさっさと寝よう」
「うー、だいぶ進んだしよぉ、もうじき村が見えてくる頃かな」
「かもね」
「おにーさん知ってるか?あの村の村長は最強らしい」
「最強の村長?」
「そうだ」
「村長として最強なのか?」
「うん?ああきっとそうなんだろ」
「へー、きっとすごい手腕で発展させたんだろうな」
「すごい手腕。ああ腕力のことか。そうそう、最強だからな」
「荒くれ者の戦士達もまとめてしまう才覚か」
「そうだぞ。これも知ってるか?村の戦士達はな、日々倒れ込むほどの激痛を耐えながら修練に励んでいるらしい」
「そ、そうなのか。恐ろしいところなんだな、養成所って」
「おにーさんも気をつけろよ」
「おお、見えてきたな。あれが戦士村だ。いいか、間違っても戦士に手を出すな」
「ああ。もちろんそんな真似はしないさ」
「猛者ばかりで下手に刺激するとタダじゃすまないって話だ。だがな、戦士だけじゃないんだ。戦士村ってのはな、村の周辺には意識を奪う罠があったり、村で口にするものはすべて毒が仕込まれていたりするそうだ」
「おいおい、人の住む環境じゃないだろ。なんで今更そんなことを言うんだ。知っていたら途中でも降りてたよ」
「だからだよ。そんな危険なことさせたくなかったのさ。でだ、極めつけ」
「ま、まだあるのか」
「城下でもたまに耳にする噂だ。おにーさん、死の裁判官デスジャッジって知ってるか?」
「デスジャッジ!もちろんだ。僕の憧れでもある」
「そうか。もしかしたら会えるかもな。ただし」
「た、ただし」
「会ったら最後、生きては帰れないかもしれないがな」
「気をつけよう。クッ、戦士村か。やばいところに来てしまったな」
「皆さんお疲れ様。ようこそ戦士村へ!」
「遂に来てしまった」
「まずは宿を案内しよう。おっと申し遅れました。俺はチェスタ、この村の案内人だ。さー皆さんこちらへどうぞぉ」
「ここが僕の部屋か。ベッドは普通、だな。何か妙な仕掛けとかないよな。ね、寝たら剣が下から突き上げてくるとか、いきなり屋根が落ちてきたりとか。ないよな、大丈夫だよな、ここ。とりあえず大丈夫そうだ。よかった。だがまだ安心は出来ない。馬車の中の話しを鵜呑みにしてはいないけど、火のないところに煙はっていうからな。用心にこしたことはない」
「ここが魔法講座の会場か。といっても柵があるだけか」
「こんにちは」
「あ、ああ。こんにちは」
「魔法講座の受講生かしら」
「はい、そうです」
「そう!よかった。私は講師のリーメです。よろしくね」
「はい。僕は、ゴストです」
「さっそくだけれど、あなたはどのような魔法を使ってみたいですか?」
「僕は風の魔法がいいかな。その、部屋にこもることが多いから、閉め切ってると息苦しい時があって、開けられなくても新鮮な空気を吸いたいという理由はだめだろうか」
「いえ、実用的でとても素晴らしいと思います。むしろ日常生活に活かす魔法の使い方は多くの方に参考にしてほしいものです」
「そうかな、ははっ」
「そうですね、まずはどの程度出来るのかも含めて見せていただきます」
「わかった。何をしたらいい?」
「まずは」
「リーメ先生!」
「あらジョー、どうしたの?」
「小人さん知りませんか?受付のカウンターに置いたのにいつの間にかなくなってしまって」
「誰かが持っていってしまったのかしら」
「カウンターの内側に置いたのでほとんどの人は触れないはずなのですが」
「あらまあ、困ったわね」
「あの、僕よりもそちら優先してもらってもいいですよ」
「ゴストさん、あなたは優しいのね。ありがとう。ああそうだわ。ちょっと待っていて。ジョーも待っててね」
「はい」
「わかりました、先生」
「すみません、せっかく魔法の勉強に来られていたのに私ったらお邪魔してしまって」
「いえ、どうせ数日滞在しますから。別に急ぐものでもないかと」
「その言葉は私にも当てはまりますね。たかが人形1つでこうも慌てて。お恥ずかしい限りです」
「大切なものなんでしょ?」
「はい、とても」
「見つかるといいですね」
「ええ、ありがとう」
「い、いえ」
「ゴストさん、お待たせしました。私が戻るまで別の人に頼んでおきましたので、じきこちらに来るはずです。もし来なければお手数ですがあちらの受付までお越しいただけるかしら」
「あの一番大きな建物ですか」
「ええ。なるべく早くに戻るようにします。さ、ジョー行きましょ」
「はい。ではごめんなさい、失礼します」
「ああ、どうぞお気になさらず。どうせあまり期待してないから」
「こんにちはー。リーメさんの代理でやってきましたー」
「よろしく、ってお、お前は、あああの時の!」
「え?どっかで会ったかしら」
「い、いやなんでもない、なんでもない。初対面だ、僕の勘違いだ、気にするな」
「なんか偉そうね」
「えっとえーっと、ちょっと疲れていたんだ、す、すまない」
「ふーん、まあいいけど。わたしはセツカ。よろしくね」
「ぼ、僕はゴストだ。よろしく頼、みます」
「うん」
「魔法は使ったことあるの?」
「ない。です」
「そっか。それで来たのね」
「他に理由があるか?」
「みんな色々よ」
「へー」
「ちなみにどんな使い方したいの?」
「さっきの先生にも言ったんだがな」
「ごめんね共有できてなくて」
「別に。そうだな、水中でも呼吸が出来るようになりたいから風を操りたい」
「へー、中々面白いこと考えるじゃん。うん、面白そう。じゃーあっちで一緒にやってみましょ」
「お、おう。案外親切な奴なんだな」
「ふぉぉぉぉぉぉ!」
「なぁ、それやらないとダメなのか?」
「ぉぉぉ。うん。さ、やってみて」
「うーん。ふ、ふおおおお」
「ちがうかな。もっと深い呼吸よ」
「魔法と関係ない気がするんだが」
「そんなことは、ないと思う」
「今言い淀んだように聞こえたんだが」
「か、可能性は無限だから。ないといい切るのもなって」
「あんた、この方法誰から教わったんだ?」
「わたしの師匠」
「そいつ武闘派だろ、絶対」
「変なところで鋭いわね」
「はぁ。期待しない、とはいえこれは」
「なによ」
「もうちょっと一般的なやり方がいいんだが?」
「魔法って感覚的なところが大きいみたいよ」
「このチラシには誰でもって書いてあるけど、うそなのかよ」
「それねぇ。実はわたしもあんまりよく知らなくて」
「事務のくせに把握してないのかよ」
「だって、ここしばらく村にいなかったんだもん。あれ?わたしが事務って言ったっけ?」
「あああ、そうそうさっきの先生が言ってたような」
「なんだリーメさんが」
「そうなんだよーハハハ、はぁー。危なかった」
「リーメさん、まだ戻ってこないわね」
「さっきのジョーって人の人形がなくなったとか言ってたぞ」
「人形?あー、あれ。ふーん、それって自分で動いたんじゃないのかな」
「はぁ?人形なんだろ?」
「そうなんだけど。いいや、忘れて」
「わけのわからんことを」
「ねぇお腹空かない?」
「空いたけど、ここって毒が入ってる食べ物しか」
「あんたこそわけのわからんことを」
「なんだ、やっぱりうそか。どこか食べるところがあるのか?」
「うん、食堂があるの。さっきも顔出してきたんだけど、注文はしなかったから行きたくって。えへへ、案内してあげるね」
「う、うん。なんか意外と素直な奴だな」
「あはははは」
「くっ、まだだ、まだ俺達はやれる!」
「相当レベルが上がっているからな!」
「そうさ、胃袋だけならSランクだ!」
「今日こそ、今日こそ魔王を越えてみせるぞ!」
「おーっ!」
「ははは!さぁ戦士諸君、かかってこい。今日の品は生死流転グラタンだ、余さず食らいひれ伏すがいい」
「なんだあれ」
「ただの出しものよ」
「魔王って聞こえたけど」
「食堂の魔王よ。料理の腕前が例えるなら魔王級ってこと」
「へぇ」
「まぁ、魔王っていうか悪魔の料理って呼ばれてるか」
「え!悪魔の料理!知ってるぞそれ、この前行った本屋で見た!すごく美味しんだろ?ちょっと食べてみたいな」
「え、何か勘違いしてるんじゃ」
「ねえ君、僕の料理を食べたいと言ったな」
「あ、ああ。美味しいんだろ?」
「ふふふ、もちろん」
「注文したら用意してもらえるんだろうか。あ、代金はもちろんはらうけど、そこまで持ち合わせが」
「いいよ。相手をしてあげる」
「ちょ、ちょっとデモロ君!」
「やあセツカ。待っていたよ。この時をどれほど待ちわびたか」
「いやぁ、ごめん。わたしはターナさんの料理がいいんだけど」
「ターナは今いないよ」
「えー、じゃあわたしのは普通のにしてよ」
「そんなわけにはいかない。じゃあこうしよう。君が僕の新作を食べてくれるならそこの人間には普通の料理をだそう」
「もー。わかったわよ」
「やった!よーし待ってろよー!」
「僕は悪魔の料理が食べたいんだが」
「じゃあ好きにしたら。どうなっても知らないからね」
「ああ。やったぞ、来た甲斐があった!」
「この人どんな本を読んだのかしら」
「ふふふ、さあどうぞ召し上げがれ」
「これはなんて料理なの?」
「これはね、サンサーラー麺だ!」
「また変なものを」
「僕のも同じか?」
「そうだよ。要望通りに出してあげた。残さず食らうがいい」
「そうか、お、美味しそうだ。いただきます」
「はぁ。いっただっきまーす」
「うーん。これ美味しいんだけど、なんか変な感じがしてやだなぁ。ん?ちょっとゴストさん?あ、あー。よっと。たしかこうして」
「セツカはそんなことも出来るようになったのか」
「魔王さんに、えーと、シド?さんに教えてもらったの」
「ふーん。しかし、君はこれを食べてもなんともないのか」
「まぁ、美味しい、よ?」
「そうか。僕の敗北か」
「なんの勝負してんのよ」
「う、ここは」
「目が覚めた?」
「あ、あれ?僕は、そうだ、このラー麺を口にした後、たしかビーチで鉄人が。ここは夢か?」
「またわけのわからんことを。こっちが現実よ、しっかりしなさい」
「まさか、僕は臨死体験をして。そうか、あやうく死ぬところだったのか」
「いや、死んだのよ」
「へ?」
「そうそう。セツカが魂を捕まえて戻したから運よく生き返ったんだよ」
「魂が近くにあったから蘇生出来たけど、あれは危なかったわね」
「危なかったねぇ」
「へ?」
「大丈夫?」
「はぁ。仕方ない、ジョーと同じの出してあげるよ」
「あ!わたしもそれにしてよ!ていうか最初からそうしなさい」
「いいじゃないか、さっきのでも全然問題なかったんだから」
「いやよ!あれなんか別世界が垣間見えるようでなんか気分悪いもん」
「ふん、トリップしちゃうくらい美味しいってことだろ」
「やばい料理出してこないでよ!」
「普通の出したってつまらないだろー。ああもう、ちょっと材料取ってくるから待っててよ」
「はいはい、早く行ってきなさい。まったくもー」
「き、消えた?何を言っているんだこいつら。なんなんだ?あ、悪魔の料理ってさっきのは、本当に悪魔?魔王って、まさか。ここはなんなんだ?う、うああ、やはり、やはりここは恐ろしいところなんだ!」




