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あの、わたし事務なんですけど  作者: Tongariboy
第3部 伝承の勇者 3−1.変わりゆく時代

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108. ブレゼント

「昨日のあの女は何だったんだ。いきなり出てきて、殺されるかと思った。はぁ、心臓に悪い。兵士の巡回も強化されてるみたいだし、しばらくは控えめにしておこう。フフフ、巡回が強化か。まさかこの僕のために?いや違う、違う違う。僕は犯罪者になりたいわけじゃない。嬉しくなると目的を見失うのは僕のよくない癖だな。まったく、我ながら呆れる」


「しかし今回はいい知見を得たとも考えられる。実際兵士や騎士に遭遇したらどうにもならない。すぐに捕まってお終いだ。せっかく買ったこの衣も没収、社会的な信用も失う。まぁそこは別にいいか。僕がいなくなったところで誰が気にするものか」


「僕は、自分以上の相手を見返したいんだな。いや違うか。自分を認めてほしいだけ。フッ、アハハ!努力の方向性を間違えてるぞ。クッ、ククク。馬鹿だな、僕は」


「捕まらないようにするにはどうしたらいい?戦うなんて無理だ。僕は弱い。なら逃げるしかないか。よし、逃げ上手になろう。体力なんてないし、このためにトレーニングするのもなぁ。筋力トレーニングなんて長く続かないのは経験則でわかる。僕が継続して取り組めて、かつ有効な手段として使えるものか。うーん、すぐには思いつかない。こういう時は気晴らしに散歩がいいな。昼間なら特に文句も言われるわけもない」



「今日は休日ってだけあって人が多いな。ああ、やっぱり出るんじゃなかった。気晴らしに来てストレス溜めてどうするよ。何かに刺激されていい案が思いつくかと思ったけど、これじゃ刺激が強すぎだ。おっ、あっちは人が少なそう。落ち着けるところがあるといいけど」


「ふぅ、このくらい静かなのがちょうどいい。やっぱり僕に都会はあわないな」

「おやゴストさん。こんにちは」

「ん?またお前か、そういえばここで露店開いてるんだったな」

「ええ、ところで何か欲しいものがあるのではありませんか?」

「察しのいいことで」

「それが商売の秘訣です」

「僕を監視しているわけじゃないよな」

「まさか、そんなことするわけないにゃ」

「にゃ?」

「い、いえ、今のは気にしないでください」

「お前、なんか甘い匂いがするな」

「それより!今回のおすすめはこちら」

「おすすめねぇ」


「じゃじゃーん」

「なんだこれ」

「超強力、瞬時に安眠催涙スプレー」

「これほんとに寝るだけだよな?」

「ええもちろん。永遠にですが」

「いらん!」

「おすすめなのに。ではでは」

「まともなモノにしてくれ」


「3日でムキムキ、筋トレ無用のドーピング剤。使ったら見事なマッスルになれますよ」

「なりたいわけないだろ。僕は自分を強化するようなものは必要としてない。前にも言っただろ。客の好みくらい覚えておけよ」

「でも便利ですよ?」

「便利なのはわかるが。なぁ、もしそれを使ったら効果はどのくらい続くんだ?」

「何を仰るのかと思えば。永続するに決まっています」

「つまりずっとマッスル」

「それはもうオーガの如し」

「いらんわ!」


「おい、せめて僕の要望を聞いてから出してくれ」

「ごもっとも。どのようなものをお探しで?」

「最初に聞くべきじゃないか?なんというか、うーん、相手に怪我をさせずに無力化出来るアイテムがあるといい。出来ればかさばらない小物だな」

「ですから安眠催涙スプレーを」

「危害を加えないモノ限定!」

「面倒ですねぇ」

「客のニーズに応えるのが商人だろ」

「痛いところを突いてくるではないですか」

「もういいから早く見せてくれ」


「それならこちらはいかがでしょう」

「チラシ?えーっと、あなたに秘められた力を今こそ解放する時。来たれ、未来の魔法使い。おいこのチラシ怪しすぎるぞ。ていうかアイテムじゃないだろ」

「ご要望に沿うものが手持ちでありませんでした。まさか断られるとは思いませんでしたから。このチラシは王国を通して配布されているものですからご安心を」

「こんなものを。この国の連中はまともなのか?」

「素敵な国ですよね」

「本気かよ」

「ところでその講座、随時生徒募集中で体験講座もやっているそうです。一度行ってみてはいかがですか?その場所はここより静かで自然豊かな場所です。あなたにはあっているかもですよ」

「やっぱり僕のこと見張ってるだろ、お前」

「いえいえ、そのくらいは一目見ればわかりますよ」

「どーせ根暗だよ僕は」

「そうは言ってないでしょ。そういうところが暗くみえる原因ではないかと」

「フン」


「ちなみにその村はここから離れた所にあるのですが、最近街道が整備されて定期的に馬車が出ています」

「へぇ、それなりに出入りがあるんだな」

「そのようですね。道はまだ整えている最中のようですが、まぁ悪路というほどではないので旅慣れてない方でも少し疲れるくらいで済みますよ。きっと」

「ふーん。魔法ねぇ」

「気が向いたらどうぞ」

「確かに悪くない。考えてみる。にしても、なんか胡散臭いんだよなぁ、このチラシ。魔法はともだち、リーメの魔法講座、ねぇ。本当に魔法が使えるようになるのかよ」

「為せば成るのです」

「商人の言葉ほど信用出来ないものってないよな」

「信頼が命の業種なのですけど」


「では疑い深いゴストさんにプレゼント。気に入ったら次回また来てください」

「なんだこれ」

「書いたら消えない魔法のペンです」

「マジックなペンか」

「はい。もう一つのセールスポイントはインクがなくならないこと」

「補充し続ければ、とか言うんだろ?」

「まさか。そこはちゃんとマジック仕様です」

「フン、ならもらっておく」

「はいはいー、では今後ともどうぞご贔屓にー」

「じゃあな」

「お気をつけてー」



「ふふふ、彼はいい常連になりそうですね。儲けは少なそうですが、おもちゃとしては及第点。ああ、充実した日々に満足です。このようなめぐり合わせを迎えられるとは。天の何かに感謝を捧げてもいいと思えてしまいます。らららー」

「ふーん、それは良かったわね」

「うわぁ!ニ、ニーナ、さん。珍しいですね、こんなところに」

「べっつにー。ちょっと居候のネコを探しになんとなくここにいる気がして来てみたんだけど、いないみたいね。ねぇデモクは見てないかな、ふてぶてしい喋るネコ」

「し、知りませんねぇ、ははは。そんなキュートなネコがいたらすぐに気づきそうなものですが」

「だよねー」


「あの、ニーナも何か買っていきますか?」

「どうしよっかなー。そうねぇ。そのネコがねぇ、居候のくせに毎日お使いに行ったり部屋の掃除や洗濯するくらいしかやってくれないくせに態度ばっかり大きくて困ってるのよねー」

「十分な働きをしていると思いますけど」

「おっほん。じゃあさ、掃除が楽になる便利な道具ってないかな。そのネコにプレゼントしたくって」

「プレゼントですか、ニーナが私に。そうですね、それでしたらこれなんていかがでしょうか。じゃじゃーん」

「なにこれ」

「雑巾です」

「ぞうきん?」

「そう。ですがただの雑巾ではありません。なんとあらゆる油汚れを瞬時に消してしまう魔法の雑巾なのです」

「油汚れだけ?」

「まぁ、基本どのような汚れもとれますよ」

「なら買っておくか」

「毎度ありー」

「じゃあ帰るね。あんまり遅くならないよーに」

「はーい。ん?」



「魔法講座ねぇ。僕が努力。まぁ、やるだけやってみるのも悪くはないだろう。外れにある村かぁ、馬車の時間調べて荷物まとめてっと。あとは特にないな。ふぅ。なんでか落ち着かない。ん?夕日か。まだ出歩いても兵士に咎められたりはしないよな。気晴らしに散歩しよっと」


「ああ、夕日を見ているとなんだかわからない焦燥感が湧いてきて嫌だ。ちょっと賑やかなところに行くか。もしかしたら街の灯りが誤魔化してくれるかも」


「あら、おにーさーん、お花どうかしらー」

「いやいいよ」

「そう?最近見かけるね。たまには買っていってほしいなー」

「少し家を空けるから今買うと枯らせるだけなんで」

「そっか。旅にでも出るの?」

「旅行みたいなものかな」

「ふーん、じゃあお気をつけてー」

「ああ」


「いらっしゃい、いらっしゃーい!安くて美味いよー!おっ、よーおにーさん。元気かぁ?」

「いつも通りだよ」

「だな。ははは。たまにはなんか買っていってくれよ」

「そうだな。少し日持ちするものってあるかな?」

「日持ちする野菜か。玉ねぎかイモとか?根菜なんてどうだ?」

「生で食べたい」

「うーん。じゃあこの辺の果物かな」

「あ、これでいい。1個で、ああいや、2個」

「あいよー。ありがとさん、また寄ってくれよー!安いよー、美味いよー、どうぞ見ていってー、いっらしゃーい!」

「騒がしい奴らだ。まさか、顔を覚えられるなんて。以前からここを歩いてたんだけどな。フッ」



「ノラ只今戻りましたー」

「おかえりー。ねえノラ、プレゼントがあるの」

「えーわたしにーぷれぜんとーわーうれしー」

「棒読みね」

「ニーナさんがわたしのために!ばんざーい、ばんざーい!」

「オーバー過ぎて興醒めよ」

「何も知らないフリするのって難しい。嬉しい時の気持ちを思い起こしながらー、むむむ」

「もー。とにかく、はいこれどうぞ。効果は使ってからのお楽しみ」

「前触れもなく雑巾をプレゼントされる居候の心境ってどんなだろう」


「んー、よく考えたらこれは自分で自分に用意したようなものなのでは」

「なにか言った?」

「いえなにも」

「それと、これも」

「えー、なーに?」

「ちょっと動かないでねー。うん、似合ってる」

「うー、首輪?これは私がニーナの奴隷であることを理解しろということなのでしょうか」

「ちがうわよ!まあそんな感じもするからどうかなとは思ったけど、ネコにアクセサリーってこれくらいしかないから。その鈴、綺麗な澄んだ音なのよ」

「ほんとだ。ありがと」

「喜んでもらえたなら良かった」

「うんうれしい。よーし、お掃除がんばるぞー」

「ふふっ、よろしくね。今日はハンバーグにしよっか」

「わーい、ハンバーグー、ハッンバーグー」

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