107. セツカだるまの恨み
「ベーリイ、ベーリイ、ベーリナーイスー」
「セツカが頂点のベリーを最後に残してるにゃ」
「好きなものは最後にとっておくのがわたしの流儀」
「ふむむ」
「それ意外と美味しそうね。わたしも食べてみよーっと。注文お願いしまーす。ストロベリー盛り乗せホワイトチョコレートケーキくださーい」
「かしこまりー」
「えへへ、おいしいって幸せねー」
「うひひ」
「ノラがよからぬ笑い方をしてる。セツ、気をつけたほうが」
「んっー、おいしー」
「聞いてないか」
「にゃにゃ。あっ!後ろにマキシマムゴブリンが!」
「えっ!何それ!」
「スキあり」
「あー!わたしのストロベリー!」
「うけけけ」
「こぉんのネコー!かえせぇ、わたしのベリーをかえせー!」
「やーだにゃー」
「悪魔めー!」
「ち、ちがうにゃ、わたしの正体はただのネコだにゃ」
「ケーキ好きなネコがいるもんかぁ!」
「うぅ、ケーキ持って来てあげた恩を忘れおって」
「ネコは3日経つと忘れるにゃ」
「昨日のことでしょーが!」
「わすれたにゃー」
「もう絶対買ってきてやんないからね!」
「さてさて、次はニーナのケーキだにゃ」
「わたしにも分前よこしなさいよ」
「欲しいものは自分の力で手に入れるものにゃ」
「がめついネコね」
「ふーん。ねえノラ」
「ん?なーに?」
「まだ自分の立場がわかってないのかな、まさか忘れちゃった?」
「はい、いえ、わかっています。わたしはニーナさん家の居候」
「よろしい」
「うー」
「セツが食べそこねたこのベリー」
「うん」
「とってもおいしぃー、うふふー」
「稀に見る笑顔でぬけぬけと。こやつこそ悪魔ね」
「まちがいないにゃ」
「ちがわい。もー、じゃあこっちのベリーあげるわよ」
「とか言って目の前で引いて食べるやつだ」
「悪魔もびっくりな非道っぷりにゃ」
「むー。ほんとにあげようと思ってたのに。ふーんだ。あーおいしー」
「おいしかったー」
「久々に来たけど、微妙なカフェにしてはいい出来だったわね」
「メイ先生に言わせればあのケーキは微妙らしいけど、好みの問題ね」
「先生元気かなぁ」
「最近ちょっと忙しいみたいだよ」
「何かあったの?」
「騎士の数を増やすために兵士の中から見込みのある人を見繕って、って王様に依頼されたんだって」
「へー」
「そういえばさ、セツがこの前来た時の帰りに何かなかった?」
「え?そうねぇ、あったともいえるし、いつも通りともいえるようなことが」
「よくわからないけど、無事だったならいいや」
「なんで?」
「大臣さんが大慌てでセツの後を追ったからなんだろーって」
「へー。来たのは青い魔法少女のおねーさんだったけど」
「ふーん。あ、公園がある。ちょっと一休みしよ」
「そうね。あれ、ノラは?」
「お店出た時に野暮用が、とか言ってどっか行った」
「そう、忙しいネコね」
「なにしてんだか」
「見て見て、セツカだるまが一段と上手になったの」
「随分勇ましい顔してるわね」
「キリッとしててかっこいいでしょ」
「前のが良かったなぁ」
「むー、がんばったのに」
「ん?誰か来る」
「ほんとだ。わたし達の方に向かって来てる」
「なんか嫌な予感が」
「とうとう見つけたぞぉ!あれはお前たちだったんだなぁ!」
「な、なに急に」
「セツ、なにしたの」
「知らないわよ」
「それ、それだ!その氷のだるま!」
「ニーナちゃんのお客さんみたいね」
「これで何かした覚えはないけど」
「ふぬー!忘れたとは言わせんぞ!」
「忘れようにも知らないもん」
「しばらく前にそれがいきなり降ってきて頭に直撃したんだ!痛かった!すごくな!」
「それはそうでしょうね」
「セツどうしよう」
「怒られてきなさい」
「えー、セツが飛ばしちゃったのが悪いんでしょー」
「そそのかしたのはニーナちゃんだもん」
「実行犯はセツなんだから」
「うがー!お前ら2人ともそこになおれぇー!」
「きゃー!」
「う、うぐ。この子達、なんでこんなに強いんだ」
「無益な殺生をしてしまった」
「生きてますからね?」
「セツ、ますます強くなったわね」
「ニーナちゃんもね」
「はぁ、強くなる気なんてなかったのに」
「まったくだよ。セツカだるまに劣らないほど逞しくなってきちゃった」
「あのー、無視しないでー」
「あの、君たちは何者?」
「か弱い乙女よ」
「わたしは事務です」
「んなわけあるか!どこがだ!こんなバケモノじみた力を持った奴らが、あ、なんでもないです、ははは。その魔法収めてもらえませんか?」
「ふぉぉぉぉ、ふぅー、仕方ないわね」
「このくらいレディのたしなみよ。って先生も言ってた」
「くっ、つっこむな俺、ここはぐっと我慢だ我慢」
「ところで」
「まだ何か用ですか?」
「はい、というか今思いつきまして。改めましてわたくし記者でして、お2人を取材させていただけないかと。レディのたしなみとは、というテーマで」
「結局我慢できなかったのか。出番よセツ」
「いやいや、ニーナちゃんならアイドル確定よ」
「やだ。ていうかそんな記事誰も読みたがらないでしょ」
「そうでもないさ。今街中で不審な出来事が相次いでいる。皆それなりに不安なんだよ」
「んで、それがなんでわたし達の取材につながるのよ」
「だってここまで強い人もいるってわかったら犯罪抑止になったり、皆が安心するかなって」
「そんなことにはならんと思うけど」
「三流記者ね。面倒なのがいるって王子に言って取り締まってもらおうかな」
「王子と知り合いなのですか?」
「う」
「ニーナちゃん」
「つい」
「ぜひ取材を!」
「いやよ。あなた、凍りたいのかしら」
「やめておきます」
「もう用はないでしょ、しっしっ」
「冷たい。もとはといえば君たちがだるまを」
「そういえばおじさんはどこの記者なんですか?」
「誤魔化したつもりか。わたくしオージョータイムズのダールムといいます。事件が起きたらいつでもお呼びください」
「ふーん。ああ、そういえば昨日の夜、城壁に落書きしてる人がいたっけ。叱ったらどっか行ったけど」
「な、なんと!それは今話題の暗闇坊主ではありませんか!」
「なにそれ。ニーナちゃん知ってる?」
「王子が、また変なのが出たって頭抱えてたくらいには」
「どんな姿でしたか?」
「全身真っ黒」
「他には」
「うーん、男性かな?」
「年は?」
「さあ。若い感じはした」
「ふむふむ。素晴らしい!ここに来たのは正解だった!他には!」
「うわっ、暑苦しいわね。もう知らない」
「そうですか」
「いやー、実はわたくし、その実行犯と思わしき人物からいつも犯行後に手紙をもらっていまして、記事にしろと要求されているんですよねぇ」
「へー」
「自分はダークネスシャドウだ、とかいうんです。でもちょっとインパクトが弱いでしょ?なので暗闇坊主にしたんです。この名前わたくしが考えまして。読者の反応は上々。ふふふ、我ながらナイス」
「あーはいはい」
「もう、セツの知り合いは変な人ばっかで困る」
「わたしの知り合いじゃないもん。もーあっち行って」
「はいー、また何かありましたらお知らせくださーい」
「べーっだ」
「あーあ、昨日のことなんて話すんじゃなかった。そういえば後ろ姿見たの言ってなかった。まあいっか」
「まったく、落書き消す身にもなれってんだ」
「土木課ってこういう作業も請け負うんですね」
「おうよ。仕事になるからな。てか誰もやらんのよ」
「へー、しかも親方直々に」
「むしろだなぁ。現場見て判断せんといかんからな。まぁあいつらなら問題ないが一応新しいとこは一旦俺が見ることにしとる」
「そうなんですねぇ。あ、見物に来てる人がいるんだからお手伝いさんの有志を募ってみたらいいんじゃないですか?」
「だったらシモザ、お前手伝え」
「あはは、僕はほら、野次馬の誘導があるから」
「もう誰もいねーだろ」
「あ、あそこに通行人が」
「どんだけ離れてると思ってんだ。オラ、手伝え」
「うひー」
「はぁ、中々とれないですねぇ」
「まだ乾ききってないからマシな方だ。この間の貴族のとこは全然落ちなかったからな、いっそぶっ壊そうかと思ったくらいだ」
「ムグラさん、それすごく怒られますよ」
「消しただけでもお怒りだったよ。気に入ってんのに勝手なことすんなって」
「実際、所有者のものを勝手に消しちゃまずかったんじゃ。証拠でもあるし」
「あそこはな、城の連中が管理してるとこなんだ。いわば借家なんだよ」
「へー、そうなんだ」
「おん?誰か来たぞ。本業の出番だな」
「はいはい」
「あのー、すみませーん。こちらは今洗浄作業中でして」
「ああいえ、私は騎士でしてぇ」
「え、これは失礼しました。というか以前お会いしたことあります?」
「おお、覚えていてくださいましたか。私は騎士ブンドウです。交通課のシモザさんでしたね。ご無沙汰です」
「あ、はい。ご無沙汰しております。パレード以来ですね。ほとんど接点はありませんでしたが。今回は調査に来られたんですか?お城の方の検分はもう済んだと聞いてますけど」
「ええ、私は別で調べてましてぇ」
「そうでしたか。えっと、作業止めた方がいいですか?」
「いえいえ、お邪魔する気はありませんよ。この辺を見させてもらいますぅ」
「わかりました。何か手伝う事があれば言ってください」
「ありがとうございます。さて、では調査始めましょうかねぇ」
「はい、じゃあ僕は戻りますね」
「ええ。ふむ、シモザ殿は聞いていた通りの人ですねぇ」
「騎士が、動き出した、みたい、です」
「ほう。じきに解決かな」
「だと、いいですね。あー、力を込めてるのに全然落ちない。この作業、ほんと、たいっ、へんっ!」
「そうだな。さっさと捕まえてほしいもんだ。おい、適当なところで休憩してもいいぞ」
「いいんですか?」
「あんまり都合よく使ったらナミチにまた文句言われっからな」
「じゃあお言葉に甘えて」
「ふぃー、疲れたぁ。あ、腰掛けにちょうどいい岩がある。よっこいしょっと。ふーん、騎士が調べるほどの事件か。これは案外大事なのかな。まあ城の資産に2度もイタズラされたんだからそれもそうか。あれ?この辺の地面にも塗料が。なんだろ?細かく散布されてる。でもここだけ、この位置を中心にまったく付着してない。まるで何か障壁があったみたいだ。よっと。あれ?これって、この位置に立つと」
「どうしましたぁ」
「あ、ブンドウさん。ここの辺りの地面に塗料が付着しているんです」
「おや本当だ」
「それで、ここだけ付着していないのですが、何かがここにあったんじゃないかって」
「ふむぅ、たしかに」
「だからこの付着していない位置に立ってみたんです。塗料の散らかり方からして、こっち向き。そしたらちょうど落書きに向かい合うんです」
「続けて」
「周囲に付着している塗料はとても細かく、なんというか吹き飛ばしたような散り方をしています」
「そうですねぇ、跳ね返ったような跡もあります。これは、例えば風の魔法。ふむ。こっちにもあまり付着していない場所がある。となると犯人かぁ、もしくは誰かがここにいた」
「あ、そうですね。そうかも。つまり犯人と対峙した者がいるということになります」
「目撃者、もしくは共犯者か。なるほどぉ。もし風の魔法でこんな場所に居合わせるとしたら、1人心当たりがありますがぁ、どうなんでしょうかねぇ」
「放浪騎士のヴァーレさんですか?」
「おやご存知でしたか」
「はい、以前お姿を見たくらいですが。その時に同僚のアンさんが話してくれたんです」
「アンダーク殿が、そうでしたかぁ。シモザさん、ありがとうございます。犯人のことがまた少し知れたように思います」
「お力になれてよかったです」
「あなたは本当に素晴らしい。どうですぅ、騎士になりませんか?」
「えー、いやいや、僕魔法も使えないし、剣も持ったことないですから」
「そうですかぁ、もしその気になったらいつでも来てくださいぃ」
「あはは、僕は今のままでいいですよ。たまにこうしてお手伝いするくらいがせいぜいだと思いますから」
「ふふふ、残念ですねぇ。では私はこれで」
「はい。早く捕まえられるといいですね」
「ええ。ご期待にお応えいたしますとも」




