106. 夜の散歩
「前回はとてもいい結果になった。だがしかし。僕としたことが騎士のことをすっかり忘れてしまっていた。大いなる失敗だ」
「次はどうするかな。同じことをしてもよくないかな。違うことか。どんなことをしたら騎士が出てくるだろうか。いや待てよ、一度整理をしよう。僕の目的は何だ。エリート気取りの騎士どもに一矢報いたい。あいつら、その義務を全うしてみせろってんだ。義務、そういえば騎士の義務ってなんだ?」
「本屋なんて滅多に来ないからどこを見たらいいかわからんな。へー色々あるなぁ、比較的新しいそうなものばかりだ。伝説の三魔烏を追え。世界の果て、ソノマを目指して。世界にカワイイを。実録、恐怖のデスジャッジ。変なのばかりだ、ここは伝記ものかな。これは新刊か、戦士も唸る悪魔の料理。すごく美味いってことだよな、こういうの見ると食べてみたくなる。おっと本命はこっちか、騎士になって無双する俺と100人の騎士。なんだラノベか。これは101人の騎士ってこと?犬にはお似合いの話だ。他にはっと、右腕に宿る魔王の力で天下統一。フン、自分の力でもないのに自慢気によくやる。僕はこういうのをどうにも好きになれないな。こっちの著者の名前どう読むんだ?クオン、セノ、ブーケかな?タイトルは本と魔王。あん?ああ、本当に魔王っていいたいのか。ふー、嫌いじゃないんだがフィクションに興味はないな」
「騎士騎士っと。お、騎士教育方針について。これ読めば騎士についてわかりそうだ。えっと、上手くいかないなら竹刀で是正し、言うことを聞かないなら氷で固め、何だこれ。騎士ってこんな風になるものなのか。ここはさすがエリートというべきか、けっこう苦労してるんだなぁ」
「ん?国民生活楽しく安全快適ガイドブック。これなら載ってるかな。この本は前に回覧板で回ってきたような覚えがある。興味がないとあんまり読まないからなぁ」
「これによると、騎士は民を守るため日夜活動をしているらしいな。ふむふむ。モンスターや危険なものと遭遇したらすぐに騎士を呼んでください。呼べといわれてもそもそもどこにいるんだ?あ、騎士はいつも、これだな。えーっと。騎士はいつも城にいます。ん?日夜活動してるんじゃないのか?あー、どのような事態が起ころうとも城で日々鍛錬を積み解決するべく研鑽を、さっきの氷漬けのことだ。ここは理解してるさ。だが、つまり城にこもって何もしていないってことじゃないか」
「そういえばこの間も街中で騒いでいたな。暇なのか。そうだあれを見て僕は憤りを感じたんだ。よし。いいな、目的を再確認するのって大事だ。騎士め、僕が城から引きずり出してやる」
「見回りの兵士が以前より増えてる気がする。何かあったのか?まさか僕?フフフ、そんなに探したって見つかりやしないさ。無駄なことを。ククク」
「ちょっとそこの君!」
「えっ、ぼ、ぼくか?」
「そうだ」
「ぼぼぼ、ぼくはなにもしてないぞ、なにもしてない」
「こんな遅くに出歩くなんて怪しいだろ」
「それは、そうだけど、その」
「なんだ。言ってみなさい」
「ええっと、ちょっと眠れなくて、眠れなくってー、そう!散歩をしてるんだ。そうだ、僕は夜の散歩が好きなんだ、いつも眠れない時はそうしてる。静かで、落ち着いている自分だけの時間。歩いていても人とぶつかることもない。散歩コースも決めてて、あっちに見晴らしいのいい広場があるだろ?そこでぼーっとしていると気が和むんだ。だからそうしようと。あんたこそどうしたんだ。いつもはいないくせに。急に出てきたと思ったら偉そうに」
「悪かったな、偉そうで。職務だから、いや、君が言う通り普段にない深夜の見回りが続いて気が立っていたのだろうな、すまない。だが夜の一人歩きは危険だ。最近は不審な輩が増えている。先日も暗闇坊主なんてのが出たおかげでこのザマだ」
「フン」
「ん?暗闇坊主ってなんだ?」
「君は知らないのか、いま話題になっているんだぞ。貴族が気に入ったとかで」
「そいつは何したんだ?」
「貴族の屋敷に落書きをした」
「ああ、なんだやっぱり」
「何か知っているのか」
「いいや、なにも、なにも知らない、僕は知らない」
「ふーむ、君はいちいち挙動不審だ。まあいい。とにかく気をつけなさい。では失礼」
「フン、言われなくても気をつけるよ。お前たちに捕まらないようにな」
「僕は暗闇坊主なんて呼ばれているのか。そういえば新聞にもそんな事書いてあったような気がする。帰ったらもう一度読んでみよう。しかしあの新聞記者め、ダークネスシャドウだって書いておいたのに。役に立たないやつだ」
「ようやく着いた。街からこっそり出るのにだいぶ遠回りしてしまったか。ふぅ、ここならいいだろう。周りに何もないから城に入る時には自然と目に入る。そして目立つから放置もできない。フフフ。変身だ、真の夜が始まる」
「しまったな。僕の背だと高いところに描けないから遠くからだと気付かないかもしれない。何か踏み台になるものはー、おっ?岩があるな。これを、よっこいしょ、うぐぐぐぐ、重い。だ、だめだ。この間みたいに腰をやられかねない。仕方がない。とりあえず描いておこう」
「ふー、我ながら素晴らしい出来栄えだ。さっきの兵士、僕のアートを貴族が気に入ったとか言っていたな。フン、中々見る目があるじゃないか。フッフッフッ、画伯としてデビューしてしまうのもやぶさかではない」
「ちょっとあんた何してるのよ」
「うおっ!誰だ!」
「こっちが聞きたいわね。顔も見えない真っ黒なモンスター?またこのタイプか。悪いことしちゃダメでしょ。さっさと帰りなさい」
「黙れ。なんなんだあんたは。ボロくて旅慣れた感じ。お前、戦士か」
「違うわよ。ボロいとか失礼ね」
「そうか、しまった!し、城のことを気にかけるボロいかっこの人間なんて騎士しかいない!」
「どういう基準なのよ!ていうかあの、わたし事務なんですけど!」
「事務?それがなんでそんなかっこしてるんだ。事務って内勤だろ?どうして冒険者してるんだよ、怪しい奴め」
「今までにないほど常識的に話せるのがこんな怪しいやつとは。ていうかあんたに怪しいとか言われたくないわ!」
「クッ、逃げるか。これでもくらえ!ペイント目潰し!」
「わわっ、もー、あっぶないわねー」
「へっ?なんだ今の、風?まさか魔法を使ったのか」
「そーよ。服についたら落ちないでしょ」
「ボロいんだから気にするな。ん?風の魔法を使う旅人。あ!ま、まさかあんたがあの噂の放浪騎士、やっぱり騎士なんだな!」
「だからちがーう!」
「ボロいボロいってほんと失礼よね。そんなにみすぼらしいかしら。くんくん。う、ニーナちゃんにまた臭いって言われる。ご機嫌取りにケーキでも買ってこ」
「おい、その手に持ってるのはなんだ、今光ったぞ。もしかして刃物か」
「ちがうわよ。これはお土産のガラスよ。ほら、綺麗でしょ?」
「う、うわぁ、殺されてたまるかぁ!」
「あ、ちょっと!まったくもー。ガラスだよって見せようとしただけなのに、慌てん坊か。あら?ガラス越しに見ると黒いモヤがないわね。なんだ、モンスターと思ったら人間だったのか」
「ふぅむ。この辺りに出るかと来てみましたが今日もハズレでしたねぇ。やはり目的は貴族か?ハモン殿に見張りをさせていますが、はてさて。暗闇坊主は何者か。今後同じ事をするのか、もっと目立つところに描くのか。そのどちらかと思っていたのですが。地道にやるしかありませんねぇ。また来てみますか。おや?あれは」
「ふーむ、やられましたな。しかし、予想は当たっていた。目的は貴族ではない。この犯人は目立つことを目的としている。何か主張をしたいのでしょうなぁ。さて、次は何をするのか。必ず追い詰めてみせますよ、暗闇坊主殿」




