103. 魂の森と砕けたガラスの龍
「あんな大きな魚どうするんですかー!」
「とりあえずどこか逃げ込めるところを探そーぜ」
「あ!あそこに森がある!あの中に逃げましょ!」
「森?何を言って、あっおいセツカ!」
「ここなら追ってこないでしょー!」
「ちょっと待てって!森なんてどこに、あれ?セツカ?おいっ!消えた?どうなってんだ」
「あれ、セツカさんは?」
「森があるって言って消えた」
「消えたって、どういうことです?」
「わからん。あの辺りに近づいていって、消えた」
「あの辺りですか。確かに何かあるのを感じます。もしかしてその中なのかも」
「あいつ、無事だといいが。まずは俺達だな。ジニス、ついて来い!本気で走れよ!」
「は、はい!」
「はぁ、はぁ、ぐはぁー、もーだめ。走れない。トラドさんどうにか、あれ?トラドさん?ジニス君?ついて来てない。まじか。も、もしかしてはぐれちゃった?こんなところで一人ぼっち?うそでしょ」
「えーどうしよう。はぁ、勢いよく入っちゃったけど、ここ大丈夫なのかな。静かな森ね。何もいないような、でも色々いるような変な感じ」
「何か聞こえる。何だろう、なんだかガラスが割れるような小鳥のさえずりみたいな変わった音」
「やあ」
「うわぁ、びっくりした。なにこれ、ガラスの蛇?さっきのクジラといい大きな生き物ばかりね」
「僕は蛇じゃなくて龍だよ」
「龍?ってなに」
「なんだ知らないのかい」
「ごめんなさい」
「いいんだよ、気にしないで」
「こんなところで何してるの?」
「それは僕の方が聞きたいかな。ここは僕の方が長くいるわけだし、君が客人だ」
「それもそうね。何してるかっていうと、うーん、迷子してる。あ、わたしセツカっていうのよ」
「迷子かぁ、それは大変だねセツカ」
「そうなのよ。一緒にいた人とはぐれちゃって」
「早く会えるといいね」
「うん」
「助けてあげたいけどごめんね、僕動けなくて」
「動けないの?身体が透けてるけど、どうなってるのかしら」
「見ての通り何もないよ。からっぽ」
「からっぽ」
「うん。昔は僕も君みたいに柔らかかったんだよ。だけど争いに次ぐ争い。段々大きく長くなって気づいたら色がなくなってガラスの抜け殻になってた」
「そんなになってまで。ここから離れようと思わなかったの?」
「ううん、そういう決まりだから。あれ?自分で決めたんだっけ?まあいいか。とにかく離れられないんだよ。そのおかげでガラスになっちゃったけど」
「龍って大変なのね」
「そうだね。見かけたらとりあえず戦おうって襲われるんだ」
「怖い話ねぇ」
「まったくだ」
「この森って他に何もいないのかな」
「うん。見たことはないよ」
「へー」
「この森、不思議なんだ。僕がここに横たわった時は草原だったのに急に木が沢山はえたりちょこっと草がはえたり」
「不思議ねぇ」
「そうなんだ。あっという間に森なっちゃった」
「ふーん」
「けどね、今は静かになってちょっと寂しい」
「そっか。周りには誰もいないの?」
「それも見ての通りさ。誰もいない。昔はもっといたような気がするんだけどね。僕も身体が割れ始めてる。もうじきお役目ごめんかな」
「外を見たいって思うことないの?連れてってあげられるかも」
「疲れちゃったからいいや。ありがと」
「そう」
「それにね、やっぱりこの場所を守らないと」
「大事な場所なの?」
「危険な場所なのさ。ここは、えーと、なんだっけ?何かよくないのがいて、外に出さないようにしてたら疲れちゃって。だから危険で、あれ?なんだっけ。ああそうだ。ここは皆が来ちゃいけない所なんだよ」
「よくわかんない」
「そう?ああそうだそうだ思い出してきた。ここに来る前はさ、他にもいくつかこういうところがあって、だから蓋をして入れないように頑張ってたのにさ、蓋をすると皆気になって入りたがるんだ」
「好奇心が抑えられなくなるもんね」
「我慢してほしいのに。だから誰か来たら追い返してた」
「わたしも追い返してほしい」
「もう無理だね」
「ざんねん」
「それにしてもどうしようかしら」
「そうだなぁ」
「出口知らない?それか全体が見渡せるところ」
「うーん」
「知らないか」
「ごめんね、忘れちゃった」
「何かいい案ない?」
「どうかなぁ。ずっとここで寝てたから周りのことわからないし」
「じゃあ自力でどうにかするしかないわね」
「ほんとごめんね」
「気にしなくていいよ。龍って優しいのね」
「じゃあ行くね」
「うん。無事帰れることを祈ってる」
「ありがと。そういえば龍って名前じゃないのよね?」
「名前じゃないよ。種族かな」
「ふーん、龍じゃないならなんて名前なの?」
「なんだったかな」
「あらら、それも忘れちゃったのね」
「なんだったかなぁ。確か、えーと、皆にはいつもそのままだって言われてた気がする」
「ガラスの龍ってこと?」
「かな?もしかしたら龍が名前だったかも。もう忘れちゃった」
「ふふっ、疑問だらけね」
「だね、疑問だらけだ。けどわかることもある。人との出会いはきっと君が最後になるって気がする。君で良かった。こんな状態で襲われたくないからね」
「そうね」
「ああそうだ、僕のことを覚えててくれたら嬉しい」
「大丈夫よ。ここまでインパクトがあるんだもん、むしろ忘れられない」
「ははっ、だよね。ねぇこのガラスの破片を持っていってよ」
「これを?」
「そう」
「綺麗ね」
「でしょ。ふふん、自慢の鱗さ。お土産にどうぞ」
「じゃあ思い出として遠慮なく。ありがとー」
「ばいばいセツカ。もう迷子にならないようにね」
「ふぅー、やっと森から出られた。あら、おっきな魚があそこに、結構距離あるわね」
「こんにちはー」
「え?なんだ人がいるじゃない」
「僕も同じこと思ったけど、ここに住んでるわけじゃなさそうですね」
「うん。ちょっと迷子になっちゃって」
「えー、それは大変だ。誰かと一緒にきたんですか?」
「そうよ、あそこにいるおっきな魚に追いかけられて森に逃げ込んだら迷っちゃって」
「魚、ああ風のクジラですか。大変でしたね。あんなのSSでも難しそう」
「あの、出口知りませんか?」
「出口ですか。うーん、あなたの出口はわからないです、ごめんなさい」
「あなたのってどういうこと?」
「いくつか出入り口があるみたいです。違うところに出ちゃうとまずいでしょ?」
「たしかにそうね。困ったなぁ」
「ねえあなたはどうして、あー、いえ、いきなりこんなこと聞くのもよくないですね」
「いえいえ、いいですよ。昨日から歩きづめでおしゃべりしてると気分転換になって楽しいです」
「ずっとここに?」
「はい、深い森にいる龍の鱗を持ってきてほしいっていうクエストを受けたんです。でも見つからなくて」
「それってこれかな?」
「どうなんだろ、これが龍の鱗なんですか?」
「たぶんね。森にいた子で自分のことをガラスの龍だって言ってたからたぶん。いくつかあるからあげようか?」
「いいんですか!いやいや、もらったらあんまり意味ないかなぁ、自分の力で見つけないと。うーん。でも綺麗ですね」
「うん、その子からお土産にどうぞってもらったの」
「龍から?すごく危険だって聞いてたけど、もしかして違う龍なのかな。でももしそうだとしたら」
「あの、森ってどこにあるんですか?」
「どこもなにもあそこにあるじゃない、ほら」
「えーっと、あはは。なるほど、あそこですね、わかりました。となると今回は諦めるしか無いかもですね」
「行けばいいじゃない。別に持ってったらだめなんて言わないと思うけど」
「いえいえ、いいですよ、あはは」
「そう?ならいいけど」
「はい。僕には見えないし」
「じゃこれいらないか」
「その、やっぱり頂いてもいいですか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます。ガラスというよりまるでダイヤモンドですね」
「ダイヤモンド?」
「綺麗な石の名前です」
「ふーん」
「じゃこれなんてどうかな形も割と整ってる」
「ありがとうございます。でもいいんですか?綺麗なのは自分用にした方が」
「いいの、思い出だから。整ってるよりちょっと不揃いな方がわたしは好き」
「そうですか。じゃあこれをいただきます。ところで、龍ってすっごく危険なのによくこんなに取れましたね。もしかして倒したんですか?」
「まさか。優しくておとなしい子だったよ」
「龍が?」
「うん」
「へー、お姉さんってもしかして」
「なに?」
「いえきっと高ランクの人なんだなって」
「あの、わたし事務なんですけど。強いわけないでしょ」
「事務員でも力のある人はいますから。ちなみに強くはない僕も事務なんですよ。そしてなぜか後方勤務が当然のはずなのにどういうわけかここにいる」
「その気持ち、わかるわ」
「わかります?」
「うん。とっても」
「こんなところで同類に会うなんて」
「素敵な偶然ね。ふふっ」
「あはは」
「クジラが遠のいていきますね」
「うん。あ!いたいた!そこに知り合いがいました」
「え?ど、どこに。僕にはまったく見えないです」
「わたし目がいいみたいで。じゃあ行きますね」
「はい、クジラ以外何もいないみたいですけど、どうぞお気をつけて」
「はーい」
「おーい」
「あ、室長」
「鱗はあったかい?」
「いえ、見つかりませんでした。なのでこれ以上は無駄かと思うので」
「ほう」
「なんです?」
「君がはっきりいう時は何かある。正直に言いなさい」
「えへへ、やっぱりバレてますね。実は鱗は手に入ったんです。でも通りすがりの人に譲ってもらったので」
「自分の功績には出来ないと」
「はい。さすがにね」
「このクエストはそういうものかもしれないのに。その人は?」
「向こうに行きました。はぐれた人と合流しに」
「そうか。しかしこんな広大な、それも人のいないところで会うとはすごい偶然だ。全ての動物はクジラが飲み込んでしまったはず」
「何か縁のある人なのかもですね」
「神様の勘かい?」
「そんなものありませんよ、ただなんとなく懐かしい感じがしたんです。それだけですよ。僕たちも帰りましょう。トモヤは?」
「先に戻っているよ」
「うー、また嫌味言われちゃうなぁ」
「ははは。あいつはやっぱりおっせーな、と得意げに言っていたよ」
「あー、予想通り。じゃあ僕も早く戻らないとですねぇ」
「ここのはもう来ることはない。やり残したことはないかね」
「はい、大丈夫です。行きましょう」
「トラドさーん!」
「おお!セツカ!無事だったか」
「もー、はぐれちゃったから焦りましたよ」
「お前がいきなり消えたんで俺もびっくりしたよ」
「消えた?」
「森があるって方向変えたと思ったらいきなり」
「どういうこと?」
「それは俺が聞きたい」
「まぁ、いっか」
「よくはないんだが、とりあえず無事で良かった」
「ジニス君は?」
「あっちだ。高台に行って出口を確認してくれている。俺達も行こう。お前のほうがよく見えるしな」
「ですね」
「ジニス」
「すみません、まだ場所を特定出来てなくて、あ!セツカさん無事だったんですね」
「うん、ご心配おかけしました」
「よかったぁ」
「よし、じゃあセツカが周囲を見る、ジニスが判断する」
「りょーかい」
「わかりました」
「あー!あったあった」
「この洞窟の先ですね、やっと帰れます」
「なんだジニス、もう冒険はいいのか?」
「初心者冒険家にはハードルが高すぎです」
「無事こうして帰路につくんだ。問題なかったろ」
「結果論じゃないですか。こういうのはもうちょっと慎重に」
「それじゃ冒険じゃないだろ」
「そうれはそうですが」
「トラドさんにそういう理解を求めても無駄よ」
「はぁ、ですね」
「そういえばクジラはもう追ってこないみたいね」
「ああ。いいかげん頭にきたんでおもいっきり殴ったら逃げていったよ」
「あれを、素手で」
「僕はこの人に敵う気がしないです」
「さすが最強」
「今回なにも収穫はなかったですねぇ」
「いやあったぞ」
「えっ、いつの間に」
「クジラ殴った時に落ちたんだ。色々吸い込んでるみたいだったから」
「えー、自分だけするい」
「そうですよー」
「ちなみに何を拾ったの?」
「さあ?なんだろうなこれ。見た感じはただの棒だ」
「まるで発煙筒みたいな形ですね」
「つなぎ目とかはないけど、まあ帰ったら調べてみるさ」
「大山羊さんかデモロ君ならわかるかもね」
「あいつらこういうの好きだもんな」
「ふふっ、早く帰りましょ」
「ん?なんかやけに機嫌がいいな」
「実はわたしもお土産があってー」
「えー!僕だけ何もないなんて、セツカさんずるいですよー」
「ジニスは冒険したという経験が出来ただろ」
「もう、わかりました。いいですよ。大人ってずるい」
「ジニス君も少しくだけてきてますね」
「ああ、この方がいい。連れて来た甲斐があったな」
「ふーんだ」
「ねえ、トラドさんは龍って知ってます?」
「龍?龍ねぇ。そうだなぁ。ソノマについて調べる中で知った一節に龍って言葉が出てた」
「どんな話しです?」
「そこには半ば砕けた龍が横たわる。ガラスのような澄んだ声色。水晶のような瞳。世界を守り続けたその者は最後の時を静かに待つ。だったかな」
「へぇ、まるであの子みたいね」
「あの子?」
「なんでもない。気にしないで」
「すげー気になるんだが」
「ふふふ、教えてあーげない」




