102. ソノマで泳ぐ風のクジラ
「一方そのころ」
「なんだ急に」
「ここはダンジョン奥深く。わたくしことセツカは今、危険極まる人類未踏の地へと足を踏み入れたのであった。どうなるわたし」
「お前何言ってんの?」
「きっと疲れたということじゃないでしょうか。休憩しますか?」
「そうだな。ソノマダンジョンは階層を潜るほど危険性は増すからな。じっくり取り組もう」
「しかしこれは全て夢か幻なのであり更なる危険がこの先、ん?危険性が上がる?つまりもっと危険?」
「ああ。まだ序の口だ。わくわくするだろ?」
「なぬぅー!いやここは夢の中、本当の私は今頃机の上で居眠りしているの。そうよきっとそう。いや絶対そう。起きるのよセツカ!今こそ目覚めの時!覚醒タイムだ!」
「俺がひっぱたいてやろうか?」
「怪我ですまないでしょ!なんかこの手の展開に覚えが」
「セツカなら大丈夫だと思うが」
「僕も同意です」
「うきー!夢、ここは夢の中!今頃ニーナちゃんがわたしを使っていたずらしているの。背中に張り紙つけたり、髪の毛三つ編みにしてグルグル眼鏡かけさせたり。おでこに目を描かれたり。前に色々やられたなぁ。ニーナちゃん、会いたい」
「仲良いんですね」
「仕方ないなぁ。どぉもぉ、にーなちゃんでぇぃーす」
「今初めてトラドさんに殺意が湧いたわ」
「まったく。さっきのはどういうつもりだったんだ」
「さすがに酷かったですね」
「ほんとそうよ。トラドさんがピンチになっても助けてやんないから」
「ピンチになるかな」
「うー。そもそもここに連れてこられたのだって騙されたんだし!思い出すと腹が立つ!」
「はー、やっと着いた。ただいまー、セツカ戻りました」
「セツカ先輩!お帰りなさい」
「ただいまー。みんなは?」
「今は食堂にいますよ。私も行くところでしたから、一緒に行きますか?」
「うん行こっか。ターナさんのご飯久しぶりで楽しみ」
「デモロ君もセツカさんをずっと待ってましたよ」
「デモロ君が?あそっか、料理当番になったんだっけ」
「ところでその人形」
「これですか、リーメさんがくれたものですよ。私が魔法を使えるようにって。私の大事な小人さんです」
「小人、でもそれって」
「はい?」
「ふーん」
「なんですか?」
「なんでもない。その小人さん、すごく大事にしてるのね」
「はい!」
「そ。ふふっ、よかったわね」
「たっだいまー」
「おお、セツカか。土産楽しみにしとったぞ」
「チェスタさん、ごめんなさい。跡形もなく消えてしまったの」
「は?ま、まあそんな怖い顔すんなよ。あ、ほらほらデモロが待ちくたびれてたぞ」
「あははははは、戦士達よ!今宵も無惨に僕に破れ去ったか!」
「デモロ君は元気ねぇ」
「セツカちゃんが帰ってくるの楽しみにしてたのよ」
「へー。でもターナさんのご飯がいいな」
「あら嬉しいこと言ってくれるじゃない。じゃあ簡単なものだけど作るわね」
「えへへ、もーお腹すいちゃって」
「あ!セツカ!待ってたよー。僕の最新作を」
「ごめーん、ターナさんに頼んじゃった」
「そうか。仕方がない。なら明日、僕と勝負だ」
「勝負?」
「僕の料理を食べきってみせろ」
「えー。どうせ激辛とかなんでしょ。戦士のみなさんで十分なんじゃ」
「彼らはすぐにダウンしてしまうからね。君はきっと楽しませてくれると思うんだ。この転生オムライスを」
「考えとくねー」
「あー、満足ですー。ご馳走様です」
「お気に召したようで何よりね」
「明日からまた事務。はぁ、うれしい」
「何を感慨深く言ってんのよ」
「だってー」
「おっ、いたいた」
「ん?トラドさん。こんばんは、戻ってまーす」
「おう。這って出てきた戦士の生き残りに聞いた」
「何か用ですか?」
「ああ、んーっと」
「なんです?」
「いや、なんでもない」
「怪しい」
「明日ジニスとちょっと出かけるんだ。それでよ、俺達の査定を頼みたくて」
「ふーん」
「ほら、俺らの実力からすると他の奴らじゃ難しいだろ?」
「でも査定ってもう必要ないと思うんだけど」
「だからぁ、うーん、そうだなぁ。今のギルドの仕組みじゃ俺のことを評価するのが難しい。だけど今後ジニスが育ったら俺と同じかそれ以上になる。シユもいるし。そうなった時に備えて最高ランクの評価基準を確立させたいんだ。な、頼むよ」
「まぁ、ジニスのためなら仕方ない」
「だよな、よしよし」
「と言いたいんだけど」
「おん?」
「ジニスって誰?」
「あれ、会ったことなかったっけ」
「うん」
「なあジョー、ジニスってどこにいる?」
「今日はもう寝ちゃいましたよ」
「そうか、じゃあ明日紹介するな」
「はあ、よろしくです。どんな人なんですか?」
「一言で言うと、天才だな」
「天才ですね、あの子」
「あの子?子供なの?」
「そう子供だ。いきなりAランクの新人さんだ」
「え、すごいじゃない」
「だろ。でジニスは俺と同じく冒険が大好きないい奴なんだ」
「へー」
「デモロ君も気に入ってるくらいなんですよ」
「そりゃすごい」
「というわけで査定よろしくな」
「はーい」
「ちょっと離れた所にいくから、あー、歩くから装備はそれなりに、な」
「ほんとにちょっと離れたとこかしら」
「ほ、ほんとさ、ほんと」
「トラドさんって嘘つくとわかりやすい」
「うそなんて言ってないぞ、言ってないさ、もちろん」
「ジョー、本当は?」
「さあ。私は詳細は知りませんから。ジニス君とトラドさんがお出かけするってことくらいですよ」
「それ、小人さんに誓ってうそではないと言える?」
「も、もちろん。当然です」
「だって小人さん。ほんとなの?」
「えっ、セツカさん、嬉しいですけど小人さんは喋りませんよ」
「たしかに喋らないわね。口が硬いことで」
「何を」
「もー。いいわよ、行きますよ。どうせちょっと遠出するんでしょ。まったく」
「助かるよセツカ。じゃあ準備はしっかりな」
「はーい」
「って、遠すぎでしょ!なんで南の奥地に来てんのよ!魔王城に乗り込んだ時くらい歩いてるわよ」
「あれ、言ってなかったけ。いやぁーすまんすまん」
「この人はぁ、くぅー」
「あの、この葉っぱの香りを嗅ぐと気分がスーッとしますよ」
「なにこれ」
「ミントです」
「へー。ジニス君は物知りね」
「本が好きで」
「偉い。そこのダメ男に気遣いの仕方とか教えてあげてよ」
「それは、僕にはちょっと」
「お前なぁ、ダメ男とかひどいぞ」
「否定できるものならしてみなさいよ。戦闘以外役に立たないくせに」
「ぐっ」
「最近わかった弱点ね」
「モーレツに反論したい」
「査定してあげないぞー」
「この、おぼえてろ」
「ふふーん」
「この2人って僕より年上のはずなのに」
「さて、役割だが」
「トラドさんが特攻。ジニス君がサポート。わたし見てる」
「いーや。今回はジニスが前衛。俺が後方で指揮だ」
「わたしは?」
「後衛だ」
「あの、わたし事務なんですけど。なんで戦うことになってんのよ」
「お前なら前衛でもいいくらいだろ」
「いいわけあるかぁー!」
「ま、後衛と入ってもお前目がいいだろ?だから罠とか仕掛けを見つけてほしいんだ」
「それならいいけど」
「ジニスは異論あるか?」
「ありません」
「よーし、いっくぞー!ソノマのダンジョン攻略開始だ!」
「よーし!僕もがんばります!これを成功させて目指せB級戦士!」
「あ、ああ、そうだな、ははっ」
「B級?」
「はい!僕はまだ駆け出しなのでA級なんです。だからBを目指してます」
「どういうこと?」
「Aの次ってBですよね」
「あーなるほど。トラドさん」
「い、いやぁ、がんばって次目指してねー、なんて」
「トラドさん、よろしくお願いします!」
「お、おお。ほら、さっさといこうぜ」
「はい!ふふっ」
「ん?ああ、ジニス君、きみ」
「はい、なんでしょうか?」
「そうよね、ちょっとは懲らしめてやらないとね。そろそろ行きましょっか」
「えへへ、そうですね。行きましょう。目指せ、ですね」
「そうね。うふふ」
「あはは」
「な、なんだ2人して、なんなんだ?」
「なんて感じで雰囲気良かったのになんなのよここ。現実逃避もしたくなるわ!」
「僕もちょっと」
「楽しいだろ?」
「楽しいどころの話か!壁が迫ってきたり足もとがいきなりなくなったり!」
「モンスターも本で見たこともない個体がいますし。羽が生えたトカゲに襲われて」
「楽しいじゃんか」
「あれのどこが。この人の感性ってどうなってんの」
「はは、は、僕楽しむ余裕ないです」
「おっ、見ろよあれ」
「無視か。ふーん、階段ね。また降りるのかしら」
「次の階層にすぐ行くんですか?」
「おお。危険そうなら一旦戻ればいいさ」
「ぜひそうしましょう。というかわたしは帰りたい」
「よーし、突き進め!トラド冒険団!ソノマの果てまで!」
「うわぁ、どうなってんのここ」
「すごいです、地下にいるのに空がある」
「どう考えても降りた分より天井が高い気が」
「ソノマダンジョンは不思議でいっぱいだからな」
「ねえねえ、さっきの階段周りの土を全部吹き飛ばしたらどうなるかな。剥き出しになった階段がどうなってるのか調べてみようかしら」
「お前は無粋なことにかけてはジニスを上回る天才っぷりだな」
「僕もさすがにそんなことはしませんよ。考えはしたけど」
「謎を解き明かすのも冒険の醍醐味でしょ」
「裏側なんて見てもつまらんだろ。眼の前にある感動!造りを知ったら台無しになっちまう」
「知られざる秘密こそ意欲をそそるというものよね」
「お前は。ああ、そういうのが好きな奴がいたな。ミースとテリーっていう兄弟でな」
「トラドさんの知り合いだからきっと尖った人なのよね」
「とういう意味だよ」
「べっつにー」
「というか、やっぱりわたしいらないでしょ」
「まだそれ言うのか」
「だって大半のことはジニス君が出来るんだから」
「でもセツカさんはちゃんと罠とか仕掛けの類いをすぐに見つけてしまいますから、必要ですよ。置いてかないでください」
「ほんと拍子抜けなくらい見つける。ちょっとつまらん」
「だったら尚更わたしいらないでしょ。ていうかだからってわざと罠にかかるのやめてよね」
「ありゃ、バレてたか」
「そんなことしてたんですか」
「怪しいと思ったらまさか本当に。妙に罠に掛かるから変だと」
「おー、さすが歴戦の戦士。鋭い勘。小細工なんてお見通しだなぁ、はっはっはっ」
「前科ありますからね」
「そうだっけ?」
「自覚ないくらい自然とやっとるんかい。まったくもー」
「あの、何か聞こえませんか?僕の気のせいかな」
「んー、風の音だろ」
「違うわよこれ、歌ってる」
「あ!あれ、上の方で何か動いて、うわーとても、巨大です」
「なんだありゃ」
「あれはクジラですよ!本で見ました。海にいる大きな魚です」
「魚?あれが?あのでっかくて飛んでるあれが?」
「おそらく、たぶん、です。きっと」
「ジニス君がここまで自信なさげにするとは珍しいわね」
「見たことがありませんから。それに、なんだか圧倒されてしまって」
「そうね。綺麗」
「はい。とても幻想的な光景です。まるで風で出来ているみたいに透けて、涼やかなのにずっしりとした存在感。不思議な風のクジラ。あの進路、こちらに近づいています。すごい迫力だ」
「見惚れてるとー、ぱくっ!と食べられちゃうぞー」
「えー、そんなまさか。あのクジラ実体はなさそうですよ?なんというか現象に近い感じです」
「もー、冗談よじょーだん」
「ですよね、あはは」
「ははは」
「はっはっはっ。君たちはまだまだ若いな」
「それ以上言わなくていいから」
「そうですよ。幻想的なまま終わらせてここを離れましょう」
「そうそう。さっさと行きましょ」
「そうだな。そうしないと、ほーら、来ったぞぉー!」
「もー!余計なこと言わないでおけばキレイな思い出だったのにー!」
「うわーっ!近いですよ!あそうだ、セツカさん風得意ですよね、なんとかしてください!」
「簡単に言わないでよ!ジニス君だってなんでも出来るじゃない!」
「でもセツカさん最強なんだから!囮やってください!」
「だれがやるか!それに最強はこっち!ちょっと、嬉しそうにしてないでなんとかしてよ!」
「うはー!たっのしいなぁー」
「楽しくないですー!」
「うがー!この人といると命がいくつあっても足りんわぁ!」
「う、うう、近い近い!セツカさん戦ってきてください!」
「だーかーらー!わたしは事務だっつってんでしょー!」
「はははははは!楽しいなー!くぅー、まだまだ先がある。ソノマダンジョン、さいっこーだぁ!」




