101. ダークナイト
「興味本位で買ったはいいけど、これどうしようか。僕に使い道あるか?」
「ふーん、内側からはほとんど透けて見えるのに外からは暗くて見えないのか。不思議な作りになってて意外と面白い」
「でもカバーできるのが上半身だけなのはなぁ。ん?伸びる。おっ、全身を包めるぞ。形状が変わるのか。へー、思ってたよりいいじゃん。これであの値段なら安いくらいだろ。アンビリバボーだ」
「あの商人は静かになるとか言っていたが周囲の音は消えていない。うそつきめ。これ着た僕ってどう見えているんだ?フッ、アハハ。真っ黒。闇そのものって感じ。この時間だと暗闇に同化して自分の輪郭がわからなくなる。それは使えるかな。なんだか、鏡に写ってるのが自分じゃないみたいだ」
「そうだ。これ裏返して着たら、おっ?やっぱりそうだ。何も見えない。当然か。周りからは僕がこれを羽織っているようには見えないんだよな。周囲の音も少し聞き取りづらい。つまり暗闇を外にして着た時の僕が出す音は少し消えているのか。へー。あいつが言ってたのはこういうことか。嘘も本当もない。ただ具体的に言っていない、か。つくづく怪しい奴だ」
「ああいいな。暗闇に包まれて世界が落ち着いているように感じる。静かだ。とても静か。ふぅ。そうそう、こうでなきゃな。やっぱり夜はダークでナイト」
「いい天気だ。昨日はぐっすり眠れた。いい買い物をすると気分もいいもんだ」
「はーい、こちらの通りの方は一旦止まってー。あ、馬車が通りますよー」
「ん?モンスター交通課?街中で交通整理なんて珍しい。暇そうなこいつに聞いてみるか。あのすみません、街中にモンスターでも出たんですか?」
「おん?ああモン交のことか。にーちゃんもそう思うかい」
「ええそりゃーね」
「わかんねーんだ。特に説明もなしにあそこにいてな。モンスターもなんなら騎士もいないし、周りの奴らもちょっと困惑してる感じだなぁ」
「あの交通課の人に聞いてみればいいんじゃないのか」
「うーん、そこまでじゃないからな。どうせここ通ったら関係ないし」
「たしかに。朝から煩わしいな」
「君らは知らないのか?あれは騎士が頼んだらしい」
「へーそうなのかい」
「ほらさっきの馬車、造りからしてそこそこ地位のある奴だっただろ。それで護衛の騎士が通りすがりの交通課のお兄さんに押し付けたようだ」
「おいおい騎士が職務放棄かよ。モン交もとんだトバッチリを受けたってことか。大変だなぁ」
「ふん。騎士の怠慢か。つまらん仕事はやるつもりがないのか。エリート気取りやがって」
「ははは。まったくその通りだな。騎士など名ばかりの者たちだ」
「そーいや、この間も騎士の募集だとかで大騒ぎしていたみたいだし、好き勝手やってくれてんなぁ」
「嫌な奴らだ」
「その通りだな。君も騎士をあまり快く思っていないみたいだね」
「ああ僕は騎士が嫌いだ」
「そうか。気が合いそうだな。では俺は失礼するよ」
「ふん。どいつもこいつも煩わしい奴ばかりだ」
「はぁ疲れた。大きく動いてないのに仕事ってどうしてこう疲れるんだろう。一眠りしたいけど今寝るとなぁ」
「う、いっけね。結局寝てしまった。外は、暗い。深夜ってとこか?あー今は眠れそうにないしどうしよ。仕方ない、ちょっと散歩してこよう。そうだ暗闇のこれ羽織って外歩いてみるか」
「まるで暗闇と同化している。なんだろうこの高揚感。ハハハ、今日はもう眠れそうにないな。僕がまるで闇そのもの、影が全て僕のものに思えてくる。夜の世界の主だ。フフフ、外まで行ってみるか」
「途中で人とすれ違ったけど気付かれなかったな。まぁ酔っ払いだったが。ふぅー。少しひんやりした空気が心地いい。ん?なんだあれ。看板?」
「大穴を埋める工事で危険のため迂回をお願い、土木課より、か。こんなとこに穴掘る奴って何考えてんだ。迷惑なこった。迷惑か。イタズラしたら騎士の奴ら困るかな。ちょっとやってみるか。そうだな、この看板がなくなったら地味に困るだろ。騎士の連中が警備に出てくるか試してみよう。もし見られても暗闇をまとう限り僕だとわからないはず」
「うっ、ぐぅ!な、なんだこれ、しっかり刺さってるな。ぐぬぅー、抜けな、あ!うっ!こ、腰が、や、やば、この感じちょっとやばい。一旦きゅーけいだ。ぐ、よっこいっせ」
「ぐはぁー、死ぬかと思った。僕としたことが危ないところだった。ふぅ。よし落ち着いたところでもう一度だ。こぉんの!ぐぅ、左右に揺らしながら、くっ!絶対引き抜いてやる、見てろよ騎士ども!」
「親方。おはようございます」
「おう、おはようさん」
「早速なんですがこれ見てください」
「どうした」
「その、看板がなくなってまして」
「なんだとぉ?ふむ。確かにないな」
「代わりを作るにしても木材なんて持ってきてませんし、どうしましょうか」
「ちっ、仕方ねぇ。知り合いに頼んで人を寄越してもらう」
「モンスターですかね」
「さあなぁ。人間だったら笑っちまうな。くだらんことをしやがる」
「まったくですね」
「よぉし、さっさと作業始めろ。段取りはわかってるな」
「あいよ!」
「よし頼んだぞ。近くだからすぐ戻る」
「あ、ここですね」
「おう。んじゃシモザよ、よろしくな」
「はい」
「まったくよぉ。ここに大穴掘った奴もそうだが、どいつもこいつも面倒ばっかりかけてきやがる。こっちにも街道整備とか事業計画ってもんがあるのにろくに進まねぇや」
「あはは、最近変な人多いみたいですもんね」
「らしいな。ここ以外にもモンスター共が遊び半分に穴掘るから困ってるってのによ。お前さんらもとばっちり受けて大変だろ」
「そうですね、ナミチさんも文句言ってました」
「アンのやつも黙ってねーだろ」
「うーん、僕らもそう思ったんですがなぜか静かなんですよ」
「ほお、あいつにしちゃ珍しいじゃねーか」
「ですよね、皆でどうしたんだって首ひねってます」
「妙なことばっかだな」
「親方ぁ!戻ったなら作業入ってくださいよっ!」
「おう!それじゃ頼んだぞ」
「はいー」
「お疲れ様」
「あ、マークさん。どうしたんです?」
「近くに来たので。こちら差し入れです」
「おおー、さすが気の利く男。あざっすー」
「朝、騎士に頼まれて街中で整理していたそうですね」
「そーなんです。なんでも悪王一味が護衛対象の偉い人を狙ったとかで。馬車の近くに人を寄せたくないからって頼まれました」
「そうでしたか。しかしその騎士、あなたが交通課なんてよく気づきましたね。出勤前に制服着ていたのですか?」
「この間の騎士募集の時に会った人で、その時に覚えられたみたいです。光のピッカさん」
「ああ、光る男ですか。名物騎士の1人ですね」
「こちらはどうですか」
「特に何も。事業計画が進まんって親方さんがプンプンしてるくらいですよ」
「ふっ、ムグラ親方はいつもプンプンしている気がしますがね」
「あはは」
「ほう、俺がいつもプンプンしてるってか」
「あ、その、マークさんが」
「ほらプンプンしている」
「おめーらがそうさせたんだろうが」
「これ差し入れです」
「おう。さんきゅ」
「さっきシモザとも話してたんだが、最近は妙な連中が増えてるってな。交通課にも影響あるんじゃねーか?」
「ええ。騎士達の手が回らなくて危険性が低い案件の依頼がこちらに来ます」
「ちょっと前に悪王なんて奴らが出てきたと思ったら次はモンスターパレード。更に今度は街中で変態どもが暴れてるそうじゃねーか」
「はい。段々街の方に危険なものが近づいているようで、騎士を始め我々も警戒しています」
「そうか。東に戦士村があるだろ。そこのギルドにたまに警備の依頼してんだが中々役に立つ。あいつらとは連携して動かんのか?」
「彼らは単発の依頼が主です。こうした恒常的に対応が必要な案件には不向きな組織のようですよ」
「はぁ、ままならねぇなぁ。あそこはトラドが仕切ってんだろ。あいつ、もっとうまくやれってんだ」
「彼が最強と呼ばれているのは武力において。リーダーとしては並のようです。中々難しいのでしょう」
「ままならねぇなぁ」
「土木課はどうですか?親方」
「ぼちぼちってとこだ」
「あ、土木課って最近東側でよく見ますよね」
「おう。土木課の主な仕事は現在東側に集中してるんだ」
「平和だからですか?」
「まあそうだが、理由はいくつかある」
「へぇ、複雑そう」
「どうかな、まあ面倒ではあるか。わかりやすいのは南だ。人がほとんどいないだろ?開拓領域なんて区分に指定してはいるが、正直なところ道を整備する必要がないからやらんのだ」
「誰も行かないですもんね。僕らも忙しい時は派遣しないですからねぇ。北と西はモンスターが多いから?」
「そうだ。北と西に関しては防衛戦が敷かれているところまで整備してある。けどなぁ、モンスターとの小競り合いもたまにあって危険性が高いからあまり行きたくはないんだよ。ここ最近は北のモンスターが活発になってきてるし、また何か企んでるって噂になってるぜ?」
「うーん、こわいですね」
「西は、モンスターだけではありませんね」
「ほお、お前さん知ってんのか」
「おおよそは。西はモンスターに加え隣国が通る道にもなる。でしょう?」
「そうだ。西は難しいんだ。下手に整備しようものなら相手にとっても歩きやすい。つまり敵を招き入れかねんのだが、かといって整備しないとそれはそれで忍び込みやすい。痕跡を追いにくいからな。だから最低限の整備はしてはいる。面倒な話だろ?」
「たしかに面倒ですねぇ」
「土木課って軍事計画とかにも結構絡むんでしたっけ。大変ですね」
「ああ。ま、金払いはいいけどな。そこいくと東は穏やかだし、なんなら今は戦士村との交通網を整えろと王子にも言われている。こいつも金になる。しかも安全」
「親方は戦士村の村長とも気が合いますもんね」
「おう。トラドとはそこそこの付き合いだ。あいつらがやろうとしてることに一枚噛ませてもらっててよ、俺も上手くいくことを願ってる。なんせ俺達の稼ぎになるからな」
「あはは」
「さて、仕事再開だ」
「では私も業務に戻ります」
「はい、差し入れありがとうございました」
「いえ。それでは」
「はーい」
「ふぅ、何もなさすぎて暇。ここってほとんど往来ないし。あーあーマークさんと変わってもらえばよかったぁ。もとはといえば看板がなくなったからだっけ。何が目的なんだろ?ちょっと推理してみようかな。よーし、名探偵シモザの出番だ!なんちゃって」
「この穴だな。ふーん、なるほど、ふむふむ」
「看板は人間もしくは知性のあるものの仕業かな。もし野生の動物もしくは野性的なモンスターが看板を倒したならそれはこの付近のどこかにあるはず。持ち帰るのは妙だ。仮に持っていったとしてもその痕跡はここにはない。それにこの看板があった場所」
「看板は地面に垂直に刺してあった。その跡が残ってるけど、これは少しずつ左右に振りながら垂直に引き抜いたように見える。つまり、看板を引き抜くことを目的とした行動と考えられる。ということは、故意に看板を引き抜いたってこと?」
「一体何が目的なんだろ。目的。持ち去ったのか、どこかに破棄したのか。それによって犯行の目的やその活動の方向性は定まってくる。どこか目立たないところにあれば看板を隠したということになるけど、この辺に隠せる場所はなさそう。犯人は見つけて欲しくないから見つけられないようにした。見つかったら、どうなる?うーん。もし親方達の手に渡ったら元に戻す。つまりここに立てられる。そうさせたくないから隠したのかな」
「これは悪意を持ってのことだろうか。それとも看板があることで何か問題になることがあったとか?土木課が想定していなかった事故が起こりうる何か。ん?なんだこれ。地面に幾本も筋がある。こっちを中心にまるで握り締めるような。あ、やっぱり手の形にあう。僕と同じくらいの手だ。土木課の人じゃないな。こういうのって何かを堪えるような仕草だよね。怒り、痛み。つまり苦痛。看板への恨み?うーん、謎は深まるばかりだ。やっぱわかんないからやーめよっと」
「あの、何かあったんですか?」
「あ、ここで今工事しているんですけど案内の看板がなくなっちゃいまして。代わりに交通整理しているんです。すみませんけど危ないので迂回お願いしますー」
「交通課ですよね、大変ですね」
「あはは、いやぁほんとそうですよね。看板なんて持っていってどうするつもりなのか、犯人は何がしたいんですかねぇ?」
「騎士は何もしてないんですか」
「騎士?さあどうなんだろ。ここの親方さんが訴え出なければ動かないんじゃないかな」
「そうなんだ」
「何か気になることでも」
「いえ、早く解決するといいですね」
「ですね、ありがとうございます」
「じゃ」
「はい、お気をつけてー」
「さっきの人、ここを通るわけでもなく見に来た。ここってそんなに人が通るところじゃないのに、わざわざ見に来る理由って。見に来る、つまり確認。うーん。まさか、ね」
「フン。次はもっと目立つようにやるか。そうしたら騎士が出てくるはずだ。あぐらをかいていい気になってるのも今の内だ。僕の手で必ず、うっ!こ、腰が。う、ぐ。次は、覚悟しろよ、騎士めぇ」




