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第7話、芽生え始めた共鳴

侍女を通じて入ってくる情報は、日ごとにその密度を増していた。

皖城の復興は目に見えて進んでいるが、その裏で新たな問題が次々と持ち上がっていることも、大喬は知るようになっていた。


特に、周辺地域の豪族たちの動きが鈍いこと、孫策が彼らを新しい秩序に組み込もうと苦心していることなどが、断片的に伝わってきていた。


かつて父・喬玄も、一筋縄ではいかない地元の有力者たちとの関係に心を砕いていたことを思い出し、大喬は孫策の置かれた状況の難しさを僅かながら理解し始めていた。


その日、孫策が現れたのは、日がとっぷりと暮れた後だった。手には何かの巻物を抱え、顔には隠しようもない疲労の色が浮かんでいる。


部屋に入るなり、彼は重々しい溜息をつくと、椅子にどさりと腰を下ろした。それはこれまでの訪問では見せたことのない、あからさまな疲弊の表れだった。


「思うようには、いかぬものだな。」


呟かれた言葉は誰に言うともなく、彼の内側から漏れ出たようだった。そして、続けた。


「力だけでは、人の心は動かせん、か。」


その弱音とも取れる言葉に、大喬は息を呑んだ。しかし、そこに嫌悪感はなかった。

むしろ武勇で鳴らす「小覇王」の人間らしい一面を垣間見た気がして、彼女の心は静かに波立った。侍女から聞いた豪族たちの話を思い出し、彼女は静かに問いかけた。


「力だけでは、とは…例えば、どのようなことでしょうか? このあたりの、古くからの家々の方々のこと…でございますか?」


孫策は、はっとしたように顔を上げた。自分の心の声を聞かれていたことに気づき、一瞬、ばつの悪そうな表情を見せたが、大喬の真剣な眼差しと、彼女が状況をある程度理解していることを察し、再び深い溜息をついた。


「ああ。彼らは旧い慣わしに縛られ、新しい仕組みを受け入れようとしない。さりとて、無理に押さえつければ必ず禍根を残す。父上ならば、あるいは一喝して従わせたかもしれんが…俺にはまだ、そこまでの威勢も…。いや、それだけでは駄目なのだろうな。」


具体的な名は伏せながらも、彼の言葉からは深い苦悩が滲み出ている。戦で敵を打ち破ることとは全く違う種類の困難に、若き指導者は直面していた。


その様子を見て、大喬の脳裏にかつての父の姿が蘇った。


「父も、申しておりました。」


「…?」


「人は、ただ利を示すだけでは動かず、ただ威を示すだけでも、真には従わない、と。相手の誇りを慮り、時には…こちらの弱さや、誠意を見せることも必要になる場合がある、と。」


それは、具体的な献策ではない。しかし、人の心の機微に触れる、父から受け継いだ知恵の言葉だった。


孫策は、大喬の言葉に、まるで雷に打たれたかのように動きを止めた。彼女の口から、今は亡き父の言葉が出たことへの驚き。

そしてその内容が、まさに自分の悩みの核心を突いているという衝撃。彼は吸い込まれるように大喬の顔をじっと見つめた。


「……そなたの父君が、そう…申されたのか…。」


彼は何か深く考え込むように押し黙り、大喬の言葉を反芻しているようだった。



その頃、城内の一室では、孫策を待つ周瑜が卓上の地図に思案の目を落としていた。

やがて戻ってきた孫策の表情に、いつもとは違う何か複雑な色が混じっていることに気づく。


「孫策、どうした? 何かあったのか?」


「いや。少し、考えさせられることがあってな。」


彼は大喬とのやり取りを語りはしなかったが、その脳裏には彼女の言葉が強く残っていた。

周瑜は敢えて深くは追求せず、本題に入った。


「皖城の復興も進み、周辺も落ち着きつつある。そろそろ、喬玄の御息女たちの処遇を、はっきりと決めねばなるまい。このままというわけにはいかんだろう。」


孫策の表情が、わずかに翳った。

彼は窓の外の闇に視線を向けながら、呟くように言った。


「……ああ、分かっている、周瑜。俺は…、」


彼は言葉を切り、周瑜を見た。その瞳には、迷いと、そして決意の色が浮かんでいた。


「大喬殿を、俺の妻として迎えたいと思う。」


周瑜はその言葉を予期していたかのように、静かに頷いた。


「それが最善であろう。政略としても、理に適っている。そして…私も、小喬殿のことを。」


周瑜の言葉にもまた、秘めた想いが滲んでいた。二人の若き英雄の間で、喬姉妹をそれぞれ娶るという意思が固まった瞬間だった。



孫策が大喬の部屋を辞した後、大喬は一人、自分の発言を振り返っていた。


少し踏み込みすぎただろうか。だが、孫策が自分の言葉に、確かに耳を傾けてくれた。

彼が見せた、今までとは違う弱さ。そして、それに応えた自分の言葉。二人の間に、また一つ、目に見えない繋がりが生まれたような気がした。


胸の中に、微かな温もりと、言いようのない期待感が宿る。

それは、侍女が次に持ってくる情報が、自分たちの運命を大きく左右するものになるかもしれない、という予感でもあった。

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