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第6話、変化の兆し

侍女がもたらす情報は、大喬の世界を確実に広げていた。


軟禁された部屋にいながらにして、彼女は城壁が日に日に高く積み上げられていく様や、城下に少しずつ活気が戻りつつある様子を想像することができた。


「孫策様は、昼間は相変わらず現場に出ておられますが、最近は夜更けまで軍議や役人との話し合いをなさっているとか。休む間もないご様子だと、皆が噂しております」


「兵士たちの中には、『若様は厳しいが、俺たちの働きをちゃんと見てくれている』と言う者も増えてきたようです。先日も、負傷した兵の手当てを気遣っておられたとか。」


「周瑜様は、常に冷静に孫策様を補佐され、城内の治安維持や物資の差配など、細やかなところまで目を配っておられると。」


聞くほどに、孫策という男の輪郭がはっきりとしてくるようだった。ただ勇猛なだけでなく、組織を束ね、民の生活を立て直そうと奔走する指導者の姿。

そしてそれを冷静に支える周瑜。


彼女がこれまで抱いていた「征服者」という一面的なイメージは、もはや欠片も残っていなかった。知れば知るほど、自分が向けた言葉の浅はかさが身に沁みる。

そして同時に、胸の奥に、尊敬に似た温かい感情がゆっくりと広がっていくのを感じていた。


ある穏やかな午後、大喬は侍女の付き添いで、屋敷の庭を散策する許しを得た。


久しぶりに外の空気に触れ、荒廃の中にも懸命に咲く花々に目を細めていると、ふと、庭の東屋の方から話し声が聞こえてきた。

近づいてみると、そこには周瑜と、妹の小喬の姿があった。


周瑜は、琴の前に座る小喬に、穏やかな口調で何かを教えているようだった。

小喬は、まだ少し緊張した面持ちではあったが、以前のような怯えきった様子はなく、時折こくりと頷きながら、周瑜の言葉に耳を傾けている。


そして、周瑜が何か冗談でも言ったのだろうか、小喬が小さく笑い声を上げた。その自然な笑顔を見て、大喬は安堵と共に、複雑な気持ちになった。

周瑜もまた故郷を奪った敵の一人であるはずなのに、その妹への接し方は、どこまでも紳士的で、優しさに満ちているように見える。


(小喬も少しずつ前を向こうとしているのかもしれないわね。周瑜様という方も、冷徹なだけではないようだわ。)


妹の身を案じる気持ちが和らぐ一方で、自分たちの置かれた状況の奇妙さを改めて感じずにはいられなかった。


その日の夕刻、孫策が部屋を訪れた。


いつもと違い、今日は泥汚れのない比較的整った衣服を身に着けている。どことなく彼の表情も以前より柔らかいように見えた。


部屋に入ると彼はいつものように大喬からの辛辣な言葉を待つかのように一瞬身構えたが、大喬が静かに書見台から顔を上げただけなのを見て、少し戸惑ったように立ち止まった。


部屋に流れるのは以前とは明らかに違う、穏やかだが、どこかぎこちない沈黙。

先に口を開いたのは大喬だった。侍女から聞いた情報を思い出しながら、努めて平静な声で言った。


「城壁の修復、順調に進んでおられるそうですね。」


その言葉に、孫策は虚を突かれたように目を見開いた。そして、すぐに安堵したような、あるいは少し嬉しそうな、複雑な表情を浮かべた。


「ああ。兵たちがよくやってくれている。お陰で、思ったよりも早く進んでいる。」


「民の食糧も、冬が来る前に、確保できそうだと聞きました。」


「うむ。周瑜が上手く手配してくれた。だが、まだ課題は山積みだ。この地を本当に安定させるには、やるべきことが多い」


短い、事務的な会話。

しかし、それは間違いなく二人の間に初めて生まれた「対話」だった。罵倒でもなく、一方的な宣告でもない、言葉のやり取り。


孫策は、何かもう少し話したそうにしていたが、結局、他に言葉が見つからなかったのか、「何か不自由なことはないか。」とだけ問い、大喬が「いいえ、お構いなく。」と静かに首を振ると、少し名残惜しそうな気配を残して部屋を後にした。


一人残された大喬は、自分の心臓が少しだけ速く打っているのを感じていた。孫策と、あんな風に言葉を交わしたのは初めてだった。


胸の奥が、じんわりと温かくなる。

それは憎しみでも反発でもない、確かな変化の兆しだった。


同時に、先ほど見た周瑜と小喬の姿が脳裏に蘇る。穏やかに見えるあの関係も、自分たちの未来も、まだ何も定まってはいない。不安が消えたわけではない。


だが今は、もっと知りたい。この男のこと、江東のこと、そして、自分たちがこれからどうなっていくのか。

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