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第4話、繰り返される訪問と真相

その日も、孫策は泥まみれでやってきた。


いつもより疲れているように見え、腕には新しい包帯が巻かれている。大喬は、いつものように冷たい言葉で彼を迎えた。


「まあ、本日はお怪我まで。泥遊びも度が過ぎると危険ですわね。それとも、江東の小覇王様とはか弱い張り子なのでしょうか?」


今日の大喬の言葉は特に刺々しかった。

孫策はさすがに少し顔を顰めたが、やはり何も言い返さず、部屋の隅に置かれた水差しに目をやった。


「水が少ないな。兵に持ってこさせる。」


そう言って、彼は部屋を出て行った。

孫策が去った後、部屋には重い沈黙が流れた。


小喬が姉の顔色を窺っている。

大喬自身も、言い過ぎたかもしれない、という微かな後悔と、しかし譲れない意地とが入り混じった複雑な気持ちで胸がざわついていた。


そこへ、新しい水差しを持った侍女が恐る恐る入ってきた。彼女はこの屋敷に古くから仕えている者で、姉妹のことも気遣ってくれている数少ない一人だった。


「あ、あの、大喬様…。」


彼女は、何か言いにくそうに俯いている。


「どうしたのです? 何か言いたいことがあるなら、はっきりおっしゃい。」


「は、はい…。あの、先ほどの孫策様への御言葉ですが…。」


「あの男のことですか。何か問題でも?」


「いえ、問題というわけでは…。ただ、大喬様はご存じないかと思いまして…。孫策様のこと、あまり邪険になさらない方が…。」


「なぜ? あの男は私たちの全てを奪った敵よ。それ相応の扱いを受けて当然でしょう。」


気色ばむ大喬に、侍女はさらに声を潜めて言った。


「それは…そうでございます。ですが…しかし、孫策様は…この皖城を一日も早く元の姿に戻そうと、ご自身が先頭に立って…。」


「先頭に立って、何ですって?」


「…兵士たちや、徴用された民たちと一緒に…崩れた城壁の石運びや、瓦礫の片付けを…本当に、泥まみれになって、朝から晩まで…働いておられる、と…。今日の腕のお怪我も、作業中に石が崩れて、と…。皆、噂しております。だから、いつもお召し物が汚れ、お疲れなのです。」


侍女の言葉は、衝撃となって大喬の心を打ち砕いた。


「…………え…?」


嘘だ。そんなはずはない。


あの傲慢な征服者が? 覇王とまで呼ばれる男が、自ら肉体労働を? 民と一緒に?

あの泥まみれの姿は、あの疲れ切った表情は、からかいでも、侮辱でもなく…本当に…?


頭の中で、これまでの孫策の訪問が次々と蘇る。

泥まみれの服、汗、手の傷、時折漏らした復興への言葉、そして、自分の痛烈な罵倒に黙って耐えていた彼の表情…。


「……ああ……!」


自分が投げつけてきた言葉の一つ一つが、鋭い棘となって自分に突き刺さってくるようだった。


なんと浅はかで、なんと愚かなことを言ってきたのだろう。彼は何も言い返さなかった。

ただ黙って、やるべきことをやっていただけなのかもしれない。


苛烈なだけではない、民を思う君主。その噂は真実だったのかもしれない。彼は言葉ではなく行動で示そうとしていたのではないか?


大喬は侍女の前で取り乱すわけにはいかないと、必死で感情を抑えようとした。

しかし、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを止められなかった。


それは憎しみとは全く違う、困惑と、羞恥と、そして、今まで感じたことのない種類の…尊敬、と呼ぶにはまだ早すぎるかもしれないが、何か人間的なものへの強い関心だった。


孫策という男は、一体何者なのだろう?


自分が今まで見てきた世界が、音を立てて崩れていくような感覚に襲われた。彼女はただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。


窓の外からは、遠く、槌を打つ音が聞こえてきていた。

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