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第2話、陥落後の対面

皖城かんじょうの空は、数日前までの穏やかさを失い、戦火の煤煙と敗北の気配に重く沈んでいた。


城内のあちこちでまだ小規模な抵抗や略奪の鎮圧が行われる中、城主・喬玄の屋敷は、孫策軍の司令部として接収されつつあった。


その広間の中央に、大喬と小喬は震えながら立たされていた。周囲には鎧を鳴らす兵士たち。そして、上座には二人の若き将が座している。


一人は、燃えるような覇気を隠そうともしない孫策。もう一人は、冷静な理知を感じさせる周瑜。


「ああ…父上…、私たちの故郷が…。」


目の前にいる男が、この悲劇を引き起こした張本人、孫策。噂に聞く「小覇王」その人だ。


若々しい顔立ちには、しかし、人の命を容易く奪うであろう冷徹さと、底知れぬ野心が宿っているように見えた。

隣にいる周瑜という将も、その静かな佇まいの中に油断ならぬ鋭さを感じさせる。


恐怖と怒りで、唇が渇く。妹の小喬が、か細い腕で自分の袖を強く握りしめているのが伝わってくる。守らなければ。この子の前で、無様に怯えるわけにはいかない。


大喬は、ぐっと唇を噛み締め、背筋を伸ばすと、毅然として前を見据えた。


兵士に促され、顔を上げた女性を見て、孫策は雷に打たれたような衝撃を受けた。


(……!! まさか…。)


数年前、心を奪われたあの琴の少女。こんな形で再会するとは。

記憶の中の、陽光の下で清らかに琴を奏でていた姿と、今の、悲しみと憎しみを瞳に宿し、しかし凛として立つ姿が重なる。


運命とは、これほどまでに皮肉なものか。

彼女の瞳は、真っ直ぐに自分を射抜いている。


憎悪の色は明らかだ。当然のことだ。だが、その敗れてなお失われぬ気高さに、彼は以前にも増して強く心を引かれた。

しかし、今は感傷に浸っている場合ではない。


自分は征服者であり、彼女は捕虜なのだ。この状況で、個人的な感情を表に出すわけにはいかない。彼は、内心の激しい動揺を押し殺し、意識して冷ややかな仮面をつけた。


「喬玄殿の息女だな。名を申せ。」


努めて低く、威厳を込めた声で問う。


「……大喬と申します。こちらは妹の小喬にございます。」


声はわずかに震えたが、語尾はしっかりとしていた。その声さえ、孫策の記憶の琴線に触れる。


「そうか。喬玄殿は見事な最後であったと聞く。お前たち姉妹は、しばし我が保護下に置く。身の安全は保障しよう。部下にも、決して無礼なきよう厳命しておく。だが、愚かな抵抗を試みるならば、その時は容赦せぬ。心得たか。」


孫策は、姉妹の、特に大喬の強い瞳から目を逸らさずに言い放った。同時に、側に控える将校に目配せし、彼女たちに丁重な扱いをするよう改めて命じた。


先ほども再度、城内での略奪・暴行の厳禁と、違反者の厳罰を徹底するよう伝令を飛ばしたばかりだ。民衆の支持なくして、この地を真に治めることはできない。


孫策の言葉は、勝者の傲慢さに満ちているように聞こえた。しかし同時に、彼が部下へ何事か細かく指示を出す様子や、その瞳から、破壊者ではない何か複雑な光を、大喬は感じた。


「保護」という言葉は、今の状況では偽善にしか聞こえない。だが、妹の安全が第一だ。今は、耐えるしかない。


彼女は、深く頭を垂れる代わりに、ただ黙って孫策を見返した。その無言の抵抗が、孫策にはより一層、彼女の気高さを印象付けた。


周瑜は、そんな二人の間の見えない火花を静かに見守り、隣にいる小喬を少しだけ安心させるように、穏やかな視線を送っていた。

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