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アヴェンティオラ

何の音もしない灰色の森林の中で、

青く膠着した死者(トロープ)を、

金の装飾の入った

特殊な赤い棺桶に入れ、

雪の夜に運ぶ者達がいる。


その周囲を

アヴェンティオラと呼ばれる

蛾が飛んでいる。


アヴェンティオラの幼虫達は

凍り、冷え切った岩についた

灰色の苔だけを食べて育つ。


命のほとんど育たない凍土の上で、

この感情を持てなかった蛾達は

キリストの舞い上がった

陰湿な水曜の灰の様に浮かぶ。

気取ったラテン語の

碑文の奴隷の様に・・。


ああ、つまりそういう事だ。

暗闇に脅える鹿(カバルガ)の魂を

啜る事は出来ても、

この蛾を僕にする事は

夜の陣営の誰にも出来はしない。


棺桶を運ぶ者達が誰なのか?

私は知らない。

その死者(トロープ)が誰なのか?

かつてどんな生を生きた者なのか?

そんな事は知らない。


密葬とはいつもそうだ。

土地の暮らしとは常にそうだ。

他人の事は知らない。

ただ、常に何かが何処かで進行している。

他者の家の中で。

永遠に招かれる事の無い

戸口の向こう側で。


そうさ。キリストよ。

ここへ来いよ。

お前と違って、

アナク人の末裔である私は

その戸口の向こうに

入る事は出来ないのだから。


なぜなら我々は

永遠の余所者であり、

土地を持たぬ流れ者だから。


カインが弟を殺したその時から、

我々は帰る場所を失い、

暖炉の暖かみから、

死者の蒼い血の墓地(マギラ)へと

悠久に追放された。


ねぇ、臓物を潰す者が

神を愛さないとは限らないじゃないか。

ああ、キリストよ・・私は・・


(気づけば葬列は消えていた。

廃墟の修道院の方に?)


ああ、我が愛する人よ。

心臓(シェルツェ)を杭で貫かれ、

永遠の眠りについた真理(チュワヴィク・イ)(スティニ)よ。

悲劇と不運を逞しい陽気さで迎え、

キリストにすら差別され、

捨てられた斜陽の墓地の女神よ。

世界の塵が巡るというのなら、

貴女は何処に行く事を望むのだろう?

アベル・ミツライムの地で嘆かれる事を

貴女は決して望まないだろうから。


我々は籾殻。

喜び踊らぬ(オッサ・ウ)(ミリアタ)

青ざめた肥料(ステルクリニゥム)

キリストの永遠の敵対者だ。

残念ながら

そうせざるを得ないのだ。

墓地(マギラ)から見た町の灯は

遠方に在り過ぎるし、

神の幕屋はさらに遠い。


それでも、

我が愛する人よ。

貴女はアヴェンティオラに生まれ変わって、

笑っているのかもしれない。

感情を持たぬ蛾の中で、

感情という不完全な罪を

笑うのかもしれない。


恐れや脅えという

弟殺しの罪を無邪気に愛しながら、

血のついた手で、

それでも弟を愛し、

神をも許すのかもしれない。


灰の蛾よ。

無機の蛾よ。

それは自分を許すという事に

他ならないのか?


キリストよ。

いつかお前と

酒を飲み交わす日が来るのなら、

あの赤い棺桶に

何が入っていたのかを教えてくれ。

お前が私の心臓(シェルツェ)を打ち砕き、

私の罪を土壌に埋め、

私という存在が

何も無くなってから・・

それがお前という

農夫の仕事なら。


キリストよ。

死者の口から出る黒い蜘蛛の事を・・

あるいは、

グリェーフと呼ばれる蠅の事を

それか、

真夜中に突然、痙攣する死者の事を

お前は嫌悪すらしない。

お前は愛する事で我々を殺す。

お前が人にそうする様に。


だから私は仕事をしよう。

おお、罪人(グレシニク)にすらなれぬ

哀れなこの世のあらゆる生命と共に。


私は人生の中で何度も言う。

臓物を潰す者が

神を愛さないとは限らないじゃないか。

だから・・

いつかお前と

酒を飲み交わす日が来るのなら、

その時は

私が殺した修道士共にも

凍える死者にも

蛾として消えゆく哀れみにも

温かいスープの置かれた席が

譲られる事を望んでいる・・

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