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【リオ編】 序盤エピソード

【リオ編】


《9年前》


 それは突如発生した。

9歳の千月ちづき・リオ・ブレイディが暮らしていた街がことごとく地下に沈み込み、地下から吹き出した海水が街の建物を沈没させていく。

 いくつものビルが沈没した地下から、直径数百mはありそうな巨大な“イカ”型のイドラが海水と共に突如出現し、轟くような大絶叫を上げ空気を震撼させた。


 八月の熱さにうだりながら、リオが自宅アパートの近くまで返ってきたその時、大きな地震が辺り一帯を襲い不吉な音を立てて周囲の建物が揺れ続けた。

 一旦地震は治まったものの、今度はアスファルトに覆われた地面が波立ちひび割れていくと、その隙間から水が染み始めた。ボコボコと音を立てて染み出した水はあっという間にアスファルトを覆い、辺りの道路は盛り上がったり陥没してしまい、染み出す水は治まるどころか段々激しくなってきた。

 「…っ…!!」

 慌てたリオは、染み出した泥水を跳ね上げながら急いで自宅アパート二階に帰って来た。そこには昼間から酒を飲んだくれている父親がいた。

 「おい、こりゃ何だあっ!!?」

 「わ、分かんない、どうしようどっかに逃げたほうが…」

 二人が混乱していたその時轟音を立ててアパートが揺れ出し、二人は立っていられず父親は膝を突き、リオは尻もちをついてしまった。父親が這いずって開いた窓から外を見て大声を上げた。

 「な゛っ…何だこりゃあ゛っ!!!」

 路面から高さ数メートルはある泥色の水柱が激しく吹き出し、周囲の建物を地下に引きずり込んでいる。見ている間にもリオ達のいるアパートは段々傾き出し、その水柱に引き込まれていく。

 「や゛っ…やべえっ!!!」

 父親は玄関に向かって這い出すがアパートは父親が見ていた窓に向かって傾き、反対側にある玄関側が急激に傾斜をきつくしている。辺りに置いてあった物が二人を追い越し、次々と窓に落下し窓ガラスが音を立てて割れた。

 「…ぅう゛~っ…!!」

 リオは傾いて窓側に動き出したソファに、目を閉じてしがみつくのが精一杯だった。

 「お゛いっ!!!」

 「ッ!?うわ゛っ…!!?

 ソファにしがみついていたリオの足を父親が掴んだ。

 「や゛っ…痛いよ、離してっ!!」

 リオの体が、ずるずるとソファから引き剥がされていく。

 「離せるわけねえだろがボケぇ゛っ!!そのまま…」

 父親が言い掛けたその時、リオの力が抜け二人は窓に向かって転がり落ちた。

 「…ッ!!」

 瞬間リオの頭に痛みが衝撃となって走る。窓枠に頭をぶつけたリオは父親と共に窓をから放り出され、一面泡立つ泥沼と化した水面に落下した。

 水音を立ててリオの体が水中に沈む、足が底に浸かないままリオの体は浮上し水上に顔が出せた。

 「がふぁっ!げほっ、ぅえ゛え゛っ!!…」

 激しく咳き込んだリオの体が急激に流される。沈みそうになる体を何とか両手を激しく動かして水上に顔を出し続けようとするが、何度も沈んでしまう。このままでは溺れてしまうと思ったその時、水上に浮かんだ視界にブルーのソファがよぎりリオは必死に水をかいてソファを掴んだ。

 「…っ…!」

 ひっくり返ったソファの背面によじ登り、リオは何とか体を水上に引き上げることが出来た。ソファはそれでも沈み込み、三分の一ほど水面下に沈んだが何とか水面に浮いている。

 震える体で安堵の息を吐いたその時。

 「ぐはぁ゛あ゛っ…!!!」

 水面から現れた腕が突然ソファを掴み、父親がリオの避難したソファにしがみついた。ソファは父親の体重で更に沈み、三分の二以上が水面下に沈みこみリオの下半身が水面に浸かってしまった。

 「ちょっ…二人は無理だって!!このままじゃ…」

 父親が鬼の形相でリオを振り返った。

 「…ならてめぇが離せ、邪魔なんだよ゛っっ!!!」

 「…ッ!!」

 父親の強烈な蹴りが何度もリオを襲い、ソファから引き剥がされたリオの体は濁流の中に投げ出され深く沈んでいった。


 意識を失ったリオの体が泥沼の中沈んでいく。

 濁流の中流された様々な物がリオの傍らを通り過ぎ、リオの体に何度もぶつかる。その度にリオの体は更に沈み込み、最早光も届かなくなった真っ暗な水中をゆっくりとリオは沈んで行った。


 暗闇は更に続く――――そのまま水底に着くかと思われた水中の“色”が、徐々に変化し始めた。

 

 漆黒の色が黒に近い濃紺色に変化すると、リオの体が淡いその光に包まれた。窓枠で打った頭から血が流れ出たまま、リオは沈み続けるーーーー水中の色は更に変化し、濃紺色へと変化した。

 リオが最前まで溺れていた泥水とは、水質は全く異なっている。辺りに漂着物は一切無く、水中には小さな青い光の粒子が無数に漂っていた。

 やがてどこまでも底の見えない水中から小さな異音が響き始め、異音がリオに近づくと共に音は段々大きくなっていき――――その音がフッと消えた。


 次の瞬間、轟音と共に闇の中から4つの青海色の瞳が光を放った。リオの体など米粒ほどに見える程巨大な光の正体はーーーー四つの瞳に、流線的な角がいくつも生えた頭部から鱗に覆われた長い胴体が伸びた、白銀色の“海竜”だった。


 海竜は淡い光に包まれたリオを静か見下ろした。



《現在》


 障壁晶(CRY.ER=クリア)に守られたアルダ―防塞都市フォートレスシティの堅牢な壁外に、スラムが広がっている。3月初旬の空は薄い雲に覆われ、ひんやりとした空気はまだ春は遠いと知らしめているかの様だ。

 古びたビル街が防塞都市の壁に縋りつくようにして広がり、イドラの襲撃を警戒する者達が何とか防塞都市の恩恵にあずかろうと必死な事情が、その様からは見て取れる。

 密集した建物が雑然と建っている通りには、人の賑わいがある。掘っ立て小屋の様な露店が建ち並び、様々な生活用品や食べ物を売っていたり、風体の悪い男達が酒屋で昼間から飲んだくれている。

 その中のビルの壁面に大画面のホログラムが映し出され、画面の中でロンギヌスの女性広報官が爽やかにアナウンスしていた。

 『58年前、人類が見舞われた“蝕災”は、我々ロンギヌスにより辛うじて防がれています。我々は更なる人類の躍進のため、各種職員を募集しております、募集した人員の功績によっては、防塞都市への永住権も可能と…』

 その時ビール缶が投げつけられ、ホログラムが乱れた。

 「“穴ぐら”に引っ込んでやがる奴等が偉そうなこと言ってんじゃねえっ!どうせ俺等の命なんて使い捨てだろうがっ!!」

 赤ら顔で怒鳴る酔っ払いの横を、千月・リオ・ブレイディは通り過ぎていく。


 身長は160cm後半ほど、スレンダーな体形は足が長くバランスがいい。

 濃紺色の、サイドに分けた耳に掛るほどの長さのショートヘアに、意志の強さを感じる眉。まなじりが上がった青色の瞳に、すっきりと整った目鼻立ちには化粧っ気はない。

 首元まで覆った黒のイドライド合成繊維のミリタリー風ジャケットに、同素材の黒の細身のパンツに足元は濃い青のスニーカー。


 リオはWEA・PCのホログラムで地図を確認しながら裏道へと入り、先へ進んで十字路を右へ曲がった。その先の通りの建物と建物の間に地下へ延びる階段があり、リオが階段を降りて行きもうすぐ最下段となったその時、景色がいきなり一変しビルの外階段にリオは着地した。

 リオは外階段から外を見て、眼下にある廃工場を眺めた。

 「…妖しい動きは一応無し、か…運ぶ荷物の大きさは数メートル四方のコンテナだっけな。んじゃ、いくか」

 言った瞬間、リオは廃工場の入り口の前にいた。

 前方にはコンテナと風体の悪い男達がいる。リオは歩いて近づきながら相手に声を掛けた。

 「あんた達が今回の依頼人?さっそくだけど…」

 刹那、リオの半径数メートル四方に光の紋章が浮かび、半円状のドームと化して緑色の光膜でリオを閉じ込めてしまった。

 「…っ…」

 

 『初めまして、千月里緒』


 声と共にリオの前方のコンクリートの床から光をまとった“植物”が生え始め、一気に繁茂した植物が次々と蕾を付け、音も無く咲き乱れた。

 花の中から半透明な女の上半身が次々と生まれ、植物の中心に一際大きな八重花が蕾から花びらを綻ばせると、花弁の中心から巨大な“女の顔”が現れ3つの異形の眼でリオを見た。


 リオはうげぇっ、と表情を歪め「…“霊王マヤンルーグ”かよ…」と呟いた。

 「…何これ、一体どういう事?」

 リオが両腰に手を当て、首を傾げてとぼけた。

 コンテナの傍にいた男が口を開く。

 「…違法密輸に犯罪補助」

 リオがハッと顔を上げた。

 男の姿が画像が乱れる様にノイズを走らせると、その奥から全く違う男が現れた。


 年齢は27歳。身長は170後半ほどで無駄なぜい肉は一切無い。

 白銀色の、乱雑に後ろに流し両サイドを刈った短い髪。白い肌に彫りの深い整った顔立ちは端正だが、目の鋭さが印象的でどこか近寄りがたい。薄い眉に、猛禽類の様な灰銀色の瞳。こけた頬に、薄い唇はストイックにいつも引き締められている。そして耳には複数のピアスを付け、首には黒色の一見すると蛇の様な装飾文様がタトゥーとして彫られ、インナーからも別のタトゥーが複数のぞいている。

 暗いカーキ色のミリタリージャンパーに白のTシャツ、ピーコックブルーの擦り切れたジーンズに濃灰色のハイカットスニーカーを履いている。


 白銀色の髪の男―――“ロイド・ウェイン”は、リオを見据えた。

 「まさか自分の幼馴染が“魔人アバドン”だったなんて―――…なぜ俺に黙っていた、リオ」

 「…ロイド…」

 ロイドの傍らの男達も同様に姿を表し、そのメンバーを見たリオは目を見開いた。

 「うっわー、“D.O.D(Dance Of Death)”のメンバー勢揃いじゃん。サイン頼んでいい!?あたしファンなんだよね」


 (※D.O.D……ロンギヌスに所属する魔人によって構成されたロックバンド。ロイド・ウェインはボーカル&ギター担当)


 「ふっ…剛毅な女だな」

 片頬を歪めて言ったのは、ロイドの隣の男ーーー“ディエゴ・アヴァロス”だ。


 D.O.Dではギター&ボーカルを担当している。

 年齢は28歳、身長は180cm中程はある。服を着ていても筋肉質なのが分かる様な良いガタイをしている。

 焦げ茶の乱雑に波打つ肩下の長さの髪を一つに縛り、褐色の肌に、頬のこけた彫りの深い野性的な顔立ちに、どこか虚ろな冷たさを宿した金色の瞳。唇にはいつも口元を歪めた笑いが浮かんでいて、爛れたような色気を感じる。

 こげ茶色の擦り切れた皮のフィールドジャケットに、胸元を寛げた灰色のボタンシャツ。ユーズドの黒のジーンズに、黒皮のハイカットブーツを履いている。


 ディエゴの言葉にロイドはため息を吐いた。

 「俺のサインなんて欲しがったことないだろ。リオ、お前はアバドンなんだな」

 リオは両手を上げて肩をすくめた。

 「…まぁ御覧の通り」

 「いつなった。9年前…“憑依汚染”にお前が巻き込まれた、あの時か」


 (※憑依感染……範囲数百メートル以上の一帯をイドラによって憑依され、地形が激変することを指す。9年前にリオの街を沈め泥沼化したのも、イドラが引き起こした事象だった)


 ビル街が水没し、巨大なイカ型のイドラが出現する記憶がリオの頭にフラッシュバックする。

 

 「……」

 「あの時――…何があった」

 リオは舌打ちすると、ロイドを強い表情で見返した。

 「どうでも良いよ、そんな昔の事。っていうか、霊王マヤンルーグ様にD.O.Dメンバーが居並ぶってことはーー…あたしとうとうロンギヌスに目を付けられたってこと?」

 『その通りです、千月里緒。あなたには、判明しているだけで21件の罪状が掛かっています』

 リオはケッ、という表情で答えた。

 「子供一人で生きてくため仕方なくね」

 『あなたの子供時代には同情しますが、イドラが係る事件を国際的に取り締まる組織である我々ロンギヌスが、あなたをこれ以上野放しにする事はありません』

 リオはボリボリと後頭部を掻いた。

 『あなたは国際的に指名手配され、公的な権利を剥奪されます』

 リオはふっと笑みをこぼした。

 「…あぁ~あ、自由を謳歌で来たのも、たった9年かぁ」


 『このままお前が力を行使し犯罪行為をし続ければ、必ずロンギヌスに目を付けられるはずだ』


 “アンヘル”がリオに告げた。

 場所は古びたアパートの一室。1DKのマットを敷いたフローリングにリオは胡坐をかいて座り込み、対面のソファに足を組んで座りながら、いつも通りPCで何か調べているアンヘルを見上げた。


 年齢は20代半ば程、180cm後半の筋肉質な体格に組んだ足が長い。

 頭の形が分かるほど短い癖のある濃い金髪に、小麦色の肌に優美に整った彫りの深い顔立ち。凛とした眉に長いまつ毛に縁どられた瞳はウルトラマリンブルーで、少し厚い唇が肉感的で色気がある。

 濃紺色の長袖ニットに、暗いベージュ色のパンツに部屋の中ではいつも素足だ。


 出会った頃から全く変わらない姿の相手を見ながら、リオは開いたポテチの大袋から数枚掴んで口に放り込むと、バリバリと音を立て頬張った。

 『あぁ~でもまあ、一カ所に拠点を絞らなきゃ何とかなるんじゃない?』

 アンヘルは複数のホログラムウィンドウを展開しながら口を開いた。

 『そうじゃない。もし奴等に捕まったら、そのままロンギヌスに潜入しろ』

 『はあっ!?』

 アンヘルはリオを見る。

 『恭順的な態度を取れば、監獄に収容される事無く対イドラ部隊に編入されるはず。―――…組織内の内情を探って来てくれ』

 『やだね』

 『今すぐという訳じゃない。お前の実力なら…あと数年といった所か』

 『なんでロンギヌスの内情調べなきゃなんないのさ。理由を言えよ』

 アンヘルは前を向いたまましばらく無言になり、やがて口を開いた。

 『……俺達の他に“超越者ハイペリオン”がいる』

 『――ッ!!』



 「…リヴァ」

 リオが呼び掛けた瞬間、リオを覆っていた緑色の光膜に光線がいくつも交差し膜を斬り裂いた。切り裂かれた膜はひび割れながら粉々になり消滅してしまった。

 その場にいた一同が警戒態勢を取ったその時ーーー不敵な笑みを浮かべたリオは、両手を上げて口を開いた。

 「へーへー、大人しく捕まればいいんでしょ。あたしも犯罪者って肩書は息苦しかったからさあ――…ロンギヌスで安定した再就職ってのも、いいかもね?」

 「お前は…」

 ロイドがため息を吐いて傍らのマヤンルーグを見上げる。

 「マヤンルーグ、手足錠は掛けなくていいな?」

 『私の結界を簡単に破壊するとは――…随分と小生意気な娘ですね』


 「鼻っ柱の強さはロンギヌス向きだな」

 「そうですか?…トラブルメーカーの間違いでしょ」

 「……」


 傍らでそうリオを評したのは、D.O.Dのメンバー三人だった。

 始めに発言し、リオを好評したのはドラムスを担当している“ブルース・ベルガー”だ。


 年齢は31歳。身長は190cmを超え、筋肉質で全体的にガタイが良い。

 日に焼けた肌に無精ひげ、乱雑に後ろに流した小麦金色のショートヘア。彫りの深い獅子っ鼻に男らしい眉に、垂れ目の一見すると優し気な深緑の瞳。

 深緑のミリタリーカーゴジャケットに、カーキ色のTシャツ。迷彩柄のカーゴパンツに膝下丈の焦げ茶の皮のブーツを履いている。


 リオを冷たく酷評したのはベース担当の“リーヴァイ・ナイトレイ”だ。


 年齢は25歳。身長は170cm中ほどで、中肉中背でメンバーの中では細身に見える。

 黒の短髪をサイドに流し、もう一方を刈り上げたツーブロック。生真面目そうなまっすぐな眉に、理性的な青緑の瞳のそれを強調するような黒ぶちのセルフレームの眼鏡。両耳にはシンプルなピアスを付けている。

 黒のミリタリージャケットに、同色のVネックシャツ。暗い灰色のパンツに黒のスニーカーを履いている。


 最後に無言のままだったのはキーボード&ボーカル担当の“アレクシス・ローウェル”だ。

 

 年齢は27歳。180cm前半の体は細身だが足が長く、均整がとれている。

 サラサラストレートの背中の中程まで長い黒髪。病気かと思われる程の青白い肌に中性的な美貌。柳眉の眉に、まつ毛の長い二重の暗い青色の瞳は光が無く、目の下の黒く浮いた隈と相まってどこか狂気を感じさせる。体を痛めつける様に顔や耳にはいくつものピアスを付け、首や両手にもモノクロのタトゥーが入れられている。

 黒革のジャケットに黒のシャツ、細身の黒革のパンツに黒革のブーツで黒のワントーンは闇に溶けそうだ。


 ロイドは腕を組んでリオを見つめ言った。

 「…お前が13歳で孤児院から姿を消してから、今までの5年間―――…洗いざらい話してもらうからな」

 リオはうげぇ~っ、という表情になりディエゴはそれを見て笑った。

 「まるで兄と妹のようだな」

 「兄妹じゃねぇし!」

 リオはすぐさま否定した。

 「リオが小さい頃から目をかけて来たんだ。こいつの父親は――…ろくでなしだったからな」

 「あ゛ぁあ゛もぉいいじゃん昔の事はあっ!!…それよりさ、あたしの事D.O.Dのメンバーに紹介してよ、ロイド!」

 「リオ、お前自分の立場が分かっているのか」

 「こっちは作戦前のブリーフィングで、君の事情はあらかた提供されてるけどな。――…でもこんな美人と同僚になれるなんて光栄だ」

 「へっ…!?」

 ディエゴはリオの手を取りその指に口付けをした。

 「よろしくリオ…俺の事はディエゴと呼んでくれ」

 リオは真っ赤になってうろたえた。

 (さっ、さすがD.O.D一のモテ男…!数々の女と浮名を流してるのも伊達じゃねぇ…!)

 大男のブルースがリオの元にやって来て、手を差し出した。

 「俺はブルースだ。霊王相手にずい分肝が据わっていたな――…もしかして、どこかで遭遇した事でもあるのか?」

 ブルースはリオと握手しながら視線を強くして言い、その握手にギリリと力が込められた。

 (うっはあ~さっすが元軍人…迫力が違うわ)

 「まぁ…何回か遠目に見た事くらいは…あの、放してくれる?リヴァがイライラしてるからさ」

 二人の間の床に、刃と化した背びれを地上に立てたリヴァがいつの間にか姿を現わしていた。それを一瞥し、ブルースは手を放した。

 「君は“契約者コントラクター”って事か?その魚のイドラとの」

 リーヴァイが問うた。

 「あぁ、そう。他にも何人かいるよ…リーヴァイ」

 リーヴァイはメガネを押し上げそっけなく答えた。

 「君がファンであることは有り難いが、ロンギヌスで働くとなればそれとこれとは別だ―――…僕等の足を引っ張るなよ」

 ピシッ…!と固まるリオ。

 「ぅえ…ぁ、まぁ…」

 それで話は済んだとばかりにリーヴァイは離れていく。

 (な゛ん゛っだあいつぅうっ!!ベーシストとしちゃ一流だけど人としては気に食わねえっ…!!)

 怒りに燃えるリオを見つめるアレクシスの視線に、リオは気付いた。

 「あっアレクシス!『Night of the Scar』のピアノの間奏めっちゃ良い…」

 アレクシスは暗い瞳でリオを一瞥すると、無言で去ってしまった。

 リオはロイドに振り向きクレームを付けた。

 「…ちょっと、初対面で当たり強すぎない?」

 「…まだお前のことが信用出来ないんだろうな。これからいくらでも時間はある」

 「いやあたしファンなのに」

 「ファンなら頑張れ」

 「仲取り持ってくれないの」

 「…頑張れ」

 リオはケッ!とむくれる。

 「俺はもう心を開いてるけどね。何ならこれから二人で飲みに…」

 ディエゴがリオの肩を組もうと腕を伸すと、リオの上背部にリヴァがビシィッ!!と背びれを立てた。

 「…ずいぶんと庇護欲の強いイドラだな」

 「ん?…あ、リヴァっ!?何してんのあんた」

 ディエゴは腕を戻して言った。

 「庇護欲じゃなく…嫉妬心か?」

 リオは慌ててディエゴから距離を取った。

 「ちょっと、ファンに手ぇ出すとか最低ー!」

 「ディエゴ」

 ロイドがたしなめる。

 「お、こっちも嫉妬か?」

 「えっ!?」

 期待に目を輝かせるリオ。

 「全く違う」

 「む゛ぅっ…」

 リオはにべも無く言われむくれた。


 廃港上の敷地から、ロンギヌスの輸送機が高音を上げて垂直離陸する。地上が遠くなっていく輸送機の窓から、リオはその景色を見下ろした。

 (もう一人のハイペリオン、か…)

 輸送機は水平飛行にシフトチェンジした。


輸送機は大陸間の海を越え、ほぼ北に進路を取って飛行し続けた。広大な平野に転々と防塞都市が散在し、やがて一時間が経過したその時。

 広大な平野に複数の小規模な防塞都市が見え、その中心に一際大きな防塞都市が見えた。その様は小規模な都市が中心の大きな都市を守っているように見えた。

 「…あれが―…」


 一際大きな防塞都市ーーーロンギヌス本部である“ケレブルム”防塞都市が見えてきた。


 ケレブルムを囲んで存在する小規模都市は、サテライトシティと呼ばれるケレブルムを防衛する役割を持った防塞都市だ。

 ケレブルムの直径は約45kmのほぼ真円型で、その円周を緩衝地帯を設けた二重の分厚い防壁で防御している。

 表面を漆黒のイドライドでコーティングされた防壁の壁面、壁上には各種の対イドラ兵器が装備され、壁面と壁面をつなぐ柱には障壁晶(CRY.ER)が等間隔に設置され、ケレブルム全体をドーム状に覆う薄青色のシールドが展開されている。

 障壁を通過する許可を得た輸送機は、二重の防壁の上空を越え市街地へと進入した。

 「うわっ…これ全体がロンギヌス本部か…」

 広大な市街地は円の中心に向け同心円状に段々と高くなっている。建物の密集率他の管防塞都市と比べて高くなく、以外にも緑が多い。

 輸送機が飛行して数分、中心部にそびえる高いビルが小さく見えた。

 「何あれたっか…」

 隣に座るロイドが説明してくれる。

 「あれがロンギヌス本部ビル“カテドラル”だ。首脳部の決定かすべてあそこで行われてる」

 「お偉いさんのおわす御座ってかぁ」

 「―――…」

 地上階から合わせると高さは1kmはあるかもしれない。

 全面紺灰色のガラス張り。浅い縦にしたアーチが互い違いに連なるデザインで、それが上空に向かって細くなりながらタワーを構成している。

 輸送機は着陸態勢に入り、真下に広がる飛行場へと垂直着陸した。


 飛行場で装甲車両に乗り換え、一行はロンギヌス本部ビルへと走行していく。

 狭い車窓からリオが外をのぞくと、以外にもほぼ普通の街並みが広がっている。

 (もっと物々しいと思ってたけど…軍事施設はきっと地下だろうな)

 車両は何回かゆるやか坂を超え、本部ビルの真下の段差に空いた専用出入り口にたどり着き、検問所で許可を得てビルの地下階へと進入した。

 数分走行して立体駐車場に着くと車両を駐車させ、そこから更に設置された検問所で身分証をチェックされ、館内のパスIDを発行されるとやっとエレベーター前に到着した。

 「じゃあ俺達はここまでだ」

 ブルースがリオを振り返る。

 「ん?あたしを野放しにしていいの?」

 「俺とロイドはまだ君をエスコ―トするよ」

 ディエゴがリオに言う。

 「じゃあなリオ、無事にロンギヌスの小間使いになれればいいな」

 「嫌味だなぁ」

 ブルースは人の悪い笑みを浮かべ、リーヴァイとアレクシスと共にエレベータ―には乗らずリオ達を見送った。


 エレベーターは滑らかに上階へと昇っていく。

 「はぁ~なっげ~…」

 リオがげんなりとしたため息を吐くと、ロイドが答えた。

 「ロンギヌス本部だからな。もうちょっとだから我慢しろ」

 「これどこに向かってるの」

 「職員が働くエリアだな」

 「ふ~ん…」

 リオは隣に立つロイドの横顔を盗み見た。

 横から見ると更に顔立ちの良さが際立つ。顔から首元にかけての白い肌が滑らかで首にあるタトゥーも相まってセクシーで、冷たそうなその鋭い目も実にストイックでリオの胸を熱くさせる。

 (~~…っ、くぅう~約四年ぶりの生ロイドっ…はぁ~こんなに近くで嬉しぃ―っ、相変わらずカッコイイぃ~~!!)

 顔には一切出さないでリオは脳内で悶絶した。

 エレベーターは澄んだ音を立てて目的の階に到着し、音も無く扉が開いたその先に一人の女性立ちリオ達を待っていた。

 「お帰りなさい、皆さん」

 女性は穏やかに微笑んでリオを出迎えた。


 年齢は20代半ば程。身長は160cmほど、メリハリのある体形でその胸の豊かさが際立っている。

 前髪をサイドに流した肩下のゆるやかに波打つ深い橙色の土色の髪に、パールの様な艶々した肌に上品な目鼻立ち。アーモンド型のセルリアンブルーの瞳は優しく細められ、その小さく口角が上がった厚めのピンク色の唇と相まって慈愛に満ちた雰囲気を纏っている。

 アメジスト色の膝下丈のカシュクールワンピースに、インナーに紫紺色のハイネック、海老色の皮のロングブーツを履いていた。


 「連絡は受けたか」

 ロイドが女に訊ねた。

 「はい。無事にリクルート出来たようですね」

 うなずいたロイドはリオを振り返った。

 「リオ、彼女は“モニカ・ジェフリーズ”。ロンギヌスの職員で、お前の同僚だ」

 リオとモニカは目を合わせた。

 (…色気ムンムンの女だな。ディエゴとデキてそう)

 「ディエゴとはデキてませんよ?」

 リオは目を見開いた。

 「でぇえっ!?」

 「…彼女は“千里眼”の能力の持ち主だ。その――…心の中も読めてしまう」

 ロイドの説明に、リオは盛大に嫌な顔をした。

 「う゛ぅっっわ゛あ~…っ何それ確実に嫌なんだけど…」

 「大丈夫。普段は心の表層ぐらいしか読みませんから」

 モニカは朗らかな笑顔のまま言う。

 「え゛ぇ~…読むんじゃん…」

 モニカはフフッと笑った。

 「リオさん、これから私と一緒に検査室に行き、逃亡防止処置を受けてもらいます」

 「んがっ!―…あぁ―…」

 「俺達も装着している、これだ」

 ロイドは足首を見せ、黒い金属の足環を示した。

 「24時間365日これ着けてんの?」

 「そうだ。金属製だが伸縮性があるから、そんなに邪魔にはならないんだ」

 「つまり、これをつけて大人しくしていろってことだな」

 ロイドの言葉を受け、ディエゴが皮肉った。

 「ふ~ん…」

 (…ま、こんなもんあたしの力でいくらでも壊せそうだな)

 「壊したら即殺害命令が出ますからね」

 「ッ!?ナチュラルに心読むなよ!」

 

 ロイドはリオに告げた。

 「じゃあ一旦解散だな。ロンギヌスの職員としてリオが正式に登録されたら、モニカを通じて連絡用のIDを交換しよう」

 「…うん。その――…ロイド今夜さ」

 リオは思い切ってロイドを見上げた。

 「一緒に食事しない?再会を祝して的な…」

 「―――…そうだな。俺もお前に色々聞きたいこともあるし」

 リオは表情を明るくした。

 「やった!美味しいとこ紹介してよ、あたしここの事何にも知らないし」

 「高級料理なんて知らないからな、街の飲食店がせいぜいだ」

 「それで十分だって」

 「じゃあ―…7時頃に連絡する」

 「ん」

 「…俺は誘ってくれないのか?」

 ディエゴが笑いながら言う。

 「まあ今日は幼馴染同士、水入らずでってとこだ」

 ロイドの言葉にディエゴは肩を竦め答えた。

 「了解。――リオ、今度は俺と水入らずでな」

 ディエゴはリオを見つめ、妖艶に笑う。

 「う゛ん゛ん…」

 「はは!じゃ、俺は行くわ」

 ディエゴは小さく手を上げて去って行き、ロイドはリオを振り返った。

 「…ディエゴには気を付けろよ。あいつは女癖が…」

 「分かってるって。…なんかあっちも本気で言ってないってのも、何となく分かるし」

 ロイドはため息を吐く。

 「――…じゃあまた夜に。検査室で問題を起こすなよ」

 「んー」

 ロイドは去って行き、リオはその背中を見送った。

 (…やったあ!二人きりでご飯~っ!いよぉっしゃあっ!)

 リオが心の中でガッツポーズを決めていた、その時。

 「まぁ、ロイドさんに片思い中ですか?」

 「どぅおわっ!?…な゛っ…人の恋愛感情勝手に読むなよっ!」

 リオは顔を赤らめて怒鳴った。

 「ごめんなさい…あんまり強い感情だから、聞くつもりは無くとも聞こえてしまうんです」

 「絶対誰かに言うなよっ!言いふらすなよっ!」

 「はいもちろん、仕事と関係ない事ですから。では検査室に行きましょう」

 「ぬ゛うぅ~…っ」

 (この女っ…絶対信用出来ねぇ~っ)

 モニカはにこりと笑うと、先に立って歩き出した。


 検査室でリオは足環を装着された。

 「お疲れ様です、リオさん。ではこれから職員登録や法的手続きなどを行っていきます」

 リオは頭をかきながら答える。

 「手短に頼みますわ」

 職員から説明を受けーーーいくつものデジタルサインをこなしていく。リオの身分証がデジタルで発行され、その写真には酷く不愛想なリオの顔が映っている。

 モニカが説明する。

 「リオさんが登録した情報はその足環にも同期されていますから、施設内はある程度自由に移動出来ますよ」

 「ある程度ねぇ」

 「通行許可の無い区画に進入すれば、足環から神経毒効果の“エーテルギア”が発動します」


 (※エーテルギア……イドラの存在する上位世界“エルシャーダ”を構成するエネルギーを仮定してエーテルと人間は呼んでいる。そのエーテルを基にした各種能力を人間が解析し、イドライドを通じて装置として発動させるものをエーテルギアと呼んでいる。)


 「うげぇー」

 「それとこれを」

 モニカは腕輪と指輪を差し出した。

 黒に近い暗灰色のマットな質感の金属製のその二つは、WEA・PCウェアピーシーとしての機能を持っている。

 「先程あなたのWEA・PCは没収しましたが、これはロンギヌス専用のものです。機能は当然制約されますが、ネットや動画視聴などは自由に出来ますし、戦闘時はロンギヌスのブラウザで戦闘サポートが受けられます。それにもちろんあなたのIDも登録済みですので、デジタル口座から出入金も可能ですよ」

 「PC没収されて、金無いんだけど」

 「この後あなたのPCから、口座を移動させましょう」

 「うわぁ、めんどいな~」

 「ちなみに、既に用意されたリオさんのデジタル口座には、ロンギヌスから1000ラピス支給されています。住居もロンギヌス本部に近い場所に用意され、家賃と光熱費は無料です。任務に赴く際も各地の支部で宿泊可能ですよ」


 (※ラピス……この世界で流通している通貨。ロンギヌスが本拠地を置く国家の通貨。1ラピスは100円)


 「うっへー、さっすが天下のロンギヌス機関。資金も潤沢ってわけね」

 「そうですね」

 モニカは笑顔を変えず答えた。

 「…あのさ、住む場所あるのは良いけど、着の身着のまま来たから服無いし日用品とかどうすんの?」

 「部屋には生活に必要な家具や生活道具一式ありますし、明日、リオさんの部屋から服など届くと思います」

 「いつの間にあたしの部屋知ってんの」

 「ロンギヌスですから」

 リオはうんざりといった態でため息を吐いた。

 「そりゃありがたいわぁ~。…これから部屋まであんたが案内すんの」

 「いえ、私はここまでです。支給されたPCには、ロンギヌスのガイドAIも入っていますから、AIにこの施設の事を聞いて住居まで案内させても良いですし、何か分からないことがあれば、登録済みの私の番号に連絡下さい」

 「んー、お世話になったね。あんた説明美味いし、本当優秀だね」

 「―――…やけに従順ですね?今まで好き勝手にやって来たのが、機関の配下になるというのに」

 「そりゃあ…」

 リオはニヤリと笑った。

 「出て行こうと思えばいつでも出ていけるから」

 「―――…そう、ですか…では、残った手続きを済ませましょう」

 「へーい」


 手続きを全て終えて去って行くリオの背中を見つめ、モニカは呟いた。

 「…彼女が私達の敵となるか否かーー…見極めなければ。―――――…どうしたの?アレクシス」

 笑顔で振り向いたモニカの視線の先に、アレクシスが立ち無言で昏い瞳のままモニカを見つめていた。



 荘厳な装飾に彩られた広い会議室。

 灯りの絞られた照明の下に、縦十数メートル、横幅20数メートルはある巨大な横長の八角形のテーブルがあり、ロンギヌス枢機院のメンバーが卓を囲んで座っていた。

 皆それぞれに、これから議題に上がる事案の資料などを目前のホログラムPCで用意しつつ無言で準備を進める者もいる中、テーブルの上辺に座る右から三番目の男が、組んだ足に両手を膝に組みながらにこやかに口を開いた。

 「新たな魔人アバロンが入団したらしいですね…ーーー十代の女性だとか」


 男ーーーシヴ・チャクラバルティは30代前半ほど。

 身長は180後半と高く、インド系の褐色の肌と彫りの深い顔立ちに、口周りとあごには髭を生やしている。

 後ろにすっきりと流した短い黒髪に高い鷲鼻、眉尻が上がった眉の奥の白目が冴える焦げ茶色の目つきは鋭く、穏やかな笑みを浮かべているが油断ならない雰囲気をしている。

 ネイビーのスリーピーススーツに、明るい灰色のシャツに黒に近い紺色のネクタイ。組んだ足に飴色の革靴を履いている。


 ロンギヌスの幹部でありながら実業家でもあり、世界中の企業に広く交友があるチャクラバティの発言に、チャクラバルティの二つ右隣である上辺の一番右側に座った50代の男が答えた。

 「フン…また魔人か。ロンギヌス内にまともな人間が居なくなるのも、そう遠くない未来の話かもしれないな」


 男―――セベリノ・アキタは、忌々しさも隠さず不機嫌に告げた。

 年齢は50代中程。

 短くきっちりと整えられた白髪が混じった黒髪に、日に焼けた肌。頬骨の張った厳つい顔の輪郭に、太い眉に高い鼻梁に、固く結ばれた少し厚みのある唇。二重の瞳は少し垂れているが、その青灰色の瞳は鋼の様な固い意志で真冬の様に凍てついている。

 背筋を一切緩めず座る筋肉質な体に、暗灰色のスリーピースのスーツ。糊のきいた白いシャツに銀灰色のネクタイに、履いた黒革の革靴にも一切の汚れはない。


 ロンギヌスの軍事部門を統括するアキタの発言を聞き、対面の下辺に座った男が強い目でアキタを睨んだ。

 「…そのまともじゃない人間が居なければ、ロンギヌスはイドラにこれほど対抗することは不可能だろうが」

 中東系の男―――ディルガ―ム・バルタージュは袖をまくった太い両腕を組んだまま、傲然と言い放った。


 年齢は50代前半。ガッチリとした筋肉に覆われた180cm前半の体に、迷彩柄の戦闘服姿でこの場に臨んでいる。

 短く刈り込んだ焦げ茶金の髪に、高い頬骨にまばらなあごひげの生え揃った、えらの張った厳つい顔の輪郭。眉尻が上がった太い眉に、高い獅子鼻には斜めに傷が残り、奥まった一重の黄土色の瞳はまるで猛禽類の様に鋭く、引き締められた薄い唇と相まって見る者を委縮させる様な気迫に満ちている。

 腕を肘までまくった迷彩服に膝下丈の黒革のブーツを履き、スーツ姿の多いこの場で異彩な雰囲気を放っている。


 元傭兵として、ロンギヌスの魔人部隊を率いるバルタージュを剣呑な視線で見やったアキタは、声を一段低めて答えた。

 「勘違いするなバルタージュ。お前達はロンギヌスによって生かされ、人類の敵とならずに済んでいるのだーーー分を弁えろ」

 一触即発な雰囲気が場を支配した、その時。

 「まぁまぁアキタさん、彼等が貴重な戦力なのは事実です。ロンギヌスの内部で争っていては、イドラの思う壺ですよーーーそれに今回の議題は新入りの魔人ではなく、“セーラム連合”について、でしょう?」

 そう言って場の空気をとりなしたのはチャクラバティの二つ左、上辺の左から二番目に座る男だった。


 アジア系の男―――イェ・ドンヤンは40代中程。

 170cm中ほどの体格は中肉中背。

 きっちりと整い後ろに流した短い黒髪に、面長な顔立ち。八の字眉毛に、奥二重の垂れ目に焦げ茶の瞳。口元には笑みが浮かび、一見すると優男とも言える雰囲気だが、光の無い目の奥にある真意は計り知れない。

 暗灰色の縦縞のスリーピースのスーツ、糊のきいた白シャツに灰色のネクタイ。組んだ両足には飴色の革靴を履いている。


 行政機関に強い力を持つイェがとりなしたところで、テーブルの左辺上部に座った女が口を開いた。

 「イェ理事、ありがとうございます。私の方から今回の議題を引き取らせていただきます。先程セーラス連合から、汎用人型兵器“ギガンティス”の運用適性試験実施のための申請書が、ロンギヌスに届きました」

 硬質な声でそう告げたのは、ロンギヌス副総裁を務める女―――ハリエット・バロウだった。


 年齢は50代前半。背筋の伸びた170半ばの身長は女性としては高く、スラリとしたスタイルをしている。

 黄土金色の肩上の長さのワンレンボブに、鋭角的な彫りの深い顔立ち。キリリとした眉に、きつい印象を受ける暗灰青色の二重の瞳。鼻梁は細く高く、薄い唇は引き締まり、目の下や口周りに薄いしわが見える。

 灰色のアイボリーのハイネックシャツに、濃い灰色のジャケットに膝下丈のスカート。キャメル色のローファーを履いている。


 バロウの発言にチャクラバティが応じた。

 「とうとうですか。開発は数年前から開始されたようなので――…かなりなハイペースですね」

 アキタが眉間にしわを寄せ続いた。

 「イドラを中枢制御システムに据えた、巨大人型汎用兵器を開発する程の技術力を大国が身に着けつつある事は、世界に新たな戦争の火種をもたらす可能性が極めて大きくなる。セーラスはあれを“対イドラ兵器”だと謳っているらしいがな」

 「蝕災から58年――…イドラの兵器転用まで可能にした人類の叡智を祝わないのか?最早イドラは人類にとって、脅威ではなくなりつつある」

 そう発言したのは、テーブル下辺のバルタージュの左隣に座った妖艶な女だった。


 スラブ系の女―――ダナ・ハルゾヴァ―は30代前半程。

 170前半の肉感的な体格で、長くカールしたグレージュ色の髪を左耳にかけて一方の髪は右胸に下ろし、白い陶器の様な肌に整った顔立ち。太めの眉尻の上がった意志の強そうな眉に、長いまつ毛に縁どられた二重の濃青緑色の瞳はどこか野心的でーーー高い鼻梁に、厚めのシクラメンピンク色の艶やかな唇は挑戦的な弧を描いている。

 耳には大ぶりのシルバ―のピアスをつけ、胸元にも現代的なデザインのシルバーネックレスを着けている。光沢のあるガーネット色のジャケットに、インナーに胸元の開いた黒いパンツドレスを着て両腕を組み、組んだ足には黒の高いヒールを履いている。


 バルタージュと共に魔人部隊の一翼を担うハルゾヴァ―の言葉に、アキタは不快感を露にする。

 「ふざけるな。…我々ロンギヌスの目的は、“世界の正常化”だ。蝕災前の、イドラなど存在しない正常な世界へ戻すことこそが我々の本懐だ。奴等セーラス連合の狙いは“エルシャーダのエネルギー資源化”。それは奴等が12年前、次世代エネルギー研究所を設立し、巨額の予算を毎年計上している事からも明らかだ。それに加え今回のギガンティス運用試験―――…このままイドラ技術を開発させていいのか」

 広間に沈黙が落ちる。

 その沈黙を破ったのは、アキタの左隣に座る50代半ばの女ーーージゼル・リーネットだった。

 ロンギヌス研究開発部門を統括する理事であり、リーネットは世界中のイドラ研究関連に詳しい存在だった。


 体格は小柄で、ほっそりしている。

 砂色の頭の形が分かるほどのベリーショートに、日に焼けた肌には年相応のしわが寄っている。高い鼻梁のどこか男性的な鋭角な顔立ちに、線を描いた薄い眉に二重の理知的な薄灰色の瞳。

 バンドカラ―の紺色のシャツに、スカイグレー色のパンツスーツ。アイボリー色のブーティーを履いている。


 「次世代エネルギー研究所にギガンティス開発……これらの研究に関わっているのは、“ヴァルサ・ラナ ”という研究者よ。彼女が研究所に関与してから、急速に成果を上げている。諜報部に彼女の経歴を調べさせたけど――…約十数年前にセーラス連合に現れたという以外、どこの誰だか全く判明しなかったわ」

 「…どう考えても魔人アバロンだろう」

 アキタが唸るように答える。

 「ラナの周辺を調べても研究熱心だという事以外、どこかの組織と繋がっているという確証も出てこない。―――彼女に対し手を打つのなら、早くした方が良いわね」

「その場合…我々は最大の大口契約を失うリスクにさらされるわけですが――…」

 そう発言したのはテーブルの上辺、イェとチャクラバティに挟まれた左から三番目の席に座った若い男ーーーアルバン・キヴァルシュだった。


 年齢は20代後半程で、180cm後半のバランスの取れた体格。

 サイドに流した灰金色の波打ったの短髪に、健康的なシミ1つ無い若い肌に、上品に整った高い鼻梁に薄い唇。少し太目の優美な眉に、長いまつ毛に縁どられた暗青灰色の二重の瞳には冷徹な圧を感じる。

 スーツの内側からでも分かる筋肉質な体に、ネイビーのシャドウストライプのスリーピース。暗灰色の薄いストライプの入ったシャツにロイヤルブルーのネクタイに、艶光りする黒の内羽根の革靴を履いている。


 召喚士サマナーと魔人派で二分された理事の中で、サマナーとしての実力に一目置かれたキヴァルシュにイェは小さく笑って答えた。

 「やり方などいくらでもあるでしょう。要は、我々の関与さえ匂わせなければすむ話です」

 「…その汚れ仕事を押し付けられるのは、一体誰だ」

 バルタージュが低い声で凄む。

 「汚れ仕事などと――…手を貸して下されば、我々召喚士も心強いという事ですよ」

 イェは糸目で困ったように笑いながら返した。

 バルタージュが小さく舌打ちし、場の話題が途切れた所でバロウが一同を見渡し告げた。

 「…では、ヴァルサ・ラナ博士の排除―――これに賛成の方は挙手を」

 もう一人の副総裁ヨアキム・シェルマン、医療部門の統括者ブライズ・スローン、魔人派のファム・タイン・トゥイ以外の理事が賛成の挙手をする。

 「賛成多数となりました―――ソロモン総裁、最終判断をお願い致します」

 八角形のテーブルの右辺にただ一人座る70代以上に見える男ーーーーソロモンは、肘を突いて組んでいた両手の奥の閉じた目を開けた。


 年齢は不詳に見えるが、確実に70代以上に見える。

 乱雑に波打った灰色の肩下までの長髪に、顔の半分を覆う程の長いひげ。深いしわの寄った顔に荒々しい鷲鼻、太い眉の下には光の無い暗灰銀色の瞳はまるで底の見えない澱んだ沼の様だ。

 科学の発展したこの時代に時代錯誤な灰色のローブに身を包み、擦り切れた革サンダルを履いている。


 ソロモンは両手を組んだまま、まるで今初めて気が付いたかの様に静かに顔を上げた。


 

 色々と面倒臭い手続きをなんとか終え、モニカに指定された住所をWEA・PCのマップ機能で調べながら時々テレポーテーションの能力を使い、10分程で辿り着いたマンションをリオは見上げた。

 似た様な建物が周囲に建っているーーー四階建てでごくありふれた外観の何の変哲の無いマンションだ。

 オートロック式の扉の横にあるパネルに、ロンギヌスから支給された指輪をかざすとホログラムが展開して処理を始め、それが終わると玄関ドアの扉のロックが開いた。

 マンションの中に入り、エレベーターに乗って三階を目指す。到着して廊下に出ると左右に廊下が伸びていて、リオは自分の部屋の番号を探した。

 リオの部屋は廊下を左に行った一番端の部屋で、扉の横に設置された電子パネルに指輪をかざすとさっきと同様に処理が始まり、それが終了しロックが解除された。


 部屋は3LKで広々としている、一人で暮らすには十分の広さだった。家具も備え付けで、薄汚れてもいない。部屋に満足したリオはソファにどっかりと背を預け、天井を見上げた。

 (一応調べたけど監視装置はなし、か――…)

 「…あぁ~あ、しばらくの間は機関の犬かよぉ~…」

 その時ソファの背もたれに魚の尾びれが現れ、上へと滑る様に泳いできた。リオはそれに気付いてリヴァーーー“リヴァイアサン”の背びれを撫でた。

 何でも切り刻むことが出来る背びれはリオが撫でる時はなぜか柔らかく、滑らかなその感触がリオのお気に入りだった。

 「リヴァ、今日からここがあたし達のねぐらみたい。はぁ~面倒臭いことにならなきゃいいけど」

 リヴァはゆっくりとリオの手をすり抜けて行った。

 「ーーっと、支給されたPCの機能を確かめるて見るか」

 リオは指輪とそれに連動したバンド型のWEA・PCを起動させた。


 リオは目の前のメニューに目を輝かせた。

 テーブルには焼き鳥に唐揚げ、豆腐サラダ。だし巻き卵にお好み焼きが並んでいる。

 「ロイド分ってんじゃあんっ!これこれ居酒屋メニュー最高!ソイミートじゃないよね、これって培養肉でしょ」

 「ああ、ケレブルムの地下には巨大なプラントがあるからな。四年ぶりの再会を祝して奮発した」

 リオは思い切り笑顔になった。

 「うんまそっ、ではでは早速…いっただっきまーす!」

 リオは箸を使って嬉々として食べ始めた。

 「(はっふはふ)唐揚げうまあ!肉すっげジューシー!」

 ロイドも箸を器用に使い、だし巻き卵に手を付ける。そんなロイドを盗み見たリオは視線を伏せ、しばらくして口を開いた。

 「…四年前だよな、ロイドがロンギヌスに入ったのって―――…どう?なんか権力者の小間使いで誰か暗殺したとか、そういう事されんの?ロンギヌスって」

 ロイドはしかめ面になって卵焼きを頬張り嚥下すると、ジロリとリオを見た。

 「そんな事は依頼されていない、されたってやるわけがない。だがまあ――…俺以外の奴はどうだか知らないが」

 リオは焼き鳥を食べながら椅子に勢い良く背を預け、目を細めた。

 「…ふ~ん…やっぱそうだよなぁ、噂で聞くもん、いろんなとこで。やれ通信施設に反対してた地区に憑依汚染が起きたとか、やれCRY.ERクリアが設置許可下りずに、その地区一帯がイドラに襲撃されただの」

 ロイドはビールを飲み、真剣な表情になって机の天板を無言で見つめた。リオは焼き鳥の串を空のビンに入れる。

 「―――――…ロイド、なんでロンギヌスなんかに入ったの?“カレン”が亡くなって、ロイドが“リアライザー”になった事と何か関係あるわけ?」


 (※リアライザー……死亡直後、イドラに憑依されることにより、奇跡的に人格を保持したまま生き返ったた魔人を指す。)


 ロイドは自身の左腕を掴み、しばし黙ってから言った。

 「……リアライザーになった自分の体を詳しく調べて、この先どうなっていくのか知りたかったからだ。新たな力を得たことで、外部契約で活動するのも無理そうだったからな」

 ロイドの表情を無言で見つめ、リオは口を開いた。

 「ふーん。元々ロイドって、自身に取り込んだイドラをタトゥー化して、能力が発揮されるんだよね」

 「…あぁ、そうだ」

 「…リアライザーになって得た“新たな力”って、何」

 ロイドは答えない。そんなロイドの様子をうかがい見ながら、リオは炭酸を一口飲む。

 「リアライザーって、その…死んだ時にイドラが憑依するんだよね。もしかしてその憑依したイドラが何か問題なの?」

 「…まぁ、そんな所だ」

 リオは身を乗り出す。

 「大丈夫なの?そのイドラの名前は?正体が分かれば何か対策も…」

 「大丈夫だ、お前が心配する事は何もない。俺の周囲には仲間もいるしな」

 むぅ~、となるリオ。

 「あたしもう18だよ、ロイド。いつまでも子供のままじゃないんだから!」

 ロイドはふっと笑みを漏らす。

 「俺からしたら、お前はいつまでも仏頂面の小っちゃなガキのままだよ」

 「はぁあ!?なにそれむかつくっ…!いいよ分かった、これからあたしの活躍バンバン見してやるから!ついでにロイドの事もちょちょいのちょいと助けてやるから!もう絶対ガキとか言わせないからなっ!」

 ロイドは破顔する。

 「そういう所がなぁ…」

 リオはむ゛む゛む゛ぅ~っとむくれると、居酒屋の端末を操作しメニューを開いた。

 「むかついた。高いのどんどん頼んでやる」

 「あ、こらお前っ…」

 次々と画面をタッチするリオを、ロイドは慌てて止めようとした。


 日が変わり午前9時ーーーリオの姿はカテドラル17階、警備局第三課にあった。

 リオをここまで案内したモニカが笑顔でデスクを指した。

 「ここがあなたのデスクです。作戦終了後は報告書を作成し、本部へ提出してもらいますので」

 「う゛ぇ~…うん、了解」

 「それでは、他の皆さんにリオさんを紹介しますね」

 「ん」

 リオが部屋を見渡すと男二人がいて、一人は離れた場所のデスクで複数のモニターに囲まれこちらを見向きもせずに何か作業をしていて、もう一人は豪華な革張りの一人掛けの椅子に足を組み、目の前に展開されたホログラムの画面を見つめ、時々そのページを指でスライドしてめくっていた。

 「あともう三人いるんですが、遅れているみたいですね…皆さん、こちらに注目して下さい」

 モニカが呼び掛けると、男達がリオの方に振り返った。

 「今回新たに所属となった千月・リオ・ブレイディさんです。…リオさん」

 モニカはリオをうながす。

 「あ…ども、よろしく」

 リオが男に視線をやるが、男は何も言わず頭を少し下げるとモニターに向き直ってしまい、椅子に座った男は、リオを確認するとホログラムの画面に向き直ってしまう 、

 「…あちらのモニターに囲まれている方は、サイバー技術サポーターのサシャ・ミナジークです」

 「ん?」

 「彼は少し人見知りで…意思の疎通は問題ないので、何か用事があれば何でも仰って下さい」

 「…んん゛?」

 「そしてあちらに座っている男性はアレスさんです。彼は―…」

 「「……」」

 モニカとリオの間に変な間が開く。

 「…実力は確かですよ」

 リオを振り返りモニカはにこりと笑う。

 「…ちょ、大丈夫なのこの課。今の所まともな人間が見当たらないんですけど!?」

 「世の中には多様な人間が…」

 「そんなありきたりな一般解説で茶を濁すなよ!」

 その時扉が開き、ロイドが顔を出した。

 「何だ、いるのはリオだけか。…駒子とサーラは?」

 「サーラさんは朝早くから慌ただしく出て行って、駒子さんも…いませんね」

 ロイドは部屋に入ってくると、アレスに声を掛けた。

 「アレ…」

 「断る」

 にこりともせずに間髪入れず断ったアレスに、ロイドは深いため息を吐いた。

 「リオ、一緒に来てくれ」


 エレベーターへと二人乗り込み、下へと降りていく。

 「…ねえロイド、あの三課ってまともに活動してる課なの?」

 腕組みして前を向いたままロイドが答えた。

 「―――…“みそっかす三課”と、言われてるらしい」

 「みそっかすぅう!!?つまり使いもんにならない連中の吹き溜まりって事!?何っであたしがそんな所に…」

 「…まずはお手並み拝見、ってとこだろうな」

 「クッソムカつくっ…ねぇロイド仕事だよねこれっ…戦闘だよねっ!?」

 「ああ、そうだ」

 「…やってやんよ…あんな課に入れたことが間違いだったって、思い知らせてやんよっ…!」

 ロイドは軽くため息を吐いた。

 「…やる気があって大いに結構」


 エレベーターが開くと、辺りは薄暗く冷たい通路が左右と目の前に続く場所で、D・O・Dの他のメンバーがすでに揃っていた。

 「何だ、三課のサポートは新人一人だけか」

 ディエゴが笑って言い、リーヴァイはメガネのブリッジを上げて続いた。

 「あの課でまともに任務をこなしてるのは、サーラと駒子だけですね、後は使えない奴等ばかりだ」

 「まじか」

 リオは呆然と呟いた。

 ブルースが首の後ろをガシガシとかいて言った。

 「サーラなぁ、あいつ…その内過労死するんじゃないか?」

 アレクシスは会話に参加せず、無言のまま。

 「…ま、六人いれば何とかなるだろ。リオ、今日の俺達の任務は―――ー“大掃除”だ」

 リオは珍妙な表情になって聞き返した。

 「…はぁ?大掃除!?」


 通路はどこまでも薄暗く、二人分の足音すら何だか冷たく響くほど気温が低かった。

 リオの左隣を歩くリーヴァイは、前を見つめたまま事務的に説明する。

 「君も知っている通り、防塞都市フォートレスシティの全面には、イドラの侵入を防ぐ障壁晶(CRY.ER=クリア )が張ってある。だがそれも完璧じゃない。だから定期的にCRY.ERの隙間から侵入してきたイドラを…」

 通路の隅で、大きさ数十センチほどの不定形なゼリー状のイドラがモゾモゾと張っている。

 リーヴァイが右手を上げると“紺色の斜め格子”が小さく発現し、それをイドラに向け振り下ろすとほぼ同時に大きくなった斜め格子がイドラにヒットし、鋭い音を立ててイドラは格子斬りにされた。

 「…こうやって駆除する」

 斬りつけられたイドラは端から粉々になって崩壊し、粒子となって消滅した。

 「へぇー、これがあんたの能力なんだ」

 「イドラの出現場所は、最下層や地層に接する区画に多い。これから手分けして駆除していく」

 眼鏡のブリッジを押し上げて至極事務的に説明するリーヴァイを見て、リオは目を細めた。

 (ケッ!歩み寄る気はさらさら無いってか)

 「…了解。――…ッ!」

 リオが振り返ると、小さなネズミほどの大きさの生物が交差路を横断中にリオと目が合って硬直し、次の瞬間逃げ出した。

 見た目不定形な生物は通路を走って逃げ続けたが、いきなり正面にリオが出現し驚いて急ブレーキをかけて止まった。

 「お前イドラだよな」

 言うと同時にリオの肩にリヴァの背びれが現れ、次の瞬間イドラの体に光線が交差し、端からボロボロと崩壊しイドラは消滅していった。

 イドラを倒した場所にリヴァの背びれが現れ、地中へと消えていく。

 「これって外周100キロ近くあるでしょ…きりが無いよなぁ」

 「これも重要な任務だ」

 やって来たリーヴァイをげんなりと見返し、リオは首を振って答えた。

 「はいはい、やりますよ大掃除」


 二人はその後も、順調にイドラ駆除をこなしていった。


 「―――ん?」

 リオが見ると、小さなゼリー状のイドラが急ぐように移動している。その時背後から聞こえた音に気付いて振り向くと、別のゼリー状のイドラも同じ方向へ急いでいる。

 「何これ――…どこか向かってんの?」

 リオは走り出し、先のT字路の中心で止まると辺りを見回した。

 「あ!」

 ゼリー状のイドラは、途中で別のイドラ達と融合しながら一方向へ向かっている。

 リオは遠くにいるリーヴァイに向かって叫んだ。

 「リーヴァイ!!ちょっとこれ見て!」


 リオは目の前のイドラを指した。

 「皆同じ方向に向かってる」

 リーヴァイはイドラが目指す通路の先を見て言った。

 「――…行ってみよう」


 ディエゴの“影”が異形の形を取ると、壁に沿って素早く移動し天井を這いずるイドラを斬り裂き消滅させた。

 ロイドは左腕のタトゥー化された炎のイドラの力を召喚し、両腕を炎の異形化した腕に変形させると、その左腕を伸長させ壁を這いずっていたゼリー状のイドラを焼き尽くした。

 「…今回はやけに量が多くないか?」

 ディエゴの言葉にロイドは辺りを見回す。

 「…しかもどれも同じ種に見える。いつもはバラバラのはず…」

 「しかも気付いてるか、ロイド。奴等俺達には目もくれず、どこかへ向かってるらしい」

 少し離れた場所に入るイドラは、確かにロイド達を襲ってこない。

 「――…何かあるな」

 ロイド達は移動を開始した。


 ブルースが手をかざすと、壁の隅を移動していたゼリー状のイドラが激しく振動し出し、突然弾けた音を立てて飛散した。飛散したイドラがそのまま粒子化して消滅したのを確認し、ブルースはアレクシスを振り返った。

 横顔のアレクシスは昏い瞳で笑みを浮かべていた。

 その視線の先には黒い“流体金属”に侵されたゼリー状のイドラがビキビキと音を上げて凍り出し、次の瞬間粉々に砕け散って消滅した。

 ブルースは束の間その姿を見つめ「…アレクシス」と声を掛けた。

 アレクシスは自らの左手を胸元に寄せたーーーその手は黒く変色し、ぬめるような質感の金属へと変質している。

 アレクシスは顔を上げ、視線を前方の薄暗い通路へと向け口を開いた。

 「イドラが一方向へ向かっている…確認が必要だ」

 「ああ」

 ブルースが答え、二人は歩き出した。


 リオとリーヴァイがいくつかの通路を曲がってイドラが向かう方向を辿っていくと、巨大な金属の両開きの扉の前にたどり着いた。

 プレートを見ると“第五貯水槽”と書かれている。

 リオが扉の合わせ目を見ると、ゼリー状のイドラがそこから中へ侵入している。


 「リーヴァイ、リオ」


 「ッ!?ロイド」

 リオが振り向いた先に、ロイドとディエゴがいた。

 集合した四人は貯水槽の扉を見上げた。

 「どうやらここがイドラの集合場所らしいな。パーティーでも始めるのか?」

 ディエゴが薄く笑いながら軽口を叩く。

 「そんな楽しいものなら、ぜひ僕達も参加したいですけど」

 「ん?お前そういう集まり嫌いだろ」

 リーヴァイは息を吐いた。

 「…皮肉って分かりませんか、ディエゴ」

 「知ってるよ」

 ディエゴは人の悪い笑みを浮かべて言った。

 満足気な表情でリオは二人を眺めていた。

 (D・O・Dメンバーの絡み~、役得役得♪)

 その傍らでロイドは通話をしている。

 「ーーああ、第五貯水槽の扉を開けてくれ。――――…あぁ、よろしく頼む」

 ロイドは三人を振り返った。

 「戦闘準備を、扉が開く」

 リオはロイドの傍らに行ってんふふ、と笑みを浮かべ、ロイドはそんなリオを見て「何だ」と聞いた。

 「ん?いや、こうやって二人で戦うのって初めてだなーっと思ってさ」

 ロイドは呆れ、やがて前を向いて小さく苦笑いした。

 「…頼りにしてるからな」

 (あぁ…―ー)

 リオは万感の思いでロイドの横顔を見つめるーーー脳裏にロイドと初めて出会った記憶がよみがえった。



 風体の悪い輩や、まだ夜にもなっていないのに泥酔状態の者、目つきの定まらないジャンキーが時々行き交う中、表通りのアパートの外階段で5歳のリオは冬の寒空に震えながら、体を小さくしてうずくまる様に座っていた。

 例によって、酒浸りの父親の癇癪のせいで暴行されたリオは部屋着のまま外に飛び出し、泥酔した父親がいびきをかいて眠り込むまでこの場所に避難していた。

 部屋着のままではやはり寒さは防げず、コンクリートと接している部分から冷気が染みてくる。

 殴られた顔が熱く腫れあがり痛みと共ジンジンとに痺れ、思い切り掴まれた髪が抜けた所がヒリヒリと痛む。

 リオは未だに止まらない鼻血を服の袖で拭い、何とか時間が過ぎるのを寒さに震える体で待っていた。その時下から足音が聞こえ、リオは父親が自分を折って来たのかと思って立ち上がり警戒した。

 階段を上がって姿を現したのは灰色の短髪の男で、男は警戒するリオを束の間見つめると声を掛けてきた。

 「―――…鼻血、止まってないのか」

 掛けられた声は低くよく通る声で、リオは体を竦ませた。


 男は十代後半か二十代くらい。

 擦り切れた濃紺のジージャンに、褪せた水色のジーンズに同色のデニムシャツを着て、その下に暗灰色のハイネックを着ている。足元は薄汚れた灰色のスニーカーだった。


 男は背中に担いだ黒の楽器ケースを下ろすと、仲を開いてタオルを取り出しリオに差し出した。

 「今日はそんなに汗はかかなかったから、臭くはないと思う。汚していいから使ってくれ」

 男は綺麗な顔をしているがにこりともせず、何だか迫力のある目が怖いーーーリオは差し出された好意を信用するべきか躊躇した。

 その時、止まらない鼻血が唇と伝って顎へと流れて行くのを感じ、ハッとなったリオは警戒しながら男の差し出したタオルを受け取った。

 鼻に当てると僅かに汗の匂いと、男がつけているのであろう落ち着いた深い青をイメージさせる様な香りがリオの鼻腔を満たす。

 「その格好じゃ寒いな」

 男が上着を脱ぎ出し、リオは体を強張らせた。そんなリオに構わず男はジージャンを脱ぐと、それをリオに差し出した。

 「着ろよ。まだ親父のとこに帰るわけにいかないだろ」

 その言葉にリオは男を凝視した。すると男が不意に笑顔になり、リオは瞬間その笑顔に釘付けになった。

 さっきまで怖く感じた鋭い雰囲気が雪が溶けるように消え、なぜだかその決して暖かくは無い笑顔から目が離せない。

 リオは震える唇を開いた。

 「…な、んで…」

 「…リオ、だろ。俺はロイド、お前の近所のアパートに住んでるんだ」

 “リオ”

 ロイドと名乗った男から呼ばれた低く通った自分の名前の響きに、リオは僅かに目を見開いた。

 ロイドはリオの傍らにやって来ると、ジージャンをリオの肩にフワリと掛けたーーーリオの体にジャンパーの重みと、ロイドの体温の温かさが伝わってくる。

 「今日は寒いからな」

 ロイドの言葉が耳に響いた途端、なぜだか熱いものが込み上げてきてリオの瞳を涙の膜で濡らした。リオは唇を噛んでそれを堪え、ゆっくりとロイドを振り返った。

 「…っ、これ…、着ていい、の…」

 「ああ」

 ロイドはうなずき、リオは震える手でジージャンを体に強く巻き付けた。



 (あの時――…ロイドはずっと傍にいてくれた。何か…冬空に現れた天使みたいだった)

 あの頃からずっと、リオにとってロイドは何よりも大切な存在で、ロイド以上に愛しい存在なんてあれから長い時間が立った今現在でも、誰一人出来なかった。

 リオの思考を断ち切るように、貯水槽の扉が音を立てて開き始めた。

 




 



 














  

 







 

 




 




 





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