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第四話

 昨日の事だった……椎名さんがいつものように家に来ると、私に何か封筒のような物を差し出してきた。


「はい!」


「え⁉︎ こ、これって!」


 中を取り出すとそれは今や超プレミア物となっているライナのライブチケットだった。あまりの事にチケットを持っている手が震え出す。


「ライナ好きなんでしょ?」


「好きですけど……いいんですか? こんな貴重な物……」


「うん! 上条から預かってきたの。後でお礼を言っておきなさいね」


 私がライナが好きだって言ったのは数日前なのに、こんなものをすぐに用意できるなんて……本当にあの人って凄い人なんじゃ……。


「ありがとうございます……」


 お母さんと行きたかったな……お礼を言った後、私はそう続けそうになって思わず言葉を飲み込んだ。




「あ! ほら! あの子よ!」


「わぁ〜 凄く可愛いなぁ!」


「どれどれ!」


 校門に向かって歩いていると3人の女子生徒から痛いほどの視線を受けていた。少し早歩きでその場を後にしたけどそれでも教室に向かう途中でも周りの視線は私に注がれていた。


 本当にどうしちゃったんだろう……。


 できれば前のように何事もなく過ごしていたかった。特に今はそっとしておいて欲しいのが本音で、休み時間でも教室の外から沢山の視線を浴びていた私は、気付かないフリをしていても落ち着く事ができずに、ただ時間が過ぎていくのを願う日々を過ごしていた。


 何で私がこんなに注目されてるの……。


 そんな疑問で頭がいっぱいになり、自分の席に座るとひとつ大きく息を吐いた。


「はぁ……」


「上条さんおはよう!」


「おはよう上条さん!」


「おはようございます」


 高校生活が始まって数日が経っていたにも関わらず、クラスメイトに話しかけられていたのが不思議だった。中学生の頃を思い出すと今頃は挨拶も無くなってきたイメージがあるだけに、何でだろうと考えた。


 これがイメチェンした効果なのかな……。


 話しかけられるのは嬉しいんだけど会話は少し苦手だった。特に女の子達との会話だ。何組の男の子がカッコいいとか、誰々と誰々が付き合ってるとか、そんな話で盛り上がってるし、おまけに決まって私は訊かれる。気になる人はいるの? って……私は毎回いないと答えた。全く興味がなかったというよりそんな気になれないというのが本音だった。


「上条さんメチャクチャ可愛いんだからもっと笑った方がいいよ!」


 いつしかそう言われた私は家で笑顔の練習をしていた。いつまでも暗い顔をしていたら皆んなが離れていってしまうような気がして……ひとりは慣れているはずなのに何でこんなに怖がっているんだろう……。


 今日も私は笑顔を振り撒く……ただ頬を上げて口を開いただけの動作を……。




 そんな日常を過ごしていた中、楽しみにしていた日はすぐにやってきた。


 今日の学校で私は自分でも分かるくらいソワソワしていたと思う。ライナのライブに行けるなら誰でもそうなるはずだ。クラスメイトにもそれを指摘されたけど、適当にはぐらかしていた。


 学校が終わると一目散に家に帰って、ライナの曲を流しながらお気に入りの服に着替える。そして時間が来ると、家を早足で出て行った。


 何万人という人が訪れる会場は人がすごくて目眩がしそうだ。


 みんな幸せそうな顔で歩いてる……きっとライナのライブを心から楽しみにしているんだろうな……私も今日は楽しまなきゃ。


 驚いたのが私の席だった……何と最前列という破格の場所だと分かると、一体このチケットはどれだけの価値があるのかと考えてしまった。きっとお金では測れないだろうという結論に至るとライブが始まるのをじっと待っていた。


「キャー‼︎ アキー‼︎」


「シン‼︎」


「ユウキー‼︎」


「キャアー‼︎ シュウヤー‼︎」


 ライブは始まった……ファンの大歓声が会場を揺らす中、ライナのメンバーがステージに軽い足取りで登場すると会場は更にヒートアップした。ライナのCDは全部持ってるし、お母さんがよく聴くから私は全部の曲を網羅している。今までCDで聴いていた曲達が大迫力となって会場を包み込み、私はそれに圧倒されて聴き入っていた。


 そんな幸せと呼べる時間はあっという間に過ぎて、アンコールがされた時だった。ヴォーカルのシュウヤが話し始めると騒がしかった会場がピタッと静かになった。


「アンコールありがとう! 今から歌う曲は最近作ったんだ……誰にも最愛の人との別れが来る時があるよね? それは凄く辛い事で、残された人は寂しくて辛くて人に言えないような苦しみを抱えていると思うんだ。それでも残された人は生きていかなきゃいけない……そんな人を応援したいって思いながら作った曲なんだ」


 驚いた……まさに今の私に言っているような気がしたからだ。


 一瞬シュウヤの視線が私の方へ向けられると目が合ったような気がした。


 静かな会場にその曲が流れると私の周りから啜り泣く声が聞こえた。私はその曲と歌詞を頭に吸い込むとシュウヤに励まされているような気がして、気づかないうちに涙が頬を伝っていた。とめどなく溢れる涙を必死に抑えてもどうしても嗚咽が止まらなかった。


 ライブが終わってしばらく放心状態になっていた時、椎名さんから連絡があって私を迎えに来てくれていた。待ち合わせ場所に向かうと待っていた車に乗り込んだ。


「椎名さんありがとうございます。迎えに来てくれて」


「こんなに可愛い女の子が夜遅くに歩いてたら危険だからね」


 車は走り出すと道路は渋滞になっていた。


「どうだった?」


「凄かったです! ずっと聴き入っちゃって最後は泣いちゃいました」


 まだライブの興奮が冷めていたかった私は、自分でも分かるくらい声が大きくなっていた。


「少しは元気になれた?」


「……励まされた気がしました」


「そう、良かった」


 椎名さんの微笑んだ横顔は凄く綺麗だった。


「可奈はお父さんのこと、お母さんから何か聞いてる?」


 しばらくした時、急にそう訊かれて、いきなり何だろうと思いつつも答えた。


「お母さんはお父さんの事を何も話してくれなかった……小さい時よく訊いてた事があったけどお母さん凄く悲しそうな顔をするからやめたんです」


「そう……」


「たぶんお父さんの事思い出したくないんだと思って……だから私はその人が大嫌い……きっとお母さんを捨てたんだと思います。だから……できれば死んでいてほしいと思うくらい憎いです」


 椎名さんが黙っていたから顔を見ると、何か言いたげな雰囲気で前を向いていた。


「どうしたんですか?」


「何でもないわ……そっか、もし……本当のお父さんが現れたらどうする?」


 そう訊かれた時、心の中から怒りが沸々と込み上げてくるのが分かった。


「そうならないと分からないですけど……包丁で刺しちゃうかも」


 それは冗談じゃなくて、私はそのくらいその人が憎かった。


 しばらく沈黙が流れた……そうすると椎名さんは「もうやめましょ」と言って話を終わらせると、いつものように学校の話を訊いてきた。



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