第二十九話
朝からスマホがうるさかった。
昨日は全然眠れなかったんだ……勘弁してくれ。
俺は重い体を起こすとスマホに目を向けた。そこには新田から集合の文字がずっと続いている。
今更何を話すんだよ……もう決まった事だろ……。
行きたくない気分だったけどしょうがないと重い腰を上げた。
集合場所は……。
自転車に乗って走っている間、頭には昨日の記憶が呼び起こされていた。
「私ね……転校するの……」
上条さんから言われた転校するという大事に皆んな酷くショックを受けていた。もちろん俺だってそうだ。最初は藍沢が嫌だと上条さんに泣きついていたけど、親父さんと一緒に暮らすと聞いてそれ以上何も言えなかった。そんなの俺達が反対できる話じゃないから。ただ、もう学校で会えないと思うと心が引き裂かれそうだった。
今日の学校には補習の関係で先生がいたから、新田に言われた通りいつもの場所の鍵をもらって、皆んなが来るのを待っていた。
しばらくしてひとり、またひとりと無言で入って来て椅子に座ると、皆んな俯いて何か考えている様に黙っている。
「よし! じゃあ始めるぞ!」
新田が立ち上がるといきなりそんなことを言い出した。
「何を始めるんだよ」
「決まってるだろ! 上条を転校させない方法を考えるんだよ!」
俺の言葉に新田は大きな声で答える。
無理だろ……そう思った。
「あんたね! 可奈ちゃんがあんなに寂しそうにしてたの気付かなかったの⁉︎」
そんなの分かってるさ……だけどしょうがないじゃないか。
「私は絶対に嫌よ! だから無理だったとしてもさ、何もしないでいたくないの……絶対後悔するから」
「俺もそうだ! できることをしてダメなら諦めがつくけど、何もしないでこのままだったらこれからの学校生活がつまんなくなっちまう」
「僕も最初は諦めてた……でも、よく考えたら上条さんとこの高校を卒業したいって思ったんだ。施設の子供達も上条さんが来るのを楽しみにしてるから」
あの真田がそんな事を言うなんて思わなかった。それほど上条さんは俺達に影響を与えてくれてたんだな。
「分かったよ。僕も協力する」
俺だけ諦めてた……本当に自分が嫌になる。
「よし、何か作戦を考えよう」
それから俺達は色々と意見を出し合った。そこで藍沢からある提案が出された。
「最後のチャンスは花火大会よ。そこで松岡に託すわ」
示し合わせたかのように皆の視線が一斉に俺に集まった。
「な、なんで……」
そんな期待した目で俺を見るからには何か理由でもあるのか?
「お前の言葉が一番上条に届くからだよ。俺達の分も頼んだからな」
「僕達は別の方向で動くから任せるね」
皆んなの意見は完全に一致している。だけど俺は何て言えばいいんだ?
「俺より藍沢の方が……」
「松岡。今、俺って言ったよな?」
「あ……」
そう言われてからつい心の声を口に出してしまっていた事に気付いた。
「可奈ちゃんは松岡の本当の声が聞きたいって言ってた……もう最後だと思って本音でぶつかりなよ……私、もう行くから」
部屋を出ていく藍沢に言われた最後という言葉が俺の心を揺さぶる。
もしも上条さんが転校したら殆ど会えないかもしれない……これが最後のチャンス……。
「お前が素の自分に戻るのを待っているのは上条だけじゃないぜ。信じてるからな」
新田も続いて部屋を出ていった。
「松岡君は周りに気を遣いすぎだよ。もっと欲張りになっていいんだよ」
最後にそう言い残して真田が出て行った。
自問自答を繰り返しながら家に帰ると、疲れた体をベッドに投げた。
「素の自分か……」
小学生の時にクラスで孤立していた俺は、一生懸命になって育ててくれてた母さんには言わずにずっと耐えてきた。結局最後には問題が起きて母さんは学校に呼び出される事態になったが、俺を庇ってくれた。
だから中学生になった時、誰にも負けない人間になろうと毎日勉強と運動を必死でやった。その結果、俺は皆んなの人気者になって、それが心地よくなっていた。だから自分を押し殺してでも完璧な人になろうとしたんだ。
今まではそれでいいと思っていた……でも、上条さんと会ってからそれは揺らいでしまった。
最初は上条さんも俺と同じだって思っていたんだ。彼女が見せる笑顔は作り物だってすぐに分かったし、おしとやかな人を演じていた。
だけど彼女は変わった……というよりもあれが本来の彼女なのだろう。今では周りを明るくする魅力的な笑顔や、一生懸命に物事に取り組む姿勢が羨ましかった。
それに彼女があのライナのシュウヤの娘という事が分かって、更に彼女が遠のいていってしまった気がした。彼女が手の届かないところに行ってしまった気がして……。
ピロロ!
考え込んでてスマホから音が鳴っていたのに遅れて気付いた。
誰だ?
俺は画面に映った相手に驚いて、急いで通話ボタンを押した。
「……松岡君。今大丈夫?」
「大丈夫だよ。上条さん……」
少し元気がないのが電話ごしでも分かった。
「ちょっと話したくて……いいかな?」
「僕もちょうど話したかったんだ」
「じゃあちょうど良かったね。今日は何してたの?」
「今日は新田とバンドの練習をしてたんだ」
皆んなと上条さんを引き留めようと相談していたとは言えず、そう返した。
「あれからバンド頑張ってるんだね」
「新田の奴、この間のライブを観てから人が変わったように練習しててさ。やる気が凄いんだ」
「ライナのライブ凄かったよね」
「そうだね。実は僕もあのライブを観てバンド頑張ろうって思った」
「そうなんだ! 楽しみだな、松岡君のベース早く聴きたいな」
「それを聞いたらもっと頑張れそう」
「ふふ、あ、椎名さんが来たみたい。じゃあ今度の花火大会で」
「うん、楽しみにしてるよ」
「私も」
「……」
電話が切れると急に寂しくなった。
いつの間にか上条さんがいるのが当たり前だった日常がなくなってしまうと思ったからだ。
あの優しく包み込むような声をこれからも聞いていたい……新田達が言っていた事がよく分かった。俺も後悔したくない。
上条さんに想いを伝えるんだ……もう僕はやめた。
スマホを手に新田に電話した。
「新田か? 頼みがあるんだ」




