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第二十七話

「皆んなごめんね……黙ってて」


 お父さんが居なくなった後、私は皆んなに謝った。


「まさか上条の親父さんがライナのシュウヤなんて人生で一番驚いたぜ!」


「ほんとそれ! 私嬉しすぎて泣いちゃったもん。今だって体の震えが収まらないよ」


 新田君と藍沢さんはライナが大好きだと前から言ってたから本当に嬉しそうだった。


「謝らなくていいよ上条さん。誰だって黙ってるよ」


「そうだね、言われたとしても信じられないと思うし」


 松岡君と真田君の言葉で少し楽になれた。どうなってしまうのか心配だったけど、皆んながそう言ってくれてホッとした。


「色々な事情があって可奈も最近知ったのよ。だから分かってあげてね」


 椎名さんも私をフォローしてくれた。


「そうなんだ。可奈ちゃんが色々な事情を抱えてるって思ったけどまさかね」


「あんまり詮索しないでくれると助かるわ」


「しません! 上条さんとはこれからもいい友達でいたいし、な?」


「おう!」


 松岡君と新田君のやりとりを見て、また変わらずに接してくれるんだと思い、私は心の中でホッとした。


「じゃあ、そろそろデザートでも食べてライブ会場に行きましょう?」


「「はーい」」


 それからはずっと今日のライブの話で盛り上がっていた。皆んなどんな曲が聴けるのか、自分の好きな曲を言い合って楽しんでいた。松岡君と真田君も以外とライナの曲を知っていて嬉しかった。


「私……今が夢なんじゃないかって思っちゃう」


 藍沢さんはまだ誰もいないライブステージを見つめながら、そう呟いていた。


「……ああ、そうだな」


 その隣で新田君がいつもと違う感慨深いといった顔で、同じ方を見ている。この前初めて私がライブに来た時と同じ反応をしていた。


 なんかドキドキしてきた……またライナのライブが見れるなんて……


 ライナのライブと聞いて誰もが行きたいと思うその場所に私達は立っていた。会場を埋め尽くす沢山の人から熱気が伝わってくるとその瞬間をじっと待っていた。


 そして時間が来た。


 突然会場が暗くなったと思った瞬間ギターの演奏が始まると、会場がワッと盛り上がった。ステージに光が灯り、ライナのメンバーが勢いよく出てくると歓声が更に轟き、会場を震わせた。


 ライブは始まり皆んなが好きだと言っていた曲達も全て歌っていて皆んな夢中で曲に乗ったりバラードで涙していた。私もそうだ、どうしてもお母さんを思い出して涙が止まらなかった。


「あ〜 ライブ最高だった! やっぱりライナが大好きって再認識させられたよ!」


 ライブが終わって椎名さんの車で帰っていると藍沢さんが大きな声で話し始めた。


「俺も! やっぱライナが大好きだって思い知らされたな。全部の曲がいちいち心に刺さってさ」


 新田君も藍沢さんの意見に賛同するように大きく頷きながらそう言った。


「僕も、ライナが好きだったけど今日で大ファンになったよ」


 松岡君もライナが好きだった事を知って嬉しい気持ちになった。


 皆んな別れるまでさっきのライブを思い出しては夢心地になってその余韻に浸っていた。



 それから一週間後。


 私はお昼に駅で人を待っていた。


「可奈ちゃんお待たせ! 待った?」


 藍沢さんが小走りにやって来ると人懐っこい笑顔を見せる。私は帽子を上げると笑顔で返した。


「全然待ってないよ! 行こ!」


 今日は藍沢さんの家にお泊まりする日で、楽しみすぎて昨日はなかなか眠れなかった。


「じゃあ今日のデートは私がエスコートするね! 地元だからまっかせて!」 


「デ、デート⁉︎ 」


「あはは! 冗談よ! でも彼氏ができたらって想像しながら遊ぶのもいいよね〜」


「藍沢さんは居ないの? 彼氏」


 藍沢さんは明るいし話しやすいのもあって、彼氏がいても全然不思議じゃなかったから少し意外だった。


「そんなの作ってる暇ないからなぁ〜 あ、弟と妹の面倒を一緒に見てくれる人だったら欲しいかも! いつも一緒に遊んでくれて楽しく過ごせたら幸せかな〜」


「そんな優しい人ならいいかもね」


「ま、いないだろうけど! さ、行こ!」


 それから藍沢さんの案内で色々とお店を周ったりおしゃれなカフェでお茶したりして楽しい時間を過ごしていた。初めて友達と遊ぶ事に嬉しくて、楽しい時間はこんなに早く感じるんだってことを私は今更ながら感じていた。


 夕方になると藍沢さんの家に来ていた。そこは一軒家で、チャイムを鳴らすと中ではドタバタと子供が走る音がする。


 初めて友達の家に入る私は少し緊張していた。


「ただいま〜」


 藍沢さんの声が合図みたいになって玄関のドアが開いた。


 藍沢さんに続いて中に入ると、玄関に藍沢さんのお母さんが迎えに来てくれていて、その両脇には男の子と女の子がお母さんの腕に掴まりながら私を見ていた。


「おかえり」


「あ、私、上条といいます」


 私は緊張から少し早口になって挨拶をしてしまった。


「あなたが亜衣がよく話してる子ね! 本当に綺麗だわ!」


「え?」


 私は藍沢さんに視線をやると藍沢さんはニコッと笑った。


「可奈ちゃんの事をお母さんに話してたんだ! そうしたらお母さんも会いたいって言ってさ!」


「さあさあ、中に入って! ご飯作ってあるから!」


「やった〜 行こ!」


「お、お邪魔します!」


 つい大きな声を出しつつ、あたふたと靴を揃えて中に入った。


 明るくて騒がしい夕食は心から楽しかったけど、私は少し切ない気持ちになった。それはお母さんとの夕食を思い出したから。


 いけない……涙が……。


 私にとってお母さんとの夕食は毎日の楽しみだった……お母さんとふたりで笑い合った時間は何にも代えられない幸せだった。


「お姉ちゃん泣いてる〜 どこか痛いの?」


 藍沢さんの弟君が私の顔を心配そうに覗き込んでいた。


「ご、ごめんなさい。ちょっと昔を思い出しちゃって……」

 

 慌てて謝ると藍沢さんのお母さんがハンカチを出してくれた。


「亜衣から話は聞いてたわ……辛いと思うけどあなたには沢山の人がついてる。それを忘れないで」


「はい……ありがとうございます」


「ほら、しんみりしないで楽しもうよ!」


「うん、ありがとう藍沢さん」


 藍沢さんが励ましてくれると、私は笑顔で頷いた。

 

 藍沢さんの家族は暖かかった。藍沢さんの性格が明るいのもきっとこの家族がいたからなんだなって思った。


 夜も更けてくると藍沢さんの部屋でふたり仲良く布団を敷いた。


「さあ、可奈ちゃん! これからは女同士の腹を割った話をしようじゃないか!」


 藍沢さんは少し部屋の明りを暗くして布団に入るなりそんなことを言い出した。暗くて表情はあまり見えないけど何か楽しそうでウキウキしているのが伝わってくる。


「え……どういう事?」


「ねえ、可奈ちゃんて松岡の事好き?」


「へっ? な、なんでいきなりそうなるの⁉︎」


 私は自分でも分かるくらい動揺していた。


「その反応は当たったかな?」


「うーん……どうなのかな」


 私は少し考えた後自分の気持ちを言葉にしてみようと話す事にした。


「……確かに私の中で松岡君は他の人とは違う特別なものがあると思う……でもね、松岡君は今、作り物の仮面を付けていて、私が好きなのは本当の松岡君なのか作り物の松岡君なのかよく分からなくなってるの」


 最近、松岡君のイメージとは違う表情も見るようになって、本当は何を思っているのか知りたいと思うようになっていた。


「なるほどねぇ、アイツも分かってるみたいなんだよね。だから可奈ちゃんに本当の自分を見せるのを怖がってると思うんだ」


 それが痛いほど分かって胸が苦しい。


「私も最初は同じだったの。皆んなに合わせて作り笑いをしてた……そうしていれば誰も離れていかないって思って……松岡君もそうだと思うんだ。だから最初は松岡君から仮面を取ってくれるまで待っていようって思ってた……でも、最近このままずっと変わらないでいたらって思ったら怖くなって……」


 最初はゆっくり打ち解けていけばいいと、そんな気持ちでいたけど今は違う。焦りだけが私を支配していた。


「この夏で何かきっかけができるといいんだけどね。今度のバーベキューとか皆んなで騒いでもっと仲良くなって、私達なら本当の自分で接しても大丈夫なんだって思わせられれば変わるかな」


「そうだね、もっと仲良くなって信頼してもらえるようにしないとね……」


 でも、私にはもう時間がない……このまま別れてしまう思うと悲しかった。


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