第二十三話
夏休み前のテスト期間に入り、学校が終わるとすぐに家に帰って勉強をする日々を過ごしていた。テストが明日から始まると思うと自然と力が入る。
「はい、アイスティーよ。ほんと可奈はできた子ね〜 真帆とシュウヤの子供には見えないわ」
椎名さんが紅茶を出してくれると褒めてくれた。
「ありがとう。そうかな……」
「ふたりとも勉強は全然ダメでね。私が今まで何やって来たのよって怒ったらふたりとも空笑いしてたわ。シュウヤは音楽ばっかりやってたって言うし、真帆もライブに行くためにバイトばっかやってたって!」
「ふふ、そうなんだ! でもいいな……そんなに夢中になれるものがあって」
「可奈も高校でみつかるといいわね。やりたい事」
「うん……そういえば引っ越しの事なんだけど……」
最近その事が頭にあって、中々勉強が捗らなかった。
「シュウヤはライブで忙しいし、慌てなくてもいいわよ」
「うん……」
「どうしたの?」
「やっぱりお父さんと住むとなると転校しなきゃだよね?」
「そうね〜 流石にあそこからだと大変よきっと」
「まだ友達に言えなくて……」
「そっか、早めに言っておきなさい。いつまでも考えてもダメよ」
「うん……」
私はお父さんと一緒に住むことになって引っ越しを考えていた。それは嬉しい事なのに辛いかった……2つの幸せが同時に無くなってしまうから。
ひとつはせっかく仲良くなった皆んなと離れる事。もうひとつは椎名さんと毎日会えなくなる事だった。
テスト1日目が終わると松岡君に偶然会って、何日かぶりに一緒に帰っていた。そうなったのはテスト期間中は秘密の溜まり場を閉鎖中にしようと皆で決めていたからだ。
「上条さん元気ないね」
「え?」
いきなり松岡君にそう言われて少し驚いた。いつも通りにしてたはずなのに何で分かるんだろう。
「そんな事ないよ! もうすぐ夏休みなのに気のせいだよ!」
慌てたように言ったのが分かったのか、松岡君は少し疑うような眼差しで私を見ていた。
「何か悩んでいたら相談してよ。話すだけでもいいからさ」
「ありがとう。でも本当に大丈夫だから」
「……」
松岡君の表情がいつもと違って何か悔しそうな様子に見えた。松岡君のイメージとは程遠いその表情に驚いた。
どうしよう……このまま隠し事をしてていいのかな……。
最近、溜まり場の友達と敬語で話す事が自然と無くなっていた。だからか、せっかくそこまでの関係を築けた友達と離れるのが嫌だった。
何か話さなきゃと考えていると急に松岡君の手が私の腕を掴むとグッと引き寄せられた。
「え⁉︎ あ……」
そのまま抱き寄せられた事に顔が凄く熱くなって動揺が隠せない。何か言おうとしても声が出なかった。
その瞬間横を凄い勢いでバイクが通り過ぎて行った。
「危ないなぁ」
近くで見る松岡君の表情は怒っていて、遠くなっていくバイクを睨んでいた。松岡君は私をバイクから守ってくれたのだと分かると、なんだそういうことかと理解した。
驚いた〜 急にあんなことをされたらドキドキするよね?
理解しても胸が痛いほどドキドキとしていて抑えられなかった。松岡君に聞こえてるか心配になる程高鳴りが続く。
「あ、ありがとう」
「あ、ごめん! 急にバイクが来たから」
「うん、大丈夫だよ」
そっと密着していた体を離すと、しばらく気まずい空気が流れて、そのまま別れるまで話すことはなかった。
松岡は可奈と別れると駅までの道を考え事をしながら歩いていると誰かに背中を叩かれた。
「よう! 何だ考え事かぁ?」
背中を叩いたのは新田で、その隣では藍沢がニヒヒと笑って松岡を見ていた。
「み、て、た、よ! 大胆なことするじゃん! 松岡も男だね〜」
藍沢は先程の光景を見ていた為に、興奮冷めない様子で松岡に話しかけた。
「だ、だってあれは⁉︎」
「おーおー、松岡君もそんな顔出来んだな! 初めて見たぜ!」
新田は松岡の真っ赤な顔を見ながら驚きの声を上げた。
「揶揄うなよ……」
「悪りぃ悪りぃ! でも、上条の顔は満更でもなかったぞ?」
「そうそう! 完全にあれは惚れてる顔だよ!」
盛り上がるふたりとは対照的な松岡は藍沢を軽く睨んだ。
「おまえもな……」
「ごめーん! 怒らないでー」
「まったく……」
「お前ら何で付き合わないの?」
新田のド直球な質問に松岡はため息をついた。
「はぁ〜 なに言ってんだよ。僕と上条さんじゃ釣り合わないよ」
「アンタねー、どうしてそう卑屈になるかなぁ! 可奈ちゃんがどう思ってるか知らないのに自分から身を引いてどうすんのよ」
「だって僕は自分が嫌いだから……」
「何でだよ」
「……中学の頃から見てる新田なら分かるだろ? 僕がふたつの顔を持ってるって……本心を隠してる奴なんて嫌だろ?」
松岡は自分が学校で演じている事は分かっていた。しかし、中学からやってきた事をいきなり変えることができず、悩んでいたのだ。
「じゃあやめればいいじゃん。まだ16歳で何大人みたいなこと言ってんのよ!」
藍沢の言う通りなのだが、松岡は過去の経験から本心を曝け出す事を恐れていた。そしてそれを一番気にしていたのが可奈だったのだ。
「何か怖くてさ、急に性格が変わったみたいに思われないかなって」
「お前、上条がそれに気付いてないと思ってるのか?」
「ああ」
「あんた馬鹿?」
「馬鹿かお前」
ふたりの息の合った言葉に松岡は言葉を失った。
「なっ……」
「可奈ちゃんはとっくに気付いてるよ。何度かそんな話してたし」
「そうなのか……」
だからといって変えられるものではないと松岡は思った。
「だからもう完璧な松岡君は捨てて素直に生きようぜ!」
「そんな簡単なことじゃないよ」
「でも、今までのままだと可奈ちゃんは今悩んでいることを話してくれないよ」
「やっぱり何か隠してるんだ……」
「それを聞き出せるのはアンタだからね。変わるのは今しかないよ」
藍沢に言われた言葉は松岡を更に迷わせるのだった。




