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第十九話

 2月に入ってまだ寒さが続いていた頃、椎名はライナのレコーディングを見守っていたが、それは突然の事だった。


 ブルブル!


 椎名は振動するスマホを手に取り、画面に映る知らない番号に首を傾げた。


「誰かしら……」


 普段は決して知らない番号には出ない椎名だが、ずっと振動し続けるスマホに何か胸騒ぎのようなものを感じて無意識に通話ボタンを押していた。


「はい……」


「……恵?」


 少し躊躇うような間の後に出たその懐かしい声は椎名の時を止め、驚きのあまりスマホを落としそうになって慌てて持ち直す。


「真帆なの……」


「うん……久しぶり」


 昔と変わらない話し方に、椎名は嬉しさと懐かしさが入り混じって怒るに怒れなかった。


「久しぶりじゃないわよ! 今まで何で連絡して来なかったの⁉︎」


「ごめんなさい……」


「今どこにいるの⁉︎」


「◯◯病院の◯◯号室……」


 病院という言葉に椎名は嫌な予感がした。


「病院って、何かあったの?」


「話があるの……」


「分かったわ、シュウヤとすぐ行く!」


 椎名は真帆から病院の住所を聞き出すと、レコーディングをしている最中にも関わらずドアを勢いよく開けた。


 すると中にいたライナのメンバーは驚き、ポカンとして椎名を見ていた。


「シュウヤ! 真帆が!」


 それを聞いただけでライナのヴォーカルであるシュウヤは理解した。


「皆んな行ってくる!」


「行ってこい!」


「もう離すなよ!」


 メンバーの言葉を背に受けてシュウヤは部屋を飛び出していった。


「病院? 何か病気なのか?」


 車の中で椎名に話しかけるシュウヤの顔は暗くなっていた。椎名と同じく病院という場所に不安になっていたのだ。


「分からないの……ただ話があるって……」


 その後は無言のまま車は病院へ向かって走っていった。


「何号室だ?」


 病院の駐車場に着くなりシュウヤは椎名に急かすように話しかけた。


「◯◯号室よ! 急ぎましょ!」


 ふたりは急いで受付まで行くと、何とか面会にこぎつける事ができたのだった。


 その病室まで歩いていくふたりの胸はドキドキとうるさいくらいに鳴っていた。それはしょうがなかった。長年探し求めていた人にようやく会う事ができるのだから。


 部屋の前にくるとシュウヤは震える手でドアを開いた。


 ふたりは震える足をなんとか抑え、中に入ると奥のベッドにその人はいた。


「真帆……」


 椎名は涙を浮かべ、かすれた声でその名を呼んだ。


 窓ごしに外を見ていた真帆は椎名の声を聞いてゆっくりと視線をふたりの方に移すと、嬉しくも申し訳なさそうな顔で俯いてしまった。


「やっと……会えた……真帆……」


 椎名は涙を溢れさせ、真帆に飛びつくと声をあげて泣いた。真帆は椎名の頭を優しく撫で、後から来たシュウヤを見て涙を浮かべた。


「シュウヤ……」


「何で居なくなった……」


「ごめんなさい……」


「何で俺を信じてくれなかったんだ!」


 シュウヤは涙を堪え、真帆に言いたかった事をぶち撒けると、真帆は涙を流しながら何度も謝った。


「あの時……」


 しばらくして真帆は語り始めようと口を開くと、椎名とシュウヤはじっと話し始めるのを待った。


「事務所の人に今結婚したらライナは活動ができなくなるって言われて怖くなったの……ライナは私の全てだった……だから皆んなの未来を壊したくなかったの……」


 真帆は俯き涙が幾つも下に落ちていった。


「私には相談して欲しかった……」


「恵に相談したらきっと甘えてしまうって分かってたから出来なかったの……ごめんなさい。本当は落ち着くまでって思ってた……でも、時間が経つにつれて私がしたことが本当に正しかったのか分からなくなって……そんな私を皆んなはもう忘れてしまったんじゃないかって怖くなって……」


「何で今になって連絡したんだ……」


「私……ガンなの」


「な……」


「そんな……」


「あと1ヶ月ももたないんだって」


 椎名とシュウヤは何も言えず、突然の残酷な事実に打ちひしがれていた。


「それを聞いた時、このままじゃダメだって……だから最期にお願いしたい事があって連絡したの」


「最期なんて言わないでよ! せっかく会えたのに……こんなのないよ……」


「お願いってなんだよ……」


「シュウヤ……私、あの時妊娠してたの」


「なっ……」


「私も知ったのは少ししてからだった……女の子よ」


 真帆は可奈の顔を思い浮かべると目から涙がとめどなく流れ出した。


「名前は可奈、本当に良い子なの……私が居なくなったらあの子ひとりになったちゃうの! それが怖くて! 耐えられないの!」


 真帆は無言でいたふたりに涙ながらにそう訴えると布団をギュッと掴んだ。そして頭を深く下げた。


「今になってこんな事を言うのは本当に勝手だと思う。でも、他に頼れる人がいないの……お願いします……可奈を……私の代わりに育ててください……」


「……ひとつ条件がある」


「……なに?」


「これにサインしてくれ」


 シュウは封筒から紙を取り出すと真帆に渡した。


「シュウヤ……」


 それは婚姻届だった。すでにシュウヤの欄は埋まり、証人には椎名の名前が書いてある。真帆が居なくなる前にシュウヤが用意していた物だった。


「あの時から俺の思いは何も変わってない……これは俺の意地とケジメだ。俺と結婚してくれ」


 真帆は返事を一瞬躊躇うが、シュウヤの強い意志を感じて小さく頷いた。


「……はい」


 結婚届に自分の名前を書くと真帆はシュウヤに返した。


「本当にいいの……?」


「ああ、やっと約束が果たせたな……」


 シュウヤは俯いて涙を流す真帆をそっと抱きしめる……その昔よりも細くて弱々しい体に涙が溢れた。


 面会時間が迫り、椎名とシュウヤが部屋を出た瞬間ひとりの少女とすれ違う。


「お母さん! 目が赤いけど大丈夫? 今りんご切ってあげるからね!」


「ありがとう可奈」


 ドアごしから聞こえる真帆と女の子の楽しそうな会話に、ふたりはしばらく動けず、ドアの前で立ち尽くしていた。


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