第十八話
とうとうその日が来てしまった……。
昨日は緊張のあまり全然寝付けなかった。好きな芸能人と会えると聞いたら誰でもそうなると思う。
椎名さんの車に乗り込み、じっと待っていると椎名さんが私の顔を覗き込んできた。
「あれ? もしかして可奈、緊張してる?」
椎名さんはからかうような顔で笑いながらそう言った。
「凄く緊張するよ! だってライナの人達と会うんでしょ……何て話したらいいか……」
頭を抱える私に椎名さんは吹き出している。
「ぷっ! あはは! そんなの気にしない気にしない! 皆んな勝手に話しかけてくるから!」
それはそれで緊張するんだけど。
「えぇ……うまく答えられるかな……」
「じゃあ行く前に好きな飲み物でも買っていきましょ? そうだ、最近美味しいカフェを見つけたの! そこの新作が凄く美味しいから買っていく?」
「飲みたい!」
「決まりね!」
そうしておしゃれなカフェで飲み物を買って貰った私は、その味に感動すると少し緊張が和らいだ。
目的地に着いたのはその飲み物がちょうど無くなった時だった。
車がビルの駐車場に入っていくと更に緊張してきた。
車を降りて、通い慣れた感じで歩く椎名さんにくっ付くように歩いていた。
「さ、ここよ」
心臓の音が聞こえてくるほど私の胸が高鳴っているのが分かる。
震える足で中に入ると多くの機材があった。そして鏡張りの向こうにいる音楽を奏でるライナの姿を夢見心地で見ていた。
「お! 来たな!」
その声で夢から覚めた私は、機材の前で誰かが座っていたのに気付いた。その人が私達に近付いて来ると椎名さんが話しかけていた。
「調子はどう?」
「おう! いい調子だ。で、その子が?」
「そ、シュウヤの娘よ」
椎名さんが目で挨拶しなさいと言ったので私は挨拶をした。
「上条可奈です」
「俺はライナのプロデューサーをしている浜岡だ。よろしくな」
もちろん知っていた。ライナのプロデューサーだし、他でも色々活躍している人だった。
「そろそろ終わりそう?」
「ああ、今休憩をしようと思っていたんだ」
浜岡さんは向こうにいるライナのメンバーにマイクで話すと扉が開いた。
私はゾロゾロと出てくるライナのメンバーに緊張で固まってしまった。
「お! もしかして!」
私の姿を見てそう言ったのはギターをしているシンさんだった。
私の前にはライナの人達が立っていて何を言ったらいいのか分からない。
「へぇ〜 やっぱ真帆が言ってた通りメチャクチャ可愛いや!」
ドラムのユウキさんは私の顔を見て笑顔で話した。
お母さんと知り合いなのかな?
「真帆によく似てる……」
ベースのアキさんは懐かしむような顔で私にそう言った。
「そうだな! 若い時の真帆にそっくりだ!」
シンさんもそれに続いたので、私は思わず何故知っているのか知りたくて思い切って話しかけた。
「お母さんを知っているんですか!」
「そりゃ真帆は俺達ライナを出会わせた張本人だからね」
ユウキさんの言葉に私は驚いた。まさかお母さんがライナのメンバーを会わせていたなんて……。
「何だ、恵は話してなかったのか」
「まあ私はその頃あんた達と会っていないしね」
「あの、訊いてもいいですか?」
私の言葉にシンさんが頷いた。
「まず俺とシュウヤが高校の同級生でバンドやってたんだけど他のメンバーとなかなか音楽の方向性の違いで上手くいかなくてな、それでも小さなライブハウスで頑張っていた時に真帆に会ったんだよ。彼女音楽が好きでさ、俺達のライブには必ず来ていてそのうち仲良くなったんだよ」
私はお母さんの過去を知って嬉しくなると、夢中で話の続きを待っていた。
「それである時、他のメンバーが辞めるって言い出してバンドを解散したんだ。その時この2人を真帆が連れて来たんだ。それで話をしてたらもう音楽の話で意気投合してな!」
「懐かしいな……あの時は可愛い子に誘われて来ただけだったんだがな」
「そうそう! 俺もだ!」
「あん時の真帆は地元で有名な超絶美人だったからな」
「それにライナって名前も真帆が考えたんだよ」
私はその会話を聞いていて知らないお母さんを知れて嬉しかった。あまり昔を語りがらなかったお母さんが分かった気がして嬉しかった。
お父さんは微笑みながらその話を聞いていて、時々私を見ていた。目が合うと恥ずかしそうに目を逸らしたので私は思わず笑ってしまった。
「椎名さんはライナとはどんな関係なの?」
ライナの人達と話し込んだ後、スタジオを出てまた車に乗り込むと車にエンジンをかけていた椎名さんにそう訊いていた。前から気になっていた事だった。
「私はライナのマネージャーよ。デビューした時からずっとね」
「そうだとは思ってたけど付き合いが長いんだね」
「ほんとはね、真帆が居なくなってライナが事務所を辞めた時、私も退社したのよ。事務所がした事が許せなくて…… で、実家に帰ってのんびり暮らそうかなって思ってたらライナの皆んなに誘われたのよ。お前じゃなきゃダメだってね」
「へぇ〜 凄い信頼されてるんだね」
「ふふ、正直嬉しかったわ。それから私はライナのマネージャーをしながら真帆を探していたの」
「椎名さんもお母さんの事よく知ってたんだね……」
「最初の出会いはね、ライナの曲を手に真帆が事務所を訪ねてきた時だったわ。真帆に対応したのがまだ新人だった私だったのよ。真帆はライナは絶対に売れる! 将来は誰もが知る大スターになる! って圧倒されちゃってね」
「お母さん凄い行動力だね。そんな事をしてたなんて……」
「真帆はライナが将来日本を代表するくらいのアーティストになるって信じてやまなかった……いつだか言ってたわ、ライナは私の全てなんだって……」