第十七話
「上条さん、お名前は何て言うの?」
「可奈です」
「いい名前ね! 私は麻奈よ。宜しくね可奈ちゃん」
「はい、宜しくお願いします……」
松岡君のお母さんはニコニコして私をずっと見ているから少し恥ずかしい。
「母さん、本当に僕達は付き合ってないよ」
「ええー! ほんとにぃ? 私、可奈ちゃんの事凄く気に入ったんだけど!」
「全く……上条さんごめんね。母さん30代なのに落ち着きがなくてさ」
「どう言う意味よ! 私こんな可愛らしい娘が欲しかったのよね。さ、あんたはもう寝なさい」
松岡君がベッドに横になると私とお母さんは松岡君の部屋を出た。
「じゃあ私はこれで……」
私が帰ろうとすると、お母さんの手が私の腕を掴んだ。
「可奈ちゃんの事色々聞きたいわ。少しだけお話しましょ?」
何か断れない雰囲気がして、頷く事しかできなかった。
「は、はい……」
その後色々な質問責めに合うと、話は松岡君の事に移っていた。
「松岡君って前からあんな感じなんですか? 何か裏の顔があるみたいな……あ、ごめんなさい! 変な誤解をしないで欲しいんですけど……」
「可奈ちゃんはあの子の事ちゃんと見てくれているのね……」
松岡君のお母さんは急に悲しげな表情なって、少し心配になった。
「あの子ね、昔いじめられてたのよ……」
「え……」
「小さい頃に父親がいなくなって、小学生の頃それが原因でね」
「そうなんですか……」
「色々揉めて小学校卒業と同時にここへ引っ越してきたの。それからあの子は必死に勉強して運動も頑張っていたわ。きっと他の子に負けたくかったんでしょうね……」
松岡君の悲しい過去を知った。私はいじめられてなかったけど少し疎外感を感じていたくらいだった。それだけならまだいいけど、もしいじめられていたらと考えると心に深い傷ができていたと思う。
「で、中学生になって自分に自信がでてきた頃からかな……あの子があんな風に変わっちゃったの……」
「松岡君、時々違う顔を見せるからどっちが本当の彼なのか分からなくて……」
「可奈ちゃんには時々見せるのね? 私には何年も見せないのになぁ」
松岡君のお母さんは少し悔しそうな顔をしていた。
「可奈ちゃん……」
「はい」
「あの子、今悩んでいると思うの。可奈ちゃんに仮面を付けたままでいいのか、嘘の自分でいていいのかって」
「……」
「だから少し見守っていてあげて? お願い」
「分かりました。すぐに変えるなんて難しいですもんね」
「ありがとう。本当にあなたは優しいのね」
外から鐘が鳴っているのに気付いて私は立ち上がった。
「あ、もう帰らなきゃ」
「あら、もうこんな時間だわ。可奈ちゃん今日はありがとう。久しぶりにあの子の笑顔が見れて嬉しかったわ。また来てね?」
「はい!」
私は帰り道で松岡君の事を見守っていこうと思った。いつか仮面を取ってくれると信じて……。
家に帰ると椎名さんがいつものように私を待ってくれていた。
「おかえり!」
「ただいま!」
そして一緒に夕食を食べている時だった。
「ねえ、今度の土曜日なんだけど空いてる?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあ行こうか?」
「何処へ?」
「お父さんの仕事場!」
「え! それって……」
まだ信じられていなかったけど、お父さんはあの超有名なライナのシュウヤだった。その仕事って考えると自分が行っていいのかと不安になる。
「皆んながね、可奈に会いたがってるのよ」
「皆んな?」
「ライナのメンバーよ」
「な、なんで⁉︎」
どういう事なんだろう? ライナの人達がお母さんを知ってるのかな? それとも単純にお父さんの子供だからかな。
「まあ、会えば分かるわ。それに可奈もお父さんがライナのシュウヤだって実感が沸かないでしょ?」
「それはそうだよ。ライナのシュウヤって言ったら日本で凄く人気で超有名人だし、今だに信じられないもん」
「まあ分かるわ。でもそれが現実なんだから受け入れないとね?」
「時間がかかりそうだけどね」
「ふふ、最近彼のやる気が凄いのよ。可奈と向き合ってから吹っ切れたみたい」
「そうなんだ」
「聞いてよ! 彼ったらスマホのホーム画面を可奈にしてるの! で、それを見てニタニタしてるの! 笑っちゃうわよね〜」
「それ恥ずかしいんだけど!」
「あはは! しかも今度アルバムに可奈の事を思った曲を入れようとしてるわ」
「それを聞いたら恥ずかし過ぎて聴けないよ……」
「うふふ、それくらい可奈の事が可愛くて仕方がないんでしょうね」
「まあ、嬉しいけど」
「可奈……変わったね。凄くいい顔してる」
お父さんとのわだかまりが無くなってから前に向かっていく意欲みたいなものが出ていた。私もこれから自分の為に頑張ろうって気になった。
「何か心のモヤモヤが取れたっていうのかな……心に空いた穴が少し小さくなった気がする」
「そう、嬉しいわ」