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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第十五章 帝都の春
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090 侵攻の目的

 エゼルウートの宮殿の奥深く、静かな緑の中にある建物に、アルドリックの補佐官であるジーンの執務室はあった。


 相変わらず机の上は、書類や物で、今にも崩れそうになっている。山と積まれた書類の中で、ジーンは顔にかかる赤毛を掻き上げながら、コンラッドから受け取った手紙を眺めていた。

 

「コンラッド…………この手紙は……馬にでも踏まれたのかい?」

「申し訳ありません、補佐官。ちょっとした事故で……」


「……まあ、読めるから。それにしてもドナルという男は、こんな夢物語みたいなことを、本当に考えているんだね。いや、エル・カルドの場合は、夢物語じゃないから厄介だね」


 コンラッドはうなずいた。

 

「それから、コンラッド。エル・カルドへの援軍から、魔道書がフォローゼルによって持ち出されたと報告が来たよ」

「魔道書……ですか?」


 ジーンは、手紙をコンラッドへ返すと、椅子に座ったまま足を組んだ。


「そうだ。コンラッド、一旦ここまでの話を整理しよう」

「はい」


「事の発端は、辺境で魔道符と呼ばれるものが使われ始めたことだ。その出どころは、フォローゼルの首都ロクスファントの神殿で、兵士のお守りと称して配られていた物だった。そこまでは、間違い無いね」


「はい。捕虜の証言です」

「そして、その魔道符はエル・カルドのドナルという男の元で作られ、フォローゼルのネイリウスという人物を経由して、神殿に渡っていた」


「ディランの報告書には、そうありました」

「ドナルの目的は?」


「エル・カルドにもう一度、結界を張ること。そのためにフォローゼルにある、ディランのお父上の聖剣を手に入れる必要があると。ただし、今の時点でドナルという男が、聖剣を手にしたかどうかはわかりません」


 ジーンは、うなずいた。


「では、ネイリウスという男の目的は?」

「その男については、神官であること以外、まだ何もわかりません」


「そうだね。この男に関しては、調べる必要があるね。神殿については、すでに人を動かしているから、彼についても追々わかるだろう。ではバシリウス王子が、今回エル・カルドを侵攻した目的は何だろう」


「……バシリウス王子の目的……」


 コンラッドは、視線を落とし考えた。


「コンラッド、君は、フォローゼルという国の成り立ちを知っているね?」

「はい。三十年ほど前、元は辺境の一領主であった男が、聖地ロクスファントに攻め入り、国を建てたことに始まります」


「そう。ロクスファントでは、もともと神殿による自治が確立されていた。聖地における神殿の自治が成り立っていたのは、主に巡礼者による収入があったからだ。宿、市場、人足、馬。聖地ロクスファントの経済は、巡礼者により成り立っていた。それから人。神殿の神々を信仰する人たちは、この大陸だけでなく、東国の一部にもいる」


 ジーンは勢いのまま話し続けた。


「フォローゼルとの国境が冬の間閉じられるのは、元は巡礼者や商人を守るためだ。歴代の大陸の王朝は、神殿に対し手出しをすることは無かった。それは暗黙の了解、禁忌とされてきた。それをあの男は破った。基本的に神殿とフォローゼルとは、いい関係ではないんだよ。それが今回、まるで力を合わせたかのようだ」


 コンラッドは顔をこわばらせたまま、手紙を握り締めた。

 

「神殿とフォローゼルは、本当に手を結んだのでしょうか?」

「さあね。魔道符は、あくまでお守りとして持っていただけで、意図的にフォローゼルが兵士に持たせたわけではなさそうだ」


「両者が手を結んだとは言えないと?」

「何らかの目的のために、一時的に手を組んだだけじゃないかと、私は思っている。今までの軋轢(あつれき)が、そう簡単になくなるとも思えないしね」


「私には、彼らがエル・カルドを掌握することを目的にしているようは見えないのですが……。すぐに立ち去ったこともそうですが、掌握するのなら、やはりボドラーク砦は落とすべきです」


 ジーンはうなずき、微笑んだ。

 

「エル・カルドを掌握するのが目的ではないのなら、何のためだったと思う?」

 

「フォローゼルが、エル・カルドに攻め入る理由……」

「コンラッド、理由は一つとは限らない。思いつく限りの理由を考えてごらん」


 コンラッドは補佐官の顔を見つめた。この人はすでに、多くの可能性を頭に描いている。コンラッドは息を深く吸い込み、頭を落ち着かせた。


「魔道書を手に入れることが一つ。ただ、魔道書を欲しているのが誰かはわかりません」

「他には?」


「エル・カルドとローダインの信頼関係を失わせることでしょうか」

「その可能性もあるだろうね。他には?」

 

「辺境に耳目(じもく)を集めること」

「何のために?」

「……何か、事を起こそうとしているのではないでしょうか。別の場所で」

「陽動ということかな? 例えば?」


 コンラッドは、フォローゼルに関するあらゆる記憶を思い起こした。そして、ある考えが浮かんだ。さすがに突拍子もないことに思え、口をつぐんだが、ジーンはそのためらいを見逃さなかった。


「コンラッド、単なる思いつきでもいい。とにかく考えられることは、全て上げて欲しい。今、何か思い当たる節があったんだろう?」

 

 コンラッドは迷いながらも口を開いた。


「バシリウス王子は東国の女性を側に置いていると聞きました。東国に関心を持っているものと思われます。ローダインとは、長年膠着状態が続いていますし、東国に活路を見出した可能性があります」


 コンラッドの頭には、フォローゼルから眺める風景が描き出された。フォローゼルは、遥か聖なる山から続く東側の山脈により東国と遮られ、西側の山脈により辺境と遮られていた。北には切り立った崖の中を通る国境へ通じる街道、南には遥かに広がる海。


「今まで東国に食指を伸ばさなかったのは、東の国々との間に大きな山があり、海側からしか攻めることができないため。フォローゼルは今まで海軍に力を入れてきませんでしたし、一度に帝国や神殿、東国といった複数の敵を相手にすることを恐れていました。今回の侵攻で、こちらの目をエル・カルドへ向け、神殿とは一時的にでも手を組み、東国へ注力した……」


 ジーンは満足そうにうなずいた。


「恐らく、そんな所だろうね」

 

 どうやらコンラッドは、ジーンの用意していた答えに、たどり着いたようであった。

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