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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第十五章 帝都の春
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087 報奨金の使い道

 雪解月の穏やかなある日。帝都エゼルウートのゼーラーン家の一室で、ジルは途方に暮れていた。


 アラナ夫人の一件の後、ジルとニケはアルドリックから報奨金を受け取った。


 しかし、見たこともない金額に、ジルは喜ぶどころか身がすくんだ。


(どうしたらいいんだ? こんな金……)


 金額には、当然ながら“口止め料”の意味も含まれている。

 

 上流階級なら、資産管理を任せる人間もいれば、信頼できる預け先もある。だが、傭兵であるジルには縁のない話だった。持ち歩けば危険だし、部屋に置いておくのも落ち着かない。


 革袋の口を開けると、何枚もの金貨が目に飛び込んできた。慌てて袋を閉じる。


 帝国で使われている硬貨のうち、最も価値が高いのが金貨。アルドリックの横顔が刻まれており、一枚あれば大人一人が一年暮らせる額だという。

 

 次に銀貨。こちらは王妃レダの横顔が描かれていて、銀貨一枚で一月分の生活費に相当する。さらにその下に、銅貨、半銅貨、四分の一銅貨という三種の銅貨があり、銅貨三百枚が銀貨一枚、銀貨十五枚が金貨一枚に換算される。銅貨は各地方で造られることが多く、ロカレン(地方の)銅貨と呼ばれていた。


 半銅貨は真ん中に大きな穴が空いてあり、紐に通して持ち運ぶことが多い。ちょっとした頼みごとであれば半銅貨を渡す。子供のお使い程度ならば、四分の一銅貨を渡すのだ。


 ジルのような人間が普段使うのは、銅貨の類である。たまに銀貨のこともある。金貨など、目にすることはあっても、手にすることはなかった。

 

 ジルが、金貨の入った革袋を前に途方に暮れていると、エディシュが心配して声をかけた。


「うちの執事に相談してみたら?」

「執事さんですか?」

「そうよ。ゼーラーン家の財産は彼が管理してる。話を聞いて損はないと思うけど」

「ぜひ!」


 ゼーラーン卿が長年将軍を務められたのは、その背後にこの執事の力があったからだと、エディシュは教えてくれた。将軍職を任されるには、人材も物資も資金も、まず自力で集められなければならないのだという。どれだけ武功を挙げても、支える基盤がなければ務まらない。


 ローダインでは通常、家名を名乗る習慣は少ない。家名とは王に捧げるものという考えがあるためだ。ただし、将軍職に限っては例外で、兵を集めるにも資金を動かすにも、家名が求められる。


 ジルは執事の執務室に通され、緊張しながら向かい合った。執事は六十前後の年齢だろうか。髪はまばらで、元の色は判別できなかったが、青い瞳には厳しさと優しさが混ざっていた


「さて、ジルさんは将来を、どうお考えでしょうか?」

「え? 将来?」


 金の預け先を教えてもらえるのだと思っていたジルは、面食らった。

 

 実家は貧しい農家で、兄が家を継いでいる。今までの報酬は仕送りしていたが、この金だけは何か別の形で使ってみたかった


「特に、考えたこともないです」


「まあ、若い方はそうかも知れませんな。でも、いつまでも傭兵稼業というわけにもいかんでしょうし、何となく、この先やりたいことはないでしょうか?」


 しばらく考えた末、ジルはぽつりと答えた。


「いつかは嫁さんを貰って、のんびり畑仕事でもして食っていければとは思っていますけど」

「……もしかして、畑で自分たちの食べる分だけ作ればいいとか思ってませんか?」

「え? だめなんですか?」

「だめです。それは典型的な、“だめな夢”です」


 執事の青い瞳が鋭く光る。


「いいですか? 帝国内にいる以上、人は生きているだけで税金がかかるのです。人頭税というやつです。そして、それは基本的に現金で支払わなければなりません。農作物などの現物ではだめなのです」


「……現金。え? でも俺、今まで払ったことない」


「軍務についている間は免除されます。あと、皇帝の直接領の領民とか、辺境の開拓民とか。そうそう、エル・カルドの方たちも免除されていますね」


「うちは開拓民だったから、払ったことないのかな?」

「お見かけしたところ、もとはルッカあたりのご出身でしょうか?」


 執事は、ジルの赤い髪に目をやった。

 

 ルッカは海沿いの港町国家で、物流の要として栄えたが、そのぶん他国の干渉を受けやすく、暮らしは楽ではなかった。

 

「両親はルッカで食えなくて、辺境の開拓民に参加したと聞いています」

「ルッカでは船か店がないと、なかなか生活が厳しかったようですな」


 かといって辺境でも暮らしは厳しく、いつも腹を空かせていた記憶しかない。収穫の時期になると、どこからともなく野盗が現れ、開拓民の村は荒らされた。ジルが剣を持つようになったのも、仕方なくでしかなかった。

 

「……帝都に住むなら、籍を移す必要があります。そうなると人頭税も発生しますよ。場所によって額は違いますが、帝都が一番高い」


「……何か、生きているのが嫌になるような話だな」

「これでもまだ、ましになった方ですよ。アルドリック陛下が、ずいぶんと整理されましたから。昔は奇妙な税が、あちこちにありました」

「奇妙な税?」


 ジルは眉をひそめた。


「サントフェルドなどでは、結婚税がありましたな。娘が結婚すると税を取られるのです。あそこは農作物が主な収入源ですから、おそらく働き手が減るのを補うためだったのでしょう。他には、牛馬税とか農具税とかいうのもありましたな」


「そんなに税金取られたら、農業できない」

「ルッカでは、浜辺で拾った貝や海藻にも税を課されていたとか」

「酷い」


「かといって、庶民は逃げ出すことも出来ませんから。ジルさんのように、生きる手段を持つ者というのは、意外と少ないのですよ。ですから、そのお金は大事になさいませ」


「でも、どうすれば……」

「すぐに使う予定がないのでしたら、投資という手があります」

「投資?」


「商人たちに預けて、その利益の一部を貰うのです。上流階級の方は、たいていされていますね。ただ、商人が商売に失敗すると、最悪投資したお金も返ってこないこともありますがね」


「それ、ちょっと怖いかも」

「だから、相手を見る目が必要なのです。それに投資にもいろいろあって、取り引きごとに投資するものや、商会に投資するもの、あとはこれから独立する商人に出資するものもあります」


「単に金を預けるってのはないのですか?」

「ありません。あくまでも投資の見返りとして、金を預けることができるだけなのです」

「投資って、……本当にみんなやってるんですか?」


 ジルは訝しげな表情を見せた。


「コンラッド坊っちゃんもエディシュお嬢様もされていますよ。まあ、実際に管理しているのは私ですから、ご本人たちは、内容までは理解されていないと思いますが」

「……結局、どうしたら良いのかわからない」

「私に預けていただければ、適当な投資先を見つけますが」

「……本当に?」

「利益の五パーセントでどうでしょうか。投資の利益はだいたい年、五パーセントから十五パーセントと考えてください。そのうちの五パーセントで」

 

「……執事さんて、そういうことしてもいいの?」

「どこの執事もやっていますよ。ご当主方が表に立つと“癒着”だのなんだの言われますからね。投資は、基本的に執事の仕事です。ちなみに、ニケさんはどうされました?」


「ニケは、全額つっこんで鎧を新調するって」

「これはまた豪胆な」


 執事の男は目を細め笑った。

 

「戦えなくなったら鎧を売ればいいとか言って」

「確かに、そういう使い方もありますな。傭兵の方には相応しいかもしれません」


 ジルはしばらく悩んだ末、報奨金の管理を執事に任せることにした。

 

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