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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第十四章 辺境の旅
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086 棘草〈ウルズィカ〉の棘

 日が高くなり、隊商は川沿いの空き地で休憩のため、一旦歩みを止めた。サムエルが馬車を停めると、マルコはふらふらしながら馬車の側に座り込んだ。


 隊商の一団が馬を休める間、サムエルが軽食を用意してくれた。ナッツの焼き菓子(ピシュコット)棘草(ウルズィカ)のお茶。甘い菓子と温かく爽やかな後味のお茶に、マルコの乗り物酔いも徐々に治まっていった。


 手にした温かい飲み物を、ユーシャスは不思議そうにのぞき込んだ。


「マルコ、この飲み物は何?」

棘草(ウルズィカ)のお茶ですよ。そのへんに生えている雑草です」

「そうなの? でも、おいしい」


 ユーシャスは菓子を頬張り、もう一口お茶を飲んだ。まるで夏の干し草のような香りとほんのりとした甘みが、馬車で疲れた体を優しく癒した。


 食事の後は、皆思い思いの場所で休憩を取っていた。マルコは疲れたのか、馬車でぐっすり眠っている。ユーシャスはマルコを起こさないように、自分のマントをかけてやり、そっと馬車を離れた。手には細長い革の袋と、小さい紙片を持っていた。


 一人、馬車を離れるユーシャスの後を、ディランは静かに追った。彼女は木や草を眺め、道端の小さな花に指先で触れた。徐々に、隊商から離れそうになるユーシャスに、ディランはそっと声をかけた。


「あまり、皆から離れない方がいい」

「すみません。つい、珍しくて」


 ユーシャスは、道端の木を見上げた。


「珍しい? 木がか?」


 ディランも、つられるように木々を見上げた。


「私の国に生えている木や草とは、どれも違っているので……。あれは何の木ですか?」


 ユーシャスは、近くに生える木を指差した。大陸のあちらこちらで見かける、白っぽく細長い葉を持つ木であった。


(サルチエ)だろう」

(サルチエ)……」


 そうつぶやくと、ユーシャスは革の袋からペンを取り出し、紙に『(サルチエ)』と書いた。その横には、彼女の国の言葉らしきものが、続けて書かれた。


 彼女は新しく知った言葉を、こうやって書き留めている。ディランはふと、母も同じことをしていたのを思い出した。


 今度は緑色の蕾の塊を指差した。もう少ししたら、花が咲きそうだった。


山多豆(ソク)だろう。秋には紫色の実がなる」

「食べられるのですか?」

「食べられるが特に味はない。この辺りでは染め物に使われることが多い。……あまり好きな色ではないが」


 ユーシャスは『山多豆(ソク)』と書いた。

 

「これは?」


 ユーシャスが緑の葉に手を伸ばそうとすると、ディランは素早くその手を掴み、葉から引き離した。


「触らない方がいい。刺草(ウルズィカ)だ。葉や茎に棘がある」

「ウルズィカ? トゲ?」


 ディランは、靴先で刺草(ウルズィカ)の茎を押して見せた。よく見ると、葉や茎には細かい刺毛が生えていた。

 

「こいつが刺さると厄介だ」

「ごめんなさい。私……」

「貴女の国では、刺草(ウルズィカ)はなかったか。他にも触らない方が良い植物はあるが……。見つけたら、また教える」


 ユーシャスは刺草(ウルズィカ)の言葉を、小さな紙片に書き留めると、指でなぞりながら、何度もつぶやいた。


 まだ冷たさの残る風が、道端の小さな花を揺らした。


 母もよく、覚えた言葉を紙に書きつけていた。大人になってから学ぶ共通語(コムナ・リンガ)は、なかなか身につかないようだった。ディランが読み書きができるようになってからも、しばしば彼に言葉を聞いてきた。


 ディランにとっては、それは疎ましいものであった。同じことを何度も聞かれることも、母が他の大人たちと違うように見えることも。

 

「それ、この前も聞いていた」


 そう言った時の母の顔は、ひどく傷ついていた。

 

 まるで、抜けきらない棘草(ウルズィカ)の棘のように、その光景はいつまでも心に残っていた。


 母はその生活の大半を、アルバストゥル領の城に籠って過ごした。訪ねてくる客人にも会わず、いつも窓辺に立ち、哀しげに東の空を眺めていた。

 


 心待ちにしていたのは、年に一度のバルドの訪れ――。

 


 ディランとユーシャスは、その場を離れ、馬車へと向かった。ふたりが戻ると、マルコが恨めしそうな顔で、馬車の(とばり)から顔だけ出していた。


「どうしたの? マルコ」


 マルコが寝ている間に馬車を離れたので、()ねているのかと思ったが、どうもそうではなさそうだ。


「お尻が……」


 マルコは、涙目で訴えた。


「お尻?」


 ユーシャスとディランは、顔を見合わせた。


「さっき草むらでしゃがんでから、ずっとお尻がヒリヒリするんです!」


 下衣を降ろしながら見せたマルコの尻は、水ぶくれができ、真っ赤に腫れていた。


「サムエル!」


 ディランに呼ばれたサムエルは、何事かと顔を見せた。


「マルコの尻に刺草(ウルズィカ)の棘が刺さった」


 サムエルは一瞬、目を丸くして、次の瞬間には笑顔になった。笑い声が聴こえないのが、不思議なくらいの笑顔だった。サムエルは石鹸と手拭き布を持ってくると、マルコを肩に担ぎ川の方向へと歩いて行った。


「……私も、気をつけます」

 

 ユーシャスは恥ずかしそうに、腰に手をやった。

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