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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第十四章 辺境の旅
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085 揺れる馬車

 ディルムラートへ向かう隊商の列は、南回廊をたどり南西の方角へ向かっていた。ドナート商会の馬車は、辺境の家庭で冬の手仕事として織られる布を買い取りながら、目的地を目指していた。


 どこで咲いているのか、馬車の外では早咲きの白い花弁が風に揺られて飛んでいる。

 

 列の先頭には商会主たちの乗る馬車。続くのは、幌付きの荷馬車で、そこには大事な荷と古参の使用人たちが乗っていた。さらにその後には、幌のない荷馬車が続いている。


 護衛の傭兵たちは馬に乗り、隊列の周囲を警戒していた。警護の様子は、ディランの目から見ても、その動きは整然としており、警護長の手腕が見て取れた。フェルディナンド商会の馬車は、襲撃されにくい列の中央付近に配置された。

 

 マルコは馬車の中で、ユーシャスの隣に座り、しきりに話かけていた。二人は、すっかり打ち解け、楽しそうに会話を交わしていた。

 

「ユーシャス様は、どこで共通語(コムナ・リンガ)を覚えたんですか?」

「昔住んでいた家の近所に、大陸から流れついた方が住んでいたの。大人の人からは、近づいちゃだめだと言われたのだけれど……」


 家族のこと、国のこと、神殿のこと。フォローゼルの宮殿の話になることもあった。ユーシャスの語るフォローゼルの話からは、これまでどんな間諜からも得られなかった情報が浮かび上がってきた。

 

 ディランは時折、話に加わり、さりげなく必要な話題を引き出した。宮殿の構造や部屋の配置、警備の様子、出入りする人物の名前。――いずれも、ローダインにとって重要な手がかりであった。


 もっとも、フォローゼルに関して語られるのは、『外から見えるもの』に限られていた。内部の機密に触れる話は、知っていても語らないのか、それとも本当に知らないのか――。


 仮に彼女が王子の側にいたのなら、何かしら耳にしているだろう。それが、彼女が狙われる理由なのか、それとも別の理由があるのか。


 今の彼女は聡明であること、東国人であること以外に際立った特徴は感じられない。だが、あのバシリウスが、それだけで側に置くだろうか……。


 しかも、あの男は、彼女に特権的な腕輪まで持たせていた。側に置いたとは言っても、あの男が手を付けた風でもない。跡継ぎを渇望されるあの国で、もしそうだったなら、この娘は宮殿の外に出ることは不可能だっただろう。

 

 馬車ががたがた揺れるたび、マルコの顔は青ざめていった。

 

「馬車って、何でこんなに揺れるんですか?」


 サムエルがクッションを用意してくれていたが、それでも辺境の道は容赦なかった。


 振動に胃を突き上げられ、マルコは今にも吐きそうになっていた。そして以前の旅路でも、馬車でふらふらになったことを思い出した。

 

「気分が悪いなら、他の使用人と一緒に外を歩いてきたらどうだ?」


 ディランに言われ、マルコは革の(とばり)を少しめくって顔を出したが、すぐにまた引っ込めて、ユーシャスの隣にちょこんと座った。


 東国の若い娘と剣を持ったエル・カルド人のディラン。この奇妙な組み合わせは、隊商の使用人たちの間でも好奇の的であった。


 さすがに、商会主に剣を向ける人間に直接話しかける勇気のある者はなかったが、そのしわ寄せをマルコが受けた。二人はどこの誰なのか、何の目的で隊商に同行するのか。噂話に熱心な商会の女中たちに囲まれることに、マルコはうんざりした様子だった。


「ユーシャス様は、馬車で気持ち悪くなりませんか?」

「船よりは、マシよ」


 ユーシャスは、優しく微笑んだ。

 

「船って、そんなに揺れるんですか?」


「酷い時は、船室の天井に身体が叩きつけられるくらい揺れるそうよ。私が乗った時は、珍しく穏やかだったらしいけど、それでも船酔いは酷くて、みんな十日くらいは寝込んでいたの」

 

「そんなにですか?」

「陸に着いても、ずっと揺れている感じがしていたの」

  

 ユーシャスの話を聞いたマルコは、さらに顔色を悪くした。やがて、マルコは馬車の揺れに耐えきれず、口を押さえて、外へと飛び出した。


「マルコ!」


 道端の草むらにうずくまるマルコを見て、ユーシャスも後を追い、動く馬車から飛び降りようとした。ディランは急いで立ち上がり、後ろから抱き止めた。


 いくら馬車の動きはゆっくりとはいえ、すぐ後ろには次の馬車が走っている。後ろの馬車を操る御者が、ぎょっとした表情を見せた。


 この娘は大人しそうな顔をして、存外、大胆なことをしようとする。


「マルコなら大丈夫だ」


 見ると、どこかの女中がマルコの背中を擦っていた。後ろを行く馬車に視線を遮られながらも、しばらくすると隊商の列の隙間から、マルコが女中と一緒に歩いているのが見えた。ユーシャスは、ほっと胸を撫で下ろし、その場に座り込んだ。

 

 そこへ、柔らかな光と春の風が心地良く入り込んだ。馬車に差し込む陽射しに、ユーシャスの髪が明るく透けた。彼女の腰まで伸びた暁色に輝く髪も、肌の白さも、砦にいた真っ黒な髪と浅黒い肌を持つ東国人たちとは明らかに違っていた。


「東国人にしては、ずいぶんと明るい髪の色だな。家族の誰かが大陸の人間なのか?」


 ユーシャスは、はっと顔色を変え、フードを頭から被った。


「いえ、家族はみんな普通の黒髪です。私だけ、こんな変わった色で……。時々、私みたいな髪色の者が生まれるのだと、母から聞きました」


 彼女の行動から、この髪の色は彼女の国では、あまり好まれるものではないのだと感じた。


「別に、変な色じゃない。隠さなくていい。ここでは、さして目立たない」


 ユーシャスが、ほっとした表情でフードを下ろすと、再び髪は陽に透けて輝き、吹き込む風にそっと揺れた。どうやらラサリットという国は、民族的な均一性の高い人々のようであった。


 とはいえ、ローダインでは伝統的に金髪が好まれる。どこの国でも大なり小なり、同じようなことはあるのだろう。ローダインでは、男でも髪を陽に(さら)して、金色に染める者もいる。


 ――くだらない、とディランは思った。


 自分ではどうしようもない見た目のことで、あれこれ言われることも言ってくる人間にも。


 ――心底、うんざりだった。


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