083 紛らわしいやつら
帝国の人々は、辺境からディルムラートへ至るいくつもの街道をまとめて『南回廊』と呼んでいた。
大陸の中央にそびえる白い山を取り巻くように整備されたこれらの街道は、それぞれ『回廊』と称されている。辺境から帝都エゼルウートへ向かう『北回廊』、そこから商都ディルムラートへ向かう『西回廊』、そしてこのチルケの町は、『南回廊』の起点にあたる。
マルコは地面に両膝をつき、天に祈った。
「旅の神様。どうか、この手のかかる大人たちを連れて、無事ディルムラートまでたどり着けますように。お守り下さい」
ディランは腕を組み、地面に座ったまま、険しい顔でにらみつけた。
「誰が手のかかる大人だ」
マルコはぐっと口を結び、膝立ちでディランににじり寄った。
「あのですね。話しかけられている間に何かを盗むというのは、泥棒の常套手段です。僕の町なら子供でも知っていることです」
「それくらい知っている」
ディランは憮然とした表情のまま、地面に座り続けた。
「じゃあ……なんでユーシャス様が盗まれそうになったんですか!」
チルケの町は城壁を持たない市場町で、衛兵も住民の有志に過ぎなかった。そのため以前から、流れ者の出入りに頭を悩まされていた。
今朝、三人はクラーリク村を出発し、ユーリの操る馬車でこの町までやって来た。ユーリが用事を済ませている間、三人は通り沿いの路地で待っていた。
そのとき、事件は起こった。
いきなり路地で話しかけて来た男の胡散臭さに、初めは物取りを警戒した。だが次の瞬間、別の男が突然近づき、一瞬でユーシャスを肩に担ぎ走り出したのだった。
あまりに突然のことで、彼女は何が起きたかもわからずに、呆然としたまま担がれていた。
「ごめんなさい。私のせいで……」
逃げようとした男はすぐに捕まえ、ユーシャスも取り返すことができた。男たちを見る限り、ただの流れ者のようであった。
「ディラン様、ボコボコにしすぎです。戦場じゃないんですから、手加減してください。死んじゃいますよ!」
「あんな怪我、大したことはない。こっちは剣すら抜いていない。二人相手に、いちいち手加減していられるか。やられたくなければ、初めからこんなことをしなければいいんだ」
「そんなことが考えられるような頭なら、端からこんな馬鹿なことしませんよ。人をさらって売り飛ばそうなんて、普通は考えません」
「そんな連中、袋叩きにしても文句を言われる筋合いはない!」
「じゃあ、何で……何で僕たちは、三人まとめて牢屋に入れられてるんですか!」
三人は薄暗い牢屋の中、敷物もない地べたに座っていた。
騒ぎを聞きつけた町人が衛兵を連れてやってきた。話を聞かせて欲しいと言われ同行したが、そのまま詰め所の牢に入れられたのだ。
「うるさい。どうせすぐに出られる。いちいち騒ぐな」
「僕はまだ十一歳なのに、この年で牢屋に入れられるなんて……人生お先真っ暗だ。まだ隊商と合流すらしていないのに」
「マルコ、私も牢に入るのは初めてだから。思ったよりきれいだし、もう少しだけ我慢しましょう」
「ユーシャス様……」
マルコは口を歪めてユーシャスの膝に顔を埋めた。ユーシャスは怖がる子供をなだめるように、マルコの背中を撫でてやった。
その様子を見てディランは、マルコを連れて来たことを早くも後悔していた。
当のマルコは子供の特権とばかりに、ユーシャスの膝にしがみついている。
詰所の扉が開き、衛兵たちが何やら言い争いをしながら入ってくる。牢の鍵がガチャリと音を立てて開き、鉄の扉が開いた。
衛兵たちは牢の前で整列すると、ぎこちない動きで直立し、こわばった顔から汗を滴らせている。衛兵たちはディランたちを連れてきた、一人の若い衛兵を前へ押し出した。
「申し訳ございません! こいつは、この間入ったばかりの新入りでして……。ボドラーク砦の騎兵団長殿に、このような扱いを……」
隊長と名乗る壮年の髭面の衛兵は、蒼白な顔で鎧をガチャガチャ震わせながら直立していた。ディランは腰を上げ、小さな扉をかがんで出ると、衛兵から剣を受け取った。
「今はもう騎兵団長ではない。そいつは自分の仕事をしただけだ。叱ってやるな」
衛兵隊長は、ますます身体を固くして、声を上ずらせた。
「申し訳ございません。いつぞやは野盗狩りでお世話になりました。おかげさまでここのところ、この町も平穏だったのですが……」
三人が牢から出され、詰所の椅子に座ると、お詫びとばかりに飲み物が出された。マルコはぷりぷりと怒った態度を見せつけ、ユーシャスはお礼を述べて喉を潤した。
三人と入れ替わりに包帯を巻いた二人の男が、衛兵に連れられ牢に入った。不貞腐れて地べたに座る二人に、ディランは鋭い視線を投げかけた。
「お前たち、誰かに頼まれてこんなことをやったのか?」
男たちは、鼻で笑いながら地べたに寝転んだ。
「はあ? 誰かに頼まれたって? 馬鹿か、そんな事をしたら取り分が減るだろうが」
「そうだ、そうだ」
髭面の隊長は、呆れたように男たちに背中を向けた。
「あいつら、最近この町に来てウロウロしてたんですよ。町の人たちも気味悪がってまして……。捕らえていただいて助かりました」
どうやら、ただの流れ者のようであった。一度治安が乱れると、どこからともなくこういった連中が現れる。
(紛らわしい)
ディランは内心、毒づいた。もっとも、こんな街中で真昼間から人さらいをするような連中が、追手であろうとは思っていなかったが……。
ディランは牢にいる二人を見ながら、森での襲撃者を思い出した。彼らは、どこか奇妙であった。
自分が作戦を立てる側なら、例え襲撃者が倒されても追う人間だけは残しておくだろう。そして再度襲撃の機会を待つ。森の中の隠し小屋は、その絶好の機会であったはずだ。
だが、彼らは来なかった。
森で倒した三人は、手練れと言っていい腕前であった。だが作戦全体として見れば稚拙さが目立った。
素人じみた立案者と手練れの実行者――そのちぐはぐさが奇妙だった。一体、どんな相手が追ってきているのか、いまだに想像できなかった。
そこへ、ユーリが心配そうな顔で詰所に入ってきた。
「皆さん、お怪我はありませんでしたか? びっくりしましたよ。戻ったら、誰もいらっしゃらないのですから……」
それを聞いた牢の中の男たちが、鉄の格子を蹴飛ばし大声を出した。
「おい! 怪我をしたのがどっちかなんて、見りゃわかるだろうが!」
男たちは、まったく反省する様子も無かった。喚き散らす男たちに向かい、マルコは不敵な笑みを浮かべ、立ち上がった。
「お前たち、手を出す相手を間違えたな。いいか、この人は……」
得意気に語るマルコの口を、ディランの手が塞いだ。
「マルコ、相手にするな。時間の無駄だ」
マルコは、がっかりして口を閉じた。大人に対して偉そうに言える、滅多にない機会だったのに――。肩を落とすマルコを尻目に、ユーリは詰所の扉を開けた。暗さに慣れた目に、明るい光がまぶしく映った。
「さあ、皆さん行きましょう。隊商宿では、もう商人たちが集まっています。この辺境からディルムラートへ、織物の買い付けと運搬をしているドナートという男が率いる隊商です」
四人は詰所を後にし、隊商宿へと歩き出した。
彼らが出て行くと、髭面の隊長はへなへなと椅子に座り込んだ。
「……怖かった……」
若い衛兵は不思議そうに、椅子に座り込む隊長を見下ろした。
「そうですか? 先輩たちに聞いていた話と、全然違いましたよ。ずいぶんと穏やかな方でした。牢にも素直に入ってくれましたし、剣も自分から預けて下さいました」
「そりゃ、いざとなれば、お前一人ひねり殺すことも、ここから出ることも、あの方にとっちゃ朝飯前だろうしな。以前は、化け物みたいな傭兵たちを引き連れて、側へ寄っただけで斬り殺されそうな殺気を漂わせていたんだ。この辺にいた野盗たちも、近隣の国に逃げて行ったんだぜ」
「本当ですか? でもそんな方が、何で隊商なんかに……。 子供をお連れに、警護でもされるんでしょうか? 騎兵団長までされた方が、何か気の毒ですね」
「しょうがねえよ。兵士なんて、用が済めばお払い箱さ」




