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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第十三章 侵攻の爪痕
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081 孤児院

 翌朝、ディランからの手紙が頭から離れないまま、シルヴァは町へ向かう支度を進めていた。馬屋へ向かっていると、石畳の向こうから軽い足音が聞こえた。


 ウィラードだった。手紙が気になって仕方なかったのだろう。シルヴァの姿を見ると足を止め、思い詰めた表情を浮かべていた。


 本来ならば、手紙の内容についてどこまで話すか、父と相談すべきだった。だがシルヴァは、それをせずに手紙を差し出した。ウィラードに隠し事をするのは、自分が許せなかった。


 十五歳の少年に判断を委ねるのは、大人として卑怯かもしれない。けれど、シルヴァはウィラードを信じることにした。


 ウィラードは中庭にある石のベンチに座り、目を伏せながら手紙を読み終え、小さく息をついて言った。


「……わかった」


 その声には、すべてを受け入れる決意が感じられた。


「それでシルヴァは、これからどこへ行くの?」

「町だ。孤児院へ行く」

「……手紙の最後に書かれていたこと?」


 ウィラードも同行を申し出た。エル・カルドに来て五年、彼はその大半を城内で過ごしていた。七聖家の人間が城外を歩くのは、あまり歓迎されない。だが、ローダインの名のもとに作られた孤児院のことは、ずっと気にかかっていた。


 シルヴァの第六聖家は代々、町の管理を任されてきたが、外との関わりは形式的なものだった。だがシルヴァは違った。子供のころから城を抜け出して町へ通い、孤児院にもたびたび出入りしていた。


 二人は孤児院の前に馬を繋ぎ、鉄柵越しに中を覗き込んだ。子供たちが歓声を上げて遊んでいたが、シルヴァに気づくと次々に門へ駆け寄ってきた。


「おーい。ショーン先生はいるか?」


 一人の女の子が建物の中へ走っていき、間もなく布を頭に巻いた青年が現れた。年はシルヴァと同じくらい、無精髭をたくわえ、やけに仰々しく礼をしてみせる。


「第六聖家の〈アレスル(選ばれし者)〉様には、我が孤児院へのご足労、心より感謝いたします」

「……ショーン、心にもないことを」


 シルヴァが苦笑すると、ショーンは顔を上げてにやりと笑った。


「ばれたか」


 そして懐かしげに歩み寄り、拳で軽くシルヴァの腹をつついた。


 かつて、ショーン自身もこの孤児院で育った。エル・カルドで流行った病で両親を亡くし、ここに身を寄せたひとりだった。今では運営者として、子供たちを見守る側だ。


「シルヴァ、お前、またどこをふらついてたんだ?」

「ちょっと、いろいろあってな」

「まあ、お前なら“月に行ってた”って言われても驚かねえけどな」

「月はさすがに無理だろう」


 笑うショーンの視線が、シルヴァの後ろに立つ少年へ移った。


「おや、その坊ちゃんは……?」

「ローダイン皇弟子、ウィラード殿下だ」


 ショーンは一歩下がり、目を見開いた。


「お前、そんなことさらっと言うなよ……えっ、本当に、ウィラード殿下?」


 ウィラードは少し困ったように笑った。


「初めまして。そんなにかしこまらなくても……いきなり押しかけてごめん」

「い、いえ……その……たいへん、ええと、栄誉……です」


 挙動不審になるショーンをよそに、シルヴァは建物の中へと入っていった。部屋の片隅には、子供たちが遊んでいた木のおもちゃが転がっている。


「おーい、アリア、ミア、いるか?」


 声に応え、奥からふたりの少女が顔をのぞかせた。墓地で出会った子たちだった。今度はちゃんとシルヴァの顔を覚えていて、笑顔で駆け寄ってきた。


 しゃがみ込んだシルヴァは、優しく言った。


「お前たちが言ってたルーイとキアランだけどな、フィオンって子と一緒にいる。大事な仕事があるから外には出られないけど、元気にしてるから安心しろ」


「ほんと? フィオンもいるの? それなら大丈夫ね。フィオンは、もう大人だもん。ありがとう、〈アレスル〉のおじちゃん!」


「ありがとー、おじちゃん!」


 (おじちゃん……)


 思わず遠くを見つめるシルヴァに、入り口に立つショーンが吹き出した。


「しょうがねぇさ。俺たち、もうあの子らの親でもおかしくない歳なんだ」


 アリアは十歳くらい、ミアはそれより少し幼い。


 立ち尽くすシルヴァを横目に、ショーンは姿勢を正すと、改めてウィラードの前で膝を折った。


「この孤児院ができ、続いているのは、ひとえにローダイン皇帝アルドリック陛下のおかげです。利用者として、今は運営者として、深く感謝申し上げます」


「僕は何もしていません。でも、これからできることがあれば協力します。いま、子供は何人いるんですか?」


「十五名です」

「もともと、エル・カルドに孤児院はなかったと聞いています」


「はい。昔は、親を亡くせば周りの人間が面倒を見るのが当たり前でした。でも、流行り病でその“周りの人間”すら失われたんです。そこで作られたのがここです」


 ショーンは、目を細めて煤けた天井をそっと見上げた。


「そうでしたか……」


「ただ、気がかりなのは、ここを出た子たちのことですね。十五歳までしか居られませんから。出た後、どう生きていくか……」


 シルヴァがにやりと笑った。


「でも、孤児院一の問題児が今じゃ運営者だしな」


「はは、それ言うか? お前だって同類だろ。町をウロつく〈アレスル(選ばれし者)〉様なんて、前代未聞だ」


「好きでなったわけじゃねぇよ。……なんか、手伝えることは?」


「今は日々のことで手一杯だ。けど、七聖家がここの出身者を雇ってくれてるのは助かってる。それは今後も頼む。あとは飯と寝床が確保できりゃ、十分だ」


 そのとき、建物の奥から同じくらいの年頃の女性が姿を現した。


「ショーン、お客様? 奥へお通ししたら?」

「そうだな」

「いや、俺たちはもう帰るよ。お前を独占してると、子供たちが寂しがる」


「また来るから」と手を振り、シルヴァは外へ出た。ショーンが門まで見送りにくると、シルヴァはニヤつきながら肩を組んだ。


「今の人、誰だ?」

「婚約者だ。ここを手伝ってくれてる」

「そりゃあ、めでたい」


「彼女、一度嫁いだけど、子供ができなくて家に戻ったそうだ。それからここに通ってる。……俺には面倒みなきゃならねぇ子供が山ほどいるから、自分の子はいらねぇってな」


「……お前が結婚か」

「そっちも、そろそろだろ?」

「言うな」


 シルヴァとウィラードは馬にまたがり、ゆっくりと孤児院をあとにした。


 ウィラードがぽつりと尋ねた。


「シルヴァ、ディランの手紙のこと……言わなくてよかったの?」

「……あいつの手は煩わせたくねぇ。まずは、俺がドナルのところに行ってみる」


 ウィラードは小さくうなずいた。


 しばらくの沈黙のあと、シルヴァがつぶやく。


「そういえば、ウィルの聖剣のこと、放ったらかしだったな。今からグレインネのところへ行ってみるか。うまくいけばファーラ婆ちゃんと話せるかもしれねぇ」

「いいの?」


「……今のうちに、できることをやっておこう」


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