081 孤児院
翌朝、ディランからの手紙が頭から離れないまま、シルヴァは町へ向かう支度を進めていた。馬屋へ向かっていると、石畳の向こうから軽い足音が聞こえた。
ウィラードだった。手紙が気になって仕方なかったのだろう。シルヴァの姿を見ると足を止め、思い詰めた表情を浮かべていた。
本来ならば、手紙の内容についてどこまで話すか、父と相談すべきだった。だがシルヴァは、それをせずに手紙を差し出した。ウィラードに隠し事をするのは、自分が許せなかった。
十五歳の少年に判断を委ねるのは、大人として卑怯かもしれない。けれど、シルヴァはウィラードを信じることにした。
ウィラードは中庭にある石のベンチに座り、目を伏せながら手紙を読み終え、小さく息をついて言った。
「……わかった」
その声には、すべてを受け入れる決意が感じられた。
「それでシルヴァは、これからどこへ行くの?」
「町だ。孤児院へ行く」
「……手紙の最後に書かれていたこと?」
ウィラードも同行を申し出た。エル・カルドに来て五年、彼はその大半を城内で過ごしていた。七聖家の人間が城外を歩くのは、あまり歓迎されない。だが、ローダインの名のもとに作られた孤児院のことは、ずっと気にかかっていた。
シルヴァの第六聖家は代々、町の管理を任されてきたが、外との関わりは形式的なものだった。だがシルヴァは違った。子供のころから城を抜け出して町へ通い、孤児院にもたびたび出入りしていた。
二人は孤児院の前に馬を繋ぎ、鉄柵越しに中を覗き込んだ。子供たちが歓声を上げて遊んでいたが、シルヴァに気づくと次々に門へ駆け寄ってきた。
「おーい。ショーン先生はいるか?」
一人の女の子が建物の中へ走っていき、間もなく布を頭に巻いた青年が現れた。年はシルヴァと同じくらい、無精髭をたくわえ、やけに仰々しく礼をしてみせる。
「第六聖家の〈アレスル〉様には、我が孤児院へのご足労、心より感謝いたします」
「……ショーン、心にもないことを」
シルヴァが苦笑すると、ショーンは顔を上げてにやりと笑った。
「ばれたか」
そして懐かしげに歩み寄り、拳で軽くシルヴァの腹をつついた。
かつて、ショーン自身もこの孤児院で育った。エル・カルドで流行った病で両親を亡くし、ここに身を寄せたひとりだった。今では運営者として、子供たちを見守る側だ。
「シルヴァ、お前、またどこをふらついてたんだ?」
「ちょっと、いろいろあってな」
「まあ、お前なら“月に行ってた”って言われても驚かねえけどな」
「月はさすがに無理だろう」
笑うショーンの視線が、シルヴァの後ろに立つ少年へ移った。
「おや、その坊ちゃんは……?」
「ローダイン皇弟子、ウィラード殿下だ」
ショーンは一歩下がり、目を見開いた。
「お前、そんなことさらっと言うなよ……えっ、本当に、ウィラード殿下?」
ウィラードは少し困ったように笑った。
「初めまして。そんなにかしこまらなくても……いきなり押しかけてごめん」
「い、いえ……その……たいへん、ええと、栄誉……です」
挙動不審になるショーンをよそに、シルヴァは建物の中へと入っていった。部屋の片隅には、子供たちが遊んでいた木のおもちゃが転がっている。
「おーい、アリア、ミア、いるか?」
声に応え、奥からふたりの少女が顔をのぞかせた。墓地で出会った子たちだった。今度はちゃんとシルヴァの顔を覚えていて、笑顔で駆け寄ってきた。
しゃがみ込んだシルヴァは、優しく言った。
「お前たちが言ってたルーイとキアランだけどな、フィオンって子と一緒にいる。大事な仕事があるから外には出られないけど、元気にしてるから安心しろ」
「ほんと? フィオンもいるの? それなら大丈夫ね。フィオンは、もう大人だもん。ありがとう、〈アレスル〉のおじちゃん!」
「ありがとー、おじちゃん!」
(おじちゃん……)
思わず遠くを見つめるシルヴァに、入り口に立つショーンが吹き出した。
「しょうがねぇさ。俺たち、もうあの子らの親でもおかしくない歳なんだ」
アリアは十歳くらい、ミアはそれより少し幼い。
立ち尽くすシルヴァを横目に、ショーンは姿勢を正すと、改めてウィラードの前で膝を折った。
「この孤児院ができ、続いているのは、ひとえにローダイン皇帝アルドリック陛下のおかげです。利用者として、今は運営者として、深く感謝申し上げます」
「僕は何もしていません。でも、これからできることがあれば協力します。いま、子供は何人いるんですか?」
「十五名です」
「もともと、エル・カルドに孤児院はなかったと聞いています」
「はい。昔は、親を亡くせば周りの人間が面倒を見るのが当たり前でした。でも、流行り病でその“周りの人間”すら失われたんです。そこで作られたのがここです」
ショーンは、目を細めて煤けた天井をそっと見上げた。
「そうでしたか……」
「ただ、気がかりなのは、ここを出た子たちのことですね。十五歳までしか居られませんから。出た後、どう生きていくか……」
シルヴァがにやりと笑った。
「でも、孤児院一の問題児が今じゃ運営者だしな」
「はは、それ言うか? お前だって同類だろ。町をウロつく〈アレスル〉様なんて、前代未聞だ」
「好きでなったわけじゃねぇよ。……なんか、手伝えることは?」
「今は日々のことで手一杯だ。けど、七聖家がここの出身者を雇ってくれてるのは助かってる。それは今後も頼む。あとは飯と寝床が確保できりゃ、十分だ」
そのとき、建物の奥から同じくらいの年頃の女性が姿を現した。
「ショーン、お客様? 奥へお通ししたら?」
「そうだな」
「いや、俺たちはもう帰るよ。お前を独占してると、子供たちが寂しがる」
「また来るから」と手を振り、シルヴァは外へ出た。ショーンが門まで見送りにくると、シルヴァはニヤつきながら肩を組んだ。
「今の人、誰だ?」
「婚約者だ。ここを手伝ってくれてる」
「そりゃあ、めでたい」
「彼女、一度嫁いだけど、子供ができなくて家に戻ったそうだ。それからここに通ってる。……俺には面倒みなきゃならねぇ子供が山ほどいるから、自分の子はいらねぇってな」
「……お前が結婚か」
「そっちも、そろそろだろ?」
「言うな」
シルヴァとウィラードは馬にまたがり、ゆっくりと孤児院をあとにした。
ウィラードがぽつりと尋ねた。
「シルヴァ、ディランの手紙のこと……言わなくてよかったの?」
「……あいつの手は煩わせたくねぇ。まずは、俺がドナルのところに行ってみる」
ウィラードは小さくうなずいた。
しばらくの沈黙のあと、シルヴァがつぶやく。
「そういえば、ウィルの聖剣のこと、放ったらかしだったな。今からグレインネのところへ行ってみるか。うまくいけばファーラ婆ちゃんと話せるかもしれねぇ」
「いいの?」
「……今のうちに、できることをやっておこう」




