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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第十三章 侵攻の爪痕
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080 手紙

「フェルディナンド商会の手紙……請求書か? 親父、何か買ったのかな」


 シルヴァは小さく首をかしげ、誰にともなくつぶやいた。門番は遠慮がちに言葉を継いだ。

 

「あの、……使いの方がマイソール卿ご本人に直接手紙をお渡ししたいと申しておりまして……」


「そうか。俺が連れて行くよ。わざわざ来てもらって悪いな」


 シルヴァは門の方へと足を向けた。そこには、大きなつばの帽子を深く被った、小柄な男がひとり立っていた。どこか曖昧な印象の、記憶に残りにくい顔立ちだった。


「おーい、こっちだ。俺はマイソールの息子だ」


 男は静かに一礼し、穏やかに言った。


「シルヴァ様ですね。存じております」


 その言葉に、シルヴァは少し眉をひそめた。『存じている』と言われたが、男の顔にはまったく見覚えがなかった。


 とはいえ、商会の人間なら仕事のどこかで顔を合わせていてもおかしくはない。


「これを、お父上にお渡しいただけますか?」


 男は手紙をマントの下の平たい革袋から取り出し、丁寧にシルヴァの手に握らせた。


「俺が届けるってんなら、一緒に来れば――」

「いえ、シルヴァ様なら信用できます。私はこれで」


 男はそれだけ言い残すと、夕闇に紛れるように去っていった。


 手紙に書かれた名前を見て、シルヴァは眉をひそめる。


「請求書かと思ったらディランからか。あいつ、何で手紙なんか……。ドナルのところで、何かわかったのかな。ウィル、どうする? 一緒に来るか?」


「僕は、今日はやめておくよ。僕が行くと、マイソール卿も気を遣うだろうし……」

「そうか。じゃあ、わかったことは明日にでも伝える」

「うん。……ありがとう」


 ウィラードが石畳の道を去っていくのを見送ると、シルヴァは屋敷へと歩を進めた。


 屋敷の扉を開けると、居間にはロウソクの淡い光が灯っていた。マイソール卿は長椅子に腰かけ、肘に頭を預けて何かを考え込んでいた。シルヴァは、手にした封書を差し出した。


「親父、いつからディランと手紙のやりとりなんかしてたんだ?」

「馬鹿を言え。これが初めてだ。……ようやくドナルの館での調べがついたのだろう」


 マイソール卿はそれを受け取ると、無言のまま封を切り、中の文を目で追った。


 次第に、その顔が強張っていく。やがて読み終えると、無言のままシルヴァに手紙を手渡した。


「……やはり、魔道符に関する一連の首謀者はドナルのようだな」

「ドナルが? なんでそんなことを……」

「読めばわかる。理由も書いてある」


「ちょっと待ってくれよ。そんな早く読めねえって。えっと……『エル・カルドに、もう一度結界を張る』? 何だそれ……」


 マイソール卿は、顔をしかめて深く息を吐いた。


「信じられん。今さら昔に戻るなど……」


 結界に包まれていた頃のエル・カルド――外からの攻撃の心配もなく、内部の平穏を保っていた日々。だがそれは同時に、外との断絶でもあった。


 物は乏しく、町の者は必ずしも豊かではなかった。一方で、七聖家はその中でも物資を優先的に手に入れており、みなそれが当たり前のことと思っていた。


 今、結界は失われ、外界と通じたことで、町の生活は劇的に変わった。豊かさと活気が流れ込んできた今、あの頃に戻りたい者など、どれほどいるだろうか。


「……それで、ドナルはどうやって結界を?」

「ドナルの城外の屋敷には、すでに小規模ながら結界が張られている」


 シルヴァは、思わず目を見開いた。


「あいつ、……結界なんて、どうやって……」


「それも手紙にある。ドナルのもとには、魔道符を作れる者がいるという。かつて七聖家の誰かに仕えていた人物らしい」


「だけど、屋敷と国全体とじゃ規模が違うだろ? さすがに無理があるんじゃ……」


「だからこそだ。ドナルは聖剣をすべて集めようとしている。聖剣の力が、国全体に結界を張る鍵なのだろう」


 シルヴァは沈黙し、手紙の続きを目で追った。


 そこには、ドナルと接触していた人物の名が記されていた。


『神官ネイリウス』


 だが、その名に聞き覚えはなかった。マイソール卿も、首を横に振る。


「証拠は無いが、今回の侵攻も――ドナルの意図が働いている可能性が高いと、ディランは書いている」


 シルヴァは、ゆっくりと手紙を閉じた。


「……親父。この件、今度の会合で取り上げるんだろ?」


「取り上げて、どうするつもりだ」


 マイソール卿の声には、重い諦念があった。


「もしドナルが本当に敵を引き入れたとなれば、……死罪だってありうる。やつのやったことは、それほど重い」


「だったら、処罰するしか――」


 だが、言い切る前にマイソール卿が遮った。


「……エル・カルドには、〈アレスル(選ばれし者)〉を裁く法が存在しない」


 その言葉に、シルヴァは呆然とした。


「冗談だろ……? じゃあ、ドナルはお咎めなしってのか?」


 マイソール卿は、唇を結び、拳を握ったまま黙り込んだ。


「……やっぱり、魔道書が奪われたのも、ドナルの仕業なのか?」


 シルヴァが沈黙を破った。


「ドナルがフォローゼルに魔道書を渡す理由って、何だ? 第四聖家の聖剣を手に入れるためか? その対価として?」


 マイソール卿は、しばし目を閉じた後、静かに首を振った。


「わからん。そこまでは書かれていない。……おそらく、ディランも魔道書の略奪までは知らないのだろう。だが、フォローゼル側に魔導書を欲する者がいるのなら、聖剣もそう易々とは手放さぬはずだ」


 シルヴァは釈然としない面持ちのまま、手紙の最後の一文まで読み通し、そっと封を閉じた。


「……親父。俺、明日もう一度、町へ行く。――孤児院に」


 マイソール卿は、わずかに目を細めてシルヴァを見た。


「前に話していた件か」

「ああ」


 あの雪の朝、エディシュと訪れた墓地を掃除していたふたりの少女。彼女たちが、心配していた子どもたちがドナルの館にいたとは。


 ロウソクの火が、小さく「ジッ」と音を立てた。

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