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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第十三章 侵攻の爪痕
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079 被害調査②

 ウィラードとシルヴァは、第二聖家を後にして、シルヴァの屋敷へと向かった。シルヴァはぐったりとした様子で呟いた。


「あーびっくりした。まさかジェレイントが、あんな思い込みの激しいやつだとは思わなかった。ディランが聞いたらブチ切れるぞ」

「そうだね」


 ジェレイントには、ウィラードも苦笑いするしかなかった。彼は、ただ兄の幸せを願っているのだろうが、ちょっと一人で暴走しているようだ。


「シルヴァはジェレイントさんと、あまり交流が無かったの?」


「そうだな。俺はよく一人で町へ遊びに行ってたけど、あいつはドナルに叱られるからと言って城外へ出ることはなかった。子供で五歳違うと一緒に遊ぶことは難しいしな。大人になってからは、俺が国にいなかったし……。でも、あいつが第二聖家の代表なら、一緒に国の話も出来たかもしれないな」


 ウィラードは、シルヴァの顔を見ながらうなずいた。ジェレイントは、ちょっと落ち着きはないが、人の幸せを考えられる人間に見えた。


 城の鐘が賑やかに鳴り響いた。昼の合図である。

 

「お、もう昼か。昼飯食ったら、次は町へ行くか」


 ふたりは簡単な昼食を済ますと馬屋へ行き、それぞれの馬を引き出した。馬に乗り、石畳の続く町中の一軒の家へとやって来た。


 窓に油紙が張られた家々の中で、昔ながらのガラスを組み合わせた窓のある、ひときわ立派な家であった。町のまとめ役、ハウェルの家である。


 シルヴァとウィラードは、玄関脇の駒繋(こまつな)ぎに手綱を結わえ、扉の叩き金を三度叩いた。扉が開くと、中年の女性が中へ案内してくれた。書き物をしながら暖炉の前に座る中年の男は、シルヴァとウィラードの姿を見て、慌てて立ち上がった。

 

「これはこれは。七聖家の方が、わざわざお越し下さるとは……、ウィラード殿下まで。体調はもうよろしいので?」


 対外的には、ウィラードの体調不良により聖剣の儀は延期になったということになっていた。ウィラードもなにげに話を合わせた。


「ええ、もうすっかり良くなりました」


 シルヴァに関しては、普段から国を空けていたせいか、いなくなっても誰も気にしていなかったようだ。

 

「ハウェル、久し振りだな。無事でよかった」

「ええ。今回は、フォローゼルの連中も大人しいものでしたよ。家から出ないように言われて、皆ちゃんと従いました」


 このハウェルという男は、この歳のエル・カルド人には珍しく共通語(コムナ・リンガ)を理解したため、町のまとめ役を任されていた。

 

「町の被害状況を聞きに来たんだが」

「彼らは、町を素通りしていきましたから、特にこれといった被害はありません。今回は、フォローゼルも通訳を連れて来ていましたよ」


 ハウェルは、シルヴァとウィラードに暖炉前の椅子を勧めた。彼は二十五年前の侵攻を経験していた。前の侵攻では怪我人もずいぶんと出たが、今回はそれもほとんどなかった。せいぜい逃げる時に、慌てて転んだ者が数人、発生したくらいだった。


 ただし町の外の農地にいた者が逃げたまま、まだ帰ってきていないという報告は受けていた。だがそれも、いずれ帰って来るだろうとのことであった。

  

「そうか、たいした被害が無くてよかった」


 ハウェルは険しい表情のまま、ためらいながら口を開いた。


「シルヴァ様。城内にキリアン様のご子息が来られているとうかがいましたが」

「ディランか? あいつなら、城外のドナルの屋敷にいるそうだ」

「そうですか。こちらへは、いらっしゃらなかったのですね。それはよかった」


 ハウェルは、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「あいつが、どうかしたか?」


「はい。私は二十五年前の侵攻の時、キリアン様と一緒に、フォローゼルへと連れて行かれました。フォローゼルではキリアン様に、ずいぶんとお世話になりました。その時のお礼を申し上げることができればと思っていたのですが、今さらこのような話をお聞かせするのも、もしかしてご迷惑かとも……。城外の者が、こちらからお声がけするのも(はばか)られ……」


「……そうか。じゃあ、ディランが戻って来たら俺が連れて来るよ」

「本当ですか? しかし、ご迷惑では……」

「ハウェルさん。少しうかがっても良いでしょうか?」

「ウィラード殿下。何なりと」


「僕は、ずっと疑問に思っていたのですが、何故ディランの父君はフォローゼルへ連れて行かれたのですか? 七聖家の人々は普段、城内にいるものですよね。ディランの母君もそうだ。アルドリック陛下が会われた時、セクア殿は森で一人だったそうですが」


「それは、エル・カルドに異変が起こった時の、当時の〈アレスル〉の方々の取り決めであったかと」

「どんな取り決めがあったんだ?」


「私もキリアン様からお聞きしただけですが……。まず、エル・カルド内に異変が起こった時は、各家の〈アレスル〉が聖剣を持ち、それぞれの持ち場に赴くことになっていたそうです。セクア様は森の方角、キリアン様は町へ、他の方々にも受け持ちの場所があったそうです。ただ、あくまで結界がある前提の話でした。いえ、結界が無くなっているなどと、誰も思いもしなかったのです」

 

「ハウェルさんはエル・カルドへ戻ることが出来たのですよね。ディランの父君は、何故帰ることが出来なかったのですか?」

「……それは……」


 ウィラードの問いに、ハウェルは明らかに迷っていた。言うべきか、言わざるべきか。――しばらくして、ぽつりと漏らした。


「……イリス様が……」

「イリス将軍……フォローゼル国王の妹君ですね?」


 ウィラードの問いに、ハウェルは静かにうなずいた。


「今はどうされているのでしょう? ずっと消息を聞きませんが……」


 だがハウェルは目を伏せたまま、何も答えなかった。

 

 シルヴァとウィラードは、仕方なく外へ出た。

 

 沈み込むふたりとはうらはらに、町の中では子供たちの無邪気に遊ぶ声が聞こえていた。


 ふたりは、町外れに設けられた軍の天幕を訪れ、エル・カルドの被害状況を報告した。部隊長はふたりの来訪を歓迎したが、ウィラードの表情は晴れなかった。


「殿下、町で何か言われましたか?」


 部隊長が問いかけると、ウィラードは小さく頭を振った。


「ううん、特には……」


 ハウェルの言葉が気になってはいたが、人に話すようなことではないとも感じていた。隣に座るシルヴァを見たが、やはり口を閉ざしていた。


 天幕の奥から若い兵士が、湯気の立つ葡萄酒を持って現れた。皇弟子の訪問に、緊張した面持ちで杯をテーブルに置いた。


「私たちは、いろいろ言われましたよ。もっと早く来られなかったのかとか、なぜ侵攻を防げなかったのかとか……。――そもそも、エル・カルドが軍の駐留を許していれば、こんなことにはならなかったんじゃないかと思うのですが」


 部隊長の言葉に、ウィラードは眉を曇らせた。


「そういえば、門番は? どうして跳ね橋を下ろしてしまったの?」

「それが……」


 部隊長は眉をひそめ、皮肉げに肩をすくめた。


「普段から夜になると門番は詰所に籠もりきりで、見張りも立てず、詰所でぬくぬくしていただけらしいんです。気づけばフォローゼルの兵が跳ね橋を下ろしていたと。まるで夢でも見ていたようだ、と言ってましたよ」


 苛立ちが滲む部隊長の声に、天幕の空気が重くなる。


「信じられません。見張りもいないとは……。門さえ守られていれば、我々が着くまで城は持ちこたえたはずなんです。それを……」


 部隊長は拳を握り締め、シルヴァは苦笑いした。


「今まで何もなかったのが、逆に災いしたのかもな。これまではボドラーク砦の連中が、フォローゼルも野盗も一掃してくれていたから」


「ゼーラーン将軍が引退されて、あそこの人間も入れ替わりましたから、その隙を突かれたのでしょう。……ところで、城の警備の責任者は、どなたですか?」


 ウィラードは小さく首をかしげ、隣のシルヴァに視線を送った。シルヴァはしばし考え込み、やがてあっさりと言った。


「……決まってないな」


 部隊長は、言葉を失ったように目を見開いた。常識では考えられない事態だった。


 沈黙の中で、部隊長は渋い顔をした。


「……あり得ません。城の警備に責任者がいないなんて。組織として成り立っていない」


 そもそも――この国には、戦うための仕組みがなかった。


 エル・カルドの城門も堀も、元々は町の民と距離を置くために築かれたもの。外敵を防ぐ防衛施設ではない。国を開いて二十五年が経つ今も、軍備は形ばかりのままだった。


「エル・カルドの人たちは、昔から剣を持つことは野蛮だって。……結界が国を守っていた頃から、人々の気持ちは何も変わっていないんだ。戦を忘れた人たちには、戦をする人間の気持ちもわからないだろうね」


 ウィラードはやりきれない思いを押し込め、少し冷めた葡萄酒を手にした。部隊長は、指で頬を掻きながらぽつりと呟いた。


「……ここの守り、根本から考え直す必要がありそうですね」


 そのとき、天幕の外から人馬の足音が近づき、ざわめきが聞こえた。部隊長は席を立ち、「失礼します」とだけ残して外へ出た。


 すぐに戻ってきた彼の顔は、わずかに緊張を帯びていた。


「殿下、シルヴァ様。アルト様の捜索隊から報告がありました。東国の使節団の馬車が、この先の森で襲撃されたそうです」


「東国の……使節団? 無事なのか?」


 シルヴァの声が鋭くなる。


「いえ、それが……生存者は確認できなかったとのことです」


「……そりゃ、気の毒に。遠くから来て、その結末じゃあ、死んでも死にきれねえな」


 その後もしばらく、部隊長の憤り混じりの愚痴を聞く羽目になり、ようやく天幕を出たころには、太陽は西の空に傾いていた。

 

 ふたりが城内へと戻り、馬を馬屋に預けていると、門番の男がシルヴァに声をかけてきた。


「シルヴァ様。フェルディナンド商会の使いが、手紙を届けに来ております」

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