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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第十三章 侵攻の爪痕
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078 被害調査①

 シルヴァとウィラードが第二聖家の扉を叩くと、灰色の服を着た中年の男が応対した。


「お待ちしておりました。シルヴァ様、ウィラード殿下も。どうぞ、お入り下さい」


 二人は落ち着いた調度品が並ぶ応接室に通されると、柔らかなクッションの長椅子に座った。そこへドナルと同じ黒い長衣を着た、二十代半ばの男が入って来た。


 ドナルと同じ金色の髪を持っていたが、表情は人懐こい。堂々とした風貌のドナルに比べると、年の離れた弟のジェレイントは、ごく平凡な男に見えた。ジェレイントは、二人の正面に腰掛けた。


「シルヴァ、元気で良かった。魔道の事故でどこかへ行ってしまったと聞いて、ずいぶん心配したんだよ。ウィラード殿下も、お元気そうで良かった」

「悪かったな、ジェレイント。心配かけて」


 シルヴァは内心、流刑地へ飛ばされたのは、ドナルのせいではないかと思っていた。だが、この年の離れた弟は、まったく兄のことを疑っていない。

 シルヴァは素知らぬふりでジェレイントに尋ねた。


「ドナルは?」

「兄さんなら、まだ帰っていないよ。熱が出て寝込んでいるらしいよ。――水に落ちたって」

「水? 川かなんかに落ちたのか?」

「詳しいことは、よくわからないけど……。知らせに来た衛兵には、グレインネの薬を持たせたよ」

「そうか、災難だったな。それで、魔道書が奪われたって?」


 ジェレイントは悔しそうにうつむいた。

 

「そうなんだ。魔道書は鍵を掛けた書庫に入っていて、僕も普段近づくことはないから、気が付くのが遅くなってしまって……」


「他に、盗られた物はないのか?」

「それがないんだ。魔道書だけ」

「嫁さんや子供は、無事だったのか?」


「うん。フォローゼルの奴らが来た時、城内にいた人間は全員、城のホールに集められて一晩過ごしたんだ。その間に持ち出されたようだ」

「ずいぶんと、お行儀のいい略奪だな。しかも、そんな場所にあるものをわざわざ持っていくなんてな。他の金目の物には一切、手を触れず」


 シルヴァにとっては、ドナルに対する精一杯の嫌味のつもりであった。

 

「お行儀がいいだって? とんでもない! あのバシリウスっていう王子、城のホールで男の首を刎ねたんだよ! どれだけ怖かったか。それにシルヴァ、どういうことだ? フォローゼルの奴らは、魔道書の在り処を知っていたとでもいうのか?」

「それ以外に何がある?」


「あいつら、どうやって魔道書の在り処を知ったんだ? 何であいつらが魔道書なんか欲しがるんだ? もしかして、フォローゼルの奴らの中にも、魔道を使う者がいるのか? 魔道で探ったのか?」


 シルヴァは驚いてジェレイントを見返した。シルヴァは、端からドナルがフォローゼルに魔道書の在り処を教えていたと考えていた。


 しかし、兄に微塵の疑いも持たない彼にすれば、フォローゼルが魔道を使って魔道書の在り処を探ったという考えになるらしい。

 ――そう言われれば、その可能性もないわけではない。シルヴァは微動だにせず、考え込んだ。


「シルヴァ、大丈夫?」

 

 ウィラードが、シルヴァの耳元でささやいた。


「ああ、俺にはもう、何が正しいのかわからない」

「今はまだ、どの考えも確定しないよ。何の証拠も無いんだから。でも可能性としては、彼の言い分にも一理あると思うよ。もう少し、何かわかればいいんだけど……」


 ウィラードもまた、ドナルを疑ってはいたが、彼が何のためにこんなことをしたのかと言われると、まったくわからなかった。魔道を国外へ出さないというのはローダインとの約定であった。


「ジェレイントさん。ここの魔道書は、どういったものだったのでしょう?」


「お恥ずかしい話ですが、私は兄と違って魔道書のことなど何もわかりません。魔道書も家のことも、兄がすべて取り仕切っておりまして……。その兄も、昔の魔道書を写したり、修理したりしているだけだと言っていました。昔の紙は風化しやすくて、定期的に新しく書き写さなければならないと言っていました」


 流刑地の老人たちは言葉が変わるから書き直すと言っていたが、それ以外にも本自体の耐久性の問題もあるようだ。


 今でこそ東国から質の良い紙が入ってきているが、それまではエル・カルド内か流刑地で賄っていたのだろう。その品質は必ずしも良いものでは無かった。


 ウィラードが流刑地で、古い書物を手に取ろうとして止めたことも、一度や二度ではなかった。下手に触れば崩れてしまいそうな書物が、何冊もあった。

 

「ジェレイントさん。魔道書が置いてあった部屋を見せてもらえないでしょうか?」

「構いませんよ。どうぞ、お好きに」


 ジェレイントは立ち上がると、二階の部屋へと案内した。部屋の扉は破られていた。少なくとも見た目の上では略奪に見える。


「ここです。普段は鍵が掛かっていて、鍵は兄が持ち歩いていました」


 シルヴァとウィラードが案内された部屋は、鎧戸が閉じられ真っ暗だった。部屋の中には空になった書棚が並んでいた。


「ウィル、空っぽだ。見事に全部持って行ったんだな」

「そうだね。これだけの広さだと、かなりの量の魔道書になるね」

「ちなみに、ジェレイントが言ってたみたいな、遠い場所を探る魔道ってあるのか?」

「遠見の魔道はあったよ。ただ、人間関係を壊すって理由で、禁術扱いになっていた」


 ウィラードは、流刑地で読んだ魔道書の数々を思い出した。

 

「そうだよな。のぞきみたいなもんだよな。やっぱり、魔道が使われる世の中って、俺には想像できない」

「うん。誘惑に負けて、遠見の魔道を使った娘の話が書いてあったよ。好きになった人の姿をどうしても見たくて禁を破った娘の話。その子は七聖家の子だったんだけど、流刑地に送られたって書いてあった」


「かわいそうにな。魔道なんて知らなきゃ良かったのに。あるとわかれば使いたくなるのが人情だ」


 シルヴァとウィラードは、部屋の中を隅から隅まで見回した。だが、特に変わった様子は見られなかった。

 

「ジェレイントさん。魔道書があったのは、ここだけですか?」


「実は、兄は城外にも屋敷を持っていて……。ここの書蔵庫がいっぱいだからと、そこへも置いていたようです。ただ私は、そこへ行ったことがなくて詳しいことは……」


「そうですか」

「ディランが行っている所だ」


 シルヴァは、そっとウィラードに耳打ちした。


「ディランが?」


 ウィラードは思わず声を出していた。それを聞いたジェレイントは不思議そうに首をかしげた。


「あの……ディランって、第四聖家のキリアンの息子さんですよね。ずっとローダインにいた人ですよね。そんな人が、兄の所で何をされているのでしょうか?」


「さあな、魔道の勉強でもしてるんじゃないか」


 シルヴァは、心にもないことを言ったと思った。ディランは、ドナルのことを調べるために潜入したと、父親から聞いていた。


「本当に、それだけだろうか」


 この男にしては珍しく、何かに疑問を抱いているようであった。


「僕は幼い時に母を亡くしていて、それから兄はずっと僕の親代わりだったよ」


 ジェレイントは、しみじみとした表情で語った。


「〈アレスル(選ばれし者)〉としての役割と、僕の面倒とで、兄は自分のことをすべて後回しにしてきたんだ。そろそろ兄も、自分の幸せを求めても良いのではないかと思っているよ」


 急に饒舌になったジェレイントに、シルヴァは困惑した。


「……それは、そうだな」

「遠目でしか見られなかったが、ずいぶん美しい方とお見受けした」

「……おう」


 シルヴァにじわりと嫌な予感がよぎった。警戒するシルヴァをよそに、ジェレイントは恥ずかしそうにつぶやいた。

 

「あの方に、そのまま兄と一緒に暮らしていただくことはできないかな?」

「いや、あいつ男だから。遠目じゃなくて近くで見ろ」

「兄さんが気に入った人なら、それでもいいよ」


 シルヴァは、驚愕のあまり開いた口を両手で覆った。

 

「ない、ない、ない! お前、正気か? 何でそういう話になる」

「駄目かい? うちには、跡取りとなる娘がいるので、兄には好きにしてもらえたらと思っているよ」


 ジェレイントは、自分の考えに陶然とした面持ちを見せた。


「……お前、殺されたくなかったら、その話は絶対にするな。城のホールで首を刎ねた男と斬りあった奴だぞ!」

「えっ! そんな恐ろしい人なのか? 兄は大丈夫だろうか」


 ジェレイントは両手で頭を押さえた。

 

「落ち着け。大丈夫だから熱が出たと言ってきたんだろう。少なくとも、首と胴はつながっている」

「ああ、そうか。よかった」


 シルヴァとウィラードは、思わず顔を見合わせ、肩をすくめた。

 

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