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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第十三章 侵攻の爪痕
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076 一難去って

 朝早くから、エル・カルドの城内は騒然としていた。外では、衛兵が慌ただしく動き回り、馬が出て行く音が聞こえてきた。その音を寝床でぼんやり聞いていたシルヴァは、父親であるマイソール卿に叩き起こされた。

 

「何だよ騒々しい。もう少し寝かせてくれよ」

 

 自分の部屋の寝台は、ふわふわとして温かい。できることなら一日中、このまま横になっていたかった。昨日は流刑地での疲れが出たのか、一日中眠り続けていた。


 夜になり、流刑地での出来事を父親に話しただけで、またすぐ眠りについた。なかなか疲れが取れなかったが、侵攻で混乱に陥っている国の中で、ゆっくり寝ている訳にもいかないかと、夢うつつで考えていた。

 

「馬鹿者、起きろ! 大変なことになった」

「何だよ……」


 この地が侵攻を受けたこと自体、『大変なこと』なのに、さらに何が起こったというのか。シルヴァは、あくびをしながら、渋々体を起こした。

  

「アルトが、いなくなった」


 父親の言葉に、シルヴァは口を開けたまま動きを止めた。


「……どういうことだよ。葬儀までは城に安置してあるはずだったんじゃないのか?」

「どうやら自分で歩いていったらしい」

「……冗談だろ? 親父」


 シルヴァの、ぼんやりとしていた頭が一気に目覚めた。

 

「冗談ではない。見た者がいるのだ。死に装束を身に着け、裸足で歩いていく少年の姿を」

「……まさか」

「その、まさかだ」


 シルヴァはあからさまに嫌な顔をした。

 

「やめてくれよ、そういうの苦手なんだ。夜眠れなくなる……それは誰が見たんだ? 酔っぱらいの戯言じゃないだろうな?」

「いや、町の外を見廻りしていたローダインの兵士たちが見たのだ。それに、目撃者は一人ではない。アルトは東の方角へ向かったらしい」

「まさか、俺に追いかけろとか言わないよな」


「バカ者。お前にそんな暇があると思うか。アルトの行方は、ローダインの兵士に捜してもらうしかあるまい。儂は、ミアータの様子を見てくる。アルトの事で辛いのは分かるが、国がこんな時だ。七聖家の務めは果たさなきゃならん。第一聖家には、ミアータしかおらんのだから。お前は、家で来客の応対をしろ」


 父親の言葉に、シルヴァははっとした。


 第一聖家に、ミアータ夫人の子供はアルトしかいなかった。そのアルトが亡くなった以上、この先、第一聖家を継ぐのは誰になるのだろう。


 現時点で血縁のあるものは、ミアータ夫人の妹の子であるウィラードだけだ。だが、ここの大人たちは、それを望んでいない。そうなると、彼らは何らかの手段で、第一聖家の血筋の者を捜してくるのだろうか。


 シルヴァは身支度と朝食を済ませると、居間で何をするでなく座っていた。昨日、一日寝ていたのに、何故か疲れが取れなかった。


(年かな……)


 最近、身体の疲れが取れにくくなったような気がする。こういう時は子供の頃、親父に教わった……。


「よし、()()を作るか」


 シルヴァは調理場へ行き、材料の在庫を調べた。矢車菊(カンタリオン)香水薄荷(メリッサ)、蜂蜜に漬けたベリー類、干しイチジク、チャイブ、大蒜(ベリ・ルク)、ヤギの乳、その他適当に季節によって手に入るもの。牛の生肝はなかったので、それは諦めた。


 作るのは、第六聖家秘伝の飲み物。


 元は、薬草師である第五聖家に、代々伝わるものだったらしい。それを第五聖家出身の母が作り、母亡き後は父親が自分好みに配合して飲んでいた。もしかすると、原型を留めていないのかもしれないが、シルヴァにとっては数少ない家族三人の記憶であった。


 以前、砦でディランに飲ませようとして、調理場への出禁を喰らった。あれは、そんなに怒られるようなことだったのだろうかと、シルヴァは不満だった。


 (あいつは食い物に神経質過ぎる)


 シルヴァは、ぶつぶつ言いながら、すり鉢を引っ張り出した。そこへ刻んだ材料を放り込んでいると、年配の使用人が来客を知らせに来た。


 玄関へ行くと、ローダインの援軍の部隊長だという男が、通訳を伴い待っていた。彼らは、城内に入るに当たり、鎧も武器も外し、平服にマントという姿でやってきた。彼らなりの、七聖家への敬意の表し方なのだった。部隊長は、シルヴァが共通語(コムナ・リンガ)を話せるとわかると、胸をなで下ろした。


 彼らは、フォローゼルによって(さら)されていた、男の首を回収したと報告にきた。あれがあったせいで、町の人間は誰も外へ出ようとしなかったそうだ。


 その後、町の被害状況を調べているようだが、警戒されているらしく、調査はあまり進んでいないと話していた。ローダインから移住してきた人々に話は聞いたものの、被害の全容が掴めず困っている様子だった。


 元からのエル・カルドの住民と、ローダインからの移住者とは、必ずしもうまくいっているわけではないのだった。


 町の被害状況の調査については、後で自分が協力すると言うと、部隊長は感謝しながら帰って行った。勝手に返事をして、また父親にどやされるとも思ったが、まあいつものことかと玄関を後にした。


 調理場に戻って材料を潰し、混ぜていると、また来客の知らせが来た。第一聖家からだというので、居間に通させた。出来上がった秘伝の飲み物を手に居間へ行くと、そこに座っていたのはウィラードだった。シルヴァは目をしばたいた。

 

「どうした? 親父がアルトのことで、そっちへ行ったかと思ったんだが」

「うん。マイソール卿なら来られているよ。今のうちに、シルヴァに会っておこうと思って……」

「何かあったか? ――あれ、ずいぶん顔色がいいな」


 エル・カルドへ戻ってから、ウィラードはよく眠れていた。夢にうなされることも無くなり、まるで憑き物が落ちたかのような、明るい表情になっていた。

 

「うん。ここへ帰ってきてから、あの変な夢は見なくなって……。ごめん、シルヴァ。流刑地では、おかしなことを言ってしまって。僕はどうかしていた。皇弟子の身でありながら、あんな無責任な事を口にして……。僕は決して、エル・カルドに居ることが嫌なわけじゃないから」


 流刑地で吐き出した言葉は、おそらくウィラードの本心なのだろう。そして皇弟子として、求められる役割を果たしたいという気持ちも、また本当なのだろう。

 

「いや。俺は、ウィルの本心が聞けて良かったよ。俺もそろそろ腰を据えて、親父の手伝いでもしなきゃなと思った」

「じゃあ、もう旅には出ないの?」


「自信はないけど……。ウィルの聖剣の儀をどうするのかも決めないとな。今はまだ、それどころではなさそうだけど。あ、そうだ。ウィルも、これを飲むか?」


 シルヴァは、ドロドロとした紫色や緑色の物体が混じり合ったコップを、ウィラードに見せた。


「シルヴァ、何? これ」


 ウィラードは思わず手で鼻を押さえた。

 

「うちの秘伝の飲み物。疲れが取れるぞ」


 コップからは、お世辞にも良い匂いはしなかった。シルヴァの作るパンも料理も、どれもおいしいものであったが、こればかりは口にする気になれなかった。

 

「……僕は、そんなに疲れてないから」

「そうか。やっぱり若いな」


 シルヴァはコップの飲み物らしきものを、一気に飲み干した。大蒜(ベリ・ルク)の匂いが、ぷんと辺りに漂った。


 ウィラードがエゼルウートの宮殿にいた頃は、食事にチャイブや大蒜(ベリ・ルク)が出されることはなかった。人と会う機会の多い王族の人々は、匂いのきつい食事を避けるようにしていた。ウィラードもまた、そういったものを口にすることはなかった。


 チャイブも種類によって、有毒である植物と似ているため、宮殿に食材として持ち込まれることもなかった。シルヴァの様子を見ていると、ここでは毒殺や事故の危険など、まるで念頭にないように思えた。


 昔のように魔道が生活の中にあったなら、確かに毒の心配などいらなかったのかもしれない。


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