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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第十二章 辺境の村
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073 村の朝食

 食卓の準備が整うと、ユーリは、椅子に座りながら眠るユーシャスに声をかけた。ユーシャスは、しばらくぼんやりとしていたが、食卓に並ぶ料理を見て、慌てて立ち上がった。


「申し訳ありません。お手伝いもせず……」

「お客様に、そのようなことはさせられません。さあ、食べましょう」

「すごい! ()()()、朝からごちそうですね、ユーリさん」


 マルコは興奮気味に席に着いたが、ユーリは余計な一言に苦笑いをした。


「マルコ。お客様が先ですよ」


 ユーリに注意され、マルコは立ち上がってユーシャスの椅子を引いた。ユーシャスが席に着くと、マルコは待ち切れない様子で、手紙を書くディランをせっついた。


「ディラン様。冷めちゃいますよ。早く来てください!」

「もう終わる」


 ディランは封蝋した手紙を二通、文机の上に置くと、テーブルについた。ユーリは、ユーシャスとマルコには蜂蜜湯を、ディランと自分には熱いお湯で割った葡萄酒を用意した。


 湯気の立ち上るスープは身体を温め、食欲を促した。どっしりとした丸い黒パンは香ばしく、手で割るとこちらも湯気を上げた。四人は黙々と食べていたが、木の実の蜂蜜漬けに手が伸びる頃、ユーリが口を開いた。


「お嬢さん。お仲間のことは残念でした。これから、あなた様自身はどうなさるおつもりですか?」


 ユーシャスは、手を膝の上で揃え、背筋を伸ばした。。

 

「はい。考えたのですが、一度、どこかの神殿へ行ってみようかと思っています。そこで何かお仕事が見つかればと思って……」


「神殿? どなたかお知り合いでも?」

「いえ、特に。一応、国では巫女だったのですが……やはり誰かの紹介がないと難しいでしょうか?」


 ユーリは大きくうなずいた。

 

「そうですね。何よりも、誰かに追われているような方を、神殿が簡単に受け入れるとは思えません。他の人間に危害が及ぶとも限りませんから」


 ユーシャスは、みるみるしょんぼりとした表情になっていったが、ユーリは追い打ちをかけるように言葉を継いだ。


「それに、神殿まではどうやって行かれるおつもりですか?」

「それは……どなたか道案内の方を雇って……」


 ユーシャスが言い終える前に、ユーリは大げさに首を振った。


「それは無理ですね」

「無理……ですか?」


 ユーシャスは驚いた表情でユーリを見つめた。

 

「ええ。残念ですが、あなた様に雇われる者はおりません。もし、いたとしたら疑いなさい。その者は必ず、あなたを裏切ります」


 ユーリは厳しい表情で言い切った。

 

「どうしてですか? お金を払っても駄目なのですか?」

「ええ、多分駄目でしょう。あなたに雇われるより、あなたから金を奪う方がよほど簡単ですから」


 さすがにユーシャスも、動揺を隠せなかった。彼女が思い描いていた方法は、大陸では通用しないようだった。

 

「でも……国には帰れませんし、どうにかして暮らしていかないと……。どこかで働けると良いのですが」


 ここぞとばかりに、ユーリは表情を和らげた。それは百戦錬磨の商人の顔であった。


「もしよろしければ、私どもの商会で働くというのはいかがでしょうか?」

「ショーカイ……ですか?」


「ええ、商いをする団体です。もとは葡萄酒を扱っていたのですが、今では両替、食料、日用品、木材、武器まで手広くやっています。大陸中に支店や出張所もありますし、提携先もたくさんあります。人手はいくらあっても足りません。もちろん働く前に、ディルムラートにいる商会主にはお会いいただきますが」


「私にできることはあるでしょうか?」

「お見受けしたところ、共通語(コムナ・リンガ)にご不自由はなさそうですし」


「今は皆さんが分かりやすく話してくださっているので……。でも、仕事になると、どうなのでしょう。わからない単語もたくさんありますし」


「仕事で使う単語は意外と限られていますよ。商品は、おいおい覚えていけばいいのです。最初からわかる人なんていませんよ。それより、計算はできますか?」


 ユーリは、すでに彼女が商会で働く様子を思い描いていた。


「どの程度の計算でしょうか。あまり複雑なものは自信がありませんが」

「なに、帳簿や発注書がわかれば十分です」


 ユーリは立ち上がり、文机から帳面と書付けを掴むと、テーブルの皿を()け、ユーシャスの前に広げた。

 

「計算はわかりますが、物の名前と単位が……」

「それも慣れですよ。心配いりません。仕事はありますよ」

「あ、ここ計算間違ってます」


 ユーシャスは帳簿の一行を指差した。そこだけ、拙い文字で記されていた。

 

「え? どこですか? …………マルコ! 計算間違ってますよ」

「えー! 頑張って十八回足したのに……」


 マルコは肩を落とした。


「十八袋なら掛け算を使いなさい。教えたでしょう。失礼しました。お見苦しい所を……。まあ、こんな調子ですから、読み書きに計算が出来れば働き口はありますよ」

 

「ありがとうございます。でもやはり、これ以上ご迷惑をはかけられません。どこへ行ってもあの人たちが追ってくるのでしたら、ここも危険になるのは変わりません。私は食事が済ましたら失礼します。……今はこれしかお礼ができませんが、おふたりで分けてください」


 そう言ってユーシャスは、袖の中から金の腕輪と取り出し、そっとテーブルの上に置いた。ユーリは腕輪を手に取り、顔色を変えた。


「これは……」


 腕輪にはフォローゼルの紋章が刻まれ、その横には共通語(コムナ・リンガ)でこう記されていた。


『この者に危害を加えた者は、フォローゼルの名において厳罰に処す。

 この者の望む処遇を与えよ。

 この者の身分はフォローゼルが保証する』


「これは普通、王族に準ずる方が旅をする時に持つものですよ。これがあれば、働かなくともお金の心配は要りませんよ」


「でも、これはフォローゼル国内でしか通用しないのでは? たしか、フォローゼルと帝国では通貨も違ったかと……」


「たしかに通貨は違いますが、商業自治州や商人というのは、帝国の中で少し特殊な立ち位置でして。商人は帝国に恭順はしつつも、自治は勝ち取っています。東国から物を仕入れるには、フォローゼルとの関係は不可欠なので、こういうものも扱います。ただし、誰がいつどこで何に使ったかをフォローゼルに申請し、送金を待つ必要がありますので、少額では割に合いませんが……これを、どなたから?」

 

「フォローゼル第一王子、バシリウス様からです。フォローゼルを出る時、お返ししようとしたのですが……」

 

 腕輪を使えば金の問題は解決する。だが、それは同時に彼女の足取りをフォローゼルに知られることを意味していた。追手が誰かわからない以上、不用意に痕跡を残すのは危険であった。

 

 フォローゼルは、聖都ロクスファントを首都とする国である。そこは、大陸の神々の故郷とされており、多くの神殿が建ち並ぶ巡礼の地でもある。巡礼者を目当てに開かれる大市場(ゴーラ・タルゴ)も有名で、常に人々でにぎわっていた。


 神殿を中心とした緩やかな自治しかなかったその場所に、三十年ほど前、辺境の領主であった男が山を越え攻め入り、国を建てた。だが、神聖な場所を荒らしたせいか、猜疑心の強い性格からか、王は気の病を得て、今も長く患っている。


 王が弱れば、下も乱れる。王位を狙う者たちによる暗殺や権謀術数は絶えなかった。彼女にこの腕輪を与えた第一王子バシリウスでさえ、幾度となく命を狙われていた。

 

 ユーリとユーシャスが話す傍らで、ディランは腕輪を手に取った。フォローゼルの紋章の隣に嵌められた孔雀石。それには見覚えがあった。


 昔、母の手にあった聖剣、シルヴァの家に飾られていた聖剣、聖剣の間でウィラードが手にしていた聖剣。どの聖剣の柄にも、これと同じ孔雀石がはめ込まれていた。


 ならばこれは――。

 

 思いがけない場所で父の痕跡を見つけ、ディランの手が震えた。なぜ、こんなものに孔雀石がはめ込まれているのか。もしかして、この腕輪は、かつて父が身に着けていたものなのだろうか。

 

 顔すら知らない父に、これまで特に思い入れがあったわけではない。死んだと聞いても、何の感情も湧かなかった。なのに、なぜか身体が震えた。

 

 ユーリがディランの様子を見て、声をかけた。


「ディラン様。大丈夫ですか? ご気分でも……」

「大丈夫だ、ユーリ」

「お嬢さんが、ここを出て行くとおっしゃって……」


 ユーリは困ったような顔で、ディランを見た。ディランは、娘の思い詰めた顔を見つめながら、静かに言った。

 

「無駄死にだな」

「え?」


 ユーシャスは目を見開いた。


「あの、死んだ武人だ。貴女を逃すために生命を落としたのだろう? その本人が、わざわざ自ら捕まりに行くのか?」


「……でも、これ以上、他の方を危険な目に遭わせるわけには……」

「人を殺してまで貴女を(さら)おうとするような連中が、まともなはずがない。そんな奴らに捕まって、無事でいられると思うか?」

「……」

「抗うつもりなら協力する。籠の鳥がいいなら好きにしろ」


 ユーシャスは膝の上で両手を強く組み、ディランを見据えた。

 

「貴方は、どのようなお立場の方でしょうか? 私には、そこまでしていただくいわれがありません」

「お嬢さん、大丈夫ですよ。この方は――」


 ユーリの言葉を、ディランが遮った。

 

「エル・カルドの七聖家の者だ」

「……シチセイケ?」


「それに、いわれならある。私も、奴らに顔を見られている。この先、無関係でいられる保証はない。ユーシャス。貴女は、私がディルムラートまで送るし、あの連中は私がなんとかする。迷惑だとか考える必要はない。これは、私の問題でもある。働くかどうかはともかく、フェルディナンド商会なら、貴女の手助けをしてくれるだろう」


 ディランは、娘の前に腕輪を置いた。ユーシャスは、迷いながらも目の前の腕輪を取り、こくりとうなずいた。

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