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007 聖剣の儀の主催者

 久しぶりの家での食事に満足したシルヴァは、第一聖家のミアータ夫人に会うため外へ出た。


 簡素なエンジ色の旅装に着替え、腰にお飾りの長剣を帯び、防寒具のマントを羽織った。すぐにでも飛び出して行きたい衝動に駆られるが、それを少し抑えて城の裏庭を歩いた。


 冬枯れの芝を眺めながら石畳の道を歩くと、どこからともなくクラリッツァの音色と、誰かの話し声が聞こえてくる。

 

「ウィラード様。お寒うございますから、中でお待ちになっては」

「クラウス。もう少しだけここで待つよ」

「しかし……」

 

 エル・カルドにいるにも関わらず、聞こえてくる会話は共通語(コムナ・リンガ)であった。シルヴァは早足で進むと、石のベンチに座る二人の前に立った。

 

「ウィラード殿下、お久しぶりです。クラウスも」

「シルヴァ。おかえり。無事に帰ってきてくれてうれしいよ」

「シルヴァ様。ご無沙汰しております」

 

 シルヴァは共通語(コムナ・リンガ)で話しかけたにも関わらず、ウィラードとクラウスはエル・カルドの言葉に切り替えた。

 

「ウィラード殿下。俺と話す時は共通語(コムナ・リンガ)で構いませんよ」

「ありがとう、シルヴァ。でも、大丈夫だよ」

 

 相手はローダイン皇弟子である。シルヴァも本来であればひざまずくべきであろう。だが、ウィラードは『七聖家は対等である』というエル・カルドの慣習を重視し、自分に対してひざまずくことを拒んでいた。元より、国の権力者である七聖家の彼らに、ひざまずく習慣など無かったのだが。

 

 ウィラードは、クラリッツァを脇に置いて立ち上がった。

 

 母親譲りのプラチナブロンドの髪に、孔雀色の瞳、すらりとした体躯。少年らしい丈の短いマントと、第一聖家を表す紫色の短いチュニックを着た姿は、見た目だけならばエル・カルド人そのものであった。


 体に半分流れるローダインの血は、どこかへ忘れてきてしまったかのようである。

 

 隣に立つクラウスは、金色の髪に碧い瞳という、典型的なローダイン人の特徴を持っていた。灰色の長衣を着た彼は、ウィラード殿下の教育係としてローダインから付き従ってきている。


 年はシルヴァと変わらないが、落ち着いた物腰がエル・カルド人には好まれており、比較的うまくこの場所へ溶け込んでいた。


 シルヴァは、嬉しそうにウィラードを見た。

 

「随分、背が高くなられましたね。声が……もしかして、声変わりですか?」

「うん。もう半年くらい経つんだけど、まだ変だね」

 

 ウィラードは喉を押さえて、照れ臭そうにした。

 

「もしかして、ここで俺を待ってました?」

「うん。シルヴァが帰ってきたって聞いたから、早く顔を見たくて。僕のために、わざわざ帰ってきてくれて、ありがとう」


 シルヴァはウィラードが少し気の毒になった。大陸の一大帝国ローダインの皇弟子でありながら、ここではずいぶんと気を使っているようだ。

 

「そんなこと。こちらから伺いますのに。と言ってもミアータ夫人に挨拶をしたら、すぐボドラーク砦へ行きますけど」


 ウィラードは一瞬目を輝かせ、すぐに視線を落とした。

 

「そうか。みんなのいる砦が遠くなったから、僕は最近あんまり行けてなかったんだけど……もうみんな、あそこからいなくなるんだね。みんなには、ここで待っているって伝えておいて」

 

 彼にもゼーラーン将軍率いる騎士団の解散は伝えられているらしく、心底残念そうに顔を曇らせたのだった。

 

 ウィラードが、エル・カルドへやって来たのは五年前。まだ十歳になったばかりの頃だった。


 親元から離れた寂しさと、エル・カルドの丁寧ではあったが、打ち解けない雰囲気に耐えかねて、しばしばここから脱走したものであった。そしてその度に、砦の面々が捜索に駆り出されていた。


 ゼーラーン将軍をはじめ砦の主だった者たちは、ウィラードのことをローダインにいた頃からよく知っていた。


 ウィラードは砦でしばらく彼らと過ごしては、またエル・カルドへ戻って行くということを繰り返していた。シルヴァの記憶にあるウィラードは、いつも寂しそうな顔をしていたが、しばらく会わない間にすっかり大人びて見えた。

 

 シルヴァは、ミアータ夫人は城にいるとクラウスから聞き、再び石畳を歩き出した。

 

 シルヴァが城の木の大扉を開けると、そこは玄関ホールとなっていた。中央の大きな階段のすぐ脇で、ミアータ夫人は慌ただしく、灰色の服を着た使用人たちに指示を出している。ミアータ夫人は銀色の髪を高く結い上げ、金糸の刺繍が施された濃い紫色の長衣を身に着けていた。

 

「ミアータ夫人。ただいま戻りました」

 

 シルヴァが声をかけると、ミアータ夫人はにこりともせず振り返った。

 

「シルヴァ、久しぶりね。三年ぶりかしら。前にあったのは……確か、息子の〈聖剣の儀〉だったわね」

 

 お前は〈聖剣の儀〉にしか帰ってこないのか、とシルヴァは言われているような気がした。

 

「ご無沙汰して申し訳ありません」

 

 シルヴァは極力、余計なことを言わないように心掛けた。マイソール卿に言われるまでもなく、そうするつもりではあった。第一聖家の事情は、いろいろと複雑だったからだ。


 なぜか第一聖家は、もう二十五年も〈アレスル(選ばれし者)〉が出ていないのだった。


 〈アレスル〉がいない場合、その聖家の人間が誰か代理で代表を務めることになる。ミアータ夫人が代表を務めるようになって、もうずいぶんと経つ。


 ミアータ夫人の息子は三年前に〈聖剣の儀〉を受けたが、彼が〈アレスル〉に選ばれることはなかった。


 彼は十歳くらいから病がちになり、三年前でさえ歩くのがやっとだった。それ以来、ミアータ夫人の息子が表へ出ることもなくなった。


 そこへ今回は、ミアータ夫人の妹の子であるウィラードが〈聖剣の儀〉を受けるのだから、夫人としては複雑だろう。顔だけ出して早々に退散しようと考えていると、ミアータ夫人の方から話し掛けてきた。

 

「シルヴァ。マイソールから聞いているとは思うけれど、今回のウィラード殿下の〈聖剣の儀〉は、エル・カルドとローダイン双方に関わることです。よって、極めて異例ではありますが、ゼーラーン将軍に立会いをお願いしています。結果がどうあれ、双方に遺恨を持たれぬよう、くれぐれも振る舞いには気をつけてください」

 

 ミアータ夫人はそれだけ言うと、城の奥へと消えていった。

 

 (終わった)

 

 シルヴァは、ほっと胸を撫で下ろし、その場を去った。そして馬屋へ行き、自分の家の馬を引き出すと馬具をつけた。


 馬の鞍に数日分の荷物をくくりつけると、踏み台から馬の背に乗った。数刻前にくぐったばかりの門を再び後にすると、冬の風が吹く平原を歩み出した。

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