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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第七章 帝都エゼルウート
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041-1  帝都の仕立て屋 ローダインにて⑥

 エディシュは、三度目のあくびを堪えきれず、唇を指で押さえた。自分の採寸はもう終わっている。長椅子の革の冷たさが、背へ薄く伝わる。


 今は、巻尺を持った女性たちに囲まれたニケが、腕を挙げさせられ、踏み台に乗せられ、測った数字にいちいち驚かれているのを、ぼんやり眺めていた。褐色の肌、長い手足。窓から射す光が鎖骨や膝の角度をくっきりと際立たせる。視線が集まるたび、ニケの肩がわずかに強張るのが分かった。


 普通ならば、仕立て屋の方が屋敷に赴くものだ。けれど、この店は帝都で評判の店で、店での採寸の予約すらなかなか取れないらしい。母がコネを最大限に使って、ようやく手に入れたという。そんなに気合いを入れなくてもと思ったが、母の好意を無碍にはできなかった。店内には香が淡く焚かれ、糸と布の匂いが混ざり合い、鼻先に甘い粉のような気配が漂う。


「エディシュ殿。なぜ、私がこんな目に……」


 ニケは、慣れない作業に涙目になっていた。踏み台の上で、足の指がこわばっている。


「だって、これからは宮殿へ行くのに付いてきてもらうこともあるから。ドレスなんか何枚あっても足りないわよ」


「傭兵の格好では駄目なのですか?」


「昔はよかったんだけどね。何か、帝都に帰って来るたびに、うるさくなってる気がする。あたしが子供の頃は、お后様も鎧姿で宮殿内を歩き回ってらっしゃったわよ」


 しばし続く平穏は、違う形の争いの種を、人々の中へと植え込んでいた。平穏を求めるがゆえに、異質なものを嫌うようになっている。帝都の懐の深さは、もうあまり感じられなかった。窓辺の金糸の刺繍がまぶしく、胸の内側が少し締めつけられる。


(男の人だったら、こんなにうるさく言われないんだろうな。流行も、あまり関係ないし。本当なら、あたしもお兄ちゃんたちと一緒に、すぐに宮殿へ行きたかったのに……)


「お待たせいたしました」


 太って背の低い店主が、いくつもの布やリボンの見本をエディシュの前のテーブルに広げ、向かいの長椅子に腰を下ろした。指輪のついた指が光をはじく。


「ゼーラーン家の奥様から伺っておりますのが、普段着用が三着、外出用が三着、それから顔合わせ用が一着で、お間違いないですね」


「ええ、……多分」


「デザインや材質は、どのようになさいますか?」


「おまかせするわ。ずっと辺境にいたから、流行りもわからないし」


「最近は、肩や胸元の大きく開いたものが、よく作られますが……」


 エディシュは慌てて身を乗り出した。喉の奥が詰まり、言葉が続いた。


「……肩を出すのは止めて。あまり、肌が見えるようなものにしないで」


「かしこまりました。お嬢様の御心のように、控え目なものにいたしましょう。その方が、お美しさも引き立ちましょう」


 そういうつもりで言ったわけではない。単に、逞しい肩を見せたくなかったのだ。金色の髪に碧い瞳、高い背――ローダインらしい外見を、帝都は好意と期待と、そして勝手な解釈で包み込もうとする。この男は嫌いだ。人の心を勝手に撫でつけ、形を決める。


「それから、こちらのお連れ様は……」


 店主はニケを見た。褐色の肌を見つめる眼差しに、創作意欲と欲が混ざっている。


(そのくせ、ローダイン女性に対しては厳しいんだから)


 あらわなドレスの流行は、男たちへの意趣返しにも見える。


「ニケ、どんなものにするかは、お任せしてもいい?」


 ニケは少し思案する。


「ちなみに、どんな物を作る気だ」


 ニケは店主を睨んだ。青い瞳に鋭い光が宿る。


「そりゃあ、今流行りのデザインで……」


 店主はデザイン帳を差し出した。ページがめくられるたび、胸元の線が深くなり、布の量が減っていく。ニケの顔から血の気が引いた。


「こんな……こんな乳の見えそうな服が着られるか! ローダインの男どもは何を考えている! 自分の妻や娘がこんな格好をして人前に出て、平気でいられるのか!」


 店主は鼻で笑った。


「何をおっしゃいますか。これが今の流行なのです。男たちが、どうこうというものではありません。女性の方々が、こういうものを着たいとおっしゃるのです。私どもは、ただそれをお作りするまでのこと」


「そうか、ならば私は拒否する。その言葉、私の体を見てから言え」


 ニケは、唇を噛み、息を吐いた。その一拍のあと、チュニックをばさりと脱ぎ捨てた。布の落ちる音が、店の静けさを震わせる。胸元も、背も、腕も――無数の傷が褐色の肌に刻まれていた。


「これは、私が戦場でついた傷だ。どれも私の誇りだ。だが、他人に見せる気も無い。そんなチャラチャラした服で飾る気はない!」


 ニケは服を拾い、背筋を伸ばした。

 布の擦れる音が、ゆっくりと響く。


 二人は馬車に乗り、仕立て屋を後にした。通りの石畳を車輪が刻む振動が、足裏から静かに上ってくる。


「エディシュ殿。申し訳ありません。どうも、あの男の、こういうのを作っておけば女は喜ぶだろうという見え透いた考えが気に入らなくて」


「いいのよ。あたしも、何か嫌な感じしてたし。出来次第で次はないわ」


 車輪の音が遠ざかるにつれ、胸の奥のざらつきだけが残った。

 車窓の外を流れる帝都の景色は、どこを見ても新しい石と色で覆われている。

 けれど、そこに息づく人々の顔は、なぜか皆、同じ形をしている気がした。

 母なら、この変わりようをどう見るだろう――そんな考えが、胸の奥をかすめる。


 帝都の空は、青いのにどこか冷たい。

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