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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第六章 結界の中で
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032 ウィラードの望み 二人の行方②

 夕方。老人たちとの食事を終えたウィラードとシルヴァは、片付けを済ませて小屋へ戻った。


 暖炉に火を入れ、敷物に腰を下ろす。ようやく一息つけたと思うと、衣服の繊維からほのかに家畜の臭いが立ちのぼった。


 ウィラードは改めて部屋を見回す。古びた小屋ではあったが、室内はきちんと手入れされている。壁には繊細な刺繍飾りが掛けられ、椅子や床には手編みの敷物が敷かれていた。高齢の女性が一人で住んでいたというのが嘘のように、温もりと静けさが同居していた。


 食器棚に並ぶ器の数が妙に少ないのは、ここでは死者を葬る際に、生前の食器を一緒に埋める習わしがあるからだと聞いた。そうして、死後も食に困らぬよう願うのだという。


 暖炉、棚、寝台、椅子が二脚、そしていくつかの壺。この狭い部屋にあったものは、すべて一人の暮らしの痕跡だった。


 ウィラードがそんなことを考えていると、シルヴァは暖炉の前にごろりと横になった。


「いや、疲れた疲れた。じいさんたち、あれもこれもと……まあ出てくる出てくる。最後には湧き水の水道まで見てくれなんて、どれだけこき使う気だ」


 文句を言いながらも、その顔は炎に照らされてどこか楽しげだった。

 エル・カルドに戻るたび窮屈そうにしていた彼が、こんなに生き生きとしているのを、ウィラードは初めて見た。


「おじいさんたち、喜んでたね」


 その光景を思い出すと、ウィラードの胸まで温かくなる。誰かに喜ばれることなど、自分にはほとんど無かったからだ。


「でも、食い物がスープだけじゃ腹にたまらないなあ。そのうち何か獲りに行くとするか」


 シルヴァは腹をさすり、不満げに息を吐いた。


 ウィラードは薪を一本くべてから、ふと考え込むように沈黙した。そして何かを決めたように顔を上げ、シルヴァを見やった。


「あのさあ、シルヴァ」

「なんですか? 殿下」


 シルヴァが不思議そうに目を向ける。


「その、殿下っていうの……やめない?」

「へっ?」


 思わず飛び起きたシルヴァは、目を丸くした。仮にもローダインの皇弟子殿下である。エル・カルドに来ていなければ、会話どころか顔を合わせることさえなかったはずだ。


「うん。だから殿下じゃなくて――ウィルでいいよ。敬語もなしで」


 ウィラードは少し恥ずかしそうに視線を逸らし、けれども勇気を出したように言った。


「……と言われても……じゃあ、何てお呼びしたら」

「ウィル。それでいい」

「また……急に、なんで」


「急にじゃないよ。ずっと考えてたんだ。七聖家は対等だって聞いていたのに、いつまでも“殿下”って呼ばれるのはおかしいだろう? 殿下って言葉の後ろには、いつもローダインがついてくる。……それが僕には、重いんだ」


 言い終えると、ウィラードは不安そうにシルヴァを見た。


「駄目かな?」


「……いや、駄目なことは……」


 シルヴァは言葉を濁した。自分は構わない。だが他の七聖家がそれを良しとするはずはない。ウィラードがその壁に気づいたとき、どうなるのだろうか――。


 沈んだ思考を断ち切るように、ウィラードは続けた。


「それにね。前に砦でみんなと話してるシルヴァを見て……羨ましかったんだ。あんなふうに話せたらいいなって」


「たいがい、俺はボロクソ言われてますよ。エディシュやディランなんか、年上だとも思ってない。説教はされるわ、怒鳴られるわ……散々です」

「――敬語なしで」

「お……おう」


 戸惑いを浮かべるシルヴァを見て、ウィラードは笑みをこぼした。


「でも、みんなシルヴァが好きなんだよ。見ていたらわかる」

「そうかなあ。俺は虐げられてる気がしてたけど」


 まだ十五歳の少年がそんな孤独を抱えていたことに、シルヴァは胸の奥が痛んだ。もっと関わってやるべきだったか――そう思ったが、第一聖家のミアータ夫人は他家の干渉を嫌った。七聖家の間に長く続く不文律。それはシルヴァ一人にどうこうできるものではなかった。


 言いたいことを言ったせいか、ウィラードの表情は晴れやかだった。


 やがて夜が更け、ウィラードは疲れた体を寝台に横たえた。心地よい眠気が、足元から全身を満たしていく。だが意識の片隅には、なおエル・カルドのことが引っかかっていた。


(みんな、どうしてるかな……。きっと大騒ぎになってるよね。それに――トーマは、大丈夫だろうか。酷い目に遭ってないといいけど)


 静かな流刑地に雪がしんしんと降り積もる。

 夜の闇に紛れて、小さな影が音もなく走り去った。


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