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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
序章 伝説の国
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003 序章 伝説の国

 一行は森の奥へとひたすら進んだ。やがて霧は薄れ、空は晴れ、視界が開けたかと思うと、木々の合間から鮮烈な景色が現れた。


 誰も知らぬ町――それは、伝説の国エル・カルドであった。

 

 中央には城がそびえ、その周りを高い塀と深い堀が巡らされていた。そして城から少し離れて、人々の住む家々が造られていた。一見、ごく普通の町であったがよく見ると、家も城も、いにしえの趣きが感じられた。


「こんなに大きな町が、封印されていたなんて」


 家を荒らされ、人々は傷つき、道端でうずくまっていた。見慣れない一行を見て、彼らは急いで逃げようとした。


 セクアは顔色を変え、急いで馬から滑り降りると、逃げ出す人々に声をかけた。すると、その場にいた人々は、一人、一人とセクアの元へと集まってきた。


 アルドリックは、二人の兵士に怪我人の手当てをするよう命じた。二人は馬の鞍に積んだ荷物を降ろし、薬や包帯を取り出すと、怪我人の側へ行き、手当てを始めた。次第に怪我人が彼らの周りに集まり始める。


 セクアはアルドリックに向かって深々と礼をし、そのまま城に向かって歩き出した。兵士たちをその場に残すと一行は馬を降り、セクアの後に続いた。


 「ヴォルフ。ここを攻撃したのは本当にフォローゼルかな?  イリス将軍にしては手ぬるいような気がする」


 アルドリックの言葉通り、家は荒らされ火をかけられた建物もある。だが、いつものフォローゼルの攻撃なら死者の山が築かれる。今、目にする限り怪我人こそそれなりにいるが、死者はほとんど見あたらない。


「フォローゼルの攻撃に間違いないかと」


 ゼーラーンは、フォローゼル兵が身に着けている白巾が、ところどころに散らばっているのを確認していた。


「ただ、彼女たちも別にエル・カルドに恨みがあるわけではありませんから。本来ならば、このような戦闘が起きる事自体、おかしなことです。何か、想定外の事があったのかもしれませんな。何しろ言葉が通じませんし……」


 言葉が通じない故に、何か行き違いがあったのか。つくづくバルドのいる幸運に、アルドリックは感謝した。


 セクアの後をついていくうちに、城壁と堀に囲まれた城の入口にたどり着いた。城を巡る堀に架かる跳ね橋は降りており、兵士らしき者が数人、城門に立っていた。兵士といっても軽装であり、外敵と戦うための装備でないことは明らかであった。


 結界に閉ざされた彼らには、外から攻められるという発想すら無かったのだろう。一行を見た彼らの表情は、恐怖と戸惑いに満ちていた。


 それでもセクアの姿を見ると、平静に努めようとしていた。セクアが兵士たちに話をすると、一人が城の中へと走って行った。他の兵士たちは、アルドリックたちに馬を預けるよう、身振りで伝えてきたので、一行は彼らに手綱を渡した。


「ここにも馬はいるみたいだね」


 兵士たちの馬の扱いを見て、アルドリックはつぶやいた。しばらくすると、城の中からくすんだ黄色の長衣を身に着けた、壮年の男が慌てて出てきた。


 セクアは両手を広げ、男に駆け寄った。男は涙ぐみながらセクアの手を取り、二人でしばらく話をした。やがて二人は、アルドリックたちに向かって深々と礼をした。


「彼女のお父上のようですよ」


 バルドは後ろからささやいた。アルドリックたちは男性の手招きで、城の中へ入るよう促された。


 城の玄関にある木の大扉をくぐると、そこは大きなホールとなっていた。中央には優美な曲線を描く大階段があり、天井近くには小さなガラスを無数にはめ込んだ飾り窓が、柔らかな光を取り込んでいる。


 奥の通路を進み案内されたのは、大きな円卓に七つの椅子が据えられた、豪奢な部屋であった。部屋の壁一面には、大小様々な人物の肖像画が飾られている。七つの椅子には、数人の男女が座っていたが、いくつかは空席のままであった。


 アルドリックたちには壁際に席が用意され、セクアから座るよう促された。習慣で立ったままいようとするフェンリスに対し、アルドリックは、彼らを威圧するようなことはしないように、と言って座らせた。


 セクアはバルドにゆっくりと単語を連ねて話をしている。しばらくすると、ふわりと身を翻し、円卓の方へ進んでいった。彼女は立ったまま、円卓に座る人々へ向かって話を始めた。


「七聖家の方々に、今エル・カルドが置かれている状況と、アルドリック様の申し出をお話しされるそうです」


 バルドは口を動かしながらも、耳はすでに円卓の方に神経を集中させているようだった。アルドリックはバルドの耳を邪魔しないように、小声でゼーラーンに話しかけた。


「ヴォルフ。ローダインの将軍として、エル・カルドの状況をどう思う?」


「はい。正直、国としてやっていくのは難しいかと。見たところ兵士はいても、軍といえるようなものは見当たりませんし、言葉は通じない。外交手段も持たない。何より、この場所が……」


「そうだね。ここをフォローゼルに取られるわけにはいかない」


 アルドリックはきっぱりと言った。


「ローダインにとっては辺境の地といえど、フォローゼルとの中間にある。ここを取られれば、まだ態度が曖昧な南部の商業自治州も危うくなるだろう。そしてローダインの喉元まで、一気に進むことも可能になる。これからの戦は、エル・カルドを巡ってのものになるだろうね。そうなる前に砦を築き、部隊を置き、エル・カルドの守りを固める。急がないとね。フォローゼルより先に動かなければ」


「中央の連中が承知するでしょうか。彼らはエル・カルドの存在すら、簡単には信じないでしょうな」


 ゼーラーンは忌々しそうな表情で、吐き捨てるように言った。


「それは……」


 アルドリックが言いかけると、円卓の部屋に従者らしき男が飛び込んできた。静寂に包まれた中、男がセクアに何事かを告げると、彼女は床に座り込んで泣き出した。


 事情を知った人々は落胆の表情を浮かべた。耳を澄ませていたバルドが、アルドリックに向かってささやいた。


「どうやらフォローゼルが、ここの人間を何人か連れて行ったようなのですが、その中に彼女の夫もいたらしくて……」


 アルドリックは泣き崩れるセクアを見つめていたが、小さな声でゼーラーンに告げた。


「彼女にはローダインへ来てもらうよ。彼女の姿を見れば、多くの人は心を動かされるだろう。中央の連中も動かざるを得なくなると思うよ」


 ゼーラーンは淡々とした口調で語る若い皇帝の横顔を見た。十五の歳から戦場に立ち、父親から受け継いだ国をまとめ、周辺国を支配下に置き、若くして皇帝の座についた彼の脳裏には、既に次の筋書きが描かれているようであった。


「……でなければ、ここを守ることはできないだろう」


「そうですな」とだけ、ゼーラーンは言った。


 いつまでも終わらない会議に待ちきれなくなったのか、凝った彫物のある大きな木の扉を開けて、小さな男の子の顔がのぞき込んだ。そして見知らぬ来訪者を見つけ、興味津津で近づいてきた。


 銀色の髪に孔雀色の瞳、子供らしい赤い服。五歳くらいだろうか。一番年が近いと考えたのか、アルドリックの前に走ってくると、遊んで欲しそうな顔でのぞき込んでくる。子守らしき男が後を追い掛け、慌てて引き離そうとするのを身振りで制した。アルドリックが両手を広げると、男の子はうれしそうに膝に飛び乗ってきた。どこの国でも子供は変わらない。


「そういえばヴォルフ。君のところの孫、コンラッドだったっけ。確かうちの子と同い年だよね。もう少ししたら一緒に遊べるかな」


 膝に乗った男の子は、初めて聞く言葉を話す二人を、不思議そうに見上げた。


「そうですな。もうすぐ二人目も生まれます」

「妹かな。弟かな。楽しみだね」


 無邪気に遊ぶこの子が大人になった時、どんな世界になっているだろうか。通じないと思いながらも男の子に名前を聞くと、不思議なことに、その子は元気に答えた。


「シルヴァ」と。

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