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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第四章 聖剣の儀
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024 会議の行方

「ねえ、一体どういう事? ウィラード殿下とシルヴァが消えたって。おまけに、ディランまで連れて行かれて」


 エディシュは扉を荒々しく押し開け、ゼーラーン卿の部屋へ踏み込んだ。勢いのまま祖父と兄に詰め寄る。肩で息をし、口を引き閉じ、手のひらに滲んだ汗を握り込む。


 聖剣の儀が終わったにもかかわらず、ウィラードとシルヴァは地下から戻らなかった。その様子を見に行ったディランが、二人は目の前で消えたと言っている――その報せが、胸を掻きむしるように彼女を苛んでいた。


 階段上で待っていたエディシュたちも、ただ事ではない衝撃を感じていた。けれど、その正体が何なのか、誰ひとり言葉にできずにいた。石造りの階段に冷気が流れ込み、息を呑むたびに肺の奥が冷たく痛む。


 ただ、聖剣の間から戻ったのはディラン一人。そのディランさえも、今はエル・カルドの兵に伴われ、城の奥へ連れて行かれた。祖父と兄もまた、さきほどまで呼び出され、長く戻らなかった――その不安が、エディシュの胸を限界まで膨らませていた。


「エディシュ、落ち着きなさい。ディランは七聖家の会議に証言をしに行くだけだ。何も拘束されているわけではない」


 戻ってきたゼーラーン卿とコンラッドは、言葉とは裏腹に表情をこわばらせていた。深い皺を刻んだ祖父の顔には焦りが滲み、兄の唇も乾いて硬く結ばれている。


 ローダインの皇弟子殿下の行方がわからなくなった。しかも原因は魔道だという。

 魔道を理解しないローダインの面々に、どう説明すればいいのか。信じてもらえるのか。――下手をすれば、ディランが犯人扱いされるのではないか。


 コンラッドの頭を次々と疑念が巡り、こめかみを締め付ける。

 重苦しい空気を破ったのは、部屋の外からかかったジルの声だった。


「トーマが戻ってきました」


 


「トーマ! あんたどこ行ってたの! 心配してたのよ!」


 エディシュは駆け寄るなり、少年の肩を掴んだ。指先に力がこもり、思わず揺さぶる。強く、けれど必死に――心配と怒りと安堵がないまぜになった動きだった。


 トーマは抗うことなく揺れ、噛みしめた唇の端が震えた。溢れかけた涙は瞬きに耐えきれず、頬を伝って零れ落ちる。


「ごめんなさい……僕のせいで……」


 声は細く掠れ、空気の膜をかすかに震わせるだけだった。エディシュの掌には、少年の震えがひどく鮮明に伝わる。


 胸が浅く波打ち、喉の奥で嗚咽が詰まる。伏せた睫毛が影を落とし、その影が濡れた頬をさらに蒼白に見せていた。

 

 エディシュは思わず力を緩めた。胸の奥で「大丈夫」と言いたいのに、喉がつまって声にならない。代わりに、その両腕で少年を包み込む。こわばった体が抱き寄せられると、トーマは堰を切ったように泣き出した。


 やがて彼は、震える声で言葉を紡ぎ始める。――聖剣の間で、自分が見たこと、感じたこと。後悔と恐怖に満ちた告白が、ひとつひとつ、涙に混じってこぼれ落ちていった。


   ◇      ◇ 


 七聖家の間では、緊急の会議が開かれていた。


「こんな話、にわかに信じられるか」

「聖剣の儀で抜けなかった聖剣が、後になって抜けるなんて、聞いたこともない」

「前例にない。認められない」


 低い声が幾重にも交錯する。石の壁に反響し、狭い空間がさらに圧迫感を増していく。

 

「……だが現に、鞘はここにある。聖剣が抜けたのは事実だろう?」

「それに、一体二人はどこへ消えたのだ」


言葉の刃がぶつかり合い、結論は出ない。蝋燭の炎がかすかに揺れ、沈黙が落ちるたびに、円卓を囲む者たちの鼓動だけが際立つように響いた。


 その最中、厚い扉が重く開き、ディランが呼び入れられた。途端にざわめきは止み、場の空気が沈み込む。円卓に並ぶ視線が、一斉に彼を射抜いた。

 

 円卓には既知の顔ぶれが並んでいる。

 第一聖家のミアータ夫人、第二聖家のドナル、第三聖家のリアム、第四聖家のオーエン、そして第六聖家のマイソール卿。皆、硬い椅子に身を預けながらも姿勢を崩さず、眼光だけが鋭い。リアムは拳を机に押しつけて怒気を抑え、ドナルは片肘をつき沈黙を貫いていた。


 しかし、第五と第七の代表は初めて見る人物だった。

 栗色の長衣をまとった年配の女――その目は知恵に溢れ落ち着き払い、ただ立っているだけで周囲を圧した。声は低く掠れ、石壁を震わせるようなダミ声だった。彼女はグレインネと名乗り、「高齢の母に代わって私が代表を務めている」と短く告げる。

 対照的に、緑の長衣に身を包んだ痩せぎすの男は、椅子の背に押しつぶされるように小さくなっていた。気弱そうな目が左右に泳ぎ、まるでこの場から逃げ出したいかのように肩をすくめている。名はシムオン。聖剣とともに行方不明となった兄に代わり、不本意ながら座についているという。


 重苦しい空気が、再び場を満たす。

 蝋燭の炎がひときわ大きく揺れ、光と影が壁を這った。

 ディランは背筋を伸ばし、一歩前へ進むと、円卓を見下ろした。


「私が聖剣の間に入った時、シルヴァは殿下に問いかけていました――『殿下が聖剣を抜けないのはおかしい』と」


 円卓の空気がざわりと波打ち、誰かの椅子が軋む音が鋭く響いた。息を呑む気配が一斉に重なり、石壁に吸い込まれていく。


「……その時、シルヴァや君が剣に触れたことは?」

 

 マイソール卿が蒼ざめた顔で探るように問いかける。


 ディランは一拍の間を置き、静かに首を振った。

 

「触れてはいません。シルヴァはその禁を厳格に守っていました。ただ――抜けた直後、魔道陣が現れ、殿下とシルヴァは同時に消えた。私が確認できたのは、それだけです」


 彼の声は乱れず、呼吸も一定のまま。

 その落ち着きがかえって、円卓を囲む者たちの胸にざわめきを呼び込む。


「……魔道」


 誰かのつぶやきが、静けさを裂いた。

 グレインネが身を乗り出し、掠れた声で続ける。

「魔道なんて、母の時代が最後だと思っていたのに。それに転移の魔道なんて、誰にでも扱えるものじゃない」


 代表者たちは互いの顔を探り合う。だが、ディランだけが視線を交わさず彼らを見渡していた。その静けさは逆に異質で、場の重苦しさを際立たせていた。


 マイソール卿は疲れ切った声で「休会」と告げ、会議はようやく中断された。


   ◇      ◇  


 石造りの廊下を歩くディランの足音は、驚くほど規則正しく響いた。背後に会議のざわめきを置き去りにしても、その表情は変わらない。


 ゼーラーン卿の部屋に戻ると、そこにはエディシュがいた。泣き止まぬトーマを抱きしめ、必死に寄り添っている。少年の顔は涙で濡れ、なおも「自分のせいだ」と繰り返していた。


「……じゃあ、トーマがあの場にいた事は言ってないんだね」


 コンラッドが低く問いかける。顔は青ざめ、瞳は疲労で曇っている。

 ディランは変わらぬ声でうなずいた。


「何の後ろ盾もない子供を巻き込めば、全ての罪を押し付けられかねない。下手をすれば、一生牢に繋がれる。――トーマ、お前も黙っているんだ」


 返事をしようと思っても、トーマの喉は塞がれたように声が出なかった。


 コンラッドは目を伏せ、吐き出す息を荒くした。


「私たちにとって大事なのは、聖剣の儀の結果よりもウィラード殿下の行方だ。……事が公になれば、ローダインも黙ってはいない」


「陛下には儂らから説明しよう」


 ゼーラーン卿の声は低く、決意を含んでいた。


「コンラッド、明日にはローダインへ向けて出立するぞ。ディラン、お前はここに残って調べを続けよ」


 コンラッドとディランは短くうなずき合った。互いに覚悟を固める視線が交錯する。

 想定していたものとは異なるが、魔道を調べる大義名分は得られた――それだけで十分だった。


   ◇      ◇  


 深夜に差しかかろうとする頃、ようやく七聖家の会議で一定の見解がまとまった。

 廊下にはもう人影もなく、石壁の隙間から忍び込む夜気が冷たく肌を撫でる。蝋燭の炎は小さく縮み、風にあおられては頼りなく揺れていた。


 その静けさを破るように、重々しい足音が近づいてくる。やがて扉を叩く音。入ってきたのはマイソール卿だった。彼の顔色は冴えず、長い会議の疲労が刻まれている。隣には通訳のミッダが控え、手にした板書を整えながら深く礼をした。


「――これが七聖家の結論です」


 ミッダは感情を挟まず、淡々と報告を始めた。その声音が、眠りにつこうとしていた空気を鋭く切り裂く。


 一、ウィラード殿下の聖剣の儀の結果については、本人の確認が取れるまで保留とする。(表向きには体調不良による延期と公表)

 二、エル・カルド側は事件の原因を究明し、速やかに二人の捜索にあたる。

 三、詳細が判明するまで、ローダイン側の関与は不要とする。


 読み上げられた三項目は簡潔だった。だがその簡潔さこそ、議論が収束せぬまま無理やりまとめられた証のようにも響いた。


 ゼーラーン卿とコンラッドは静かに耳を傾け、互いに短く視線を交わした。

 すぐに一と二に関しては了承を示したが、三については「ローダインへ持ち帰る」との一点を強調した。そのうえで、調査のためディランを残すことを伝え、双方で合意した。


 ミッダはうなずき、深夜にもかかわらず、七聖家の各家へ結果を報告しに回るため足早に部屋を去っていった。

 扉が閉まると、部屋には再び冷たい静けさが戻る。蝋燭の炎がかすかに揺れ、ゼーラーン卿とコンラッド、そしてディランの影を長く長く壁に伸ばしていた。

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