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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第十七章 受け継がれる絆
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105 腐臭

 陽光を背負い、影となりコンラッドを取り囲んだのは、レオンハルトの従者たちであった。

 

 エディシュは「ふん」と鼻を鳴らした。意外にも、その中にゲルノットの姿はなかった。

  

 男の一人がコンラッドに詰め寄った。


 男はコンラッドと同年代。かつて法律の教師の家で、しばしば目にしていた。『中央』に連なる有力者の息子であったが、これといってコンラッドの印象に残る顔でもなかった。

 

「コンラッド、ずいぶんとやってくれるじゃないか」


 男の言葉に、コンラッドは眉根を寄せた。

 

「悪いけど、何のことかわからないよ」


 コンラッドには、男が苛だちを押さえきれないように見えた。


「とぼけるな! 補佐官付きの武官になったかと思えば、今度は皇子たちとお近づきか? ずいぶんと出世にご執着だな」


 穏やかだったコンラッドの顔に、わずかな影が差した。


「出世? 殿下方とは子供の頃から交流があるし、そんなことのために会う必要などないよ」

「おいおい、殿下方が本当に昔話をするためにお前たちと茶を飲んだとでも?」

「私たちは、呼ばれたから来ただけだ。ただの世間話だったよ。役職のことなんて出なかった」


 コンラッドは微動だにせず、男を見つめた。だが、男たちはまるで気にせず、見下すように語りだした。


「選帝侯ゼーラーン家は安泰だな。汲々とする俺たちなど、足元にも及ばん。コンラッド、お前は何もしなくとも、欲しい地位は手に入るってか?」


「私は地位など欲しくないよ」


 コンラッドの言葉の自然さに、男は一瞬たじろいだ。


 コンラッドには、この言葉が届かないことは十分わかっていた。何も言わない方がよかったかもしれない。


「だいたい、ゼーラーン将軍は常に兵とともにあり、勇猛に戦われた。だから、選帝侯の地位にあるのも納得できる。だが、お前はなんてざまだ。あの宦官みたいなエル・カルド人の後ろに隠れ、こそこそと……。さすが『不名誉な死』を賜った血筋のことだけはある」


 その瞬間、エディシュは立ち上がり、男の前に歩み出た。


「な、何だ」


 エディシュは立ち並ぶ男たちを見回し、にらみつけた。そして男の襟元をぐっと掴むと、豪奢な服をはだけさせた。あらわになったのは、ふさふさとした毛に覆われた、傷一つない滑らかな胸だった。


「な、何をする!」


 男は慌てて胸元を引き寄せた。

 

「――ずいぶんきれいな身体だこと。……うちの家にいる傭兵はね、女だけど前線に出ていた。身体中、傷跡だらけだけど、そのことを誇りに思っているって言っていた。この中で、自分の血を流して戦に出た人間が、一人でもいるの?」


 男たちはたじろいだ。


「出世? 取り入る? そんなことしか考えられないあんたたちとお兄ちゃんを一緒にしないで! 戦に出たこともない男たちが、揃いも揃ってみっともない! あんたたち、それでもローダインの戦士なの? その長い髪は、ただの飾り?」


 エディシュの激しい言葉に、男たちの顔はたちまち屈辱の色に染まった。その時――。

 

「お前たち! 何をしている! ここがどこか、わかっているのか!」


 突如庭園にスカルギの声が、地鳴りのように身体を揺らせた。


「陛下のおわす宮殿で、徒党を組んで騒ぐなど、儂が牢にぶち込んでくれるわ!」


 怒るスカルギを前に、男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。逃げて行く男たちの後ろ姿を、スカルギは呆れたように見送った。


「なんだあれは。ローダインの戦士が聞いて呆れる。あれが、これから国を背負う奴らか。――やれやれ、災難だったな、コンラッド」

「いや、私のことは別にいいんだ。非難されるのは覚悟の上だから」


「あれは、ただのやっかみだ。あいつらの言うことなど気にするな。あいつらは皆、『中央』に属する家柄の子息たちだ。……甘やかされて、戦にも出ず、親の金でのうのうと果実を貪る腐った輩よ。レオンハルト殿下の近習だけではない。アスガー殿下の近習も似たようなものだ。ああいう連中は臭くてかなわん」


「私も似たようなものだよ」

「バカを言うな。お前とあやつらでは、比べものにもならんわ」

「そんなことはないよ。私も他人(ひと)の力で自分の望みを叶えようとしてきたんだ。……人に血を流させてまで。……同じだよ」

 

「コンラッド、奴らが手にした果実も、今のままでは腐り落ちる。それだけではないぞ。あのような輩が国の中枢に入れば、いずれ帝国の屋台骨も腐り落ちる。お前のような身分の者が、しっかりせんでどうするのだ」


 そのまま口を閉ざすコンラッドを見て、スカルギは指で頬を掻いた。


「……そんなことよりコンラッド。おぬし、まだ剣闘会の返事をしていないらしいな」


 コンラッドは口を噤み続けた。


「陛下のご推挙を無碍にするなど、感心できんぞ」


 言葉の出ないコンラッドを見て、スカルギは腕を組んで考えた。


「妹御。すまんが、コンラッドを借りて良いか?」

「私は、先に家へ戻っておりますので、どうぞ兄をお願いします」


 エディシュはドレスをつまみ上げると、そっとその場を後にした。静かになった庭園を後にして、長い廊下を裏口に向かい、歩きながら頬を緩めた。


 (金髪、太い腕、それから……割れた顎。――良い!)


 スカルギの、顔の青痣も精悍だった。ただ、彼には奥方がいる。小柄なかわいい女性だった。やはり、おじ様は遠くから眺めるに限る。


 嫌な連中を見た後で、スカルギを見て少しは気分が良くなった。


 エディシュは春の日差しを浴びながら、両手を上げて伸びをし、軽やかに馬車へと乗り込んだ。 

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