104 ふたりの皇子
春のよく晴れた日、コンラッドとエディシュは馬車でエゼルウートの宮殿へと向かっていた。第一皇子のレオンハルトと第二皇子のアスガーから、お茶の誘いを受けたのだった。
「エディシュ。ゲルノットもいるだろうから、無理に行かなくてもいいんだよ」
コンラッドは妹を気遣ったつもりであったが、エディシュは横を向いて吐き捨てた。
「嫌よ。何であいつのために、あたしが宮殿へ行くのをためらわなきゃならないの?」
エディシュは宮殿へ向かう馬車の中で悪態をついた。母からエル・カルドへ行く許可を得て、久し振りに晴れ晴れとした気分になっていたのに、ゲルノットの話をされ、また嫌な気分が戻って来た。
コンラッドとエディシュが宮殿に着くと、レオンハルトの使いの少年が、ふたりを庭園へ案内した。春の花が咲き始める庭にテーブルや椅子が用意され、そこにはすでに、レオンハルトとアスガーが座っていた。コンラッドは庭園を守る衛兵に剣を預け、エディシュとともに庭に足を踏み入れた。
意外にも、ゲルノットの姿はなかった。ゲルノットだけではなく、他の従者たちも姿が見えず、お茶の用意をする給仕たちが、動き回っているのが見えるだけであった。
使いの少年がレオンハルトに声をかけると、コンラッドとエディシュは、その場にひざまずいた。レオンハルトとアスガーは、ふたりを隣の席へと呼び寄せた。
「よく来てくれた。今日は、ゆっくり話でもしよう」
レオンハルトの合図で、テーブルにはお茶やお菓子が運び込まれた。
珍しい東国のお茶に、南方の砂糖や果物を使った菓子。東国の白く繊細な茶器の数々は、コンラッドやエディシュも目にしたことのない高価な品々であった。香ばしく焦げた砂糖の甘い香りに、エディシュはもう少しゆとりのあるドレスを選べばと後悔した。
従者のいない私的な茶会に呼ばれることは、昔と変わらぬ四人の親しさを示すものだった。それがどういう意味を持つのか、コンラッドは頭の片隅で考えていた。
その間にも、中庭で遊んだこと、王子たちと受けた講義、といった昔話が交わされた。剣の稽古でエディシュに泣かされた話をされ、素知らぬ顔をするアスガーが、ふと素に戻った。
「そういえば、エディシュは辺境で弓兵をやっていたんだね。騎兵はやらなかったの?」
「はい。私では、剣で前線に出るのは難しいと言われまして……。実際、力のぶつかり合いになると男と女では違います。もちろん、女でも前線で戦う者はいましたが、極めて稀です」
「意外だね。エディシュが、そんなことを言うなんて。男を押し退けて、前線に飛び込むかと思ったけど」
「もちろん一対一なら、その辺の男に負けるつもりはありません。けれど戦というものは、剣の試合とは全く違うものですから」
彼女が、そう思うまでにはいろいろあったのだろうが、レオンハルトとアスガーがそれを聞くことはなかった。
やがてお茶が下げられると、葡萄酒の入ったグラスが配られた。レオンハルトはグラスを持ち上げ、口を開いた。
「ところで、ふたりともエル・カルドへ行っていたんだね。ウィラードは元気だった? 体調が優れなかったと聞いていたのだけれど……。おまけにフォローゼルの侵攻を聞いた時は驚いたよ。ウィラードが無事でよかった。猟師の変装をして、脱出したんだって?」
聖剣の儀でのウィラードの失踪は、レオンハルトやアスガーには伝えられていないようだった。結局、ウィラードはシルヴァとともに戻って来たと、クラウスからは聞いていた。
「私も詳しくは存じませんが、無事〈アレスル〉になられたとうかがい、安堵しております」
すると、顔をしかめながらアスガーはつぶやいた。
「〈アレスル〉って、何なんだろうね。エル・カルドの聖剣を抜いたら〈アレスル〉になるって……僕には、よくわからないや」
「家の代表者を選ぶための儀式のようですが、正直なところ私にも理解できませんでした」
コンラッドは、言葉を選びながら答えた。
ウィラードとトーマが双子であることは、レオンハルトやアスガーは知らないのだ。知っているのは、アルドリック、ジーン、そしてアラナ夫妻。帝国側ではそれだけだ。祖父やエディシュにすら、知らされていない。
そしてそれを知った自分は、一生この皇子たちにも黙っていなければならない。あの、ルドミラのように。
コンラッドに、情報に関わる重みがずしりとのしかかった。
そういえば、エル・カルド側はどうなのだろう。シルヴァは知っているのだろうか、他の聖家の人たちは……。
建国祭には、シルヴァも招待されていると聞いた。それとなく聞いてみる必要があるだろう。それから、もう一人……。
「エル・カルドの〈アレスル〉になったってことは、そのうちウィラードも魔道とやらを使うようになるのかな?」
アスガーの言葉に、コンラッドはふと我に返った。アスガーがいたずらっ子のように笑うと、エディシュは語気を強めた。
「まさか。エル・カルドでも魔道を使うものなどもういないと聞いております。〈アレスル〉の一人が、そのように申しておりました」
レオンハルトは、グラスの中の葡萄酒を見つめながらつぶやいた。
「……それはそれで、もったいないね。もし、魔道が使えたら、エディシュも前線で戦えるんじゃないか?」
「魔道を……使ってですか?」
コンラッドとエディシュは、顔を見合わせ困惑した。魔道のようなものは、エル・カルドに隠しておくものだと思い、自分たちがそれを使って戦うなどというような考えは、浮かびもしなかったのだ。
レオンハルトは静かに微笑み、首を振った。
「済まない。変なことを言った。ちょっと不思議に思っただけだよ」
時間はあっという間に過ぎ、レオンハルトとアスガーは席を立った。別れ際、レオンハルトは名残惜しそうにコンラッドに手を差し伸べた。
「コンラッド、エディシュ、楽しかったよ。また招待するよ」
レオンハルトとアスガーがその場を去ると、小姓がコンラッドに剣を返した。コンラッドは剣を受け取り、腰に差すため立ち上がろうとした。
その時、日差しを遮る影とともに、いくつもの人の姿が現れた。




