103 七聖家の女たち
商商人を見送るシルヴァに、ひとつの声が届いた。振り返ると、そこにいたのは第五聖家のグレインネだった。
彼女は無言で手招きすると、シルヴァを邸宅へ招き入れた。居間には変わらず、無数の薬草の束が逆さに吊るされ、空気を濃密にしていた。グレインネは薬草酒をグラスに注いで差し出した。
「……苦手なんだけどな、これ」
グラスを受け取りながら、シルヴァは顔をしかめる。
「私には、これがないとやってられないのさ」
そう言って、グレインネは一息に飲み干した。目を細めて、にらむようにシルヴァを見る。
「隠しごとしてるね、あんた」
「何のことだよ」
シルヴァは鼻をつまんで少し酒を舐めたが、すぐにグラスを置いた。
「とぼけなさんな。ウィラードとあの吟遊詩人の子……双子だろう?」
「……知ってて黙ってたのか?」
「当たり前だよ。あの場を荒らすわけにいかない。アラナの、策なんだろ?」
「策なんて呼ぶなよ。自分の子を守ろうとしただけだ」
「じゃあ、ドナルがその場にいたらどうなってた?」
「……ドナルに言うつもりか?」
「言わないさ。でも、あの人が気づいたら、それはもう仕方ないよ」
「……何でだよ。何で双子だからって、そんなことになるんだ。俺は……何も知らなかった」
グレインネは立ち上がり、壁に飾られた第五聖家の聖剣の前に立った。午後の日差しが、その背に長い影を落とす。
「男たちは何も知らない。女たちには、女たちのやり方があるのさ。口をはさむことじゃない。この小さな世界で、争わずに跡継ぎを定めるための知恵だよ。剣を遠ざけ、家のことには干渉しない……それが平和を保つ術だったんだ。七聖家の血をつなぐために、どれだけの女が、何を呑み込んできたか。あんたに責める資格なんてないよ」
その声には、彼女自身だけでなく、代々の女たちの叫びが宿っていた。名も知らぬ女たちが、どれだけ理不尽を抱えて命を繋いできたか。
「もしかして、アルトも双子だったのか? もう一人は、どうなった?」
「知らないね。何でもかんでも、知ろうとするのはおやめ。全てを明るみに出して、非難して、解決したような気になるのは傲慢だよ。あんただって、そうやって繋がれてきた生命の先にあるんだよ」
「これからも、こんなことを続けるのか?」
「ミアータの時の産婆はもういない。あれから双子も生まれていない。私に言えるのは、それだけだよ」
◇ ◇
夜も更けて、サディアスはアラナ夫人を伴って、アルドリックの執務室を訪れた。二人はひざまずき、トーマに関する一連の出来事を報告した。
アルドリックは椅子に座ったまま、静かに二人を見つめた。ジーンから事前にルドミラの話を聞いていたため、動揺はなかった。
「それで、トーマはどうするつもりなんだ?」
「皇弟子として名乗り出るつもりはないそうです。市井の吟遊詩人として生きていきたいと。そして時折、私たちに会えればそれで十分だと申しておりました」
「……その方が良いかもしれないな」
サディアスは静かに頭を下げた。アラナ夫人は顔を上げ、震える袖のまま、真っ直ぐに皇帝を見つめた。
「陛下、私に罰をお与え下さい。このような事態を引き起こした責任は、全て私にあります」
「アラナ。その必要は無いよ。トーマは、ただの吟遊詩人だ。君の子は、ウィラードだけだ。いいね、今後はサディアスと、よく相談するんだよ。私たちは、君の味方なのだから」
アラナ夫人は、震える声で返した。
「はい……陛下」
サディアスとアラナは手を取り合い、穏やかな表情でその場をあとにした。二人の絆は、またひとつ深まったように見えた。
アルドリックは静かに息を吐いた。これで、ようやく隠し子騒動は終わった。
◇ ◇
その後、ウィラードが〈聖剣の儀〉を経て〈アレスル〉に認められたとの報せが、早馬で届いた。アルドリックは執務机に肘をつき、少し考えたのち、サディアスを呼び出した。
「忙しいのに悪いね。ちょっと思いついたんだけど、建国祭の時にウィラードを、ここへ呼び戻そうと思うんだけど」
「ウィラードを……ですか?」
「〈アレスル〉になったお祝いと、十五歳の成人のお祝いをしようと思ってね。預けっぱなしで、何もしてやれていなかったから」
「ありがとうございます」
「お祝いには、吟遊詩人も必要だね」
アルドリックがいたずらっぽく微笑むと、サディアスも目元を緩めた。
「陛下……」
「それから今回の建国祭に、エル・カルドのシルヴァ殿を招待しようと思う」
サディアスは、思わず顔を綻ばせた。
「それはありがたい。私も、直接会って礼を言いたいと思っておりました」
「じゃあ、決まりでいいかな?」
「承知いたしました。ありがとうございます。さっそくアラナに話してやります」
邸宅に戻ったサディアスを出迎えたのは、ちょうどウィラードからの手紙を読んでいたアラナだった。手紙には、〈アレスル〉としてエル・カルドに生きる決意と、その選択が母を悲しませるものであったことへの詫びが綴られていた。
結びには、小さくトーマの署名も添えられていた。
アラナは手紙を胸に抱き締め、目を閉じた。涙がひと筋、頬を伝った。
再び出会った二人の赤子が、互いに選んだ道。嬉しさと哀しさが複雑に交差する中、彼女はただ一つの祈りを胸に抱いた。
――七聖家の女たちが、もう二度と、同じ思いをしなくて済むように。




