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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第十七章 受け継がれる絆
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102 新たなアレスル(選ばれし者)

 マイソール卿は、〈聖剣の儀〉に関する新たな文書を、各聖家に回覧した。文書には、こう記されていた。


『〈聖剣の儀〉は、七聖家の通常会合に準じ、簡略化した形式で執り行う』


 本来、〈聖剣の儀〉は聖剣の間で詠唱を伴い、神聖な手順のもとに行われる。しかし、今はフォローゼルの侵攻直後であり、さらに代表者の体調不良という名目も添えられ、形式は大幅に簡略化されることとなった。


「これでよし。後は、ウィルとトーマの出番だな」 「ドキドキしてきました」

「シルヴァさん、本当にこんなことして大丈夫なんですか?」


 不安げに尋ねるトーマに、シルヴァは肩をすくめて笑った。


「バレたらそのときだ。言い訳なんていくらでも考えられるさ」


 やがて定刻となり、『七聖家の間』に各聖家の代表が集まり始めた。歴代〈アレスル(選ばれし者)〉たちの肖像が並ぶ荘厳なこの部屋には、緊張感が漂っていた。儀式の簡略化は初の試みであり、誰もが様子を伺っていた。

 

 その中へ、紫の長衣と白いローブをまとったウィラードがゆっくりと入場した。後ろには、灰色のローブに身を包み、深くフードをかぶった少年――トーマが、両手で聖剣を捧げ持って従う。


 トーマは静かに膝をつき、ウィラードに聖剣の柄を差し出す。ウィラードが柄に手をかけた瞬間、身体に走るのは、確かに覚えのある力。もはや恐れる必要はない。これは、〈アレスル〉としての力。


 一呼吸置いて、剣を引き抜いた。


 鞘をすべる刀身が、わずかな金属音を立てる。その音とともに、淡く光が走った。レイテット鉱の輝きが静かに広がり、室内の空気が張り詰める。聖剣に宿る力が、儀式の場に静かに満ちていく。


 七聖家の間は、しんと静まり返った。

 並び立つ肖像画のひとつひとつが、光に照らされ、まるでこちらを見つめているかのように浮かび上がる。


 ウィラードは、両手で剣を高く掲げた。

 光がその刃に沿って伸び、天井を照らす。その姿に、誰かの口から小さく感嘆の声が漏れた。


 それを合図に、拍手が始まる。最初は一人、次にまた一人。やがてそれは部屋全体へと広がり、荘厳な静けさのなかに確かな承認の音を刻む。


 ――新たなる〈アレスル〉、ここに誕生す。


 フードの下で微笑むトーマの姿に気づきながら、ウィラードは剣を鞘に戻し、衣を整える。そして七聖家の面々へ、落ち着いた声で言葉を投げかけた。


「皆さま、ありがとうございます。私は、ここエル・カルドにて〈アレスル〉として生きていく所存です」


 その言葉に場は少しざわめいた。ローダインの血を引く〈アレスル〉など、――それが本音だったのだろう。しかしウィラードは続けた。


「私はまだ未熟であり、学ぶことも多いと自覚しています。ですので、しばらくの間は第一聖家の代表として、引き続きミアータ夫人にお力添えいただきたく思っております」


 予想外の申し出だった。ミアータ夫人を含む全員が、思わず言葉を失った。


「ミアータ、どうだい?」とマイソール卿が優しく声をかける。「辛いときかもしれないが、我々には君の力が必要だ」


 ミアータ夫人は、しばし目を伏せて考え込んだ後、静かにうなずいた。


「承知しました。しばらくの間、第一聖家の務めをお預かりいたします」


 場に安堵の空気が広がる中、ウィラードがもう一つ言葉を添える。


「そして、お願いがもう一つ。これから私のことを『殿下』と呼ぶのは、どうかお控えください。私たちは、同じ立場の者として共に歩むのですから」


 一瞬の沈黙ののち、誰かが手を叩き、それに続いて拍手が広がった。


「では鐘を鳴らせ! 新たな〈アレスル〉の誕生だ!」


 マイソール卿の宣言と共に、城の鐘がけたたましく響き渡った。その音は、エル・カルドの街へと高らかに広がっていった。


 ローダインへ向けて、早馬が手配された。〈アレスル〉誕生の報が、帝都へと届けられる。


 儀式を終えたウィラードとトーマは、第六聖家の部屋へと戻った。


「うまくいったな、ウィル。トーマもよくやった」

「ありがとうございます。内心、緊張でいっぱいでした」

「僕も……あの部屋の肖像画に見つめられている気がしたよ」


 三人の笑顔がこぼれるが、シルヴァの表情がふと曇る。


「ウィル……これで本当に良かったのか?」


 ウィラードはしっかりと頷いた。


「覚悟はできてる。ローダインへ戻れなくなるわけじゃない。父様や母様には、いつか手紙を書くし、会いに行くこともできる。でも今は、〈アレスル〉としてこの地に貢献したい。ありがとう、シルヴァ。君がいたから決断できた」


 ウィラードが差し出した手を、シルヴァはしっかりと握り返した。


 その後、ウィラードはトーマを伴い、第一聖家へと戻っていった。


 一方、シルヴァは邸宅に戻ると、客の来訪を知らされた。訪ねてきたのは、かつて世話になった商人だった。彼は興奮した様子で語り出す。


「町が賑わっていて驚きましたよ! まるで生き返ったみたいだ」


 ローダインの皇弟子が〈アレスル〉となった――その知らせは、街中に希望をもたらしていた。


 シルヴァは、笑いながらうなずいた。


 「ところで、何か礼をしたいんだが」

「礼なんて、とんでもありません。こちらも助けられたのです。今回来たのは、別の用事で……」

「用事?」

 

 商人は声を潜めた。

 

「はい。でも、もう良さそうですね。実は坊や……いや、ウィラード殿下が夢にうなされているとうかがっていたので、治療してくれそうな人を紹介できるかと思っていたのですが……。すっかり、顔色が良くなっていらっしゃる」


「そうか。わざわざ探してくれていたんだ。ありがとうよ。で、ちなみにそれは誰なんだ?」


「風の民ですよ。馬車で大陸中を移動している奴ら。彼らは夢見をしてくれるらしいので、何か役に立つかと思ったんですが」


 風の民と聞いて、シルヴァは首を傾げた。


「そうか。でも、風の民って本当にいるのか? 俺も大陸中あちこち行ったが、噂だけで会ったことないぞ」

「私も会ったことはないんですが」


 商人は、さらりと言った。

 

「……よく、それで勧めてきたな」


「でも彼らは、自分たちはエル・カルドの末裔だと言っているらしいですよ。何か繋がりがあるのかと思っていたのですが……」


「エル・カルドの末裔? そんな話、聞いたことないな」


「そうですか。じゃあ、ホラかもしれませんね。自分たちを売り込むために、言っているだけかもしれませんね。まあ、このことは忘れて下さい」


「……ああ」


 商人は笑いながら馬車に乗り、城門を後にした。

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